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コネリー

 準備を終えた私は、恐る恐る兵舎を出る。

 

 日焼け止めのおかげで日光を浴びても死なないようになってるけど、それでも少し怖かった。

 

 日陰から1歩踏み出すのには勇気がいる。

 

 でも、踏み出した。

 

 兵舎の影から1歩だけ、日向に出て、お日様を見上げる。

 

 「……おお、すごい」

 

 お日様の光を浴びるのは、こんな感じだった。

 

 春の日差しは少し眩しくて、光を浴びる体の前面があったかい。

 

 あったかい。

 

 少し暑い。

 

 そして眠くなってくる。

 

 日光を浴びると眠くなるのは、ハーフヴァンパイアの時と同じかもしれないね。

 

 それでもこの光はなんだか心に染みる。

 

 ジャイコブやチェルシー、ギンにも、この感覚を知ってもらいたい。

 

 私は冷たい夜よりこっちの方が好きなんだよって。

 

 「……嫌がられるかな」

 

 多分嫌がられる。

 

 昼間に外を出歩くなんて、普通のヴァンパイアはしないだろうから。

 

 そこまで考えて、私はお日様を見上げるのを止めて、王城前広場に向かうことを思い出した。

 

 そこでサイバと待ち合わせしてる。

 

 そろそろ行かないとね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 王城前広場に行ってみたけど、あまり人は居なかった。

 

 昼間の王都を歩くのは久しぶりだったけど、前と比べて人も少ないし活気も感じない。

 

 ヴァンパイアが何度も吸血事件起こしてるからかな。

 

 広場も私やあの異形がつけた戦いの跡が残っていて、あまり居心地のいい場所じゃない。

 

 そんな王城前広場で、私の方にまっすぐ向かってくる老人が居た。 

 

 たぶんサイバだ。

 

 変装するって言ってたし。

 

 「渡した薬は問題ないようだな」

 

 やっぱりサイバだった。

 

 目を凝らしてみても、顔の印象や肌の(しわ)が、最後に見たサイバの姿とは似ても似つかない。

 

 最初から疑ってかからないと、この変装は見抜けそうにない。

 

 「私を呼び出して何するの?」

 

 私はここで待ち合わせをしただけで、この後何をするのかは聞いてない。

 

 シュナイゼルさんに合わせてくれるんだろうけど……

 

 「王弟ジークルードに会う。僕は考古学者ザザイバールとして、エリーを薬師レーネの助手だと紹介する」

 

 「意味わかんない」

 

 私が答えると、サイバは私の回答を予想していたみたいで、小声でつぶやいた。

 

 「とりあえず人目のないところに向かう」

 

 サイバがそう言いながら目だけをお城の方に動かした。

 

 そっちを見ると、お城の正門の門番の人がこっちを見てる。

 

 この後のことは誰にも見られたくないし聞かれたくないってことだね。 

 

 「これからお城に行くんなら堂々としてた方がいいんじゃないの?」

 

 ここで門番の人の目線を気にしてどこかに行って、その後お城に入ろうとしたら怪しまれない?

 

 「考古学者ザザイバールはある程度信用を得ている。問題ない」

 

 「ふぅん」

 

 サイバは南東区に向かって歩き始める。

 

 ここで帰るわけにも行かないし、私もサイバを追いかけて南東区に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の昼過ぎ、打ち合わせを終えたサイバとエリーは2人そろって王城を訪れる。

 

 老年の考古学者ザザイバール扮したサイバが、王弟に話があると告げると、門番はそのままサイバとエリーを城内へと通した。

 

 そのままサイバとエリーは城の中を進む。

 

 城勤めの貴族や従者、騎士は、見覚えのないエリーを見つけ、怪訝な顔をする。だがエリーを連れて歩く者がザザイバールであるとわかると、誰も文句を言わなかった。

 

 エリーは昼間の人の多い王城の中を堂々と歩くことに、内心では強い不安を感じていたが、努めてそれを表に出さないようにしていた。

 

 エリーは薬師レーネの助手として王弟に紹介されることになっているため、レーネに雰囲気を似せるようにサイバに指示されている。

 

 レーネはいつでも薄ら笑みを浮かべており、それを明るいと思うか不気味と思うかは人それぞれであっただろう。そして今のエリーもうっすらと微笑むことを意識しているが、よく見ると引きつっているのがわかる。

 

 一方王弟ジークルードは、レーネの治療が必要ないほどまで回復していた。

 

 多少性格が変わっているが、今はかつてと同じようにリオード伯爵と共に謁見室に陣取り、王ジャンドイルの代わりに貴族や各地の領主などからの報告や苦情、要求などを聞いていたりする。

