アラン対策会議
明け方に兵舎に帰って来た私は、とりあえず体を洗う。
湿らせたタオルで念のために塗って来た日焼け止めを落とし、何度も水を浴びて黒染めの染料を洗い流す。
髪を切った後からずっと感じていたことだけど、本当に髪が短くなってから頭が軽いし、髪を洗う手間が全然違う。
前の毛量で黒染めしたとしたら、たぶん1時間以上髪を洗い続けないと、元の髪色に戻らなかったんじゃないかと思う。
それに石鹸も染料もタダじゃない。
そんなことをグダグダと考えているうちに体と髪を洗い終わった。
「あ~、すっきり」
明け方なだけあって人も居ないから、誰かに裸見られている心配もない。
ゆっくり着替えられる。
ヴァンパイアになってからはゼルマさんに貰った服ばかり着ていたけど、もうなんだか着慣れてしまっているような気がする。
何というか落ち着くし、もらった服からはもうゼルマさんの匂いしないし……
と、こんなことを考えている暇はないんだった。
朝になる前に、ギンたちと一緒に地下室に隠れておきたい。
私の予想だと、今朝にもリオード伯爵がここに来そうな気がするからね。
……ああ、ゼルマさんにも隠れてもらわないといけないし、イングリッドさんにも話をしないといけない。
余計なこと考えてる時間は無さそう。
イングリッドさんまだ寝てるだろうし、起き抜けに色々とお願いするのは気が引けるけど、今からイングリッドさんの部屋に行こう。
というかリオード伯爵が私の思った通りに動いてくれるかどうか微妙なところなんだよね。
リオード伯爵にはうまく会えたし、伝えたいことも伝えられたけど、途中からアランを演じ切れてなかった。
「……私には誰かを演じるとか、そう言うのは無理かな。そう言う練習とかしたことないし」
独り言が言えるうちは大丈夫な気がする。
同日、昼食には少し早い時間。
エリーの思惑通り、リオード伯爵が兵舎を訪れた。
あらかじめエリー、ジャイコブ、チェルシー、ギンラク、ゼルマは以前と同様に地下室に潜み、現騎士団長イングリッドと分隊長代表のカイルが、兵舎の狭い会議室にて、リオード伯爵の持ち込んだ厄介ごとの相手をすることになった。
まず口を開いたのは、リオード伯爵だった。
「以前、ここに顔を出すことは滅多にないと言ったが、そうもいかなくなった。私が個人で動かせるのはこの騎士団だけでな……イングリッド騎士団長、悪いが面倒なことに付き合ってもらう」
「は、お話を伺います」
カイルはイングリッドの斜め後ろに立ち、イングリッドはリオード伯爵と対面するように座り、話を聞く準備が出来ていることを態度で示す。
リオード伯爵は一呼吸置いてから、ゆっくりと話し始めた。
「昨夜、アラン・バートリーから襲撃予告を受けた。予告を受けたのは私1人だけだ」
「なんと」
「襲撃はおよそ1週間先だと言ってた。今度は北西区の民のみならず、王都の一般人を全てゾンビに変えるつもりのようだ」
「そのことは、私とカイルの他にはお話しされたのですか?」
「いやまだだ。正直、現在の城内は誰が何を企んでいるのかわからない状態だ。話す相手はじっくり選ばねばならない。お前たちにも箝口令を敷いておく」
「どういうことですか」
「国王を除く王族が全て同日の内に死んだことは知っているな。まだヴィオラ様しか検死が出来ていないが、どうやら魔術によって死に至らしめられたらしい。つまり王族殺しの犯人は魔術師であり、王族の居場所をあらかじめ知っている者で、複数犯ということになる。王族の身元を割り出せるとなると、城内の者が最も怪しいのは言うまでもないだろう」
「アランの姉、ホグダは魔術師です。王族殺しはホグダの仕業なのでは?」
「いや、どうやら違うらしい。確かめたわけではないがな」
イングリッドは少し考える仕草をすると、一度リオードの話を要約する。
「約1週間後に、またアランが王都を襲撃をする。そして王族殺しの犯人は別に居り、犯人が誰であるか、目的がなんであるかがわからない。その犯人がアランの襲撃を利用したり、また別の企てをするかもしれないので、アランの襲撃をできれば伏せておきたい。しかし対策は取らねばならない。と、こう言うことでしょうか」
「その通りだ」
リオードは深く頷き、少し笑いかけた。
