近衛騎士
モブ視点です。
俺は声高々に唱えたいことがある。
先に言っておくと、それは同僚への文句でも隊長への不満でもない。
俺が言いたいのは”俺たち近衛騎士は警察騎士ではなく軍騎士である”ということだ。
王城の警備は近衛騎士がやっている。
そのことに不満はない。
王家、王族を守るのが近衛騎士の使命なのだから、むしろ誇らしいと思っている。
だが”警備は警察騎士の仕事”という常識が、俺たち近衛騎士が軍騎士であるというれっきとした事実を忘れさせるのだ。
国内に細々とした争いはある。
港町ルイアでは、サイローンから来た人間とグイドから来た人間で揉めているらしいし、王都なんかヴァンパイアが潜んでいる。
だが俺に言わせれば平和だ。
どこかの領地で一揆が起きたとか、どっかの領地で不穏な兵力の増大や移動があったとか、ワービーストあたりの軍隊が国境を越えてきたとか……
そういう、俺たち近衛騎士が功績を挙げられるような争いは起きてない。
つまり近衛騎士は、ここ数年王城の警備しかしていないというわけだ。
俺も自分がただの警備員なのではと思うときがある。
最近近衛騎士になった後輩共も、近衛騎士になったはいいが、訓練と警備を繰り返すだけの華の無い日々に退屈しているようだ。
そしてその退屈を隠そうともしない。
挙句最近は、”近衛騎士は実質警備隊”みたいな話をしている貴族様がいる始末だ。
平和なのはいいことだが、近年は軍事力が縮小傾向にある。
いずれ貴族様どころか王家すら近衛騎士の存在を忘れ、俺たち自身もその誇りを過去のものとしてしまう日が来るのではないか。
そんな不安に駆られる。
ああ嫌だ。
俺は勤続17年の中堅近衛騎士だ。
俺に近衛騎士とは何たるかを教えてくれた師である先代近衛騎士隊長は、昨年退役した。
今の隊長は俺より若い。
教育の行き届いた顔の良い若者だ。
俺の不安をぶつけるには少々頼りないと感じている。
むしろ不安の種の1つだ。
今の若い隊長が近衛騎士が何たるかをわかっているのかどうか、確かめたいとすら思う。
……さて、こう言う職務上での愚痴というのは、同じ職場の者にはしないほうが良いというのを俺は知っている。
俺が今の隊長に不満を抱いていることが知れれば、俺の立場が危うくなる。
愚痴をこぼす相手は、近衛騎士とは無関係でなくてはならない。
「……そういうわけで、今俺が言ったことは他言無用で頼むな」
「はい、誰にも言いません」
俺の愚痴を聞いてくれているのは、最近王城の中庭に来るようになった、コネリーという女だ。
薬師レーネの助手だそうだ。
あのレーネの助手というからどんな危ない奴かと思えば、普通の女だった。
と言っても俺は薬師レーネについて、城内の噂話程度しか知らないがな。
キエンドイ伯爵を顎で使う。
ただの平民を王城に連れ込む。
いつもニヤニヤ笑っていて不気味。
物怖じという単語を忘れた女。
色々言われている。
まぁ簡単に言えば変人なわけだが、その変人の助手は意外にも普通なのだ。
変人の助手……苦労人というイメージだ。
なんだか親近感が沸く。
「コネリー殿の話も聞いてみたい。こう言っては何だが、あの変人レーネの助手であれば、何かと苦労もあるだろう。俺の愚痴に付き合ってもらったんだし、代わりと言っては何だが、ポロリと口を滑らせてみてはどうだ。俺は口が堅いぞ」
うむ。
我ながら良い言い回しだ。
年下を口説くおっさんになった気分だ。
「えーと、そうですね。ん~……」
困り笑顔で考え込まれてしまった。
何を言えばよいか考えているのだろうな。
最近知り合ったおっさんに何を話すべきか悩んでいるのだろう。
ここはもう少し促してみようか。
「例えば……そうだな、レーネ殿は普段何をしておいでなのかな。レーネ殿の仕事を手伝う上で、何か困った出来事など無いか?」
「人を……」
「今何と?」
「いえ何でもないです」
小声で何か言いかけたが、すぐに首を振ってしまった。
俺はここで”あまり詮索されたくないのではないか”と思い至った。
俺なんかは仕事内容を聞かれれば喜んで話すが、コネリー殿はそうではないのかもしれん。
薬師レーネに”仕事の内容を他言するな”と言われている可能性もあるな。
