空中戦
ほとんど登場していないレイウッドの話です。
魔法ってのは、何かを生み出すものだ。
火の魔法適正なら、手のひらとかから火をおこし炎が出る。
氷なら、冷気や氷が出る。
何かを生み出すことが第一歩で、出した何かを操れるようになるには、相当な努力とセンスがいる。
だが、俺様は違う。
最初から”操る”が出来る。
何せ俺様のスキルは、魔法適正:操風、なのだからな。
俺様の名はレイウッド。
この国の冒険者の中で一番有名で、一番すごく、一番強い。
そして、唯一空を飛べる人間だ。
今から5~6年前、なんとかとかいう貴族が俺様に言ったんだ。
「空を飛べるなら、天気くらい操れるだろう?」
この俺様に対して上から目線。
しかも発想が突飛すぎていて、ふざけているようにしか聞こえない。
クソみたいな脳みそしてやがると思った。
だからこう答えてやった。
「当たり前だ。俺様を誰だと思っている」
その日から祭りやらの祭事のたびに俺様は王都に呼ばれ、雨雲を遠ざけてやるようになった。
干ばつがひどい地域があれば呼ばれ、雨雲を運んできてやるようになった。
一生遊んで暮らせそうな額を、その度に報酬として受け取った。
当然だ。
天気を操るなんざ、俺様にしか出来ないことなんだからな。
いや、神様にしか出来ないことだ。
つまり俺様は、神だ。
今年も春の終わりになった。
そろそろ祭りがある。
俺様は愚民どものために気を利かせて、早めに王城にやってきた。
最上級の客室を占領し、キレイどころのメイドを5人ばかり侍らせて、祭りの日までのんびり過ごしてやろうと思ったんだ。
「おい、朝飯を持ってこい」
「かしこまりました。献立はどのようにいたしましょう?」
「肉に決まってんだろ。豚じゃねぇぞ。牛だ。あらかじめ一口大に切って、ニンニクと胡椒をたっぷり使って焼いたのと、柔らかいパンと、あとはワインだ。野菜はいらない」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
俺様のふるまいを見た貴族の誰かが、なんて贅沢な暮らしをしているんだと零していた。
ふざけんな。
むしろ貧しいだろ。
俺様は神なんだぞ。
これでも随分とこらえてやっているというのに、何をふざけたこと抜かしてんだボケ。
ま、神様のことなんざ下々が理解できるわけもない。
下らねぇことは無視して、俺様は王城でのんびり過ごすとするか。
……なんて思っちまったのが悪かったらしい。
ドカーンと南東のほうから爆発音みたいなのが鳴りやがった。
城の中が一気に騒がしいくなる。
物々しい鎧を着た連中がドタドタと走り回りやがる。
「騒がしいなクソ。何があったんだ?」
侍らせていたメイドにそう聞いたが、わからんという返事が返ってきた。
このメイドはずっとこの部屋で俺様をもてなしているんだから、知らなくて当然だった。
「使えねぇ」
いつもこうだ。
俺様以外は誰も使い物にならん。
もっと俺様を見習って、全知全能に一歩でも近づけっつうの。
「面倒だ。俺様が自分で見てくる」
俺様はそれだけ言って着心地のいいバスローブを脱ぎ捨て、適当に着替える。
適当っつっても最高級生地の服だけどな。
メイドどもが”お待ちください”とかさえずっていやがるが、全部無視だ。
なぜ俺様が下々の声に耳を貸さなきゃならんのだアホらしい。
客室のでかい窓を全開に開き、飛ぶ。
周囲の風を操って、自分の体をふわりと浮かせ、王城の真上にまで飛び上がる。
ここからの景色は俺様にだけ許された、神の視点だ。
ここからすべてを俯瞰してやる。
「さて、何があったのか見せてもらおうか」
太陽に背中を向け、滞空しながら王都全体を見下ろす。
すぐに異常が見つかった。
「あ? 何あれ」
俺の少し下あたりの空中から、赤いローブを着たやつが大量に飛び降りてやがる。、
いや意味わからん。
なんかの儀式か?
つか何もない場所からどうやって飛び降りてやがる?
近づいてよく見てやろうと思った瞬間、また南東の方からでかい音がした。
「さっきの音はあれか」
俺の興味は赤ローブの連中から、南東区で暴れている奴に移った。
やせっぽっちの魔法使いだ。
そいつが家屋に手をかざすと、でかい音が鳴って、家屋がバラバラに吹っ飛んでいやがる。
「テロってやつか。俺様がくつろいでいるときに面倒なことしやがって」
気持ちよく朝飯を食う予定だったのに。
イライラしてきた。
あの野郎土下座させてやる。
コソコソするのは趣味じゃねぇが、大回りをしてあの魔法使いの死角を突くように、まだ無事な家屋の上に降りる。
その間もあの野郎は、バカスカ魔法を撃って建物をぶっ壊し続けている。
あの感じは衝撃波だな。
なかなか上手じゃねぇか。
俺様は奴に向かって右手のひらを向け、適当にぶっ放す。
たいていの人間や魔物なら一撃でつぶせる竜巻だ。
撃った瞬間、奴はこっちを見た。
だがもう避けようとしても間に合わねぇ。
周囲の風を巻き込み、うねりのたうつ竜巻だ。
ちょっと横に跳んだぐらいじゃ、巻き込まれて終わり。
「ハァッ」
奴は気合を入れるように息を吐いて、真正面から俺様の竜巻に向き合い、手をかざした。
建物を壊す時よりもかなり大きい破裂音が鳴り、俺様の竜巻は衝撃波にかき消された。
ま、予想通りってとこか?
