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半ヴァンパイアは連れ去られる

すこし長くなってしまいました。お時間を取らせるかもしれません。

 ―今あの人、私を見てヴァンパイアって言ったの……?

 

 エリーは狼狽(ろうばい)する。突然現れ、真っ先に自分を見つけ、秘密を暴かれかねないことを言われては、狼狽(うろた)えないほうが無理だろう。

 

 だが、その一瞬の硬直は致命的だった。

 

 血まみれの男は近くにいるドーグやグエン侯爵を無視し、一瞬でエリーの眼前に迫る。 

 

 ―速いっ

 

 血まみれの男は右手を構え、エリーめがけて振りぬく。

 

 エリーはとっさに左に躱す。が、男はすでに次の攻撃を始めていた。

 

 右手を振りぬいた勢いでそのまま回転し、左足を後ろ回し蹴りのように放ったのだ。

 

 その左足はエリーのわき腹に直撃し、あばら骨数本を叩き折りながらエリーを吹き飛ばす。


 エリーは短くうめき声をあげ、きりもみ回転しながら王城の廊下を突き進み、壁に激突した。





 ―痛い……苦しい……息ができない……

 

 壁にめり込んだエリーは全身を弛緩させながら、かすんだ意識で考える。

 

 ―口の中がヌルヌルする。血? 

 

 口の端から血を流しながら、エリーは折れたあばら骨が内臓に刺さる痛みを感じた。

 

 ―やば、私吐血したんだ……内臓が傷ついてる……流石にこのままだと死ぬかも……

 

 ボロリと音をたてながら壁から崩れ落ちる。うつ伏せに倒れながら、わずかに動く首で血まみれの男の方を見る。

 

 血まみれの男はエリーが死んだと思っているのか、こちらを見ていない。床にあいた穴や割れた窓からスケルトンたちが続々と現れる。

 

 血まみれの男は王城の床を粉砕するほどの膂力で、襲い掛かるスケルトンたちを木っ端微塵に吹き飛ばす。

 

 拳や足の攻撃とは思えないようなその破裂音は、スケルトンと戦っているときに聞こえた音にそっくりだった。

 

 ―ああ、下の方から聞こえてた音は、この音だったんだ……

 

 エリーがぼんやりとその風景を眺めていると、血まみれの男はゆっくりとドーグとグエン侯爵のほうに歩いていく。

 

 ―もしかしてあの男が血まみれなのって、人でもかまわず殺してきたからなのかな? だとしたらドーグさんやグエン侯爵も……

 

 エリーはほとんど無意識に自身のスキル、ヴァンパイアレイジを使った。

 

 ―守れるかもしれないから、死にたくないから、いいよね……

 

 そのスキルによって、ハーフヴァンパイア(エリー)はヴァンパイアに近づいていく。瞳が赤く染まり、爪が黒く変色して硬くなり、犬歯が伸びて鋭くなる。

 同時に治癒能力が増大し、傷ついた内臓と折れたあばら骨の治癒が進んでいく。

 

 動けるようになったエリーは、蹴り飛ばされても剣を手放さなかった右手に力を込め、血まみれの男めがけて突進する。

 

 つい先ほどまで重傷だったエリーだが、スキルによってヴァンパイアに近づいたエリーの身体能力は、人間のそれを大きく凌駕する。

 

 赤い眼光の残像だけを残し、エリーはスケルトンたちに迫る。

 

 こちらに背を向け血まみれの男の方を向くスケルトンたちをすべて一閃し、血まみれの男の意識の外から全力の飛び蹴りを打ち込んだ。

 

 「エリー殿!」

 

 「お前無事なのか?!」

 

 二人の驚く声が聞こえたが、エリーにはそれに構っている暇はない。

 

 エリーの飛び蹴りをまともに受けた男は、バルコニーからこちらに来ていたスケルトンたちを巻き込んで飛んでいく。

 

 エリーはドーグとグエン侯爵の周りの敵の排除に成功したのだ。

 

 ―たぶん効いてない。でもドーグさんとグエン侯爵からは引き離せた。

 

 ”おそらくあの男の優先目標は私”そう考えたエリーは、スケルトンたちを背中でつぶして仰向けになった男の横を通り過ぎ、バルコニーに向かう。

 

 ―これであの男はこっちに来るはず……

 

 エリーの思惑通り、血まみれの男は立ち上がるとエリーを追いかけ始める。

 

 今のエリーの速度は人外のそれだが、血まみれの男はエリー以上の速度で迫り来る。

 

