神たる所以
片頬を真っ赤に腫らしぐったりと倒れこむスージーを襲うべく、セバスターとアーノックが迫る。
しかし悪意と欲望の化身のような2人の凶手が、スージーに届くことはなかった。
「ゲボエァッ」
「ボッハッ」
少し気持ちの悪い悲鳴が2つ上がり、スージーが蹲った姿勢から顔を上げる。
そこには仰向けに倒れこんだセバスター、アーノックと、両手を広げて立っているサイバが居た。
「サイバ、来てくれたのでございますね」
「ああ。約束通り飛んで来た」
サイバはスージーの傍にしゃがみこみ、セバスターに殴られた頬に軽く手を当てる。
「大丈夫か?」
「いえ、あまり……」
粉々になったドリージェネラルと叩き折られた指揮棒に目をやり、サイバはスージーが現状無力なことを理解する。
「飛行船に予備の指揮棒がございますわ。1度飛行船まで連れて行ってください」
殴られ、蹴られ、ボロボロになったスージーだが、戦意は失っていない。
予備の指揮棒を手に、もう1度ドリーを操って戦うつもりのようだった。
だがサイバは首を横に振る。
「それは出来ない」
「なぜでございますか」
「今飛行船に戻ろうとすると、確実にレイウッドに見つかってしまう。今奴は僕を血眼で探している真っ最中だ。見つかれば、苛烈な攻撃に晒されることになるだろう。そうなると、僕は君を抱えたまま空中戦をすることになる」
今なお続くドリーと王都の者達の戦闘をどこか遠くに感じながら、サイバとスージーは空を見上げる。
快晴だったはずの空は陰りはじめ、黒い雲が集まり始めている。
その光景は、今飛行船に向かうことや空を飛ぶことが危険なのだと、空が伝えているような気がした。
「しかしドリーを言葉で操るにしても、私1人で1体ずつに指示を出していたのでは……やはり、指揮棒が必要でございます」
ストリゴイは今日、大量のドリーで王都の持つ戦力を圧倒するはずだった。
それには大量のドリーを指揮するための道具が必須。
それはスージーもサイバもよくわかっている。
まだ王都へ攻撃を始めて半日もたっていない今、ドリーの追加も指揮もなしに戦うのは避けるべきだ。
だからこそ、サイバの返答は決まっている。
「……いや、その必要はない。僕が取りに行く」
「え? でもレイウッドがあなたを狙っているのでしょう? 飛行船まで飛び上がればレイウッドに見つかると、先ほど言っていたではございませんか」
サイバはまだ何か言いたそうなスージーを抱え上げ、王城前広場を離れるように駆け出した。
サイバは適当な路地に入り、ボロボロになった家屋の壁に衝撃波を放って破壊する。
そしてスージーをその家屋に隠すように下ろしてから返事をした。
「僕がレイウッドを倒す。そのあと飛行船に戻って指揮棒を持ってくる。それまで君は隠れているんだ」
サイバは自分が難しいことを言っていることをよくわかっていた。
それでもサイバは力強くそう言い切り、スージーに反論を許さない。
「わかりました。何かあったら、また共鳴鐘をならしてください。今度は私がサイバを助けに行きますわ」
「それは心強い」
サイバはそれ以上の会話をせず、すぐにスージーを隠した家屋から出た。
周囲の建物も適当に破壊し、瓦礫の山と太い煙を作り上げる。
それで十分だった。
ビュウと音が鳴り、声がかかる。
「見つけたぞ」
サイバが軽く上を見上げると、予想通りの人物が空中からこちらを見下ろしている。
正々堂々と正面から、サイバが空中に舞い上がるのを待っているかのような、レイウッドの姿があった。
「本当にお前は厄介だ。レイウッド」
「俺様はお前を敵として認めてやる。だが名前は聞かねぇ。お前は今日、俺様が殺す」
甲高い破裂音が鳴り、下向きの衝撃波がサイバを上へと押し上げる。
「褒めてやるぞ。お前は俺様の本気を引き出した。誇れ」
「それはうらやましいな。僕はいつだって全力で戦ってギリギリで生き延びている。普段から手加減できるほど強い君たちが、うらやましい」
「たち? 俺様をだれと同じ括りにしてくれてんだ?」
「それは答えたくない」
レイウッドとサイバの、2度目の空中戦が始まった。
戦いの優劣は、1度目の空中戦とは異なる。