「いや良いのだ。別に薬師の仕事に興味があるわけではない。俺ばかり愚痴を聞いてもらっているのが忍びないと思っただけだ」
「気を使わせてしまってごめんなさい」
「いやいや、謝る必要はないぞ」
気立ての良い子だな。
俺は若い者をあまり好かないが、この子は話していて気分がいい。
別の話題はないだろうか……
そういえばこの子はよくここに居るな。
「コネリー殿はよく中庭に居るが、むさくるしくは無いか? もし城内に何か不満があるなら、俺に話してみてはくれないか」
「むさくるしいなんてことないですよ。日当たりもいいですし……それに、お城の中の匂いがあまり好きになれなくて」
匂い……そうか、コネリー殿は平民だったな。
「なるほど、貴族に慣れておいででないのなら、城の中は居心地が悪いかもしれないな。俺なんかも最初は、貴族様方から例外なく陰謀の匂いがしているような気がしてならなかった」
「陰謀の匂い?」
「雰囲気のようなものだな。近衛騎士は王家を守るのが役割だから、城の中であれこれ働いている者が、王家を狙って何か企んでいないかと疑っていた。近衛騎士になってから2年くらいは警戒しっぱなしであったな」
「今は警戒してないのですか?」
「いやいやしているとも。だが不用意に誰かれ構わず疑うことは無くなったという話だ」
「そうなのですか」
コネリー殿は何やら納得した風だが、たぶんわかっていないだろう。
心構えが変わったとか仕事に慣れたからとか、そう言う理由を想像しているだろうが、そうではない。
「簡単に言うと、警戒すべき派閥が無いのだ」
「派閥、ですか?」
「まず国王派。ジャンドイル王の意向にすべて従うべきとする派閥だ。次に王弟派。実際的な働きは国王陛下より王弟殿下の方が多く、王弟殿下無くして今の安定した統治は成し得なかった。これからも国王陛下に忠誠を誓うが、実際的には王弟殿下の意向に従うべきとする派閥だ。細々とした派閥はまだあるが、ここ数年はこの2つの派閥しかないと言える」
「国王派と王弟派、ですか」
「そうだ。この2つの派閥は、別に仲が悪いわけではない。国王派だからと言って王弟殿下を排除しようとする者はいない。その逆もしかり。なのでこの2つに派閥の中に、国王陛下や王弟殿下を狙う者は居ないのだ。だから俺たち近衛騎士が警戒すべき相手は、この2つの派閥以外の極少数だけということになる」
「その警戒すべき派閥にはどういうのがあるんですか?」
「王子派や貴族派だな。王子派はまだ生まれても居ない王子を、生まれてすぐに王座に座らせ、王国を新しくしようと計画している派閥だ。貴族派は、領地の運営をする貴族に領内の全権を与え、各領地を実質的に独立させようと計画している派閥だ。どちらも具体的に何をどうしたいのかわからない、小さな派閥だ」
「貴族様にも色々あるんですね。なんとなくわかった気がします」
「そうか。まぁ1度話を聞いたくらいでは覚えきれないのが当たり前だ。興味があれば……」
ふむ。あまり興味があるようには見えないな。
平民が面白がるような話ではないか。
「俺ばかり話してしまって悪いな。そろそろ訓練に戻るとする」
「いえ、私は口数が多くないので、たくさん話してくれてうれしいです。ありがとうございます」
思い返せば本当に俺ばかり話していたが、そう言われると悪い気はしない。
「コネリー殿は聞き上手だな。むさくるしい中庭でよければ、いつでも寄ってくれ」
「あ、明日もここに居ますか?」
「いや、明日は訓練ではなく城内の警備だ。滅多に人が来ない暇な場所だがな」
「そうですか……それでは、ごきげんよう」
「うむ。ごきげんよう」
明日、俺は中庭に居ない。
そうわかったときのコネリー殿は、返答まで少し間があった。
もしや脈ありかと思ったが、俺は所帯持ちだし、コネリー殿は年下すぎる。
なにより、若い娘をそういう目で見るのは良くない。
次の日、コネリー殿が俺が警備している王城地下室の入口に来た。
もしや俺に会いに来たのではと期待してしまった俺を、誰が責められようか。
この年でモテ期が来たらしい。
もう少し進めたかったのですが、どうでもいい派閥の話で思いのほか文字数を使ってしまって、あまり進みませんでした。
派閥の話はたぶん今後出てこないような気がするので、覚えなくて大丈夫です。
 




