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誤復讐

 王城の地下室に向かうための扉は、カラスと呼ばれる呪術師によって開かれた。

 

 地下室に扉の開閉音を響かせ、次に階段を降りる足音が鳴る。

 

 そしてついに地下室の扉が開き、カラスは魔術師たちとシュナイゼル、エリーの前に現れた。

 

 だが誰1人としてカラスを認識せず、地下室の扉が開いたことにすら違和感や疑問を覚えなかった。

 

 カラスはエリーのすぐそばを通り抜け、かつてギルバートが寝かされていた寝台の上に、担いでいた王弟ジークルードを降ろす。

 

 そして、自身とジークルードにかけていた、隔離の呪術を解いた。

 

 その瞬間、ようやく地下室に居たシュナイゼル、エリー、魔術師6人はカラスと王弟ジークルードの姿を認識した。

 

 まず口を開いたのはシュナイゼルだった。

 

 シュナイゼルはその場にたたずむカラスと意識のないまま寝台に寝かされたジークルードを見て、カラスが指示を全うしたことを悟る。

 

 「戻ったか。よくやった」

 

 「長よ、大役を任せてくれたことを感謝する」

 

 カラスは灰色のローブの奥で酷薄に口角を歪めた。

 

 エリーはその様子を、ただ見ていた。

 

 エリーには、何の前触れもなくカラスとジークルードが現れたように見え、驚きながら呆然と見守ることしか出来なかった。 

 

 カラスはそんなエリーを一瞥し、シュナイゼルに問うた。

 

 「それで、この状況は? なぜその女がいる?」

 

 「我々に真祖に協力するなと頼みに来たようだが、断ったところだ。ちょうどいいから、我々の復讐を見せてやれ」

 

 シュナイゼルは珍しく笑みながらカラスにそう答えた。

  

 「見てどうなる物でもないが……長に従おう」

 

 カラスはそう零し、寝台に横たわるジークルードに向き直った。

 

 エリーはこれから何が始めるのか、何が起こるのかを漠然と想像した。

 

 何をすべきで何を言うべきなのか、一切計ることが出来ず、ただカラスとジークルードの行く末を見守っている。

 

 魔術師の復讐の本番は、ジークルードが目覚めた瞬間に始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下室の寝台で横たわるジークルードの意識は、悪夢に侵されていた。

 

 ヴィオラ、娘に続き、クレイド家とその親類縁者が次々と死ぬ夢だ。

 

 唐突に、何かに呪われたかのように苦しみ、倒れ、息絶える瞬間を俯瞰する。

 

 どこからともなく現れたゾンビに捕まれ、食いちぎられ、血飛沫を上げながら死ぬ様子を、這いつくばったかのような視点で観察する。

 

 苦悶に歪む死に顔を高い位置から、あるいは下からじっくりと見せつけられ、次の者が死ぬシーンへと移り変わる。

 

 斜め上から見下ろすか、または足首ほどの高さから見上げるか。

 

 ジークルードは最悪の夢に苦しみながら、気付いた。

 

 これは鳥の視点であると。

 

 そして最後の親類の死に顔をじっくりと眺めさせられた後、ジークルードは目を覚ました。

 

 硬い感触を背中に感じ、意識を失う直前の、妻と生まれることなく死んだ娘を思い出し……

 

 横たわる自分を見下ろす、2人の男を見た。

 

 こいつらは誰なのか。

 

 今見た夢はなんだったのか。

 

 ここはどこなのか。

 

 そう問い詰めようとするも、体は動かない。

 

 口をパクパクと動かし、荒く呼吸し、血走った眼をせわしなく動かす。

 

 それ以外のことは出来なかった。

 

 動揺、警戒、敵意。

 

 怒り。

 

 それらを宿した目は、ジークルードを見下ろすカラスではなく、シュナイゼルに向けられていた。

 

 シュナイゼルは自分を睨むように見るジークルードに対し、静かに口を開いた。

 

 「貴様が今見た光景は現実で起こったことだ。つい先ほど、貴様らクレイド一族は、貴様を残して全員死滅した」

 

 目をカッと見開くジークルードに対し、シュナイゼルの声音は酷く落ち着いたものだった。

 

 だが目深に被ったフードに隠されたシュナイゼルの瞳は、声音に反するように厳しい。

 

 「我々は魔術師だ。貴様らクレイド王家が200年前に迫害し悉く殺しまわった魔術師の、最後の生き残りだ」

 

 シュナイゼルは静かに、一言一句を刻みつけるように語り始める。

 

 「もはやクレイド一族は貴様しか残っていない。貴様さえ殺せば、我々の復讐は終わる。貴様を殺すのは、他の同胞が全てここに戻ってきてからだ。貴様の寿命はあと1日も無い」

 

 少しずつ状況を飲み込み始めたジークルードの頭は、沸騰寸前の熱湯に浸されたように熱された。

 

 ジークルードは意識を失う直前、妻ヴィオラと娘の死を酷く悲しんだ。

 

 どれだけ安静にしていても、死産の可能性を無くすことは出来ない。

  

 であれば胎内の赤子が死んでしまうことは、悲しくはあっても誰かを責めるようなことではない。

 

 だが妻ヴィオラは死産の悲しみに、あるいは自責の念耐えきれなかったから自殺した。

 

 避けようのない悲しみだったのだと、ジークルードは責める相手すらなく悲しんでいた。

 

 だが実際はそうではないと気付いた。

 

 この魔術師が殺したのだと理解した。

 