サイバの動きが明らかに違うのだ。
衝撃波を放ち、その反作用で空中機動を行うことは同じだが、その動きの密度が違う。
強烈な衝撃波を細かく連続で、何度も放ち、瞬間的距離を詰める。
そしてレイウッドの攻撃も違う。
竜巻をぶつけようとするのは同じだが、サイバの動きを捉えられていない。
サイバを狙って放ちはするが、竜巻が発生したころには、既にサイバが狙った場所にいないのだ。
何より攻撃の手数が明らかに減っている。
サイバは隙を見つけては接近を試み、そして何度か成功させていた。
「フッ」
「ごぁあっ」
レイウッドの動きは、体を風に乗せて曲線的な軌道を描く。
それ故移動先を読まれやすく、また接近を許した後の回避が困難だった。
サイバの容赦のない衝撃波を、とっさに風を操って緩和し、体を大きく揺さぶられる。
それでも必死に集中力を繋ぎ止めては、無理やりサイバから離れるのだ。
「どうしたレイウッド。攻撃も回避も手ぬるいな」
「ほざいてろ雑魚」
手ごたえがあった。
緩和されているとは言え、何度か衝撃波を与えている。
空中戦という極限の集中力を要する闘争では、三半規管と空間把握能力が優劣を分ける。
衝撃波によって体や頭を揺さぶられながらでは、満足に戦えないはずだ。
サイバは何度も揺さぶられながらも、未だに空を飛んで攻撃を繰り返すレイウッドを恐ろしく思う。
だが同時に……
「悪いが、僕が勝たせてもらう」
勝利を掴めるという確かな予感があった。
疲弊のためか、集中力が限界を迎えたせいか、レイウッドの攻撃は手数が薄い。
しかしこちらの魔力もそろそろ限界に近い。
であれば、ダメージ覚悟で一撃必殺を叩き込む他ないだろう。
そして、その一撃必殺が決まるという予感があるのだ。
「いくぞ、レイウッド」
一方的にそう告げ、サイバは足の裏と両手から衝撃波を放ち、一気に加速する。
「ッチ! 呼び捨てにしてんじゃねぇぞ雑魚がぁ!」
レイウッドは吠える。
サイバの進行方向を予測し、一手先を読み、狙いすました竜巻を放つ。
そしてそれは、サイバの読み通りの展開だった。
サイバは左手を真後ろに向け、全力の衝撃波を放った。
破裂音だけで殺傷性すら秘めるほどの衝撃波は、圧倒的な反作用をもって、サイバをレイウッドに向けて弾き飛ばす。
サイバは左腕の骨が砕け折れる感覚を味わいながら、音速に迫ろうかという速さで駆ける。
そして一瞬後、サイバはレイウッドの目の前にいた。
「なにっ!?」
推進力をそのままに、サイバの右手がレイウッドの胸を叩く。
サイバの全体重と圧倒的な速度を乗せた掌底は、たやすくレイウッドの肋骨を叩き折った。
「これで終わりだ、レイウッド」
サイバの右手から、衝撃波が放たれた。
カハッと血反吐を吐き、レイウッドはサイバの衝撃波に身を任せて、ふわりと舞う。
そして完全に脱力したように四肢を放り投げ、重力に従って落下し始める。
サイバは墜落していくレイウッドを見下ろし、ため息のような息を吐いた。
「腕1本でレイウッドを倒せたのなら上々だろう……ん?」
落下していくレイウッド。
落下速度は加速度的に増えていくはず。
そのはずだったが、レイウッドの落下速度は一定のように見える。
「まさか」
脱力しているように見えるレイウッドの体だが、よく見ると手足を広げ、風の抵抗を増しているのがわかる。
「まさか、意識があるのか?」
サイバが驚きをもってそうつぶやいた直後、レイウッドが地面に堕ちた。
かなりゆっくりと地面にたたきつけられた体は、不自然なほど転がった。
「……そうか。自分で転がることで、着地の衝撃を逃がしているのか」
無意識で出来ることではない。
とっさに思いつくことではない。
何度も空を飛び、時には落下する。
それを何度も経験した者だけが出来ることだ。
つまるところ、レイウッドはまだ意識がある。
サイバはレイウッドから視線をそらし、飛行船のある方角を見た。
透明な飛行船だが、サイバは感覚で正確な位置を理解している。
「レイウッドはまだ意識がある。殺すか、せめて意識を奪ってから指揮棒を取りに行ったほうがいいか……それとももう奴は放置して、すぐにでもスージーに指揮棒を届けたほうが……」
