頼れる骨
ギドを頼ることを思いついたその日のうちに、エリーは行動を始めた。
ギドに会えるのはオリンタス山にあるホグダの洞窟のみであるため、エリーはまずオリンタス山に向かう方法を考える。
考えるまでもなく徒歩になるが、ギドが洞窟に現れるのは最低2週間おきなため、最悪の場合14日間洞窟で待ちぼうけを食うことになる。
ヴァンパイアであるエリーは、2週間くらいなら水だけでも生きていけるが、あまり余裕があるとはいえず、やはり食事の用意は必要だった。
となれば、エリーはゼルマを連れて洞窟に向かわなければならない。
だがゼルマは現在指名手配されている以上、王都の門をくぐることは難しかった。またゼルマは2週間何も食べないわけにもいかず、食料を持って行かなければならない。
荷物が増えると、エリーがゼルマを背負って走って行くという案は取れなくなる。
色々と制約があったが、すぐに解決方法を見出すことが出来た。
騎士団の兵舎には、未だにチェルシーがフォージ・キエンドイと共に王城前広場に現れた際に搭乗していた馬車と御者のソイオが居た。
エリーはゼルマを馬車の椅子の下の空間に隠し、自身は日焼け止めと染眼の薬を使って人間に扮し、馬車の操縦はソイオに任せることにした。
懐かしい気持ちになりながらいくつかの着替えと乾燥させた野菜や肉、岩塩、火口を用意したエリーは、ゼルマと共に馬車に乗り込み、王都の東門へと向かった。
ゼルマが回収していたキエンドイ家の伯爵位のバッジを見せると、門番はエリーとゼルマの乗る馬車を全く警戒することなく通したのだった。
エリーたちを乗せた馬車はカッセルの町を経由しつつオリンタス山へと向かって行った。
オリンタス山の西側の麓に馬車を留め、荷物を持ったエリーとゼルマが洞窟にたどり着いたのは、ギドと再会するちょうど1週間ほど前だった。
エリーはギドに再会すると、洞窟の奥の祭壇がある場所で、ギドにこれまでのことを話した。
シュナイゼルと共にこの洞窟でギドと話した後から、真祖の計画を止めたいと思うまでの出来事を、時系列に沿って、縋るように話した。
ヘレーネに人間になる方法を聞かされた時、どう思ったか。
ヴァンパイアになってしまったと気付いた時はどう感じたか。
真祖の計画を聞いた時はどんな気分だったか。
エリーは事実だけを連ねるのではなく、その時の感情まで含めて、ギドに伝えた。
エリーにとって素直な気持ちを吐露できる相手は、ギドしかいない。
エリーはギドに頼るつもりで洞窟まで来たはずだったが、いつの間にかそんな目的を忘れ、話を聞いてほしいという気持ちでいっぱいになっていた。
辛かった出来事を話すときは泣き、嬉しかった時のことを話すときは笑う。
殺してきた感情をぶちまけ、百面相を披露しながら話すエリーを、ギドは冷静に観察していた。
一通り話し終えたエリーに向かって、ギドはとりあえず一言で済ませた。
「なんか情緒不安定になってるなぁ。ちょっと落ち着けぇ」
「しょうがないじゃん。もうずっと前から私1人じゃ抱えきれなくなってたんだよ」
洞窟の床に直接胡坐をかいていたギドは、頬杖をついて考え始める。
「それで、真祖の計画を止めるのを吾輩に手伝ってほしいんだな?」
「うん。他に頼める人いないの」
情緒不安定で、最後に見た時よりも危なげに見えるエリーを放っておくのは気が乗らない。
真祖に協力してエリーを困らせているシュナイゼルが、なんとなく気に入らない。
どうせ他にやることも無い。
エリーはご主人様のお気に入りだったし、放っておくと成仏した後あの世でどやされるかもしれない。
ギドはそんなことを考えた。
ギドはエリーの求めに答えるか答えないかを吟味するつもりだったが、気が付けばエリーを助ける理由を探していた。
じっとギドの顔を見つめるエリーに、ギドは肋骨をカコンと叩いて答えた。
「じゃあしょうがねぇなぁ。吾輩が力を貸してやるぜぇ」
「ギド好き! ありがと!」
エリーはパァッと破顔してギドに抱き着いた。
エリーは誰彼構わず抱きつくようなタイプではないが、ギドは例外だった。今までも何度か抱き着いている。
「おま、馬鹿、ヴァンパイアの力で抱きしめたら骨が折れるだろうが」
「ギドなら大丈夫でしょ?」
遠慮なくギドに抱き着くエリーの様子は、ギドをなんとなく懐かしい気持ちにさせた。
見た目が少々大人になったが、エリーの内面は変わっていないように感じられたのだ。
ギドはカパリと口を開け、スケルトンなりのため息を吐いた。
「吾輩が手伝うっつっても、なんとかなる保証はないぜぇ? 吾輩もなんでもできるわけじゃねぇからよ、具体的にどうやって真祖の計画を止めるのか決めねぇとな」
「うん。ギドが手伝ってくれるなら何とかなると思う」
ゼルマは1人、ギドと話すエリーを見ていた。
ゼルマの知るエリーは、ギドと話すときほど表情が豊かではなかった。
感情が顔に出やすいタイプだとは思っていたが、最近のエリーはどこかで押さえているというか、自分の前では努めて冷淡であろうとしているように感じていた。
だが
「本当は、ああいう性格だったんだな」
もしかしたら、自分にもあのように、心のままの態度で接してくれたかもしれないと思った。
そっと首筋に指を這わせると、先日付けられた吸血痕がわずかに痛んだ。
エリーがもし本当に人間になったら。
もう血を吸う必要が無くなったら。
その時は、エリーとはもう触れ合うことは無いのだろう。
ゼルマは自嘲気味に微笑んだ。
ギドとの話が一段落したエリーは、ふとゼルマを見た。
ギドに抱き着いたままのエリーと目があった。
暗いせいでエリーがどんな表情をしているのかはわからなかったが、気まずそうに顔を反らしたのはわかった。
ゼルマは音を立てずに鼻からため息を吐き、その場からゆっくりと立ち上がる。
「ここは私には暗すぎる。外で待っていよう」
返事はないだろうと思ったゼルマは、そのまま洞窟の出口に向かって歩き始める。
そんなゼルマの背中に、1つだけ声がかかった。
「魔物がいるかもしれないから、気を付けてね」
ギドと話している時とは違う、どこか静かな声だった。
「わかった」
ゼルマはそう告げて、また洞窟の出口に向かって歩き始めた。
次話から一気に進むかもしれません。