「よう! 何バカスカやってんだ? 俺様の朝飯の邪魔してんじゃねぇぞ」
「ふむ。お前がレイウッドか。邪魔が入るだろうと思っていたが、まさかお前が来るとは思っていなかった」
俺様を見てもビビらなかったことは褒めてやる。
竜巻を真正面から打ち消したことも、まぁ褒めてやる。
だが、俺様に対してタメ口をきいたことと、”お前”呼ばわりするのは許せねぇ。
不敬罪だ。
これもうキレていいよな。
「何見下してんだコラ!? 頭を垂れて許しを請え! そうすれば両手両足だけで許してやる」
やせた魔法使いにそう怒鳴り、俺様は風を纏って浮かび上がる。
屋根の上から見下ろすんじゃ足りねぇ。
神とただの魔法使いにどれだけ位の差があるのか、わかりやすく見せてやる。
そう思ってほぼ真上にまで浮かび上がって見下したが、奴の態度は変わらなかった。
「残念だがそうはいかない」
奴は両手足から同時に、下方向に衝撃波を放った。
反作用で奴の体は上に向かって跳びあがる。
当然だ。
そして奴は跳びあがった最高高度で、もう1度衝撃波を下に放った。
「……何晒してんだ、てめぇ」
パァン、パァンとリズミカルに音が鳴り、そのたびに奴の体が上空に向かって押し上げられる。
地面に落ちる前に、上に向かう。
奴は俺様の、俺様だけの領域に侵入してきやがった。
「この空は俺様のもんだ。てめぇみてぇな愚民が来ていい場所じゃねぇ。今すぐ降りろ」
「レイウッド。空を飛べるのは僕も同じだ。それに僕は高所を取られた状態で戦うなんて御免だ」
完全に、ブチギレた。
「わかった。てめぇは死刑だ。俺様が死刑を執行する」
「お前は厄介そうだ。僕がつぶしておこう」
それ以上はしゃべらない。
本気も本気、マジの全力で、こいつを殺すことにした。
南東区の上空で、サイバとレイウッドの戦いが始まった。
地上でドリーと冒険者らが戦う真っ最中にもかかわらず、彼らは遠慮なく魔法の応酬を繰り返す。
レイウッドは風を纏い操り、曲線を描くように飛び、サイバめがけて竜巻をいくつも放つ。
対するサイバは強烈な衝撃波を発生させ、その反作用で直線的に飛び、レイウッドを衝撃波の射程距離にとらえようと、竜巻を避けながら接近を試みる。
うねりのたうつ竜巻は、サイバをめがけて轟音を鳴らす。
天空から、地上から、レイウッド自身の手から……あらゆる方向から迫る竜巻を、サイバは瞬間的な加速と停止を繰り返すことで避けきる。
そして隙を見つけてはレイウッドに迫り、レイウッドは接近されることを嫌って距離をとる。
これはレイウッド自身も初体験の、空中戦だ。
なかなかサイバを仕留めきれないことに、苛つきと焦りが生まれる。
「これもしかして、俺様が苦戦してる……?」
そう自覚した瞬間、レイウッドの怒りのボルテージが上がり、攻撃が苛烈になっていく。
「く……」
サイバは攻めに回ることができず、いたずらに魔力と体力、集中力を減らし続ける現状に歯噛みする。
お互いに決め手に欠ける中、戦いの終わりは唐突に訪れた。
ちりちりチリチリチリチリチリチリチリチリ。
サイバの懐にある、共鳴鐘が鳴った。
緊急を告げるかのように激しく、長く、荒々しく。
「スージーに何かあったのか」
そう思った瞬間、サイバは本日最大の出力で衝撃波を放っていた。
「うお! なんだ!?」
サイバとの距離がそれなりに開いていたにもかかわらず、腹の奥が震えるほどの衝撃があった。
ダメージはないにせよ、空中での体勢を軽く崩される。
「……は?」
レイウッドは体勢を整えてサイバを探し、そして戦いの行方を悟った。
「ふっざけんじゃねぇえええええええええっ! どこ行きやがった! あのクソやろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
一瞬前まで戦っていたサイバが忽然と消えたことが、レイウッドを限界まで怒らせた。
だが怒りをぶつけるべき相手が、今まさに消えたのだ。
「ああああああああああああああああああああああああああ! もういい! 殺す! 必ず見つけ出して、俺様の怒りを買ったことを後悔させてやる!」
全力で雄たけび、レイウッドは集中を始める。
怒りの感情は集中を阻害せず、むしろ促進させた。
晴天だった空が、少しずつ、曇り始める……
一気に高度を上げたレイウッドは、サイバを見つけ出すべく目を凝らす。
「必ず、必ず殺す。俺以外に空を飛ぶ人間はいらねぇ」
もはやレイウッドがサイバを殺そうとする理由は、1つだけになっていた。
レイウッドにとってサイバの存在は、自身のプライドとブランドを損なう。
今やそれだけがレイウッドの殺意の根源なのだ。