サイバに癖があるとすれば、思考を口に出すことだ。
逡巡の末、サイバは答えを出した。
「レイウッドは放置できない」
サイバはそう結論付け、レイウッドが転がる場所へと向かう。
左腕の負傷をそのままに、右手と両足からの衝撃波を制御し、慎重に近づいて行った。
俺様が、堕ちた。
俺様を、俺様だけの空から、あのくそ野郎が見下ろしてやがる。
気に入らねぇが、あの野郎も自分の魔法で空を飛んでいた。
ならば、俺様の足元くらいには及ぶ奴だと、認めてやらないこともない。
頭がグワングワンする。
呼吸が苦しい。
だが、あと少しだ。
あと少し我慢だ。
俺様はこの程度のことで集中を乱すような凡人じゃねぇ。
思い知らせてやる。
地面に横たわるレイウッドのそばに、サイバが降り立った。
うっすらと目を開け、苦し気に呼吸をするレイウッドを観察し、やはりレイウッドの意識がまだ残っていることを確認する。
サイバは右手をレイウッドにかざし、残り少ない魔力を手に込める。
確実に命を奪うため、瀕死のレイウッドを相手に、手加減なしの衝撃波を放つのだ。
だがサイバが衝撃波を放つ直前、レイウッドが口を開く。
「空に何か浮いてやがる。透明なデカい何かだ。あれはお前らのか?」
「……そうだ。飛行船という。よく気付いたな」
本来のサイバなら、何も言わずに止めを刺しただろう。
だが、サイバは答えた。
理由は本人にもわからない。
そしてすぐに止めを刺さなかったことを、サイバはこの直後に後悔する。
「当たり前だ。風を操る俺様が気づかねぇわけねぇだろ。おかげで苦労したぜ」
「どういうことだ? 負けた言い訳のつもりか?」
サイバはそう言いながら、飛行船のあるほうを見上げた。
真っ黒な雨雲のすぐ下に、透明な飛行船が浮かんでいることを、サイバを含めたストリゴイ全員が知っている。
分厚く、黒と濃い灰色の雲は、スージーとともに見上げた時よりも暗いように見えた。
「いいや? 俺様の勝ちだ」
レイウッドがそう口にした瞬間、サイバは飛行船からレイウッドへと視線を戻した。
次の瞬間、閃光と轟音が鳴り響いた。
雷が落ちたのだ。
ハッとして飛行船のある方をもう1度見上げる。
透明なはずの飛行船は完全に姿を現し、電流をはじけさせ、真っ赤な炎に塗れながら、ゆっくりと落ちていく。
「いいか? 俺様は神だ」
レイウッドが苦し気で楽し気に語るが、サイバはそれどころではない。
雷が飛行船に直撃したと理解し、飛行船がもう落ちるしかないことを理解し、スージーの指揮棒も、無尽蔵にドリーを生み出していた装置も、自分やスージーやタザの拠点が失われたことも理解する。
「なんてことだ……」
「てめぇは神である俺様の怒りを買った。であれば、俺様は神の雷を落とす。当然だ」
レイウッドはそう告げ、血痰を吐いてから、豪快に笑う。
「今朝はすげぇ快晴だったのによ、なんで急に曇ったかわかるか? 俺様が曇らせてたんだよ! 俺様は空を飛べる。天気を操れる。雷も嵐も豪雨も思いのままだ! さっきまではなぁ! 雷を落とすために魔力も集中力も大きく割いた状態で戦ってやってたんだよ!」
「お前っ!」
サイバは怒りを滲ませ、レイウッドに振り返る。
殺してやると心に決め、必要以上の魔力を手に込めようと集中する。
しかしサイバが振り返った時、既にレイウッドは風を操って飛び上がっていた。
サイバがとっさにレイウッドを目で追うと、一瞬視界が明るくなる。
「死ね、凡人」
次の瞬間、また雷が落ちた。
閃光と轟音はサイバのすぐ目の前に叩きつけられ、放射状に広がり、サイバを一瞬だけ覆う。
次の瞬間、サイバは落雷地点から大きく外れた位置に倒れこんでいた。
全身を黒く焦がし、力なく沈むサイバは、だれがどう見ても死んでいるように見えた。
現在ネット環境がなく、スマートフォンで執筆しているのですが、絶賛通信速度制限中です。
投稿が遅れております。
あと一応主人公であるエリーの出番がなさ過ぎて作者自身もフラストレーションを感じています。
戦闘描写が苦手なのに最近ずっとこればっかりです。
エリーの出番まで、頑張ります。