天才は語る
コの字に建てられた教会のすぐそばには、神官たちの集合住宅である寮がある。
漆喰と色ガラスで美しく飾られた教会と違い、こちらに装飾の類は一切ない。
石を組み上げた土台の上に木造の家屋があるだけ。
部屋も狭い。
廊下も狭い。
キッチンも無い。
ただ寝るためだけの個室がいくつもあるだけの、粗末な作り。
そんな寮には裏口など、正面の扉以外の侵入経路はあるはずも無いのだ。
ジャイコブとローザの2人は他5人と別れ、すぐにその寮の前にやってきていた。
何の会話もなく寮の扉の前まで来てしまい、事を起こすタイミングを決めていなかったこともあり、言葉にならない居心地の悪さが漂い始める。
居たたまれない沈黙を破ったのは、ジャイコブだった。
「おめぇさん無口だべな」
「必要な時はお喋りになる」
「必要な時っていつだべ?」
「人間相手に正体を隠して話すとき」
「そんな時ねぇべ」
ローザがそれ以上何も言わず、会話は途切れた。
ローザは特に居心地の悪さを感じておらず、お喋りをしようという気が無いのだ。
故に、次に口を開いたのはまたしてもジャイコブだった。
「なぁ、なんかいいスキルもってねぇだか? おら静かに人を襲うなんてことしたことねぇだ」
「ない。あたしのスキルはそう言うのじゃない」
「なんてスキルだべ?」
「避疑。疑われなくなる」
「不便そうなスキルだべなぁ」
ローザはまたも、この話題をそれ以上続けようとはしなかった。
だが次に口を開いたのはローザだ。
「あんまりしゃべると中の神官が起きる。黙って」
これから襲おうという建物の前で当たり前に会話をするジャイコブを窘める。
酷く真っ当な意見だ。
だがジャイコブは聞き入れない。
「お? その必要はねぇだな」
「なぜ?」
「わからねぇだか? この寮? っていうだか? この建物の中に、人の気配無ぇだ。中に誰も居ねぇだよ」
ハッとしたローザは五感に意識を集中し、寮の中の気配を探る。
そして、ジャイコブのいう通り生き物の気配が全くしないことに、今になって気付いた。
「どういうこと……?」
「今頃気付いただか? まぁおらは天才だべ。おらより気付くのが遅くても気にすることねぇべ」
「気付いたのはいつ?」
「最初におめぇさんに、”無口だべな”っていう前だべ」
「もっと早く教えて。とりあえずアドニスのところに……」
アドニス達がいる教会の裏口の方に向かおうとしたローザは、1歩を踏み出してすぐに、ピタリと動きを止めた。
嫌な予感が頭をよぎったのだ。
その確信めいた嫌な予感は、背後に居るジャイコブから漂っているように感じられ、ローザを一瞬で青ざめさせた。
なぜジャイコブは寮の中に人がいないことに気付いた後、そのことを伝えずにくだらない会話を始めたのか。
その答えは、ローザの嫌な予感が悟っていた。
ローザの内心をよそに、ジャイコブは語り始める。
「実はおめぇさんのスキルが避疑だってことも、最初から知ってたべ。あとおめぇさんは、狩りの経験はあっても戦闘の経験は薄い。そうだべ?」
淡々と、先ほどまでの会話と全く同じ調子で語るジャイコブの方を振り向けない。
ローザは一瞬の躊躇いの後、教会の建物へと全力で跳んだ。
ジャイコブが裏切ったと叫ぶために、思い切り息を吸い込んだ。
だが、間に合わない。
背後から伸びた小麦色の2本の腕が、一瞬でローザの頭を鷲掴みにし、生々しい音と共に首を折ったのだ。
「おら天才だべ。おめぇさんのやりそうなことくらい全部頭に入ってるだ」
力なく倒れ込んだローザを見下ろし、ジャイコブはやはり淡々と喋る。
「他にもいろいろ知ってるだべ。ヴァンパイアを殺す方法は色々あるみてぇだが、一番シンプルな方法は首を落とすことだべ。でも首を折るだけだと死んだりしねぇ。首から下が動かせなくなるだけで、気絶すらしねぇべ」
ジャイコブはローザをゴロンと仰向けに返し、懐から12本のナイフと長い皮紐を取り出す。
「あと、関節の再生を阻害すれば、ただの紐でも十分ヴァンパイアを拘束できるべ。関節を外して、骨と骨の間にナイフとかを刺すんだべ。紐で縛る方法も知ってるだし、2日くらいかけて練習したから、おめぇさんの首の骨が再生するより早く済ませられるだよ」
ジャイコブは言葉通り、手際よくローザの肩や肘、手首を脱臼させ、ナイフを刺していった。
ジッとジャイコブを睨み上げ、憎々し気な顔をするローザを相手に、やはり淡々と語り続ける。
