鼓動対魅了
真祖の計画を止める。
そのために何が出来るか、1晩考えてみた。
考えた結果、色々と出来ることはあることに気付いた。
とりあえずはすぐに出来そうなことを2つほど思いついたから、試してみることにする。
1,私がアドニスとクゼンさんとローザさんに魅了をかけて、計画を邪魔するように頼む。
2,シュナイゼルさんを説得するか魅了をかけて、真祖の計画に協力しないようにお願いする。
この2つが両方うまく行けば、真祖とストリゴイ以外の、計画を実行する者はいなくなる。
2つとも気乗りしないし、私が何をしても真祖の計画は成されるような気もするけど、それでも諦めないことにした。
とりあえず、今夜も真祖の部屋に向かう。
アドニス達に魅了を試せるし、なにより計画を実行に移すまでの時間、魔術師の人達の隠れ場所なんかを知りたい。
聞きたいことを聞いて、試したいことを試すために、私はまた1人で王城に忍び込み、真祖の居る塔の階段を登った。
「お邪魔します」
「ただいまと言って入ってくるようにしてくれぬかの。他人行儀に接されると余は悲しい」
いつも通りに真祖の部屋に入ると、とうとうそんなことを言われた。
”ただいま”は帰る場所に帰って来た時に言う言葉で、ここは私の帰る場所じゃないよ。
少し嫌そうな顔で私を見る真祖には適当に手を振って、それから真祖の部屋の中を見回してみる。
生活感のある家具と、フィオ君とフィアちゃんの他に、今夜はアドニスとクゼンさんとローザさんも居た。
ストリゴイの連中はいない。
ちょうどいい。
私は愛想よく笑ってから、フィオ君とフィアちゃんをぼうっと眺めているローザさんに近づく。
「こんばんわローザさん」
「こんばんわ。あたしに何か用事?」
今夜のローザさんは、若干疲れた感じがする。
「特に用があるわけじゃないけど、最近会ってなかったから」
「そう。あたしも忙しかったから……ふわぁ」
ローザさんは大きなあくびをして、眠そうにしている。
真祖の計画の準備で忙しかったんだろうね。
さて、うまく色々聞きだせるかな。
「確かローザさんは、南東区に拠点作ってるんだっけ。どんな調子?」
「南東区の拠点はもう作り終えてる。今は北東区に2つ目の拠点を作ってるところ。それなりに大変だけど、順調」
「そっか……そう言えば、私拠点がどんな感じなのか知らないや。教えてくれる?」
「別に大した拠点じゃない。魔術師が3~4人隠れられるような隠れ家」
「隠れ家なんだ。どこにあるの?」
「南東区の倉庫街にある、使われてない倉庫の屋根裏。隠れて出入りできるようにしたり、光や音が外に漏れないようにしたり、色々面倒だった」
「北東区の拠点はどこに作ってるの?」
「路地裏。廃業して誰も居ない何かの店。今は店の出入り口を使わずに、路地裏から出入りできるように細工してる」
「そうなんだ……」
とりあえず、魔術師の人達の隠れ場所はわかった。
具体的な場所はわからないけど、これだけ情報があれば探せる。
昼間に南東区、北東区を練り歩いて探し出そう。
「計画の実行っていつなの? 拠点作りは間に合いそう?」
「間に合う。まだ1ヶ月以上あるから、南西区にも拠点を作る時間は十分ある」
南西区にも作るんだ。
場所を決めたら教えてもらおう。
「北西区には作らないの?」
「空き家がたくさんあるから、わざわざ作らなくていい」
「それもそうだね。あ、北西区にいい場所知ってるよ。埃っぽいけど地下室があるから」
「じゃあ、その場所を今度教えて」
「うん」
これでいい。
北西区の拠点の場所は私が決められる。
そして計画が実行されるのが1ヶ月以上先だってこともわかった。
今知りたいことは、とりあえず知れたね。
これでいい。
よしよし。
しばらくローザさんと雑談して、さりげなく、少しずつ近づいてみる。
最初はお互いが両手を伸ばせば、伸ばした手同士が触れられる距離だった。
それから少しずつ、ジリジリ近づいて、今はどちらか片方が少し腕を伸ばせば、体に触ることが出来る。
自分でも近いなって思うような距離で、私とローザさんは肩を並べるようにして、仲良くしりとりをしているフィオ君とフィアちゃんを眺めながら、どうでもいいことを話す。
子供は好き?
真祖が復活するまでは、どこに居たの?
そんなことを聞いて、答えに相槌を打って、そうやって距離を縮めた。
今は真祖もアドニスもクゼンさんもこっちを見てない。
だから、試してみる。
「ねぇ、ローザさん」
声のトーンを落として、すぐ隣にあるローザさんの横顔を見て、意味ありげに名前を呼ぶ。
「何?」
こっちを見るローザさんと目が合う。
私は嫌な緊張を押さえながら、魅了のスキルを使う。
そして魅了のスキルの条件を満たす。
相手の目を見て、相手の名前を呼ぶ。
「ローザさん」
魅了がしっかりかかるように、じっとローザさんの目を見つめて、名前を呼んだ。
「……」
ローザさんは黙って私を見つめ返す。
「……だから、何?」
表情も変わらないし、顔色もさっきまでと同じ。
もしかして効いてない?
それとも、効いてるけど態度に変化が無いだけ?
確かめるにはどうすればいい?
魅了が効いたかどうか確かめる方法を失念していた私は、緊張と焦りで、よくわからない質問をした。
「あぁ、えっと、私と真祖、どっちが好き?」
「どういう意味?」
「なんでもない」
なんでもなくない。
ここで私が好きだと答えてくれたなら、今の強い真祖の鼓動より魅了のスキルの方が、支配力が強いってことになる。
そうなれば、あとはアドニスとクゼンさんにも魅了をかけて、真祖の計画に参加させないようにしたり、色々と私が有利になる。
今すぐに魅了が効いたのか効いてないのかを確かめたい。
……いや、効いてない……ぽい?
ジャイコブやギンなら、唐突に同じ質問をしても、私の方が好きだと即答してくれると思う。
だから、聞き返されたってことは効いてないのかな。
私が頭をフルに使って考えていると、ローザさんの口が開いた。
「選べるわけない。どっちも好き」
「……へ? なんて?」
魅了が効いていないなら、一緒に居た時間が極わずかしかない私より、真祖を好きだと答えるはず。
魅了が効いているなら、私を好きだと答えるはず。
で、ローザさんの答えは、どちらにも当てはまってない。
それがどういうことなのかわからなくて、私はポカンとして聞き返してしまった。
「どっちも好き。優劣は無い」
これは……どっちなのかな。
わからない。
わけがわからない。
「そ、そっか。変なこと聞いてごめん」
私が困惑していると、視線を感じた。
真祖の視線だった。
私を見て、苦笑している。
真祖は苦笑したまま、片手で私とローザさんを手招きした。
「エリー、ローザ、こちらに来るがよい」
「はい」
ローザさんはそう即答して、スタスタと真祖の座るソファーまで歩いて行った。
そして、同じように招かれた私の精神状態は、危機感に押しつぶされていた。
真祖は私がローザさんに魅了をかけた、あるいはかけようとしたことに気付いている。
そう確信してしまった。
きっと今から、どういうつもりなのかと、問いただされる。
それは不味い。
「……はい」
可能な限り遅く返事をして、可能な限りゆっくりと、真祖の前まで向かう。
私がうまい言い訳を考えられる時間は、本当に極わずかしかない。