猛進
ギドは宣言通り北西区の端の防壁沿いまで進んでから海賊船を止めた。
海賊船が通ってきた大通りを振り返ると、それはもうひどいことになってる。
広い道の真ん中は綺麗に何もなくなってて、端のほうには壊れたドリーの残骸が転がってる。
石畳はバキバキだし、通りに面していた建物の上にまで瓦礫とドリーがまき散らされてて、もう前の綺麗な王都が見る影もない。
「うわぁ……」
ギドに釣られて高くなってたテンションが一気に冷めて、思わずそう言ってた。
でもギドのテンションは海賊船が止まった今も高いままみたいだ。
”ダンッ”と甲板を強く踏んで、船の中にいる部下のスケルトン達を呼ぶ。
「お前らぁ! 仕事の時間だァっ!」
すると”待ってました”とばかりに甲板の上にゾロゾロとギドの部下達が出てきた。
皆バンダナを巻いてて、腰にサーベルを差して、一瞬で整列する。
それからまたギドが、動かなくなっているドリーを指差して喋る。
「あの赤いローブが敵だぁ。なんかよくわかんねぇ相手だが、やることは変わんねぇ」
ギドはそう言ってから一泊おいて、やっぱり叫んだ。
「殺せ!」
ギドの部下達が一斉にサーベルを抜いた。
「壊せ!」
一斉に足踏みした。
「奪い尽くせぇ!」
歓声の代わりに、一斉にガタガタと震えた。
40体のスケルトンが同時に騒いだから、どれも鼓膜が破れるほどうるさかった。
うるさいけど、嫌じゃない。
ガタガタと騒いだのは一瞬で、そのあとはやっぱり一斉に動き出す。
だけど向かう先はバラバラ。
皆で甲板から地面めがけて飛び降りて散っていく。
近くにいたドリーは飛び降りざまに切り捨ててた。
一振りで真っ二つに出来ちゃうんだ……
甲板からギドの部下達の動きを見下ろしてると、ギドがいつも通りの感じで声をかけてきた。
「さて、お前も知り合いんとこ行ってきなぁ」
私は出来ればギドと一緒に居たい。
なんでも出来てしまいそうなギドに、全部任せてしまいたい。
でもそれは甘えすぎだと思う。
「うん。また後でね」
「おう」
私はいつも通りなギドに背中を向けて、甲板から飛び降りた。
地面ではなく近くの家の屋根の上に降りて、そのまま北東区に向かう。
ゼルマさんやジャイコブ達、騎士団のみんなと、捕まえてきたアドニスたちヴァンパイアと魔術師の人達。
全部騎士団の兵舎に居る。
だから私も1度兵舎に行ってみることにする。
ストリゴイにに襲われてたら嫌だから、無事かどうか確認しておきたい。
私はギドのおかげで忘れていた焦りを思い出して、急いで兵舎に向かって走り出した。
ギドがドリーを大量に轢いたおかげで、ドリーがそこらじゅうにウジャウジャいるなんてことはない。
まぁそれでも結構な数がいて、ボーンパーティが入れないような細い道で、武器と鎧を装備した人たちと戦っているのが見える。
私が見たことがあるのは、袖から色んな武器が飛び出している奴だけなんだけど、中には剣だけ、槍だけ、そして鎖だけを出しているのも居た。
袖から鎖が出てるタイプのドリーは、鎖を振り回すスペースが足りないみたいで、あっさり倒されてたりする。
でもところどころにある公園なんかでは、鎖を思う存分振り回してて、酷いことになっているのも見えた。
そういうのを見てると、どんどん不安になってくる。
騎士団の兵舎は大丈夫かな。
ゼルマさんは怪我してないかな。
そんなことばっかり頭に浮かんで、どんどん兵舎に向かう足が速くなっていく。
幸い屋根の上にはドリーが居ないみたいだから、私がドリーに襲われる危険はほとんどないみたいだ。
だから私は兵舎に行きたい気持ちに任せて、急いで屋根の上を跳んだ。