 ジークルードの意識を埋め尽くしていた悲しみは憎しみに変わり、射殺さんとばかりにシュナイゼルを睨みつけ、動かない口の代わりに意識の中で呪詛を吐いた。

 

 200年も前の遠い先祖への復讐を、なぜ今頃自分に向けられるのか。

  

 それは自分の蒔いた種ではない。

 

 自分には復讐されるいわれなど無い。

 

 なのになぜ、唐突に、これほどの仕打ちを受けなければならないのか。

 

 正当性などかけらもない、ただの悪意と暴力だ。

 

 ジークルードはただ憎んだ。

 

 アランに対して燃え上がらせていた憎しみなど、比べ物にもならないほど、膨大な憎悪を込めてシュナイゼルを呪った。

 

 そんなジークルードの心を読んだかのように、シュナイゼルは話を続ける。

  

 「我々が憎いだろう。おかしくなりそうなほど憎いだろう。何のいわれもなく家族や仲間を殺し尽くされると、人はそうなる。200年前の我々は、今の貴様と同じ気持ちだった。同じ気持ちを味合わせてこそ復讐と言える」

 

 シュナイゼルの心は、間違った充実感に満たされていた。

 

 狂気的な笑みを浮かべ、瞳の奥でジークルードを嘲笑い、心の底から嬉し気にため息を漏らす。

 

 シュナイゼルの心の内を表すように、カラスが一言だけ呟いた。

 

 「実にいい気分だ」

 

 シュナイゼルからカラスに視線を移せば、カラスがシュナイゼルと同じように笑い見下しているのが見える。

 

 その異様な光景を見守る6人の魔術師すら、一様に、嬉し気に、晴れやかな狂笑を湛えていた。 


 エリーだけが、異常な空間を正常な意識で眺めていた。

 

 底なしの穴を落下し続けているような感覚は、エリーに破滅へと進み続けているように感じさせた。

 

 エリーは初めて目にするシュナイゼルの1面に、酷く驚き、怯えた。

 

 シュナイゼルはふと笑みを止め、口を開いた。

 

 理性的で、整然で、さっぱりとした声音で、ジークルードを見下ろして語る。

 

 「好きなだけ恨み、憎むがいい。我々の復讐は間違っているのだから、貴様にはその権利がある」

 

 シュナイゼルの言葉を、カラスや魔術師たちは否定しない。

 

 シュナイゼルの言葉は、この場にいない者も含めた、魔術師たちの総意であった。

 

 「貴様は200年前のクレイド王でもなければ、貴様が魔術師を迫害したことも無い。であれば、我々が復讐すべき相手は貴様ではない。正しい復讐相手がいるとするなら、貴様の先祖、200年前のクレイド王だ。故に、この復讐は間違っている。貴様は我々を恨む権利があり、その恨みには正当性がある。だが……」

 

 笑むのを止め、何かを憂うような声音でそう話すシュナイゼルは、どこまでも理性的に見えた。 

 

 ジークルードですら、シュナイゼルの雰囲気の変化に驚いたほどだ。

 

 シュナイゼルは目深に被ったフードを外し、ジークルードに素顔を晒した。

 

 かつてエリーと共にオリンタス山に向かった時に剃った髪は、それなりに伸びていた。

 

 目を細めてはいても、薄暗くても、理性を帯びた瞳だけは見える。

 

 たったの11名とはいえ、同胞をまとめ上げ続けた逞しさと、合理と目的意識の強さを感じさせる表情で、しっかりとジークルードを見下ろしていた。

 

 腰を曲げ、ジークルードの目の前まで顔を近づける。

 

 ジークルードの視界がシュナイゼルの顔で埋め尽くされた時……

 

 再び笑んだ。 

 

 「我々は間違っていても構わない」

 

 ジークルードの顔を両手で挟み、顔どころか視線すら自分から逸らすことを許さない。

 

 「我々が望むのは、クレイド一族の滅亡だ。クレイド一族が作り上げた、この国の滅亡だ。正しさも、肯定も、褒美も、金も、命も、我々は欲していない。貴様らの苦痛と死だけが欲しい」

 

 シュナイゼルがそう言い終えたのを合図に、カラスは左半身を晒した。

 

 青白く変色した左上半身には、無数の黒い羽根が生え、左手の爪は黒く変色し内側に歪曲していた。

 

 「あと4人の同胞が帰って来るまでは、貴様を殺さない」

 

 カラスは左半身から生えた羽を1本毟る。

 

 その羽は1羽の夜カラスへと姿を変える。

 

 カラスが準備を終えたことを確認したシュナイゼルは、ジークルードから顔を離した。

 

 そして、どこまでも冷たく言い放った。

 

 「啄まれ、食まれながら待つがいい」

 

 カラスは今しがた召喚した夜カラスに、何事か囁いた。

 

 夜カラスは1つ鳴き、サッと飛び立った。

 

 6人の魔術師たちは、カラスの飛ぶ姿を楽し気に見守る。

 

 夜カラスはそのまま狭い地下室を1周し、最後にジークルードの額に降り立つ。

 

 光物を狙う習性を持つ夜カラスは、真っ先にジークルードの瞳を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリーはその先を見なかった。

 

 受け入れがたいものを目の当たりにしたエリーは、逃げ出したのだ。

 

 地下室を飛び出し、階段を駆け上がり、乱暴に地下室への入口の扉を開く。

 

 いつも以上にあわただしい城内の騒音は、エリーの中に巣食う胸糞悪さを加速させる。

 

 警備をしていた近衛騎士が居なくなっていることすら、エリーの不安感を煽った。

 

 エリーはそのまま、兵舎へと逃げ帰った。

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