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白昼を手に

 薬師レーネの部屋。

 

 これから私が自由に出入りできて、ここには今日私が使った日焼け止めや、ヴァンパイアの赤い目を茶色に変える薬がたくさんある。

 

 そしてもう1つ手に入れた物が、この手形。

 

 サイバが言うには、これを見せれば王城のどこにでも出入りできるらしい。

 

 と言っても真祖、つまり国王が引きこもっている塔だけは別なんだそうだ。

 

 サイバも同じものを持っていて、ほとんど毎日ザザイバールっていう老人に変装してお城を出入りしてるから、城のどこに出没しても怪しまれないと言ってた。

 

 でも私はそうじゃない。

 

 お城の中に、(コネリー)のことを知っている人は少ない。

 

 だからこれからは、会う人みんなに挨拶して、手形を見せて覚えてもらう、というのをしばらく繰り返さないと、自然に王城の中を歩き回れない。

 

 今すぐシュナイゼルさんのいる王城の地下室に向かえば、手形を見せたとしても怪しまれるそうだ。

 

 回りくどいとは思わない。

 

 お城への出入りはともかく、好きなように昼間の外を出歩いて、誰とでも目を合わせて会話できるようになったことが嬉しい。


 嬉しいからこそ、怪しまないといけない。 

  

 「ねぇ、聞きたいんだけど」

 

 「なんだ」


 「私はシュナイゼルさんに会わせて欲しいって頼んだよね。別にこんな薬や手形を用意しなくても、私の頼みを聞くことは出来たんじゃないの?」 

 

 私が疑問をぶつけると、サイバは私の方を見ないまま答える。

 

 「ああ、出来た。僕が1人で王城の地下室に入り、シュナイゼルを連れ出す方法が1番手っ取り早かっただろう。僕が地下室の出入り口の警備の気を反らし、その隙にエリーを忍び込ませてもよかった。他にも方法はいくらでもあった」

 

 「じゃあなんでここまでしたの?」

 

 「今後のためだ。僕はほぼ毎日ザザイバールとして王城に居る。エリーが王城に出入りできるようになれば、連絡を密にすることが出来る。あとはまぁ、エリーの持つ僕の印象をよくするためとでも思ってくれて構わない」

 

 「そう」

 

 仲良くしろって真祖が言ってたし、そう言う意味もあるのかな。

 

 私がサイバに良い印象を持つ日は来ない気がするけどね。

 

 

 

 

 

 

 


  


 

 

 薬師レーネ、つまりヘレーネさんの部屋を物色し終わった後、私はすぐにお城から出た。

 

 進展はあった。

 

 とりあえずこれで良いということにする。

 

 明日からやることも決まったし、堂々と昼間に出かけられるというのが嬉しくもあって、私は自分が思うより上機嫌だったと思う。

 

 調子に乗って南東区にフラフラと向かって、かなり久しぶりに露店を巡ったり、人込みの中を歩き回ったりしてしまった。

 

 お金なんて持ってないから何も買えなくて、ただ冷やかしただけなんだけど、楽しい。

 

 傍から見たら1人寂しく散歩してるだけに見えたかもしれないけど、それでも嬉しいと思った。

 

 時間を忘れて、少し前まで当たり前だった昼間の時間を楽しんだ。

 

 お城を出た時はまだ日が高かったけど、気づけばもう夕方になってる。

 

 オレンジ色の日光に気付いて西の空を見て、私はようやく落ち着きを取り戻した。

 

 「痛……」

  

 眩しい夕日を直視して、なんだか両目がチリッと痛む。

 

 兵舎を出た時にお日様を見上げたけど、その時は痛くなかった。

 

 あと夕日を見てなくても、目が乾いたような感じでシパシパする。 

 

 瞬きしても治らない。

 

 「あ~、薬のこと忘れてた」

 

 染眼の薬とは別に、目の色を元に戻す薬もあった。

 

 それはつまり、ずっと茶色に染めっぱなしにするのは良くないってことなんだと思う。

 

 今の目がシパシパする感じが染眼の薬のせいだとすると、元の色に戻さないと治らないんだろうね。

 

 あと日焼け止めも、効果がいつまで続くのかわからない。

 

 私かなり迂闊なことしてたっぽい。

 

 忘れていた眠気を急激に感じ始めて、疲労感もある。

 

 私は舞い上がっていたテンションが急に冷めていって、兵舎に戻ることにした。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 兵舎に戻って来た私は、目の色を元に戻す薬を持ってゼルマさんの自室に直行した。