 ―ヴァンパイアより早いなんて、私より人間辞めちゃってるよこの人。

 

 追いつかれる前にバルコニーに到着したエリーは、後ろをゆっくりと振り返る。血まみれの男は当然のようにそこに立っていた。

 

 

 

 

 ドーグは、ほとんどパニックのような状態だった。海賊船の襲撃にスケルトンの侵攻、謎の男。これらはドーグの精神を追い詰めるだけの心理的負荷を与えていた。

 

 しかし、なにより彼を動揺させたのはエリーだった。

 

 「エリー殿が、ヴァンパイア?」

 

 ドーグは血まみれの男がエリーを見て言った言葉をはっきりと聞いていた。そしてつい先ほど、エリーが男に跳び蹴りをしながら目の前を通り過ぎた際、エリーの赤く変化した瞳と、一瞬だけそこに残った二つの赤い残像を見ていた。

 

 何がどうなっているのかわからず、ドーグはただ座り込んでいた。

 

 「おいドーグ! 逃げるぞ! エリーが作ったこの状況を無駄にするな!」

 

 グエン侯爵も、男の言葉を聞きエリーの姿をとらえていた。だがグエン侯爵は狼狽えることなく行動する。

 

 「し、しかしグエン侯爵、エリー、エリー殿がヴァンパイアかもしれないのです、、わ、私たちは彼女にずっと騙されて……」

  

 座り込むドーグの腕をつかんで立ち上がらせると、グエン侯爵はドーグの両肩を掴み叫ぶように諭す。

 

 「エリーは日光を浴びても平気だっただろうが! 俺たちを守ろうとしていただろうが! エリーはヴァンパイアでも敵でもない!」

 

 グエン侯爵はドーグの言葉を強く否定する。


 王都に向かう途中、グエン侯爵やドーグとともに何度か昼間に外に出る機会があった。ヴァンパイアであれば日光に当たるようなことはしないはずだとグエン侯爵は考えていた

 

 グエン侯爵の否定を受けて、ドーグは少し落ち着きを取り戻した。


 「とにかく今は」

 

 グエン侯爵が”逃げるぞ”と言う前に、カチャカチャという足音とともに騎士たちが現れた。

 

 「遅くなり申し訳ございません。我々がお守りいたします、どうぞこちらへ」

 

 本当に遅いな。とグエン侯爵は思うが口には出さず、ドーグとともに騎士たちの護衛され避難した。

 

 

 

 

 ―ドーグさんたちは、逃げられたかな……?

 

 バルコニーで血まみれの男と対峙しながら、エリーは思う。

 

 ―たぶんもう逃げたよね。またグエン侯爵がこっちに来たら、さすがに守れないよ。

 

 エリーの狙い通りドーグとグエン侯爵の包囲を突破し、逃げる時間を作ることには成功した。だが、エリーはもう限界だった。


 赤く変化していた瞳は元のダークブラウンに、爪や牙も人間と同じ色や形に戻っていた。ヴァンパイアレイジの効果が終わってしまったのだ。

 

 エリーの左わき腹、蹴り折られたあばら骨と傷ついた内臓がズキズキと痛み始める。治癒能力が増大したとはいえ、完治するには時間が足りなかった。

 

 エリーの口端からタラリと血が流れ出る。それはもうエリーが戦えないことを示していた。

 

 ―前はもう少し、効果が長かったと思うんだけどね。大けがをしたまま使ったせいかな……?

 

 ゴホッと血を吐き出すと、エリーは膝をつく。剣を構え血まみれの男を見ながら、しゃがみこんでしまう。

 

 血まみれの男は、ゆっくりと近づいてくる。もうエリーには、次の攻撃に対処する体力はない。


 ふと海賊船のほうを見ると、騎士たちが海賊船の周りでスケルトンたちと戦っているのが見えた。

 

 ―私じゃなくて、あっちに行ってくれないかな? なんで私を優先して狙うんだろう……?

 

 そう思いながら海賊船を見ると、先ほど城を砲撃した大砲2門がこちらを向いているのが見えた。大砲の奥には、砲弾を詰め込むスケルトンがちらりと見える。

 

 ―大砲? 狙いは私? いやおかしい、私を狙う理由がないよね。射線上に偶然私がいるだけ。なら、狙いは……?

