吸血碗のヴァンパイア
「メイドの嬢ちゃん、小僧、終わったぜ」
クゼンの宣言から1秒ほど間を開けて、チェルシーとギンラクが聖堂に現れた。
チェルシーは死体と血で床を汚し切った聖堂を黙って一瞥し、ギンラクは軽くむせた。
「……」
「外からでも匂ってたけど、やっぱ現場は血の匂いが濃いな」
「そのうち慣れるさ」
全身を血に染めたクゼンは若干興奮気味に問う。
「生きてる奴は居たかい? 神官戦士はあと1人らしいが、神官の残り人数はわからなかった」
「何人かいましたが、眠らせておきました。皆殺しは不味いんでしょう?」
「眠らせたのは俺だぞ。自分の手柄みたいに言うなよ」
チェルシーとギンラクの会話を聞き、クゼンはスゥ―ッと息を吐く。
肩を降ろし、半目で足元を見下ろし、脱力を意識する。
「ふぅ、んじゃ、今日の仕事は終わりだな……ああ思ったより楽しめた。いや想像以上だった」
快活に、満足気にそう言い切ったクゼンだったが、声色から若干の物足りなさがうかがえた。
楽しかったのは事実。
久々に体を動かせて気持ちがいいのも事実。
だがまだ少し物足りない。
それを感じないように、”満足した”と自分に言い聞かせている。
興奮を治め、落胆を含みながらも冷静になったクゼンは、目元の返り血を拭う。
「他のところはうまく行ったかい? この場に居ない4人の様子はわかるか?」
「ええ、うまく行ったみたいです」
「問題ないみたいだぜ」
「そうか。それじゃ合流して帰るか。仕事も終わったことだしな」
終わり。
楽しい時間は終わり。
だが次の夜には、また楽しめるかもしれない。
ストリゴイが大暴れした後の後詰ではあるが、今日ほどでなくとも楽しめるかもしれない。
戦いを終えた後の妙な静けさを感じながら、チェルシーとギンラクを先導するように、教会の屋根の上に向かうべく、窓へと向かう。
「……いいえ。もう1つ」
「ああ、あと1つあるな」
そう背後から聞こえた時、クゼンの第六感が警鐘を大音量で流した。
とっさに横に跳ぶ。
が、それでも少し遅い。
チェルシーの履いたブーツのつま先にこめかみを捉えられ、グワンと頭を揺らされる感覚と共に派手に転がる。
聖堂の横長椅子を派手な音ともに破壊し、ヌメリを帯びた血だまりの上を滑走しながら、体をねじって振り返った。
「なにをッ!」
”何をする!?”と口にするはずだったが、そんな余裕はない。
両手を広げてこちらに伸ばし、今まさにクゼンの頭を掴もうとするギンラクが目の前にある。
「うぁあ!」
とっさに短く吠え、起こした上体を再び仰向けに倒し、ギンラクを真上に蹴り上げる。
だが大した力で蹴ることは出来なかった。
ギンラクの体は天井まで届かず、そのまま垂直に降って来る。
「どういうつもりだ!」
ギンラクは無言のまま慌てて手足をばたつかせながら落ちて来る。
隙だらけのそこを捉えようと身構えつつ怒鳴る。
だが……
「黙りなさいウジ虫」
嫌悪感だらけの罵声と共にチェルシーの踵が迫る。
顎を狙った、斜め下からの蹴り上げである。
ロングスカートをひるがえし、上体を腰より下まで下げながらの蹴り。
動作、踵の軌跡、見た目、全てからある種の美しさを見て取れるが、それは殺傷性と破壊力の大きさを物語っていた。
クゼンはギンラクへの追撃を諦め、距離を取らざるを得ない。
”ブォン”と音が鳴り、続いて風にあおられた血だまりが小さく靡く。
ギンラクが着地を終えたのはその直後だ。
「大食いクゼン。あなたのスキルは吸血碗ですね」
チェルシーが何事も無かったかのように立ち、ギンラクはチェルシーから数歩離れ、クゼンの退路を断つように位置取りする。
少しずつ迫りながら、チェルシーはクゼンに、どこまでも冷たい視線と共に語りかける。
「先ほどの戦い……というか、弱い者いじめは見ていました。あなたは突き刺した腕から直接吸血していたのでしょう。あなたは殺傷と補給を同時に行うことで、疲労することなく全力で動き続けることが出来た。どれだけダメージを受けても消耗しなかった。そうですね」
「……よくわかったなメイドの嬢ちゃん」
「あなたの逸話を聞いたときから、きっと吸血碗だろうと予想していました。戦闘の真っ最中に、隙を見せることなく吸血できる。そして敵の数が多ければ、それだけたくさん補給できる。人間相手の持久戦において、あなたは間違いなく最強です」
「その通りだ。で? なんで裏切ったんだ。このジジイに聞かせてみな」
