神官戦士
数か月前、真冬の頃。
真っ黒な外套に古ぼけた槍を背負う、ユーアという冒険者。
彼はセバスター、アーノックと共に王都で、かなり適当に仕事をするはずだったが、2人の冒険者とは別行動をとり、王都の教会に何度も足を運ぶようになっていた。
それはユーアが、旧友であるマイグリッドという神官戦士と王都で再会したことが発端だった。
昼間から真っ黒なローブをフードまで被り、タバコに火をつけたユーアは、厳かな声をかけられた。
「そこの怪しい冒険者。名を名乗りやがりなさい」
「……マイグリッドか」
ユーアが声の方に目をやると、牧師らしき服を着た男が立っていた。
太陽の光をキラキラと反射させる金髪に、不機嫌そうな三白眼の下には酷い隈、よく見ると方々がくたびれている服の背中には、自身の身長より大きな戦斧を背負っている。
数々の破戒を繰り返し、国教である唯清教のほとんどの神官に嫌われているやさぐれ神官戦士こそ、ユーアの旧友マイグリッドである。
「そういえばレイウッドの野郎はどこに? 最近まで王都に居やがりましたが、最近見ません」
「俺が知るわけないだろ。春には戻って来るんじゃないか? でかい祭りがある以上、あいつは呼び出される」
「ですね」
マイグリッドは悪友であるユーアを見て、同じく悪友のレイウッドを思い出した。
空を飛べる唯一の人間であるレイウッドは、祭りや式典などには必ず王都に呼ばれている。
空を飛び風を操るレイウッドは雨雲を遠ざけることが出来るため、そう言う日に雨を降らせないために便利に使われているのだ。
雨雲を遠ざけたのなら、莫大な報酬が支払われる。
レイウッドは必ず春の祭りの前には王都に戻っているだろう。
「しかし、こんなところでユーアに会うなんて思っていませんでした。相変わらず黒ずくめだったのでとてもわかりやすい。私にもタバコ」
「神様のお導きってやつか?」
「え? 神? あ、ああはいはいそうでした。これもきっと神のお導きってやつでございやがりましょう。……清火」
思い出したかのように神に感謝の言葉を並べ、授かった奇跡の1つである”清火”をタバコの火つけに使う様は、ユーアにマイグリッドがどういう人物かを思い出させた。
マイグリッドは何度も神官の戒律を破る神官であり、破戒していない時が無い。
神官戦士には刃のある武器の所持が認められていないにもかかわらず、”ディーナ”と銘の入った巨大な戦斧を常に背負っている。
口癖は”粗食やら祈りやらはめんどくさい。自分から修業なんか積まなくても神様の試練はそのうち訪れる”だった。
神官の癖に肉と酒とタバコが大好きで、節制とは無縁の男なのだ。
「久しぶりに会えたのですし、酒でもどうですか? 面白い話がありますけど」
「……まぁいいだろう」
この後ユーアはセバスターやアーノックと仕事に向かう予定だったが、あっさりと放り出すことにした。
マイグリッドも神官戦士として飲酒などすれば、あとで高位神官に怒られるのだが、そんなことはどうでも良かった。
王都南東区にある冒険者の店を訪れたユーアとマイグリッドは、適当な酒を飲みながらダラダラしていた。
久しぶりに会った友人なのだが、昔の話に盛り上がったりする関係ではないのだ。
「で、面白い話というのは?」
ユーアがまたタバコに火を付けつつ訪ねると、マイグリッドは”一応口止めされてるので他言無用で”と前置きして話始める。
ユーアは”なんでこいつはこの調子で神官を続けられるのだろう”と思いながらも、口には出さなかった。
「最高位神官って知ってやがりますか?」
「知らん」
「ウチの一番偉い神官なのですが、天啓とか言う胡散臭い予言をするのが仕事なんです」
「それで?」
「その最高位神官が、近いうちに王都と王都の教会に、とてつもない災いが降りかかるとかなんとか、そんな世迷言ほざきやがりまして、今教会はすごいことになってるんです」
「ほう? 災いとはどういうものだ?」
「そんなこと私が知るわけないじゃないですか。ですが私を含め神官戦士を王都に集めまくるくらいには、王都の教会は焦ってやがるんです。なかなか面白いですよ」
