詳しい計画
夜、私は兵舎に居た。
ジャイコブ、チェルシー、ギンにそれぞれ話をしてから、ゼルマさんの自室に向かう。
ゼルマさんに血を飲ませてもらうためだ。
赤い目をそのままに、日焼け止めも洗い落とした状態で、私はゼルマさんに迫る。
「血、飲ませて」
私が部屋に来た時点で、私が血を欲していることを察していたんだと思う。
ゼルマさんは頷いて、首筋を見せてくれた。
私が何度も吸血した痕が残っている、見ていて痛々しい首筋に、私は牙を落とす。
思えば、最近は血を吸うことに躊躇が無くなってきている。
私が生きるためにどうしても必要なことだからと、割り切ってしまっている。
仕方ないとは思わない。
「慣れてきたな、お互い」
ゼルマさんは私に血を吸われながら、余裕そうな声でそう言った。
そうかもしれない。
牙を伝う快感。
熱い血潮の味。
ゼルマさんに痛い思いをさせているという罪悪感。
喉を鳴らして血を飲みこむ満足感。
そう言うのに、慣れてしまったのかもしれない。
良くないと思う。
良くないと思いながら、満足するまで血を吸って、それから唇を離した。
もう唇の端から血を零したり、はしたない音を漏らしたりもしない。
「ごちそうさま」
「ああ」
いつもはこのまま、余計なことは何も言わずにゼルマさんの部屋を出る。
ゼルマさんも私が部屋を出ていくのを見送ったりしない。
今夜もそうしようと思った。
でも今日はなんとなく、一言だけ言って出ることにした。
「ちょっと、真祖に会ってくる」
「そうか。気をつけて」
少し前と違って、ゼルマさんとはほとんど会話しなくなった。
すこし寂しい気がする。
これで良い気もする。
私は1人でお城に忍び込んで、真祖の部屋に来た。
私はいつも通り”お邪魔します”と言って部屋に入り、真祖もいつも通り”そんなことは言わなくてよい”とか言いながら出迎えてくれる。
真祖の部屋には、真祖の他にフィオ君とフィアちゃんしかいない。
今夜は雨が降っているけど、アドニスとクゼンさん、ローザさんの3人は出かけているみたいだった。
「久しぶりじゃな。まぁ座るがよい」
真祖はそう言いながら、いつも座っている赤いソファーにスペースを設けるようにズレて、私に座るように促してくる。
私はそれに逆らわず、真祖の横に座った。
真祖は満足そうな顔で、私を見下ろして話しかけてくる。
親し気に、優しく、親のように。
「シュナイゼルには会えたのかの?」
「会えた。ちょっと時間がかかったけどね。久しぶりに会えて嬉しかった」
「そういえば、エリーとシュナイゼルはどういう関係なのじゃ?」
「言ってなかったっけ。シュナイゼルさんのお師匠様が、私の……」
”ご主人様”と答えるのはどうなんだろう。
多分、面倒なことになるよね。
「どうした? シュナイゼルの師匠はエリーの何なのじゃ?」
「あ~、まぁ、色々。なんて言っていいかわかんない」
「うむ、そうか。ではシュナイゼルとどんな話をした?」
「それもいろいろ。シュナイゼルさんの師匠の話とか、昔初めてシュナイゼルさんと会ったときの、思い出話とか」
嘘を吐いた。
嘘が通じたかどうかはわからないけど、真祖が機嫌を悪くしたようには見えなかった。
「彼奴はそういう話をしそうにないと思っておったが、そうでもないのじゃな」
「シュナイゼルさんは普通に話してくれるよ。お喋りが好きというわけじゃないかもしれないけど」
「そうか。意外じゃ」
真祖は少し間を置いてから、私の肩に手を回して、顔を覗き込んできた。
「楽しかったか?」
楽しいわけがない。
私は、私は……
「楽しかったよ」
私は笑ってそう答えた。
心の中とは真逆の表情をしているのに、すごく自然に微笑むことが出来た。
お城の中でコネリーを演じてたから、作り笑顔が上手になったんだと思う。
私は笑顔のまま、私の顔をのぞき込んでいる真祖に問いかける。
「それより、真祖の計画について詳しく教えてよ。約束でしょ?」
私がそう言うと、真祖は覗き込むのを止めてソファーに座り直す。
「サイバとは仲良くなったのか?」
「それなりに」
私は即答した。
「そうじゃな。エリーにも協力してもらうとするかの」
真祖はそう言って、計画について語り始めた。
