隠れ家を巡る
エリーは洞窟でギドと再会を果たした後、そのまま2日ほどかけ、ゼルマを含めた3人で真祖の計画を阻止する方法を相談した。
真祖側の戦力であるヴァンパイア、魔術師、ストリゴイをいかにして打倒するか、作戦を立てたのだ。
綿密とは言えないまでもそれなりの作戦を立てられたエリーは、1度ギドを別れ、洞窟を去って王都へと戻って来た。
往路と同じようにゼルマを馬車の座席の下の空間に隠し、カッセルの町を経由して王都の東門をくぐり、兵舎へと帰る。
真祖の計画が実行に移されるまで、さほど時間は残されていない。
帰ってきてすぐ、エリーは夜になると兵舎を抜け出し、王都の南西区へと足を運んだ。
真夜中の南西区。
久しぶりの王都だけど、ちらほら人の声や物音がする。
私がゼルマさんと洞窟に行っている間、アドニス達が吸血事件を起こしていないみたいで、前より夜の人通りがあるみたい。
きっと真祖が止めさせたんだと思う。
”もうすぐ計画を実行するから体力を温存しておけ”とか”危ないことは控えろ”とか言ったんだろうね。
おかげでこんなに遅い時間でも灯りが漏れている家があるし、大通りはちらほら人が歩いてる。
不用心だと思う。
南西区に来てから何人かの人と何気なくすれ違っているけど、私だってヴァンパイアで、他にもいるかもしれないのに。
私は染眼の薬で赤い目を隠しているから、口の中を覗き見られでもしない限り、堂々と歩いててもヴァンパイアだってバレることは無いと思う。
私はそう思いながらも人通りを避けて、人がいなくて物音もあまりしない場所を選んでウロウロと歩き回る。
きっとそう言う場所を選ぶと思うから。
大通りを外れてしばらく進むと、起きている人の気配が全くしなくなってくる。
物音も無いような気がしてくる。
でも耳を澄ませてみると、少し離れた場所から小さな物音がする。
「やっぱり、もう南西区に拠点作ってるんだね」
独り言を言うと、なんとなく落ち着く。
私は物音のする方に向かって、普通に歩いて向かう。
私の目的はローザさんに会うことだから、足音を消したり息をひそめたりとか、そういう警戒されるようなことはしない。
しばらく歩いて行くと、南西区の北寄りにある小さな公園にたどり着いた。
公園の中央には、小さくても立派な公演だと主張するような小さな噴水と、噴水を囲うようにベンチが置かれてる。
そして物音は噴水の真下から響いていた。
気配は3人分ある。
ローザさんの他にアドニスとクゼンさんも居るっぽいね。
ローザさん達は噴水の真下に居るんだろうけど、どうやってそこまで行くのかわからない。
公園の中を見回していると、公園の周囲を囲う生垣から、ひょっこりとローザさんが顔を出してこっちを見た。
ローザさんは私と目が合っている状態で制止して、じっと私を見る。
私もどうしていいかわからず、嫌な汗が流れるのを感じながらローザさんを見た。
シュナイゼルさんは私が真祖の計画を止めたいと思っていることを知っているから、シュナイゼルさんがそのことを真祖やアドニス達に話していると、この状況は少し不味い。
話してない方に賭けて会いに来たけど、この反応だと、賭けに勝ったのか負けたのかはっきりしない。
もしシュナイゼルさんが私のことを話しているなら、すぐにでも逃げ出さないといけないんだけど……
「……こんばんわ」
「久しぶり」
とりあえず挨拶してみると、普通に返事が返ってきた。
結局どっちなのか測りかねていると、ローザさんの横からアドニスも出てきた。
「やっぱお前か」
「私だってわかってたの?」
「透視で見えてたからな。輪郭だけしか見えねぇが、そのトゲトゲした髪はお前しかいねぇっつぅの」
トゲトゲしてるとか言わないで欲しい。
毛先があっちこっち向いてるだけで、そんな攻撃的な髪型はしてないよ。
ローザさんからはよくわからなかったけど、アドニスの陽気な感じからして、たぶん私は賭けに勝ったらしい。
シュナイゼルさんは、私が真祖の計画を止めようとしていることを話してない。
私は心の中でガッツポーズをとった。
「アドニスはこんなところで何してるの? 私はローザさんに用があるんだけど」
