吐露
兵舎の自室に戻って来た私は、チェルシーにただいまを言うことなく自分のベッドに倒れ込んだ。
最近の私は何かある度にこうやってふて寝しているけど、今日はいつもより辛い。
気分が悪い。
私はシュナイゼルさん達のことを何にもわかってなかった。
知らなかった。
ついさっきまで目の当たりにしていた光景を思い出すと、とても気分が悪い。
胸の中に毒ガスでも充満してるんじゃないかってくらい、最悪の気分。
吐きだしたい。
私1人じゃ、この気持ちを抱えきれない。
誰かに聞いてもらって、慰めて欲しい。
私はそんな感情に身を任せて、チェルシーを見た。
「……」
チェルシーはいつも通りの冷たい目で私を見てる。
私がどんな気分でも、チェルシーの顔色は変わらないらしい。
いつも通りのチェルシーの姿が、ついさっきの非現実的な光景から私を守ってくれるような気がして、チェルシーの冷たい視線が少しうれしい。
でもちょっとは心配してくれてもいいと思う。
「チェルシー」
「面倒なので嫌です」
「まだ何も言ってないのに」
「どうせ何か嫌なことがあったのでしょうけれど、一々チェルシーに聞かせないでください。面倒です」
どうして先回りして断るのかな。
「……あのね、私なりに真祖の計画を止める方法を考えてね、それでシュナイゼルさん達魔術師に魅了を」
「耳が悪いようですね。聞こえない耳など邪魔でしょうから、チェルシーが捥いであげます」
構わず聞いてもらおうとしたら、本当にチェルシーが耳を捥ぎ取りに来た。
でも私は今、何でもいいから聞いて欲しい。
私の耳を掴もうと伸ばされた両手を掴んで、お願いする。
「聞いてよ、お願い」
チェルシーはすごく嫌そうな顔になったけど、それ以上は断らなかった。
私はシュナイゼルさん達魔術師に、説得か魅了をして、真祖の計画を止めようとしたことを話した。
それから、地下室で見たシュナイゼルさん達の復讐についても話した。
全部話し終えたら、チェルシーにすごく大きなため息を吐かれた。
「要するにあなたは、シュナイゼルとか言う魔術師に真祖の計画に協力しないよう頼み行ったものの、魔術師たちが王弟に復讐している現場を見て怖くなり、魅了もかけずにただ逃げてきたわけですね」
「うん」
改めて思うと、我ながら何をしに行ったのかわからない結果だと思う。
「やる気はあるのですか? 本気で真祖の計画を止めたいと思っているのですか?」
「あるし思ってるよ。でも」
「でも、何ですか?」
私はなんで逃げ帰ってしまったのか、もう1度考えてみる。
「……ショックだったんだよ。シュナイゼルさんが、王家の人達を皆殺しにしたり、王弟殿下を攫って監禁したりしてるのが、すごく怖かったし、そんなことするような人だと思ってなくて」
「言い訳にすらなっていません。魔術師がどこの誰に何をしようが、関係ないではないですか」
「関係ないって、そんなこと」
「関係ありません。よく考えてみてください。魔術師が王弟やら王家やらに復讐しようが、真祖の計画に影響はないでしょう。つまり、あなたの言う真祖の計画を止めることにも関係がありません。知り合いだか何だかの今まで知らなかった1面が見えたというだけで、一々塞ぎこまないでください。その度に長々と話を聞かされるチェルシーの身にもなってください。いいえなりなさい」
「……じゃあどうしろって言うの?」
私はどうすればいいの?
