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巨人

 北東区の大通りで、ユーアとマイグリッドがスージーを追う。

 

 海賊船が王都に突入し暴れまわっていても、大通りの状況はさほど変わってはいなかった。

 

 大量に跋扈(ばっこ)するドリーと、それを討つべく戦う武装した人間の混戦状態だ。

 

 ユーアとマイグリッドは、ドリーに抱えられて逃げ回るスージーを、混戦の渦中を切り抜けるように追い続ける。

 

 スージーもただ逃げるだけではない。

 

 近くを通ったドリーに、自分を守るように命じながら逃げる。

 

 常に数体のドリーを囲い、まとめてユーア達にぶつけて距離を稼ごうと必死なのだ。

 

 だがそれも無意味なのだと理解するのに、時間はかからない。

 

 スージーがドリーを差し向けた直後、ユーアは既に剣を構えていた。

 

 「やるぞ」

 

 「は? ここでやるつもりでいやがりますか!?」

 

 マイグリッドが慌てて隔ての光を行使した直後、ユーアはまた、つぶやいた。

 

 「愚連断」

 

 全方位に放たれた横一閃は、あっさりとスージーの差し向けたドリーを斬り刻む。

 

 同時に比較的近くに居た冒険者や兵士らを巻き込んだ。

 

 ユーアの周囲半径約5メートルの空間が、ドリーのローブと人間の血によって、ミキサーに掛けられたトマトのように赤く染まる。

 

 隔ての光によって守られたマイグリッドだけが無事だった。

 

 「な、なんてことを……たった一撃で……」

 

 後ろの惨劇を目の当たりにして言葉を失うスージーをよそに、ユーアとマイグリッドはマイペースに会話しながら追い続ける。

 

 「あ~あ、とうとう殺りやがりましたね。神官の目の前で人殺しなんて、正気じゃねぇですよ」

 

 「お前の見てない場所ならいいのか?」

 

 「いくらでもどうぞ」

 

 1度で十分だった。

 

 「こ、こんなの無理」

 

 ドリーがいくら居ても等しく一撃で倒されるのならば、いくら送り込んでも意味が無い。

 

 「(わたくし)では、相手にならない」

 

 ドリーの数はもはや有限であり、今なお消耗し続けている。

 

 自分を追い続ける2人の人間にこれ以上ドリーをぶつけても、損失しかないのだ。

 

 スージーは自分を抱えるドリーに、逃げることに徹するように命じる。

 

 ドリーは戦禍の中を脱兎のごとく駆け抜けるが、ユーア、マイグリッドの2人との距離が離れることは無かった。

 

 少しずつ、近づいている。

 

 振り返るたびに近づいている。

 

 それを意識し始めた瞬間、スージーは全身からドッと汗が吹き出すのがわかる。

  

 「ハ、ハ、ハ、ハ」

 

 激しい運動などしていないのに、息が切れる。

 

 次に振り返ったら、あの2人が目の前に居るかもしれない。

 

 そんな恐怖に、クラクラと酔う。

 

 ドリーと人との戦いの音に混じって、2人分の足音が聞こえるような気すらした。

 

 自分を追う、不気味な黒い男と、神官服を着た男の足音が、すぐ背後から……

 

 もし捕まってしまったら……

 

 「あ、あ、ああああああ、ああ」

 

 スージーの意識が恐怖と緊張に負け、折れた。

 

 悲壮極まる表情で金切声を上げる、その瞬間……

 

 「おい、上」

  

 「あ? ……隔ての光!」 

 

 すぐ後ろから、そう聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  


 

 

 タザは王城前広場で近衛騎士を片付けた後、スージーを探して跳んだ。

 

 それもかなりの速度だ。 


 タザは2人の男に追われるスージーを見て、のんびり向かえるほど能天気ではない。

 

 手近な家屋や人間を踏みつぶし、スージーめがけて一気に跳躍する。

 

 そして、スージーを追う2人の男めがけ、踏みつぶすように跳んだ。

 

 タザの目論見では、このまま2人を踏みつぶしてスージーを救出するはずだった。

 

