戦乱
王都を覆う真っ黒な雲から、2つ雷が落ちた。
1つは王都の上空の虚空で炸裂し、その瞬間まで誰にも発見されなかった、透明な飛行船を破壊した。
王城の塔のすぐ近くで静かに滞空していた飛行船は、雷を受けて燃え、バチバチと電流を迸らせ、制御を失った。
フラリフラリと危なげに揺れ、グラリと傾き、そのままゆっくりと落下し始める。
「なんだあれは!?」
「逃げろ! 潰されるぞ!」
そんな怒鳴り声が鳴り響き、家屋に隠れていたスージーは、ひょっこりと顔を出す。
そして、今まさに王城前広場へと墜落する飛行船を目の当たりにした。
「……そんな、ばかな」
王城前広場に残っていたドリー数体を巻き込み、爆発が起きる。
唖然としたままその様を見届けるスージーの頬を、熱を持った空気が撫でた。
「ドリーは、もう呼べず、まとめて指揮をすることも出来ず……わかりました」
子供のように泣き出したい気持ちを掻き消し、1歩踏み出す。
隠れているように言われていたスージーだったが、状況が変わったのだと、痛いほど理解している。
スージーはざっとあたりを見回し、今王都に残っているドリーを探す。
ドリーは指揮棒がなくとも、言葉で操れるのだ。
手近に居たドリーを見つけ出し、呼ぶ。
「ドリー、私を運びなさい」
ドリーはスージーに言われるまま近づき、袖から飛び出していた剣の束を引っ込める。
”ジャコ”という音と共に、ドリーの袖から2本の棒が飛び出した。
両手合わせて4本の棒は、本当にただの棒だった。
何の機能もない棒。
ドリーはその4本の棒を器用に使って、スージーを抱え上げる。
「私を他のドリーのもとへ運びなさい。1度ドリーを集めて再編成し、現有戦力で王都を制圧するのでございます」
スージーが自分を抱え上げたドリーに、そういった瞬間だった。
「ほら見やがれください。いった通り、あの赤ローブ共を指揮している奴は中央に居やがりました」
「そうだな」
スージーが声のした方を振り返ると、またしても2人の人間がいた。
北西区から現れたのは、ユーアとマイグリッドだ。
「また冒険者でございますか」
「私は神官です。こいつと一緒にしやがるんじゃねぇです」
その2人の雰囲気は、先ほどのセバスターやアーノックとは全く違うように感じられる。
ユーアとマイグリッドはそれぞれ剣に戦斧を構え、油断なくゆっくりと距離を詰め始める。
スージーの判断は素早かった。
「ドリー、私を抱えて逃げなさい」
ドリーはスージーの命令を聞き、即座に実行に移す。
ユーアとマイグリッドに背を向け、一目散に駆け出したのだ。
「逃がすと面倒そうだ。行くぞ」
「言われなくても追いやがりますよ」
2人もドリーとスージーを追い始めるが、駆け出す直前、ユーアは足を止めた。
ユーアは王城前広場に転がる、それを見つけたのだ。
「セバスター、アーノック……」
「あん? どうしやがりました?」
ぐったりと倒れこみ白目をむいた知り合いの悪人2人を見つけたユーアだったが、すぐにドリーの走り去る姿に視線を戻した。
「知り合いが倒れてただけだ」
「起こしてやりますか?」
「面倒だ。放っておく」
ユーアは気絶したセバスターとアーノックを放置し、そのままスージーを追いかけ始めた。
王城前広場に落ちた飛行船は、幸いにも爆発することはなかった。
広場の中心から少し外れ、南東区に寄り掛かるように横たわり、今も燃えている。
ボロボロになった船体の周りには、墜落の衝撃に巻き込まれた何体かのドリーと近衛騎士数名が倒れていた。
それでも十数体のドリーと近衛騎士たちが、飛行船周辺でいまだ交戦していた。
戦況はドリー優勢だ。
空から燃える船が突然現れて落下してくれば、近衛騎士たちは驚くのは仕方がない。
対してドリーらには驚きも無ければ動揺もなく、機械的に近衛騎士たちの動きの鈍った瞬間を狙い討った。
数的な不利はより大きなものになり、近衛騎士たちにはもう、ドリーを抑え込む戦力がないのだ。
また1人、また1人と近衛騎士が倒れ、ドリーの駆る鎖が轟けば命が散る。
そんな中、沈黙していた飛行船の船体が弾けた。
耳をふさぎたくなるほどの金属音が鳴り、鉄でできているはずの装甲版が内側から破裂したのだ。
だが、船体が爆発したのではない。
船体に空いた大穴から、大柄な男が這い出てきたのだ。
縦にも横にも大きく、異様に隆起した、鎧のような筋肉を纏う男。
それがストリゴイの戦闘員、タザであることを知るものは、王城前広場にはいなかった。
タザはゆっくりとあたりを見回し、飛行船が落ちたことと、どこに落ちたのか、そして状況を確認する。
「……思い通り、には……いかない、な」
タザは何も心配をしていなかった。
真祖の計画がうまくいかなくても構わないとすら思っている。
スージーもサイバも、生きてさえいればいい。
何度でもやり直せばいい。
ドリーでダメなのなら、自分1人で王都を破壊し尽くしてもいい。
タザはそれくらいのことができる実力があり、その実力に裏打ちされた自信があった。
それくらいできなければ、ストリゴイの戦闘員ではないのだ。
タザは現状自分がどう動くべきなのかを考え始める。
サイバは自分の身を守れる程度の実力はある。
スージーはドリーに守られているし、危なくなる前に見つけ出して助ければいい。
計画がどこまで進められたのか知るためにも、とりあえずスージーを見つけ出し、それからサイバと合流し、立て直す。
タザは軽く息を吐き、まず近くで戦っている近衛騎士たちを見据えた。
「……片づけてから、行く、か」
それくらい、タザにとっては難しいことではないのだ。
「……あつ、まれ」
王城前広場で、タザが声を張る。
周りにいるのは10体ほどのドリーだけだった。
近衛騎士たちはすでに亡い。
タザの声を聴いたドリーたちは、相変わらず適当な足取りで多座の周りに集まり始める。
「この……城を……守れ」
集まったドリーたちに端的にそう告げ、タザはその場で大きくジャンプした。
真祖の居る塔の屋根の上まで跳び上がったタザは、ゆっくりと王都全体を見回し、スージーを探し始める。
「追われ、て……いるのか」
タザの目には、黒いローブの男と神官服を着た男に追われているスージーがはっきりと見えた。
スージーはドリーに抱えられ、ドリーの繰り広げる戦闘と破壊を盾に、何とか逃げている。
今は大通りを逃げているからいいが、ドリーのいない狭い路地に入ろうものならすぐに捕まってしまうだろう。
「少し……急ぐと、する、か」
タザはそう零し、スージーのいる北東区の大通りへ向けて、またしても跳んだ。
気付けば王都を覆う雲は消えかかっていた。
直前まで雷を落とす雷雲が立ち込めていたのが嘘のように、輝く太陽と青空が広がっている。
王都の空は、嫌になるほどの快晴に戻っていた。
王都の東にある、カッセルという町から、王都に向けて早馬が駆け出した。
伝令を伝えるための早馬だ。
伝令の内容は、たった一言。
”アラン・バートリーと海賊船が王都に向かっている”