 

 「ねぇ、血まみれの人、こっちに、来ないほうがいい、よ」

 

 エリーは近寄って来る男に、何度か言葉を突っ返させながら話しかける。血まみれの男はエリーの言葉に反応せず、ゆっくりと近づいてくる。

 

 「あぶ、ないよ? ほら、うえ、見て」

 

 エリーは剣を構えるのをやめ、上を指さしながら自分も上を見る。

 

 血まみれの男は、言葉を理解する理性など持っていなかった。が、エリーが上を指さしたのを見て本能的に釣られて上を見てしまう。

 

 もちろん上を見たところで、夜空とそびえ立つ城しか見えない。

 

 「放てぇ!」

 

 ギドの号令とともに大砲が放たれたのはその時だった。

 

 エリーは自身の死を覚悟した。砲弾が直撃しなくても、たぶん掠るだけで今の自分なら死ぬだろうと思っていた。そして目の前の男も、死ぬには至らなくても大きなダメージぐらいにはなると、そうも考えていた。

 




 大砲から放たれたのは、通常の砲弾ではなかった。魔法効果を付与された捕獲用の砲弾は、空中で網状に変形すると、血まみれの男を捕縛し締め上げる。

 

 そして大砲は2門あった。当然捕獲用砲弾はもう一発放たれ、それは血まみれの男の近くにいたエリーに絡みついた。

 

 「……え? 何これ?」

 

 ギュゥッと網に締め上げられながら、エリーは間抜けな声を出してしまう。死ぬ覚悟を決めたのに、思いもよらぬ形でそれを裏切られてしまったせいだ。

 

 そして大砲を撃たせたギドは、目標の男を捕縛できたことにしか意識が向いていなかった。

 

 「よし、成功だぁ! もうこんなところに用はねぇ! お前ら撤退だぁ!」

 

 「え? え?」

 

 エリーは困惑している。そして目の前から”ブヂィ”という嫌な音が聞こえた。

 

 血まみれの男は自分に絡まった網を引きちぎっていた。

 

 ブヂィという音が鳴るたびに、網は一本ずつちぎれていく。そしてどんどん網は引き裂かれ男の体は自由になっていく。

 

 ―嘘でしょ? この網すごく硬いし締め上げられるせいで体が動かせないのに、あの人どれだけの力で引きちぎってるの……?

 

 男の行動を見ていることしかできないエリーは、突然網を引っ張られる。引っ張られた方を見ると、網から縄が伸びているのが見えた。

 

 ―この網、大砲に縄でつながってる。捕まえて回収するつもりなんだね。

 

 エリーはさらに引っ張られ、2階バルコニーから転落する。網に締め上げられ何もできないエリーは、なされるがまま落っこちることしかできない。

 

 落ちた衝撃で剣がポキリと折れてしまった。折れた剣は体に刺さることはなかったが、傷ついた内臓に落下の衝撃が走った。


 「うぐっ、痛いよ、もっと、優しく回収、してよ」

 

 エリーは独り言を言う。独り言を言う余裕があるのではなく、それくらいしかできることがなかった。

 

 同じように男も落ちてくる。網を引き裂きながらも抜け出せていないようだ。魔法により獲物を締め上げる効果を付与されているため、穴をあければすぐに抜け出せるというわけではなかった。

 

 王城の出入り口や窓から、10体ほどのスケルトンが飛び出してくる。彼らは網に捕らわれたエリーと血まみれの男を担ぎ上げると、海賊船の縄梯子に向かって走り始めた。

 

 ―ああやっぱり私も攫われる感じ? 私スケルトンから恨みを買った覚えなんてないんですけど。

 

 全く抵抗できない状況で、逆にいつものテンションに戻ったエリー。同じように攫われかけている血まみれの男は、スケルトンに抱えられたまま暴れ続けている。

 

 そしてエリーたちを抱えたスケルトンたちが海賊船から垂らされた縄梯子を上り終える直前、男は網を抜け出して脱出してしまった。

 

 そしてそれに気づいていないギドは、大声で出航を告げる。

 

 「抜錨! さっさと帰るぜぇおまえらぁ!」

 

 ゆっくりと海賊船が動きだす。左右の馬車の車輪に悲鳴をあげさせながら超信地旋回(ちょうしんちせんかい)敢行(かんこう)し、破壊した北門に向けて前進する。

 

 ―たぶんこのスケルトンたちの狙いはあの男の方だよね。私だけしか攫えてないんだけど、帰っちゃっていいの? というか私に用はないだろうし開放してほしいんだけど

 

 エリーの望みはかなえられず、海賊船はエリーを乗せたまま王都から逃げおおせるのだった。

 

 「待ってろよご主人様ぁ! 今日こそ吾輩の成果を褒め称えさせてやるぜぇ!」

次話は王城内の別視点か、さらわれたエリーの話になります。

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