憔悴しきった笑みだった。
昨晩はまともに眠れなかったのだろう。
「イングリッド、貴様は聞いていたより優秀なようだな」
「恐縮です。それより、どのように対策を練りましょうか」
「一般人を王都から外に出したい。王都に近いピュラの町に少しずつ移動させ、逆にピュラの町からは兵士や騎士、冒険者を招いておくのだ。可能な限り水面下で事を進めたい」
「なるほど。アランが王都に居る一般人をすべてゾンビに変えるというのなら、一般人を全てこちらの戦力に挿げ替えてしまうというのですね」
「その通りだ。ゾンビはいわば動く死体だ。だが武器と防具を装備し、戦闘の訓練や経験を持つ一般人は、簡単には動く死体に変えられないだろう」
リオードとイングリッドはこっくりと頷き合う。
「では我々の任務は、ピュラの町に一般人を送り、冒険者を王都に連れてくることですね。出来る限り秘密裏に」
「その通りだ。兵士や騎士は私が王都に来させる。私の名を自由に使って構わない。それらしい理由を付けて、王都から一般人を減らすのだ」
リオードとイングリッドは椅子から立ち上がり、固く握手を交わした。
カイルは兵舎から王城に戻るリオード伯爵を見送ると、エリー達の居る地下室へと足を運ぶ。
5人で狭苦しくなっている地下室で、エリーとゼルマの視線を受けながら、カイルはポリポリと頭を掻く。
「とりあえずリオード伯爵は帰った。これから忙しくなりそうだ」
それからカイルはリオード伯爵とイングリッドの会話を、エリーたちに共有した。
話を聞き終えたエリーは、無言でガッツポーズをとった。
今夜のカイルさんとイングリッドさん、ゼルマさんの夕食は私が作ることにした。
明日からのことを相談するついでだ。
私に作れる料理なんてたかが知れているので、献立はシンプルに野菜のスープと焼いたお肉にパンと牛乳。
貴族様の食事にしては貧しいけど、私にしてはご馳走なんだよね。
全員テーブルに着いてから食べ始める前に、まず一言。
「面倒なことばっかりお願いして、ごめん」
これから本当に厄介なことをお願いするのだから、先に謝る。
するとカイルさんとイングリッドさんは、顔を見合わせてから苦笑いした。
「しょうがないよなぁ?」
「ええ」
「ゼルマのねぇさんを人質に取られちまってるしなぁ?」
「エリー殿に逆らうと、4人ものヴァンパイアに襲われてしまいますからね」
ゼルマさんまでフッと噴き出して、私のわき腹を肘で突っついてきた。
ニヤニヤ笑ってこっちを見てる。
「な、なに? 私おかしなこと言ってないよね?」
「ああ、何もおかしくはないぞ」
「じゃあなんで笑ってるのかな」
「なんでだろうな」
真面目な話をしたいのに、私以外の3人がニヤニヤ笑ってこっちを見るせいでうまく話せない。
「あの、私真面目に話を」
そこまで言いかけたところで、ギンたち3人がそろって食堂にやって来て、私の近くに椅子を持ってきて座って来た。
「おらにも飯」
「アヒージョを作ってください。チェルシーは空腹です」
「俺肉食いたい」
今真面目な話しようとしてたんだけど、本当に好き放題言ってくれるね。
というかジャイコブとギンは私にごはんを要求してるわけだけど、本当に魅了かかってる?
あとチェルシー、前に私がアヒージョ作ったときは、自分で作った方が美味しいとか言ってなかったかな。
言いたいことが色々出て来て、口が1つじゃ足りなくなってきた。
ギンたちの介入に戸惑い始めた頃を狙ったかのように、ゼルマさんが口を開いた。
「では真面目な話をしようか」
「今は無理です」
私はもう今すぐ真面目な話をするのは無理だと悟ってたよ。
ゼルマさん、わかってて言ったよね。
「ああもう」
私はギンたちのために、焼いたお肉とアヒージョを作りにキッチンに向かいながら、自分の対応力の限界を理解した。
「たぶん私、4人以上の人の集まりは無理」
人が多いとどうしていいかわからなくなる。
私は背後に視線を感じながら、食糧庫に食材を取りに行った。
活動報告にも書いたのですが、作者が聞き手の手首に腱鞘炎を抱えてしまい、執筆が遅れてしまっています。
手首が完治するまで投稿間隔が開くと思います。
書き溜めしておけばよかった。