「見てわかんだろうが。ローザの拠点づくり手伝ってんだよ。もうヴァンパイアは俺らの他に居ないだろうから吸血事件は起こさなくていいんだとよ」
「ふぅん」
「おい、お前が聞いたから答えたんだろうが。もう少しいい反応しろよ」
アドニスはそれだけ言い残して生垣の奥に消えて、少しして足元の方から”やっぱエリーだった。ローザに用があるんだとよ”という声がかすかに聞こえてきた。
私がローザさんやアドニスと話しているときは噴水の下から物音がしなかったし、クゼンさんは上で何かあったときにいつでも飛び出せるように待機してたんじゃないかな。
私が色々考えていると、ローザさんが私をじっと見ながら声をかけてきた。
「あたしに用事って?」
「うん。前に言ってた、北西区にあるちょうどいい空き家の場所を教えておこうと思って。今から行ける?」
「行ける。ここの作業は2人に任せればいい」
ローザさんはどこからか外套を取り出して身にまとうと、フードを目深に被って目元を隠した。
準備が出来たらしい。
私はローザさんと2人並んで北西区に向かって歩き始める。
ここまで思うように作戦がうまく進んでいるから、調子に乗ってさらに要求することにした。
「あの、ついでに南東区と北東区の潜伏場所も教えてもらってもいい?」
「今夜?」
「出来れば今夜がいいかな」
「時間が残っていれば構わない」
「ありがと」
これで残り2か所の潜伏場所を探し回る手間が省けた。
こんなにあっさりと知りたいことを知れると、逆に不安になる。
不安になるから、順調に進む理由を考えてしまう。
思えばさっきのアドニスもローザさんも、私に対して警戒心が無いみたいだった。
私が逆の立場だったら警戒するかな?
しないかもしれない。
でもたぶんローザさんもアドニスも、真祖の鼓動を浴び続けて、安心しきっているような気もする。
チェルシーの言葉を借りるなら、”思考停止して妄信している”て感じかな。
真祖が私を疑ってないから、ローザさんも疑ってない。
そんな感じがする。
北西区に入って少しすると、ローザさんが私の方を見て、首を傾げた。
私の目が赤色じゃなくて茶色なことを不思議に思ったらしい。
最初に公園で目が合ってから結構経ってるけど、今の今までは不思議に思わなかったのかな。
「その目はどうなってるの?」
「瞳の色を変える薬があって、それを使うとこうなるよ」
片手でクイっと瞼を押し上げて、茶色い目を見せながら話す。
万が一にも疑われないように、出来るだけ親し気に対応しないといけない。
「便利そう」
「たくさんあるわけじゃないから、頻繁には使えないけどね。それにずっと目を茶色くしてると痛くなってくるし」
言外に譲るつもりはないと伝えたつもりだったけど、ローザさんは欲しいとは言わなかった。
「あたしには必要ない。避疑があるから」
「避疑ってなに?」
「あたしのスキル。あたしは会話してる相手からは疑われなくなる」
なるほど。
外套のフードを目深に被っていて怪しまれても、話しかけられた時点でヴァンパイアだとは疑われなくなるのかな。
じゃあ染眼の薬は必要ないかもしれない。
そうこう話しているうちに北西区の集団墓地周辺にある、廃屋がたくさんある地域に着いた。
私はドリーと戦う直前の、セバスターを見つけた地下室がある空き家にローザさんを案内する。
「ここなんだけど、どうかな」
「良いと思う」
ローザさんは懐から青白く光る小石を取り出して、地下室の真ん中に置いた。
「それは?」
「見ての通り青白い小石。魔術師の中の占術士が、この石の場所を正確に占えると言ってた。潜伏場所にこれを置いておけば、一々案内しなくても魔術師たちがここに来る」
「魔術師の人がここに来るための目印ってこと?」
「そう」
ということは、完成しているはずの北東区と南東区の潜伏場所には、もうこの小石が置いてあるってことかな。
「じゃあ北東区と南東区の潜伏場所を教えてくれる?」
「わかった」
ローザさんは地下室の床に置いた小石をチラッと見てから、私と一緒に地下室を出た。
夜明けまでまだ時間があるし、今夜中に私を残り2つの潜伏場所まで案内する時間は十分あるはず。
これで私は魔術師の人の潜伏場所が全部わかることになる。
いい感じだと思う。
私たちの作戦は、今のところ順調だ。
 