「裏切る? チェルシー達は最初からあなた方ウジ虫同盟の仲間ではありません。ですから裏切ったなどと言わないでいただけますか? というかその言葉はエリーが気にするので、2度と口にしないでください」
クゼンはチェルシーの言葉の意味を咀嚼し、鼻でため息を吐く。
そして静かに、敵2人の腹の底を探る。
チェルシーからは明確な敵意と侮蔑を感じ、ギンラクからは緊張と使命感が見て取れた。
「あ~、わかった。それで? たった2人で俺に勝てるのか? ……いや待て、問い方を変える」
クゼンは嗤う。
「たった2人で、俺を楽しませてくれるのか?」
もはや言葉を交わすのは止めだと闘気を帯びるクゼン。
対するチェルシーは、酷く冷め切った目で一瞥し、さらに続ける。
「ついでに言っておきますと、あなたの逸話の中にある、いつも3人分以上の人間の血を吸う、というのは嘘です。あなたは3人分では事足りないほどの量を吸血碗で吸っておきながら、先ほど最後に殺した神官のように、派手に血を吸った死体を3つ残しているのです」
クゼンは無視し、挑発する。
「……俺はいつも先手を譲る。ほら、来いよ。そっちの小僧からでもいいぞ」
そしてチェルシーもクゼンの挑発を無視する。
「理由は色々あるのでしょうけど、具体的な理由はわかりません。恐らくあなたは、吸血痕の無い死体ばかりでは違和感を与えてしまう、というのを嫌ったのでしょう。違いますか?」
「それに答えたら争ってくれるのか?」
「……まぁ、いいでしょう。答えていただけたなら、御託を並べるのは止めにします」
「ふむ。では答えてやる。ああやって吸血痕のある死体を3つ残すのはな、ただの習慣だ。特に理由はない」
クゼンはゆっくりと両手を広げ、クイっと手首を返し、両手の甲を相手に向けた。
それは先手を譲るという挑発であり、これ以上無駄なことをしゃべったら攻撃するという脅しだった。
チェルシーとギンラクが口を閉じ、静かにタイミングを計り始める。
その時、ローザが聖堂に現れた。
聖堂の出入り口を派手に蹴破りながら転がると、パッと聖堂内の惨状を目にし、クゼンを見つける。
「クゼン! ジャイコブが裏切った!」
ローザはいつもの無表情を焦燥で崩し、声色は高い。
「チッ」
「おっさん……」
チェルシーとギンラクがそれぞれの反応を示す中、クゼンはローザめがけて跳んだ。
チェルシーとギンラクをローザから隔てるように間に入り、ローザを背に庇いながら短く問う。
「ローザ、怪我は?」
「あたしは大丈夫」
「ジャイコブはどうした?」
「アドニスとエリーの方に逃げた」
「うむ。となるとアドニスが危険だな。ここをサッサと切り抜けてアドニスに合流するしかない」
「わかった」
早口且つ端的に方針をまとめたクゼンとローザを前に、チェルシーとギンラクはゆっくりと喋る。
「合流されましたか。面倒になりました」
「だな。どうするよ」
「早めに数を減らし、また2対1の状況を作ります。あなたはクゼンを引き付けなさい。チェルシーは女を片付けます」
「マジか。自信ないぞ」
「あのお年寄りにチェルシーの邪魔をさせなければそれで良いです。それくらいやりなさい」
「ああわかったよ」
チェルシーとギンラクは悠々と、いつも通りといった感じでしゃべった。
当然、クゼンとローザにも会話は聞こえている。
「ローザ。奴らの作戦に乗る必要はない。俺から離れるな」
と、クゼンが口にするのは必然と言えた。
ならば、この決着も必然だろう。
「わかってるだよぉ」
クゼンはローザの声でその言葉を聞いた直後、背後から頭を掴まれ、首の骨を折られた。
自分で作り上げた惨状の中、血だまりの上に倒れ込みながら、クゼンは少し前の会話を思い出した。
「他のところはうまく行ったかい? この場に居ない4人の様子はわかるか?」
「ええ、うまく行ったみたいです」
「問題ないみたいだぜ」
クゼンは”ああ、うまく行ったとはそう言うことか”と納得した。
アドニスもローザも、既にエリーとジャイコブに倒されていたと悟ったのは、鉄臭い血だまりの上に横たわった直後だった。
突然なのですが、作者は引っ越しをいたします。
引っ越し先のインターネット環境が整うまでPCでの執筆が出来なくなり、スマートフォンからの更新となってしまいます。
手首の腱鞘炎に続き、慣れないスマホでの執筆となりまして、また更新が遅くなってしまうと思われます。
腱鞘炎はもう治りかけなので、そこまで遅くなることは無いと思いたいです。
どうぞよろしくお願いします。