「人が魔術師、亜人種、ヴァンパイアを人々が受け入れるにあたって、最も大きな障害は宗教と言える。今の国教は、魔物はもちろん、亜人種すら悪しきもの、汚らわしいものと卑下し、人間だけを持ち上げる内容なのだ。人間の優越感を煽りつつ蔑む対象を作ることで、ある意味盤石の信仰を得ておる」
「それで、どうするの?」
「わかっておるだろう? 潰すしかない。今の教えを排除し、新しい教えを布く」
「今ある教会を襲って、みんな殺しちゃうの?」
「いやいやそこまではせぬ。協会や神官が居なくては困る」
「どうして?」
「宗教無くしては国が回らぬ。教会というのは、人が生まれれば名付け、人が結婚すれば祝福し、人が死ねば弔い、毎年各地の祭りを取り仕切る。要は各領地ごとに国民を管理しておる団体なのじゃ。居なくなられては困る。殺すのではなく、教えの内容を変えるように圧力をかけるのじゃ」
「どうやって?」
「各領主や貴族とのつながりを持ち、魔術は打ち消される上、大きな教会には神官戦士という武力がある。つまり正攻法ではどうにもならぬということじゃ。あまり気ノリはしないのじゃが、強引な手段しかない。具体的には、アドニス、クゼン、ローザに襲わせ、祭具、教典の破壊をさせるつもりでおる。今の教えを正しいと証明するものは、悉く破壊する。さすれば後はいかようにも変えられるだろう。そのあとは余が何とかする」
「何とかするって?」
「余の肉体はジャンドイル・クレイドの物だが、どう頑張っても誤魔化し切れぬほど若返っている。この姿を大々的に国民に見せ、『余は天命を受け若返り、不老不死の王となった』『天命に従い、余は真祖を名乗り、新たな教えを布く』と宣言し、余自身が信仰の対象となるのだ」
「それでなんとかなるの?」
「なる。いや、なんとかする。余が新王として大々的に教えを広め、ゆっくりと魔術師も亜人種も、愛しい我が子らも、この国に受け入れさせよう。余に任せておけ」
「突然王様が変わったり、今まで信じてきた宗教が変えられたら、反発されるんじゃないの?」
「そこは余の腕の見せ所じゃ。お主らの親である余を信じ、安心して任せるのじゃ」
私は真祖に笑いかけ、1つ頷きを返した。
真祖も微笑んで、私を抱きしめた。
「お主が人間になりたいと思っておるのは、十分にわかっておる。しかし……余はこれ以上我が子を減らしたくないのだ。200年越しに目覚め、あまりに少なくなってしまった我が子らを、手放したくない。ヴァンパイアで居て欲しい」
私は真祖に抱きしめられながら、そう言われた。
抱きしめ返すことはしなかった。
「そっか」
たったそれだけしか言わなかった。
1分くらい真祖の抱擁を受けたあと、私は真祖に別れを告げて、部屋を出た。
真祖が語ってくれた計画は、シュナイゼルさんが教えてくれた内容と合致した。
だけど、シュナイゼルさんはもっと詳しい話をしてくれた。
もっと大事な内容を教えてくれた。
シュナイゼルさんの言葉は、今でも耳に残っている。
「今まで蔑んできた魔術師や亜人種、忌み嫌い魔物として扱って来たヴァンパイアを、宗教が変わった程度で受け入れるわけがないだろう」
シュナイゼルさんの説明は、私にとって、とてもわかりやすかった。
「真祖の計画は悪辣だ」
そして、私にとって納得できる内容ではなかった。
「簡単に言えば、間引きだ。人間の数を、今の国を維持できないほどまで減らす。人間だけの力ではどうしようもないほど国を弱らせる。それが計画の第一歩だ」
結局、私たちヴァンパイアは魔物で、真祖は化け物。
人間の敵。
「弱り切った国を我々魔術師の力で再建する。さらに交流特区を国土全域に広げ、亜人種を招き入れ、彼らの力も借りて復興を目指す。その際にヴァンパイアも国民として認めさせる。これが第二歩」
共に生きていく国を作る、とか言いながら、たくさん殺すつもり満々なんだ。
どうしようもない。
「人間以外にもエルフ、ドワーフ、ワービースト、ヴァンパイアが無秩序に闊歩するようになるだろう。そうなればもうこの国は”人間の国”ではなくなる」
聞いているだけで目眩がした。
「人間を依存させる計画と言い換えてもいいだろう。魔術師や亜人種、ヴァンパイアに頼らなければ滅ぶ国を作る計画だ」