「何が面白いんだ」
「そりゃ面白いですよ。熱心な信者共に神官戦士にならないかと声をかけてみたり、最高位神官にどうすれば災いを回避できるか問い詰めてみたり、どいつもこいつも世迷言を本気で信じてやがるんです」
「お前……性格破綻してるんだったな」
「何言ってやがるんですか失礼な。王都に災いが起きるってわかってるのに、大事な信者共に何も伝えないどころか、王都から避難させる様子もなく、表向きは今まで通り安寧を説いてる連中の方が性格破綻者ですよ。私はまともだっつうの……です」
「お前はそれを面白がってるんだろ?」
「敬虔な信者として、神が与えたもうた試練を楽しんでいるのです」
「ああ、そうか」
このマイグリッドという男、神官とは思えない言動は日常茶飯事なのだが、さらに人の不幸を喜ぶという悪癖がある。
人が苦しんでいれば笑いかけ、泣いていれば笑みを浮かべ、痛がっていればほくそ笑む。
何を笑って見ているのかと問い詰めると、決まって彼はこう答えていた。
「神の試練に立ち向かう人を応援してやっているのです。感謝しやがりなさい」
このような態度に腹を立てるものは後を絶たず、喧嘩はしょっちゅう起こる。そのたびにマイグリッドは相手の顔がボコボコになるまで殴るので、毎度高位神官に怒られては罰せられてきた。
本人は全く反省していないが……
「それで、ここからが面白い話なのですが」
マイグリッドはふと真面目な顔になると、ユーアに向き直る。
「私ってなぜか他の神官から嫌われてて、教会に行っても門前払いを喰らうことが多いんですが、近ごろはむしろ教会の中に居ろってうるさいんです」
「それのどこが面白い?」
「まぁ聞きやがってください。ここからが面白いんです」
プハァと紫煙を燻らせ、マイグリッドは続ける。
「ユーア、私と一緒に教会に遊びに行きませんか? どうせ何か裏がありやがるに決まってるんです。探ってバラしてやりましょうよ」
「……それのどこが面白い?」
「面白いに決まってるじゃないですか何言ってんですかバカですか。後ろめたい事を盛大にバラしてやれば、教会の神官は大慌てですよ。今までせっせと集めてきた敬虔な信者共の信用を失わないように、あれやこれやと言い訳を考えたり、焦りまくってボロをだして、余計なことまで口にしたりしそうじゃないですか」
「お前それが……お前にとっては面白いんだな」
「ユーアも楽しいですよきっと。同じ穴の狢じゃねぇですか」
「一緒にするな」
このように断るつもりだったユーアだが、タバコをあと3本追加で吸い終わる頃には、どういうわけかマイグリッドの口車に乗っていた。
「それじゃこれから行きましょうか」
「俺はともかく、お前は大丈夫なのか? 酒臭いし煙草臭い格好で教会に入れば面倒なことになるかもしれないぞ」
「慣れてますから」
「……」
このような調子で教会に向かうことになったユーアだが、意外にも教会はユーアの来訪を歓迎した。
マイグリッドは高位神官に呼び出され説教部屋に詰めることになり、その間ユーアは大きな教会の中を案内される。
美人のシスターに真っ先に連れられたのは、信者たちが祈りを捧げたり、説教を聞いたり、結婚式などに用いる聖堂だった。
その日のうちに神官戦士の訓練場、聖典の写本などを見せられたが、ユーアは特に興味を示さなかった。
最後にマイグリッドに説教をしていた高位神官、ドボールを紹介された。
「あなたがユーア殿か。マイグリッドの友人と聞いていたが、よかったら神官戦士にならないか」
「あ~、考えておく。また来ても良いか」
「もちろんだ。いつでも訪ねてくれ」
「ところでマイグリッドは?」
「懲罰室に入れた。マイグリッドに会いたければ、また明日にでも来られるがいい。昼食前には懲罰室から出しておく」
となり、ユーアはその日そのまま宿へと帰宅することになった。
その後は何度も教会を訪ね、マイグリッドと共に教会の色々な部屋を漁る日々を過ごすことになった。