あと私を責めるばっかりじゃなくて、少しは慰めてよ。
「……真祖のもとにいるヴァンパイアには魅了の効果が怪しく、王城の地下に居る魔術師からは逃げてしまった。つまり、真祖側の戦力を削ぐ方法はすべて失敗したということになりますね」
違うよ。
今は、今聞きたいのは……
「そうじゃなくて、この気持ちはどうしたらいいの?」
「だから何度も言っているでしょう。あなたには関係ないのです。どうしても気になるのなら忘れてしまえばいいのです。あんまりしつこいようなら、本当に耳を捥ぎ取ります」
私の耳に触れながらそう言うチェルシーの目は本気で、これ以上食い下がると本当に耳を捥ぐつもりのようだった。
結局、チェルシーの言う通りなんだと思う。
シュナイゼルさん達の復讐については、私が今から何をしても意味が無い。
だから私は、もうそのことについては考えない。
考えても意味が無い。
「……私には、関係ない」
今まで何度かしてきたように、そう呟いた。
頭の中でも、繰り返す。
関係ない。
知らない。
「魔術師に会いに行くのはやめてください。あなたの目的は話してしまったのでしょう? 警戒されていますから行っても無駄です。それより次はどうするかを考えなさい」
「……うん」
忘れろ。
考えるな。
そう頭の中で繰り返して、無理やり思考を漂白する。
それから、真祖の計画を止める方法について、考えるための始点を探す。
……うまく集中できないから、チェルシーに始点を求めることにした。
「チェルシーはどうすればいいと思う?」
そう問いかけると、チェルシーはやっと私の耳から手を離してくれた。
さわさわと撫でられていたから、ちょっとくすぐったかった。
「ヴァンパイアと魔術師、つまり真祖側の戦力を削ぐ方法は失敗したわけですから、あとはこちら側の戦力を増やすしかないのでは? まぁあなたのような人に、味方になってくれるような知り合いや友人がいるとは思えませんが」
最近似たような罵倒をされた気がするけど、とりあえず誰か味方になってくれる人を探してみる。
「私の知り合い……ゼルマさんや騎士団の皆」
「真っ先に思い浮かぶのがそれですか。あの女が戦力になると思いますか? ここの騎士団の連中を含めて、ただの人間がどれほど集まってもさほど変わりません」
そんなことないと思うけどね。
魔術師の人の潜伏場所さえわかれば、任せられると思う。
「う~ん」
「他に居ないのですか。本当に人脈、いえ人望が無いのですね。かわいそうに」
「もうわかったよ。私がダメダメなのはもうわかったから、それ以上虐めないでよ」
「被虐趣味に付き合ってあげているのです。お礼を言いなさい」
「酷いことを言った上にお礼を言わせるって、それはもう暴力だよ」
「嬉しいですか?」
「嬉しくない」
本当はシュナイゼルさんにも、味方になってほしかった。
だけど私は、説得するとか頭で思うだけで、何も出来なかった。
何もしなかった。
そんな私には、本当に、他に味方なんて居ない……
クルクルとネガティブな思考に支配されそうな時、私はふとしゃべる骸骨のことを思い出した。
私はふて寝を止めてガバっと起き上がり、立ち上がって名前を呼んだ。
「ギド……ギド! ギド!!!」
ギドはきっと助けてくれる。
私のことを、私の次に一番知っているの人、もといスケルトン。
もう私が頼れるのは、ギドしかいないと思う。
「ギドがいい! ギドに……チェルシー?」
心底可哀そうなものを見る目で、チェルシーが私を見ていた。
「とうとう本当に頭がおかしくなったのですね」
「違うよ! ギドは知り合いの名前で、ちょっと興奮して連呼しちゃっただけだから」
私はいつの間にか元気になっていて、チェルシーは元気になった私にいつものように、呼吸でもするかのように言葉の暴力をふるった。
割と本気で傷つくようなことを言うチェルシーには、本当に慈悲が無いと思う。
「ねぇ、本当に私に被虐趣味があるって思ってたりしないよね?」
「あなた自身が自覚していないのはわかっています」
「……え? 何がわかってるって?」
「あなたには虐めてほしそうな雰囲気があり、時々イラっとさせてくれるので、とても罵倒しやすいです。無自覚に誘っているのでしょう」
「あの、冗談でしょ? 私結構傷ついてて、本当にもうやめて欲しいんだけど」
チェルシーは答えてくれなかった。