 しかし、直前で1人がタザに気付いた。

 

 「おい、上」


 「あ? ……隔ての光!」

 

 もう1人もタザに気付き、若干の焦りと共に、光の壁を張る。

  

 ユーアとマイグリッドを踏みつぶすはずだったタザは、マイグリッドの張った光の壁を粉砕し、スージーのすぐ後ろに降り立った。

 

 10枚ほどのガラスが一度に割れたかのような音と、光の煙をまき散らす中、わずかに声が聞こえる。

 

 「ここは引くぞ」

 

 「へいへい」

 

 タザは声の主の気配を感知していたが、タザはそれほど気にしなかった。

 

 言葉通り2人は光の音と煙に紛れて逃げているのがわかったからだ。

 

 それよりもタザが気にしたのは、スージーの方だ。

 

 光の壁を叩き割った衝撃で、スージーを抱えていたドリーが転んでいる。

 

 抱えられていたスージーは放り出され、少し行った先で丸まっているのが見えた。

 

 ガチガチと奥歯を鳴らして震えている様は、容易にパニック状態に陥っていることを伝えていた。

 

 「スージー」

 

 「ヒィッ……あ、タザ」

 

 タザが名前を呼ぶと、スージーはゆっくりとタザを見やり、ポロリと涙を流した。

 

 「あ~、無事……だな?」

 

 「え、ええぐ、うぇええ」

 

 タザはボロボロと泣き出したスージ―を片手で掴み上げ、小脇に抱え、歩き始めた。

 

 「落ち……つけ……どこか」

 

 この状態のスージーは、おそらく役に立たない。

 

 そう思ったタザは、どこかにスージーを匿うことにした。

 

 タザはスージーを宥めながら数歩歩き、また止まった。

 

 「安全、な……場所」

 

 タザはそう呟いてから、状況を再確認する。

 

 飛行船は堕ちた。

 

 王都は乱戦状態で、しかも海賊船が爆走中。

 

 タザは少しだけ考える。

 

 「……城に、行くぞ」 

 

 一方的にそう告げる

 

 タザは真祖のところまでスージーを運ぶつもりだった。

 

 だがおとなしく小脇に抱えられたスージーが、意外にもタザに意見を返す。

 

 「い、いえ、タザ。私はいいので、サイバを」

 

 「サイバは、マズイ……のか?」

 

 「わかりません、けど、戦ってる音がきこえないので、ございます」

 

 スージーに言われて耳を澄ますと、王都中の戦闘音や怒号や悲鳴がタザの耳に届いた。

 

 その中に、サイバの使う衝撃波の魔法特有の、破裂音が無い。

 

 それはつまり、サイバが計画通りに動けていないことを示していた。

 

 またもタザは数秒だけ考え、歩き出す。

 

 「あとで……サイバも……回収、する。スージー、が……先だ」

 

 そしてまた少しだけ歩き、スージーを降ろした。

 

 「タザ? どうしたのでございますか?」 

 

 不安げな顔でタザを見上げるスージーに、タザは小さく答えた。

 

 「……どこでもいい……隠れていろ」

 

 「え、それはどういう」

 

 

 

 


 

 

 

  

 

 

 

 

 

 スージーはヨタヨタと大通りを外れ、人もドリーも居ない小さな路地に身を隠す。

 

 ひょっこりと肩から上だけを大通りに出し、大通りの中央で仁王立ちするタザを見た。

 

 どこでもいいからすぐに隠れろ、という指示に従ったのだ。

 

 スージーは何がタザにそう指示させたのか、まだわかっていなかった。

 

 だが、その答えはすぐにわかった。

 

 地鳴りだ。

 

 最初は振動ばかりが伝わって来た。

 

 次に音。

 

 次第に振動より音の方が大きくなる。

 

 「これは……」

 

 そして、現れた。

 

 爆発音に近い轟音と共に。

 

 大量の瓦礫と人とドリーを等しく水しぶきのようにまき散らし、タザの構える大通りへと、現れた。

 

 「海賊船!」

 

