晴れ時々赤
アドニス、クゼン、ローザ、そして魔術師9人は、エリーたちによって捕獲された。
その日の朝、エリーらの動きを知ることが無かったストリゴイの工作員、戦闘員、研究員は、予定通りの動きを始める。
中でも真っ先に動き出したのは、研究員であるスージーだった。
人間の国にはいないはずのドワーフである彼女は、立派な成人女性でありながらも、外見が10歳前後の少女にしか見えない。
そのことがコンプレックスであり、ずっと引き篭もっていたいという気持ちは今も変わらないが、今日この時だけは、堂々と人前に出るのだ。
長いレンガ色の髪を高い位置でツインテールに結び、顔を真っ白に染め上げる。
ひと目見ただけで厚化粧とわかるほど、真っ白に。
両目のすぐ下の頬には、真っ赤なひし形とハートを描く。
スージーの身に纏う、深い赤を基調としたチェック柄のドレスには、袖や襟に白いフリルがあしらわれ、スカートからは白いタイツを履いた足と、真っ赤に染められた革靴が見える。
最後に、幼女体型のスージーには大き過ぎる指揮棒を手に取り、後ろを振り向いた。
スージーの後ろにいるのは、工作員であるサイバだ。
「どうでございますか?」
「派手だが、よく似合っている。道化師のようにも見えるが」
「それは私の趣味でございますわ。ピエロは派手で目立ち、そして美しくも珍しい芸を魅せる者でございますから、私にピッタリでしょう?」
幼女の道化師にしかみえず"可愛い"と言う感想しか出てこなかったが、サイバはとりあえず頷いておくことにした。
「スージー、これを」
「これは?」
サイバはスージーに、小さなベルを手渡し、そして同じものをもう1つ取り出して見せた。
「これは共鳴鐘と言うもので、片方が鳴ればもう片方も鳴ると言うだけの魔道具だ」
そう言って手渡した方のベルをスージーに握らせ、続ける。
「スージー、僕は君の作ったドリーの強さを信じている。だが君自身は戦闘なんて無理だ。危険が迫ったと思ったら、そのベルを鳴らしてくれ。すぐに僕が君のところへ飛んでいく」
スージーはこっくりと頷き、サイバをしっかりと見上げた。
「分かりましたわ」
王都の上空に浮かぶ透明な飛行船の中、サイバとスージーはもう1度うなずき合い、出口へと向かう。
その日の朝、災禍の始まりが、王都へと堕ちた。
朝、唐突に破壊が撒き散らされた。
王都の中でも富裕層の多い南東区で、強烈な破裂音が鳴り響く。
破壊された家屋の残骸が周囲にばら撒かれたのは、その直後だった。
瓦礫に混じって人が舞い、赤の飛沫も跳ねた。
わかりやすい非常事態だ。
悲鳴と怒号は南東区だけに留まらず、中央の王城付近にまで鳴り響く。
リオード伯爵の働きかけにより、王城内の警備を強化していただけに、対応は早い。
近衛騎士が、王城とたった1人になった王族を守るべく、ゾロゾロと城の周りに布陣を始める。
そんな彼らの前に、どこからともなく小さな道化師が現れた。
年の頃は10歳前後。
赤い派手な服に、真っ白に染めた顔、深い笑みは余裕と嘲りと、楽しさを伺わせている。
南東区に降りたサイバの破壊活動を合図に、スージーは王城の前に現れたのだ。
わかりやすい非常時に現れた道化師は、体格や姿、優雅な所作を含め、愛らしいという印象を与える。
近衛騎士の1人が、唾を飲みながら問うた。
「なんだ、君は」
非常事態と愛らしい道化師の少女。
TPOの一切を無視したかのような組み合わせが、直感的に伝えていた。
この道化師の少女は危険である。
近衛騎士の問いに答えるように、スージーは手に持っている長い指揮棒を振り上げる。
近衛騎士達がスージーの動作に警戒を強めると同時に、それは跳んだ。
「上だ! 気をつけろッ」
"ビュウ"と音を立て、赤い何かが降ってくる。
そして次の瞬間には、スージーの背後に着地していた。
それはシルエットで言えば、体格の良い軍馬が近いだろう。
だが馬の首があるべき場所には、人の上半身と思しきものが乗っている。
全体をワインレッドの布で覆い、両腕は太く長過ぎる袖に隠され、チラリと見えたフードの下は、黒い帯に巻かれた人の頭部らしきものがある。
