クレイド一族
胸糞な表現があります。
ご注意ください。
その日、最初に死んだのは赤子だった。
ジークルード・クレイドの妻、ヴィオラの胎内で、産声を上げる時を待っていた娘が、その日を迎える前に死んだ。
母体であるヴィオラ・クレイドが大事にしていた大きな腹に、突然浮かび上がった不気味な紫の痣が、娘の死を告げていた。
その次に死んだのはヴィオラだ。
王族用の大きく煌びやかな装飾が施されたベッドの天蓋と、細くねじられひも状になったシーツを使った、首吊り自殺であった。
死んだ赤子を胸まで晒し、あらゆるモノをまき散らし、その死に顔は直に見たものを即座に嘔吐させるほど歪んでいた。
ヴィオラの死は、ヴィオラ自身が胎内の娘の死を知ってから1時間も経たない頃だった。
遺書の類は一切なかったが、死産を嘆いた壮絶な自殺であると、誰もが信じた。
王城の片隅で、彼女らの処理が粛々と行われた。
リオードと共に謁見室に居たジークルードは、妻と娘の死を同時に知らされることになった。
ジークルードは冷たくなった妻と死んだ後に取り上げられた娘に対面し、巨大な喪失感に打ちひしがれた。
「妻と、娘と、3人だけに」
呟くように告げた。
逆らう者は居なかった。
リオードを含め、ジークルードの今後を憂う貴族や従者は多くいた。
だが、あとはジークルードが立ち直るのを待てばいいという思いもあった。
そんな者たちの甘い考えを裏切るかのように、次々と死が訪れた。
国王ジャンドイルの側室が、まとめて焼け死んだ。
ジークルードの親戚が、王都を流れる河に落ちて溺れ死んだ。
死んだ。
死んだ。死んだ。死んだ。
王城どころか、王都以外の町に住んでいたクレイド王家の遠縁の者すら、その日のうちに死に絶えたのだ。
訃報が次々と舞い込み、リオードは即座に、現在1人でいる国王ジャンドイルと王弟ジークルードがすでに死んでいるのではと危惧した。
リオードはすぐに従者をジャンドイルの安否の確認に向かわせ、自身はヴィオラとその娘、ジークルードが居る一室へと駆けた。
大急ぎで扉を開け放ち、ジークルードの姿を探す。
だがその部屋には、ヴィオラとその娘の遺体だけが残されていた。
慌てて周囲を、ジークルードの生きている姿を探し、名を叫ぶように呼ぶが、見つからない。
リオードはふいに”カァーッ、カァーッ”というカラスの鳴き声を聞いたが、カラスの所在を探す余裕は無かった。
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
地下室の光源は、ところどころに備え付けられたランタンだけ。
取り外しは出来ないから、陰になっているような暗い場所は、明るく照らすことが出来ない。
私はヴァンパイアだから、わずかな光さえあれば色も輪郭も、距離感だってしっかり把握できるけど、普通の人は階段を降りるのが怖いと思う。
そんな階段を降りて、半年前までギルバートが寝ていて、今はシュナイゼルさん達の居る部屋に入る。
ボロボロの木製の扉を開けると、蝶番が軋む耳障りな音が鳴った。
シュナイゼルさんと、魔術師の人が6人いる。
魔術師の人はあと5人居るはずなんだけど、今日は居ないみたいだった。
「貴様か、今は忙しいのだが」
私の方を見たシュナイゼルさんが、スッと立ち上がってそう言った。
「そうは見えないけど……何してるの?」
ここに居る7人が特に何かしているようには見えない。
そう思って聞き返した。
シュナイゼルさんに、真祖の計画に協力しないで欲しいとは言い辛くて、別の話題に逃げようとしてしまった。
でもシュナイゼルさんには、無駄話をするつもりはないみたい。
「要件はなんだ」
無駄話をするような間柄じゃない。
そう言いたげな態度に見えた。
だから私も決心がついた。
「真祖の計画に、参加しないで欲しい」
シュナイゼルさんがどんな風に反応するのかを見たくなくて、私は何か言われる前にさらに続ける。
「私は真祖の計画を止めたい。シュナイゼルさんにも、止める側になってほしい」
断られたら、魅了を使うしかない。
それが嫌だから、私は1歩踏み込んで、さらに続ける。
「前にシュナイゼルさんが言ってた、今の王国に魔術師を認めさせるっていう目的は……真祖の計画とは別の方法で叶えて欲しい」
シュナイゼルさん達の視線を感じながら、私はそう言い切った。
私はそこで言葉を切って、シュナイゼルさんの反応を待つ。
シュナイゼルさんは一拍置いてから、言葉を返してくれる。
「……まぁ、貴様はあの計画を嫌がるだろうと思っていた。我々に、何かメリットはあるか」
真祖の計画を止めることで、シュナイゼルさんにメリットは……
思いつかない。
思い付きで行動したせいだ。
何の説得材料も用意できてない。
私が答えられずにいると、シュナイゼルさんは首を横に振った。
「ではダメだ」
断られて当然だった。
シュナイゼルさんは断った。
そして、断った理由まで話してくれる。
「この際だから話してしまうが、我々の目的はクレイド王家への復讐だ。他には何もない。以前話した目的は嘘だ。望むべくも無いことだ」
「復讐って」
確かギドがそんなことを仄めかしてくれてたっけ。
「我々の目的は、我々魔術師を迫害し殺し尽くそうとしたクレイド王への復讐だ。それが叶うのであれば、他の望みは叶わなくていい。だが、真祖の計画が成されたなら、望むべくも無かったことが現実になる。魔術師が認められ、大手を振って歩けるようになるというのは、魔術師の長として求めるべきものだ」
シュナイゼルさんはそこで一旦区切ってから、ローブのフードを外して、私と目を合わせた。
「この背中は、同胞11人の命を預かっている。故に、常に我々にとって最良の判断をする義務がある。貴様の要求は飲めない」
シュナイゼルさんがそう言い切ったと同時に、上の方で扉が開く音がした。
シュナイゼルさんも気付いたみたいで、一瞬上を見上げてから、私に視線を戻した。
それから、少しだけ嗤ったように見えた。
「どうせなら見ていくがいい」