 

 また目に水滴を落とさないといけないと思うと気が重いけど、しょうがない。

 

 ゼルマさんに薬を渡して、染眼の薬の時のように目に薬を落としてもらうように頼んで、ゼルマさんの膝に頭をのせて上を向く。

 

 私を見下ろすゼルマさんの顔を見上げると、少し心配そうな顔をしていた。

 

 「顔色が悪いな」

 

 「そうかな」

 

 眠くて目がシパシパするけど、別に体調は悪くないと思う。

 

 「白目が充血している。あといつもより体温が高い」

 

 「え……そっか。大丈夫だよ」

 

 自分の体温を把握されてることにちょっと驚いた。

 

 ゼルマさんが私の目の真上にスポイトを持ってくるのが見えて、反射的に目を瞑る。

 

 そして指で片目をこじ開けられる。

 

 「点すぞ」

 

 「うん」

 

 スポイトの先から透明な水滴が溢れて来て、少し震えた後に目に落ちて来る。

 

 自分の目に向かって水滴が落ちて来る様子が、全部しっかりと見える。

 

 本能的に怖い。

 

 目が良いというのも考え物かもしれない。 

 

 「う゛」

 

 しかもこっちの目薬は少し染みる。

 

 「左目にも点すぞ」

 

 「ん、はい」

 

 もう1回か……やだなぁ。

 

 これからはお城通いになるし、毎朝ゼルマさんに目に薬を入れてもらうというのは良くないよね。

 

 そのうち自分でできるようにならないと。

 

 「ぅ、沁みる……」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 それからの私は、夜に寝て朝起きるようになった。

 

 毎朝自分で染眼の薬を入れて、日焼け止めを塗って王城に向かう。

 

 門番の人に手形を見せて挨拶し、薬師レーネの部屋に入る。

 

 と言っても部屋ですることなんて特にないから、割とすぐに部屋を出て城内を歩き回る。

 

 いかにも貴族っぽい人に会ってはコネリーと名乗って手形を見せ、

 

 派手なドレスに化粧の濃い、まさに貴婦人という感じのおば様に挨拶して手形を見せ、

 

 お城のいろんなところに居る騎士の人にも自己紹介して回った。

 

 リオード伯爵とは時々すれ違うけど、忙しそうなので軽い挨拶くらいしかしない。

 

 忙しそうなのはリオード伯爵だけじゃないけど、リオード伯爵ほど忙しそうな人はいない。

 

 そしてたいていの人は臭い。

 

 お城の中は人の匂いに油や糊、化粧品や鉄臭さが混じっていて、特に貴族っぽい人からは、ヴァンパイア的に受け入れ難い匂いがする。

 

 普通の体臭ならむしろ食指を誘われる。

 

 整髪用の油や服の形を保つための糊の匂いは、それ単体だとそんなに気にならない。

 

 だけどそれらが混ざり合うとかなりキツイ。

 

 そして濃い。

 

 さらに香水の匂いが混ざると、息を止めておきたくなる。

 

 鼻の奥に腐った果物を詰め込まれると、きっとこんな感じなんだと思う。

 

 そんなお城だけど、私にとって居心地のいい場所が1か所だけある。

 

 それは中庭。

 

 真祖のいる塔が建っている場所であり、またお城の警備をしている、近衛騎士の人達が訓練したりしている場所。

 

 近衛騎士の人達はほとんどがおじさんで、化粧の代わりに派手な鎧を身に着けていて、不快なにおいがしない。

 

 人の匂いと、鎧や剣の鉄の匂いと、鎧のプレートを支える皮革(ひかく)の留め具の匂い。 

 

 比較的自然なにおいが中庭の芝生の香りと混ざっていて、好きじゃないけど嫌いでもない感じ。

 

 人の汗の匂いは嫌いじゃない。

 

 いい年したおじさんの汗の匂いだと思うと正直アレだけど、ヴァンパイア的にはあり。

 

 体を鍛えていて食事に偏りがない人の汗は匂いは、不快感が無いような気がする。

 

 私は自然と中庭に居ることが多くなって、訓練している近衛騎士の人とは仲良くなった。

 

 いい感じだと思う。

 

 シュナイゼルさんのいる王城の地下室。その近くを警備しているのは当然近衛騎士の人達。

 

 仲良くなっておけば、怪しまれにくくなる。


 多分、また1歩進めたと思う。

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