戦禍・北西区
王城前広場で、スージーを乗せたドリージェネラルが指揮棒を振るった。
それを合図に、王都全体に降り注いだ大量のドリーたちは動き始める。
放り投げた人形のように倒れていた体をムクリを起こし、大きすぎる袖をいっぱいに膨らませ、凶器をむき出して立ち上がる。
冒険者、兵士、騎士など、水面下で王都に移っていた者たちが、ドリーたちを明確に敵と確信したのはこの時だった。
ある程度一般人に扮していた彼らは一斉に武器を抜き放ち、立ち上がって向かってくるドリーを正眼にとらえる。
すべてのドリーは、剣、槍、戦斧、鎌、あらゆる凶器を両方の袖からこぼれさせ、ゆったりと歩いて向かう。
ドリーに下されている命令は、2つあった。
1つは王都の中にいる人間の殺害。
もう1つは、建造物の破壊だ。
冒険者たちがドリーの正体や戦い方、適した距離を測る。
対するドリーは、そんなものお構いなしに、ゆったりとした歩調を崩さない。
殺す。
壊す。
それだけを考えるドリーは、やはり人形でしかないのだ。
冒険者とドリーの距離が7歩ほどまで近づいた瞬間、ドリーは赤いローブを翻し、一気に跳んだ。
ドリーの破壊活動が開始されて、約1時間。
王都の北西区はほぼ壊滅といっていい状況に陥っていた。
立っている人間は、ちょうど今2人にまで減った。
北西区にいた冒険者らはドリーの一凪を受け、無残にも切り刻まれ倒れた。
攻撃を受け尚生きているものは、しっぽを巻いて逃げた。
もとから半壊していた家屋は崩れ去り、集団墓地は踏み荒らされ、ただの瓦礫が散乱するだけの場所に変り果てている。
たった2人にまで減った、無事な人間。
その2人の周りは多数のドリーが囲ってしまい、逃げ道は完全にふさがれているようだった。
絶望的な状況の中、1人が呟いた。
「ヤバいな」
そうつぶやいたのは、赤いローブのドリーとはまた違う真黒なローブを着た、古ぼけた槍を背負った冒険者の、ユーアだった。
ユーアの隣にいるのは、戦斧を担いだ神官のマイグリッドだ。
「今更それ言いやがりますか。というか本気でヤバいとか思っていやがりませんだろコラ」
「まぁな。もう立っている奴は全員斬っていいんだろ?」
「私まで斬るつもりですかこの野郎死ね」
2人の会話の最中も、構わず包囲を狭め続けるドリーを眺め、2人はそれ以上の会話を中断する。
口にするのは、最低限の合図だけだ。
「おい」
「隔ての光」
ユーアの一声にタイミングを合わせ、マイグリッドは奇跡の1つ、隔ての光を使う。
午前中とはいえ昼が近い今、晴天の今日この時、日光を糧に希う奇跡は、最大の出力を持って齎される。
ただしその光の壁は、ドリーではなくユーアとマイグリッドを隔てるように展開された。
その隔ての光がもたらされた一瞬、ユーアは剣を振る。
「愚連断」
技の名を小さく口に出し、ばねのように全身をしならせ、一瞬で横に360度一回転。
振りぬいた瞬間は目に見えず、強烈な破裂音が鳴った時には、すでに振り終えている。
マイグリッドの隔ての光が一瞬陰りを帯びた後、ユーアとマイグリッドを囲うドリーは動きを止めた。
「一応言っときますけど、これ神の軌跡とかいう御大層な名前ついてやがるんですよ」
マイグリッドは戦斧を背中に戻すと、自分が展開した隔ての光をカンカンとノックする。
「だからなんだ」
ユーアも剣を振りぬいた姿勢を戻し、剣を鞘に収めながら聞き返す。
「だからですね、神の軌跡である隔ての光でギリギリ防げるって、どんだけヤバい攻撃してんですかって言ってるんですよ」
ピシリと亀裂が入り、光の粒子となって溶けてゆく隔ての光を、ユーアは睨むように見上げた。
フードが外れ、ユーアの灰色の毛髪が露になる。
「いいだろ別に」
懐から葉巻煙草を取り出して加え、火をつけ、一息吐いた。
「おかげで一瞬だっただろうが。文句言うな」