それがスージーの背後に、どこからか降り立ったのだ。
4つの蹄で着地の衝撃を耐え、スージーを守るかのように。
一連の出来事は、近衛騎士達から現実感を奪い去るには十分だった。
「何なんだあれは?!」
「どこから現れた!? どこからか降ってきたんだ!?」
スージーは事態に困惑する者が多くいる様子を、ニッコリと一眺めし、ようやく口を開く。
片手でスカートを軽くつまみ上げ、優雅にお辞儀をする。
そして先ほどと変わらぬ笑みで
「皆様に、最期をお届けに参りました。私の名はスージーでございます」
そう言った。
カツン、と指揮棒で石畳を叩く。
「今朝はよく晴れてございますわね。私天気の占いなどが出来るのでございますが、最初の芸として、本日のお天気の予言を行いたいと思います」
もう1度、カツンと、石畳を叩く。
「本日はまる1日晴天。このグレイド王国の都にございましては、時々赤が降るでしょう」
カツン
3度目に指揮棒が石畳を打ったと同時に、予言は現実となった。
スージーが指揮棒で空を指し、自分も空を見上げる。
釣られて空を見上げた近衛騎士達は、それを見た。
王国の中庭からそびえる塔の、更に少し高い位置。
何もないように見えるそこから、まず赤い点が見えた。
次第にその赤点は面積を増し、空を覆うように広がる。
「なんだ、あれ」
空を見た近衛騎士の誰かがそう聞いたが、答えられる者は、スージー以外には誰も居ない。
赤い何かは加速度的に広がり、重力に従って落下し続ける。
最初は赤い点。
次は赤い膜。
そして今は、赤い物体が多数、広がりながら接近していることがわかる。
バタバタと言う布が激しくなびく音が聞こえたすぐ後、それらは地面に激突した。
家屋の屋根に、壁に、地面に、通りに、公園に、噴水に……
ガツンと激しく落下し、2〜3度跳ね返り、止まる。
数え切れない程の赤い何かが、王都中に撒き散らされた。
そこら中から騒ぎの音が響く。
中でも王城前広場には多数落ちた。
スージーを囲うように、守るように、幾つも落ちた。
たが王城にだけは1つも落ちなかった。
近衛騎士や王都中にいる冒険者や騎士達が、赤い何かの正体を知ったのはその後だ。
それらは、赤いローブを着た人形のような何かだ。
ブカブカの袖はペタリと地面に広がり、それらに腕が無いことがわかる。
ローブの下は黒いつなぎ服のようで、落下の衝撃で外れたフードの下の頭部すら、黒い帯で巻かれている。
「ね? 言った通り、赤が降りましたでしょう?」
自慢げで得意気なスージーの1言を皮切りに、それらは一斉にムクリと起き上がった。
太く長い袖の中には腕が無いはずだったが、"ジャコ"と言う音と共に、剣や槍、大鎌、戦斧などが袖から飛び出し、腕の代わりに地面について起き上がったのだ。
スージーはその様子に大変満足し、何が起きているのか理解しようと必死な近衛騎士達に、それらを紹介する。
「これらはドリー。私が作り、無尽蔵に増え、この王国を蹂躙するモノでございます」
スージーは最初に呼び出した、馬の体と人の上半身を持つドリーの背に跨り、続ける。
「そしてこれがドリージェネラル。私を守りながらドリー達を指揮するドリーでございます」
ドリージェネラルに指揮棒を渡すと、ドリージェネラルの背中の上で、もう1度優雅にお辞儀をして見せた。
「もしこの王都、王城、そして王城の中に居られる方々を守りたいとお考えなら、このスージーとドリージェネラルをお討ちください。もし可能なら、でございますが」
スージーがそう言い終わると同時に、ドリージェネラルは指揮棒を振る。
すると、王都に降り立ったすべてのドリー達が活動を開始する。
命を奪い、あらゆる物を破壊するべく、動き出す。
「それでは、2つ目の芸をお楽しみくださいませ」
遅くなりました。
執筆は自室などの、一人で静かな場所でしか出来ない人なのですが、最近は外泊が多く手が付けられていませんでした。
もう少しペースを上げたいとは思っております。