半ヴァンパイアは見破られる
小説のタイトルを変更しました。
前のほうがよかったと思う方には申し訳ないです。
エリーの心理描写について、文頭に”―”を入れております。
北の方から聞こえた音、敵襲を知らせる兵士の声と警鐘。それらは王都の全員を動揺させた。
「エリー殿!」
「はい」
ドーグと短く会話を交わし、王城の2階北側にあるバルコニーに走る。
エリーたちがバルコニーに出た瞬間目撃したものは、地上を……王城につながる大通りを爆走する骨で作られた海賊船だった。
「スケルトン?」
ハーフヴァンパイアの視力によってエリーがとらえたものは、海賊船の舵を操る一体のスケルトンだった。そしてそれは驚くほど大きな声量で王城に向け叫んだ。
「吾輩は海賊船長ギドだぁ! 金目の物と英雄の首を差し出しなぁ!」
「な、なぜ海賊がこんなところに?!」
取り乱したドーグが叫ぶ。
「しらないよそんなこと! 馬車を船の底に引っ付けて走ってる! 王城に突っ込むのかも!」
エリーも叫ぶように答える。エリーは海賊船の艦首に取り付けられた破城槌で王城に正面から突っ込んでくるのではと考えたが、そうはならなかった。
「投錨! 取り舵いっぱぁい!」
ギドと名乗った船長は、王城の手前で思い切り舵を切った。同時にマストが左側に広げられることで、海賊船は風の抵抗により、前進しながら左へと船体を回転させる。そして艦尾から落とされた錨が表通りの石畳を削りながら船を減速させる。
結果、海賊船は王城一歩手前でドリフト停車をして見せたのだ。船底の馬車とスケルトンホースはぐちゃぐちゃに壊れる結果となったが、ガチャガチャと耳障りな音をたてながら再生を始めていた。
「艦砲装填! 狙えぇ!」
ギドと名乗ったスケルトンが命ずると、船の中にいたスケルトンたちが一斉に動き出す。船の右側面から大砲が2門飛び出し、砲弾を装填しているのが見えた。
「ドーグさん! ここは危険です。逃げますよ!」
「はいぃ!」
エリーはドーグに声をかけながら城内に向かって走る。ドーグもエリーに続いて逃げ出した。そしてその直後
「目標王城2階窓付近、放て!」
ギドの命令とともに大砲が発射された。
王城を揺らすほどの衝撃と轟音が響き渡る。エリーとドーグは体制を崩しながらも、大砲から逃げ切ることに成功する。
「ドーグさんはこのまま逃げてください」
グエン侯爵にもらった剣を抜きながらエリーは言う。
「あんなのと戦うつもりですか?! 危険です! 城の兵士たちに任せるべきです!」
突然危険に晒されたことで気が動転したドーグは、叫ぶようにエリーを制止する。
だがエリーはそれを聞き入れるつもりはなかった。
「あいつらが海賊なら、もう王城の中に侵入を始めているころだと思います。今から普通に逃げても追いつかれます」
―確か船をぶつけて相手の船員をひるませて、その隙に乗り込んで積み荷を奪うのが海賊のやり方だったと思う。たぶん今回も大砲でひるませた直後に城に乗り込んでくるはず。
「それに戦うのは海賊船じゃなくてスケルトンです。なんとかなります」
ドーグはエリーの言葉を聞いて、”蠱毒姫相手に生き残るエリーなら、スケルトン相手でもなんとかなるのでは?”と考える。
「おいお前ら、どういう状況だ?」
声のする方を見ると、入浴を途中で切り上げてきたグエン侯爵がこちらに来ていた。体が微妙に濡れていて髪の毛はびしょぬれだったが、服はしっかり着てきたようだ。
「グエン侯爵! なんでまだ逃げてないんですか?! 警鐘が聞こえたでしょう?」
エリーは思わず大声を出してしまう。普通貴族ならエリーたちのことなど放っておいて逃げるだろうと思っていたからだ。
「な! お前わざわざ心配してきてやったのになんだその言い草!」
「グエン侯爵、話はあとに。今はとにかく逃げないと」
ドーグは近寄って来るグエン侯爵に逃げるよう言うが、それとほぼ同時にエリーの目の前にスケルトンが現れた。壁をよじ登って、バルコニーからこちらに来たのだろう。
ガタガタと不快な音とともに走って近寄り、エリーに向けて無造作にサーベルを振り下ろす。
―そんなわかりやすい攻撃は効かないよ。