ドリーの身にまとう赤いローブの裾が、ピラリと落ちた。
それを皮切りに、2人を囲うドリーたちが次々に倒れこむ。
すべてのドリーは、一瞬で腹を真っ二つに切り裂かれていた。
否、腹だけではなく、首、胸、足、腰、腕、すべてを一様に、真横に断たれていたのだ。
バラバラになって鉄くずへと変わったドリーは、もう動くことはない。
マイグリッドは懐かしそうな顔でユーアの顔と、バラバラになったドリーを一瞥し、ユーアの懐から煙草を奪い、清火で火をつけ、それから口を開いた。
「わかっていやがると思いますが、使う前に一言いいやがってください。隔ての光が間に合わないと私まで真っ二つになっちまいます」
「わかってる。何年来の付き合いだと思ってんだ。あと煙草、勝手に取るの止めろ」
「趣向品持ち歩くほうが悪いんです。盗れって言ってるようなものじゃないですか」
その場のドリーを一掃し、余裕しゃくしゃくと言った感じで会話をする2人は、ふと空を見上げた。
なんとなく気になったというより、冒険者、神官戦士としての感、というほうが近いだろう。
ユーアが見たものは、空から降り注ぐ赤だった。
他の区画にはもちろん、北西区のユーアとマイグリッドめがけて多数の赤、ドリーが降ってきている。
「おい、追加が来たぞ」
そしてマイグリッドが見たものは、急激に王都の上空を覆い始める、真黒な雨雲だった。
「しかも曇り始めて……あ、いや、レイウッドが本気になってやがるっぽいですね」
2人がそう会話している最中も、ドリーの集団がどんどん落ちては近づいてくる。
ガコン、ドゴンと嫌な音を立て、2人の周辺には先ほど以上の数のドリーが降りそそいだ。
そして無造作に起き上がっては、近い順に襲い掛かる。
2人はドリーの攻撃を避け、掻い潜っては反撃し、合間に会話を続行する。
ドリーとユーア、マイグリッドの間に、歴とした実力差があってこそできる芸当だ。
「ユーア、もう一発いけやがりますか?」
「余裕だ。お前は?」
「無理。隔ての光でも、曇っていては防ぎきれません。絶対に愚連断は使うんじゃねぇぞこの野郎」
「じゃあなんで聞いたんだ……面倒だな」
「曇らせていやがるレイウッドの野郎に文句言いやがってください」
ユーアの剣がドリーを切り裂き、マイグリッドの戦斧が2~3体のドリーをまとめて薙ぎ払う。
しかし、倒したそばから新たなドリーが2人の周囲に降り注ぎ、ドリーの数は増える一方だ。
「きりがない。根幹を絶たないとじり貧だ」
「というと?」
「こいつらはさっき、俺たちを狙って大量に下りてきた。おそらくどこかで誰かが指示を出してる。そいつを叩く」
「今からこの数をかいくぐって探しに行くってことですか? マジで言ってやがります?」
「このままじわじわ体力を奪われたいならここに残れ」
「クソ面倒ですね。隔ての光」
マイグリッドが唱えると、光の壁が2つ現れた。
ユーアとマイグリッドの2人とドリーたちを隔て、南東へまっすぐに道を作るように、2枚の光の壁が輝く。
「なぜ南東なんだ」
「王都全体を見ながら指示を出している奴がいるとしたら、どうせ王都の中心にいるに決まってんです。あと近衛騎士どももいやがるでしょうから、ほかの区画より安全だと思うんですよね」
2人が会話している間、ドリーたちがただ見ているわけはない。
ドリーたちはは隔ての光に向かって凶器だらけの両腕を振るい、攻撃を続ける。
そのたびに隔ての光は陰り、少しずつ光量を減らしていく。
「曇っていやがるんでさほど持ちやがりません。さっさと中央に行きますよ」
「わかった」
ユーアとマイグリッドの2人は、それぞれ剣と戦斧を手にしたまま王都の中央、王城のほうへと走り出した。
エリーやギドの話はしばらく後になるかと思います。
もう少し王都でのほかのキャラの活躍を描きたいので、もう少しお付き合いください。