「あとなんか言うことあったっけ……あ、そうだべ。おめぇさんさっきおらと戦わずに逃げようとしただが、それも予想してたべ。おめぇさんのスキルは戦闘に向いてねぇから、おめぇさんは狩りの経験はあっても戦闘の経験は薄い……これはさっきも言っただな。とにかくおめぇさんは、ヴァンパイア同士で戦った時に勝つ自信が無いんだべ。だから逃げようとしただな」
ジャイコブがそこまで言う頃には、両の肩、肘、手首にナイフを刺し終えていた。
ジャイコブはいやらしい笑みを浮かべつつ、下半身の関節を外し始める。
「あ、ちなみにおらのスキルは幻視だべ。おめぇさんと同じ、人間相手に正体がバレねぇようにするタイプのスキルだべ。だからヴァンパイア同士の戦闘で勝つ自信が無いのはおらも同じだな」
得意げににやけつつ語りながら、股関節、膝、足首を外し終え、手際よくナイフを刺していく。
最後に皮紐を手に、ローザの体を起こして縛り始める。
ちょうどそのころ、教会の建物の中から、怒号と激しい闘争の音が聞こえてきた。
「あ~、早いとこ済ませて合流するべ」
ローザの体を縛り終えた時、教会の敷地内には、酷く犯罪現場じみた光景が出来上がっていた。
猫背の大男と、各所から血を流し、12本のナイフに刺され、ひもで縛られた女という構図である。
ジャイコブの宣言通り、ローザの首の骨が再生が終わる直前に、完全に拘束を終えていた。
首の骨が再生し、ようやくローザは呼吸を許される。
逆に言えば、拘束されているため、呼吸以外の自由は戻ってこなかった。
痛みを与えられたからか。
突然襲われたからか。
仲間だと思っていたからか。
あるいは、真祖の計画の遂行を邪魔されたからか。
ローザは憎しみすら滲む鋭い目でジャイコブを睨み上げた。
「何が目的?」
「目的? 特にない……あ、エリーに褒めてもらうことだべ」
ジャイコブはどんなに睨まれても飄々とした態度を崩さない。
「そんな恰好で睨んでも怖くねぇべ? 体動かせねぇべ? そんな状態のおめぇさんなんか、どう頑張っても怖がれないだなぁ~」
むしろ煽った。
「今さら叫んでも遅いだべ。もう教会の中は乱戦状態だべな。おらも加勢に行くとするべ」
ジャイコブは1度言葉を切り、ローザに触れるか触れないかというところまで顔を近づけ、ニッっと笑う。
「……おめぇさんの姿でな。幻視」
「……ッ」
ジャイコブは幻視のスキルを使い、ローザの姿の幻影を纏う。
今のジャイコブは、足音、体臭、声音、触れた感触、衣擦れの音、全てをローザのものと同じように感じさせる。
ローザにしか見えないジャイコブは、ローザが絶対にしないであろう笑みを浮かべ、本物のローザに、得意げに語り掛ける。
「おめぇさんは無口で、表情も豊かじゃないべ。だからおらでも簡単に成りきれるべ。ちなみにこれも練習しただ」
ローザはジャイコブが自分を襲うということが、少なくとも数日前から計画されていたことに歯噛みした。
首謀者は考えるまでもなく、エリーだとわかる。
ローザが自分のスキルを明かしたのは、エリーくらいしかいないのだ。
「エリーは何がしたいの?」
「最初は人間になりたいって言っただな。でもちょっと前は真祖の計画を止めたいとも言ってただ……そう言えば、おらたちにおめぇさんらを襲わせたからって、人間になれるわけでも真祖の計画が止まるわけでもねぇだな。後で聞いてみるべ」
ジャイコブはローザの姿で顎を撫でつつ、ふと思い出したかのように笑った。
「ちなみにさっきまでおらが言ったことは、全部エリーが教えてくれたことだべ。おめぇさんのスキルも、おらが敵だとわかったときの行動の予測も、ヴァンパイアの殺し方も。ナイフの刺し方とか関節の外し方、あと紐で縛るやり方もエリーに教わって練習しただ。エリーが練習台だったから、おら熱心に練習しただよ。でもその後はおらが練習台だったべ……これは言わなくてよかっただな」
ジャイコブは最後に、ローザを縛った皮紐の残りを寮の柱に括り付け、教会へと向かう。
「あなたのどこが天才なのかしら」
背中にかけられたローザの声に、ジャイコブは振り返らずに返す。
「天才は凡人に理解されねぇのが普通だべ。おらのことがわからなくても、気にしなくていいだよ」
自分で考えた”去り際のかっこいい台詞”を言えたジャイコブは、満足気に教会へと入っていった。
最近放置気味だったジャイコブと、ローザの話しでした。