エリーは半身を引くことで攻撃を躱し、即座に反撃する。
スケルトンの背骨、あばら骨のない腰椎を狙って剣を振る。
スケルトンは背骨が折れたり砕かれたりすると活動できなくなる性質があり、特にあばらのない腰椎部分は狙われやすい弱点だった。が、
ガンッ
「え? 斬れない……?」
弱点を狙われたスケルトンはサッと後退し、攻撃されたところを手で押さえる。
ギドの部下はただのスケルトンではなくスケルトンパイレーツという上位種であるため、そうたやすくは倒せない。
そのとき階下、1階、あるいか地下の方から大きな音がする。エリーは”下でも戦闘がはじまったのかな”と思いながらも、そのことはいったん意識の外に追い出した。他の場所のことまで考えている余裕はない。
スケルトンはもう一度距離を詰め、鋭い横なぎ攻撃を繰り出す。エリーは身をひるがえすことでかわし、距離をとる。
―初撃よりかなり鋭い攻撃だった。もしかして弱点を狙われて警戒した? そういえばこいつらはあの海賊船から出てきたんだったね。ただのスケルトンなわけないか。
エリーは目の前のスケルトンの認識を改める。
「お二人とも早く逃げてください。長引くかもしれません」
エリーは背後にいるドーグとグエン侯爵に逃げるよう言う。しかしグエン侯爵の返事はエリーの望むものではなかった。
「いや、そうもいかんようだ」
エリーが振り返ると、もう一体のスケルトンがドーグとグエン侯爵に近寄っていた。
「挟み撃ちってことですか」
「そのようだな。確かに俺はさっさと避難していた方がよかったみたいだ」
―正直ここから逃げるだけなら何とかなると思うけど、グエン侯爵たちを守りながらだと厳しいかな。
もう一度階下から先ほどより大きな音が聞こえてくる。が、エリーは無視する。
「ではお二人とも、私にもうすこし近づいてください。守れるだけ守ります」
エリーたち3人に、スケルトン2体は前後からジリジリと距離を詰めてくる。それを見たエリーは顔をしかめる。
―同時攻撃を狙ってる? さすがに同時には防ぎきれない……どうにかしないと……
一瞬の思考の後、エリーは攻撃を待つのではなく先手を取ることにした。
短く息を吐き、最速で一歩踏み出し、スケルトンの顔面目掛けて一直線に刺突を放つ。
人間の限界速度に迫る一撃は、スケルトンに回避の余地を与えなかった。
ガンッ
しかし、硬い頭骨を貫くことはできなかった。真正面からの刺突をまともに受けたスケルトンは、大きくのけぞり後退する。しかしそれだけである。
―よし、それでいい。
エリーはニヤリと笑うと、即座に反転して背後のスケルトンに向かう。
エリーの狙いは、同時攻撃を阻止して隙を作り、その間に片方のスケルトンを仕留めきることだった。
ドーグとグエン侯爵の横をすり抜け、今まさに二人にサーベルを振り下ろそうとするスケルトンに迫る。
その瞬間
背後で強烈な破裂音とともに、先ほどエリーがのけぞらせたスケルトンが弾き飛ばされた。
「うわぁ!」
「おおっ」
グエン侯爵とドーグが驚きの声を上げる。
エリーもその音に驚きはしたが、眼前のスケルトンに集中する。
振り下ろされるサーベルに斜めに剣を当て滑らせる。そのまま隙だらけのところを、剣の柄頭でスケルトンの頭骨をたたき割った。
即座に振り返り、先ほどのけぞらせたスケルトンのほうを見る。
そこにはスケルトンはいなかった。天井にものすごい勢いでたたきつけられたのか、床にはばらばらに砕けた骨とスケルトンの装備が散らばっていた。
そして、血まみれの服に浅黒い肌に赤い髪、充血した目の男が、床に空いた大穴から這い出てきたところだった。
「なっ」
エリーはそれしか言えなかった。見ただけでこの男は危険だと思った。”あの人は危ない””グエン侯爵とドーグさんにあの人を近づけてはいけない””自分も近寄ってはいけない”、エリーの頭の中は、これらで埋め尽くされていた。
その男は床の大穴から這い出ると、エリーを見つけた。
―逃げたい。でも、グエン侯爵とドーグさんを守らないと……
その男はエリーだけを見ながら、ゆっくりと口を開き、言った。
「ヴァン、パ、、イア」
「……え?」