40体のパイレーツスケルトンとエリーが去った後、ギドはまたも海賊船ボーンパーティを走らせ始めた。
北西区の端から南へ、死と破壊と轟音をまき散らし、石畳を割り砕き、土煙を上げて進み続ける。
船底のスケルトンホースと骨製馬車は、そんな滅茶苦茶な走りに耐えられず、唸り、軋む。
だがそれでも無理やり地面を蹴り、車輪を回した。
海賊船の右舷左舷は幾度も防壁や大通り沿いの家屋に激突し、削られ、割られ、零れるように破片を落とす。
ギドは自分の大事な海賊船が壊れることを嫌うが、それでもこの猛進を止めるつもりはない。
船が受けるダメージ以上に、ドリー、そしてストリゴイに与えるダメージのほうが大きいと思っているからだ。
ギドはかつて、1度サイバにボーンパーティを真っ二つにされるところを見ている。
ギドにとって今この状況は、その時の借りを返す絶好の機会なのだ。
であれば、どうして止められるだろう。
他にも理由はある気はしたが、ギドはあえてそれを無視する。
これはギドが自分のためにしていることだと決めつけ、それを声には出さなかった。
船が大きすぎて細い道には入れないため、ボーンパーティが進めるのは大通りしかない。
通りに幾体か点在するドリーを轢き壊しながら、北西区を抜け南西区へ侵入した。
ギドはこの時静かだった。
叫ぶことも、はしゃぐこともしない。
エリーが気付いているのかは定かではなかったが、ボーンパーティが轢いていたのはドリーだけではない。
何人かの人間も轢き殺している。
ギドはそのことに罪悪感を覚えたりはしない。
エリーが知ったらどう思うかとか、ホグダがこの場に居たら何を言うかとか、そんなことも考えない。
ギドが静かなのは、単に共にはしゃぐ者が居ないからだ。
淡々と大通りをなぞり、いつしかギドは北西区へと戻ってきていた。
南東区は水路にかかる橋を越えなければ入れず、その橋はボーンパーティの重量に耐えられない。
ギドは北西区から逆時計回りに王都をめぐる予定だったが、そのことを思い出し、南西区で反転したのだ。
ボーンパーティは王都の外周を回るように北西区に入り、そのまま北東区へと差し掛かる。
北東区の大通りを滅茶苦茶にかき回すように蛇行しては無理やり曲がる。
そういえばエリーはさっき、こっちのほうに向かってたな……と思いながら進み続ける。
そして北東区で最も大きな通りのど真ん中に差し掛かり、ギドはゾッとした。
背筋が凍る感覚。
ギドがそれほどまでの危機感を覚えたのは、生前ホグダやギルバートと出会った時以来無かった。
ギドは大通りを通せんぼするように立ちはだかる男、タザを見たのだ。
もしギドに表情があったのならば、引きつった笑みを浮かべていただろう。
「ありゃヤバイ」
ギドがいくら危機感を覚えようが、高速で進む巨大な船体は、急には止まれない。
ギドに出来ることはたった1つ。
両手を操舵機から放し、甲板に突くことだ。
両ひざを突き、体ごと真下に向け、くすんだ白い骨だけの両手を突き下ろす。
諦めて蹲ったかのような姿勢。
そんなギドを乗せた海賊船ボーンパーティは、タザを轢き潰すように無慈悲に迫る。
操舵機を誰も握っていなくとも、海賊船は大通りのすべてを埋め尽くすように蛇行し、轟音をうならせて突き進む。
タザはおびえた様子もなく、右手を引いた。
弓でも引くかのように引き絞った右手は、ボーンパーティがタザに激突する寸前で振りぬかれた。
骨製の船と、鮒底に取り付けられた馬車と、スケルトンホースが、砕け散る。
ギドの船は、再び破壊された。
今度は完膚なきまでに砕け、大量の骨となって飛び散ったのだ。
次話はエリーかギドのどちらかに絞って書きたいと思っています。
どっちを書くかはまだ決めていません。