「どうせ何か企んでいやがるんです。安寧を説いている宗教が怪しくないわけねぇんです」
と自分の所属する宗教を冒涜し続けるマイグリッドとの付き合いに、ユーアはある種の気楽さを覚えていた。
セバスターやアーノックとそれなりに仲がいいのも同じ理由だった。
「このくらいクズの方が相手をするのが楽だな」
「何か言いやがりましたかこの野郎」
「お前とつるむ理由だ」
「類は友を呼ぶって知ってやがりますか」
「知っているが、俺には当てはまらない」
「ユーアのそう言うところ、私は嫌いじゃないですよ」
そんな無駄口を叩きながらの、いわば遊び程度の教会漁りは長く続いた。
出てきたものと言えば、祭具のレプリカに古びた聖十字丈、持ち主不明のキャスケット帽、高位神官の日記など、とりとめのない物ばかりであった。
高位神官の日記を見つけ、大喜びで読み漁ったマイグリッドは、その日懲罰室に入れられることになったりもした。
ユーアはその時も高位神官ドボールに神官戦士にならないかと誘われ、適当に流していたりする。
真冬が過ぎ、少しずつ春を感じられるようになった頃、ユーアとマイグリッドの2人は、教会のほとんどの部屋を漁り終えてしまっていた。
「なんもねぇじゃねぇですか。もっとなんか後暗い企みをしろってんですよ馬鹿正直な偽善者共め」
「今のをドボールに聞かれたら懲罰室行きになるだろうな」
そんないつも通りの会話をする2人は、ふと見覚えのない神官が教会の廊下を歩いて近づいてきていることに気付いた。
高位神官であるドボールよりも明らかに上質な修道服に身を包んでいるのは、年老いたシスターだった。
ピンと伸びた背筋と歩く時の姿勢の良さからも、気品に満ちているように感じられる。
そんな彼女はどこまでも落ち着いた、静かな声でマイグリッドに声をかけた。
「道に迷ってしもうた。ここはどこかえ? ドボールはどこに居るか知らんかえ?」
「ここは渡り廊下です。ところでどちらさんでいやがりますか?」
「名は告げられん」
名前は答えられず、ドボールを呼び捨てにする。
この時点でマイグリッドは、この老婆が最高位神官であると見抜いていた。
だが敬うのは面倒だと思ったマイグリッドは、気付かないふりをすることにした。
「あ~、おばぁさん? ドボールっつぅと高位神官のドボールさんのことですか? 何の用事がありやがるんですか?」
「天啓を授かったのでな、ドボールの奴に伝えてやらんといかん。前に授かった天啓がな、もっと詳しぃなったんよ」
「さてはばぁさん、最高位神官だってこと隠すきねぇな?」
「ないのぉ」
思わずツッコんでしまったマイグリッドは、開き直る。
「ちなみにどんな天啓だったか聞いていいですか? あ、ついでにドボールさんに、私を懲罰室に入れるのを止めるように言ってもらえたりしやがりませんか? 意味がないので」
「えぇよぉ」
開き直ったマイグリッドを、老婆は変わらず穏やかに見続ける。
「ユーア、このばぁさんチョロすぎやしませんか?」
「本人の前で言うな」
そんな2人の会話は聞こえていないかのように、老婆は天啓の内容を口にする。
「もうじきこの王都は戦場になる。この教会も赤く染まる。ドボールをはじめ、何人もの神官が死ぬ。神官戦士もたくさん死ぬ。この身も滅びよう。その日が、最期のミサを行う日になる」
マイグリッドの態度に腹を立てた様子もなく。
慌てた様子もなく。
最高位神官である老婆はただ、マイグリッドの問いに答えたのだ。
「ドボールに伝えてやりたい。ドボールがどこに居るか、知らんかえ?」
マイグリッドはすぐに口を開いた。
「私も死にやがったりします?」
「さぁのぉ」
マイグリッドは何とも言えない苦々しい表情を浮かべ、壁に手を当て、額を押さえ、静かに口を開く。
「ここで待ってやがってください。ドボールさん連れて来てやります」
最高位神官である老婆とユーアをその場に残し、マイグリッドはフラフラとドボールを探しに行った。
書き溜めは無かったのですが、途中まで書いて放っておいたのがあったので、加筆修正してあげることにしました。