 その海賊船は相当の無理をして直角の曲がり角を曲がったのだろう、船体がグラグラと左右に揺れ、広い大通りの全てを使ってギリギリの蛇行を敢行する。

 

 それでも速度は馬車の最高速度に匹敵する。

 

 圧倒的な質量と速度。

 

 それは絶大な破壊力となる。

 

 それが迫る。

 

 どんどん迫る。

 

 船体の軋む音と石畳を割り削る音と悲鳴と怒号。

 

 そのすべてが混ざり合い、悲鳴のような轟音が鳴る。

 

 「タザアアアアアアアア!」

 

 思わず叫んだ時、タザは無造作に右腕を引き絞っていた。

 

 そして激突の瞬間、振り抜いた。

 

 スージーがとっさに目を瞑った、数秒後だ。

 

 ビュウビュウと音が鳴り、カラカラと甲高く耳障りな音があたりを包む。

 

 スージーはゆっくりと目を開け、また大通りへと身を乗り出した。

 

 「うわっ」

 

 強風が当たり、スージーのかわいらしいツインテールを強く引く。

 

 小さな体が飛ばされそうになり、とっさにうつ伏せに伏せた。

 

 強風が収まるまで、そうしていた。

 

 スージーが落ち着いて伏せることが出来たのは、先ほど大通りに身を乗り出した時に、チラリとタザの姿が見えたからだ。

 

 相変わらずの巨体でこの強風の中を、堂々と仁王立ちしているタザの姿だ。

 

 その姿を見て少しだけ落ち着いたスージーだったが、落ち着いていられたのも強風が収まるまでだった。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 海賊船ボーンパーティがバラバラになったのは、タザに殴られたせいではない。

 

 タザの拳が当たる直前、ギドによって自壊したのだ。

 

 船を構成する骨も、馬車も、スケルトンホースも、すべてが分解し、タザの背後へと飛び散った。

 

 空中に放り出されたギドは、タザにだけ聞こえるように呟いた。

 

 「お前とは初めましてだがよぉ、奥の手ってやつを見せてやるぜぇ」

 

 タザは視界の端でギドを捉え、そしてその声を聞きとっていた。

 

 自分の周りを高速で駆け抜けていく、大小形も様々な骨を無視し、タザもまた一言だけギドに答える。


 「お前は、俺が相手、だ」

 

 タザが思うことは、やはり1つだ。

 

 自分以外では、こいつの相手は出来ない。

 

 


 

 

 


 

 

 

 

 

 

 


 巨大且つ大量の骨に戻った海賊船は、黒い瘴気を伴なう強風によって、タザの背後に集められる。

 

 そしてそれは、海賊船とはまた別の形を作り上げた。

 

 巨大な頭骨。

 

 巨大な肋骨。

 

 巨大な背骨。

 

 巨大な腕骨。

 

 20秒ほどの時間をかけ、それは完成した。

 

 巨大なスケルトンの上半身だ。

 

 ガパリと口を開けた巨大なスケルトンは、ありもしない声帯を震わせるように天を仰ぐ。

 

 人の可聴域を超えた咆哮は、少しずつその音量と音程を上げ続ける。

 

 聞いたもの全てに音の爆発を叩きつけ、産声を上げた。

 

 「ォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアァッ!」

 

 スージーを含め、生者たちは耳から血を流して気絶する。

 

 耐えきったのは、タザだけであった。

 

 それでも両耳から血を流し、わずかに苦し気な表情を浮かべている。

 

 それでも2本足で立っているだけ、すさまじい耐久力と言える。

 

 巨大な体を持つタザが見上げる程の巨体は、咆哮を止めてタザを見下ろしていた。

 

 「これが吾輩の奥の手、タイラントスケルトンだぁ」

 

 ギドは声こそ上機嫌だが、内心は警戒を強める。

 

 「かかって来な、人間」

 

 ギドは巨大な骨の腕をタザに突き出し、クイっと手招きして見せた。

 

 「……本当に、厄介だな」

 

 タザは苦笑いすら浮かべられないまま、巨大すぎる相手に、1歩踏み出した。

話が進みませんね。

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