 

 またギルバートを奪ったホグダやギルバートを起こすための薬を投げつけたアランへの憎しみも、かつてと同じように抱えている。

 

 サイバとエリーの2人はズケズケと王城の中を進み、王弟ジークルードの居る謁見室にまでたどり着いた。

 

 サイバが謁見室への扉をノックし、ザザイバールだと名乗るとあっさりと入室を許可された。

 

 エリーは謁見室に入るのはこれで2度目になるが、内装や2人を待ち構える顔ぶれも変化はない。

 

 やつれた王弟とリオード伯爵に、騎士鎧を着けたものが数人。

   

 サイバはスタスタと王弟の前に向かい、跪いた。エリーもそれに(なら)うように片膝を立て、頭を下げる。

 

 エリーが跪いた後、サイバがしわがれた老人の声で話し始める。

 

 「お忙しい中、失礼します。どこぞへ行ってしまったレーネについてお話がございます」

 

 「よい。聞かせよ」

 

 ジークルードはあっさりと承諾した。

 

 サイバは、いつの間にか全く現れなくなったレーネが見つからないこと。レーネが王城の部屋に残して行った薬は放置しないほうが良いだろうということを話す。

 

 そこまで話してから、サイバは連れてきたエリーを王弟に紹介する。

 

 「これはレーネの助手のコネリー。レーネが残して行った部屋の薬を管理させるためにに連れてまいりました」

 

 あらかじめ決めておいたエリーの偽名はコネリーであり、サイバが紹介したことで、エリーは初めて顔を上げて王弟を見る。

 

 「コネリーです」

 

 たったそれだけを言って、また頭を下げる。サイバに余計なことは言わなくて良いと言われており、実際それで問題なかった。

 

 サイバはすかさずエリーのすぐ後に話し始める。

 

 「コネリーはレーネの薬のことをある程度知っております故、管理くらいできましょう。しばらく王城への出入りと、レーネの部屋をこのコネリーに使わせてやって欲しいのですじゃ」

 

 実際のところエリーにヘレーネの薬について知っていることはほぼなく、薬学など全く学んでいない。またレーネの助手などと言われ、エリーがどんな気分なのかは形容しがたい。

 

 そんなエリーの内心をよそに、王弟は気前よくザザイバールの要求を飲んだ。

 

 「良いだろう。コネリーには手形を手配しておく。城を出入りするときは門番に見せればいい。ザザイバール、もしレーネが見つかったら、顔を出すように伝えろ。一応は治療は終わっているが、また容態が悪化するかもしれん。その時レーネが不在では困る」

 

 エリーは下げた頭をそのままに礼を言う。


 「ありがとうございます」

 

 そしてサイバも上げていた頭を下げる。

 

 「わかりました。見つけた際に必ず伝えましょうぞ。あれは元から奔放で、わしも思うところがありますからの。必ず、伝えておきます」

 

 サイバのその言葉で謁見は終了となった。

 

 サイバとエリーはそのまま謁見室を出ると、薬師レーネに貸し与えられていた部屋に向かう。

 

 レーネが王城を出入りしていた時は、その部屋の前には1人の兵士が居た。だが今は誰も居ない。この部屋の鍵が閉まっており、見張らなくても出入りする者がいないのだ。

 

 そしてその鍵を持っているのがサイバだ。

 

 サイバから扉の鍵を手渡されたエリーは、若干緊張しながら扉を開け、部屋に入った。 

 

 エリーは薬や調剤に使う道具がゴロゴロ転がっているような部屋を予想しつつ内装を見渡したが、そう言った類のものは見当たらなかった。

 

 木製の彫刻が施されたテーブルに、1人用ソファーが3つと、小さなチェストがあるだけの、こざっぱりした部屋だ。

 

 サイバはチェストに近づき、4つある引き出しの中にあるものをエリーに見せる。

 

 「チェストには僕が以前渡した薬が入っている。この引き出しには日焼け止め、こっちが染眼、染眼の下が目の色を戻す薬だ。最後の引き出しの中には髪を茶色に染める薬が入っているが、エリーには必要ないだろう」

  

 「他にはない?」

 

 「あるかもしれないが僕は知らない。だがここに危険な薬を置いたまま放置するようなことはしないだろう。もし見つけても触らないほうがいいだろうがな」

 

 サイバとエリーの間にそれ以上の会話は無かった。

 

 エリーがレーネの部屋を大まかに調べ終えた頃、レーネの部屋を城勤めのメイドが訪ねてきた。メイドはエリーに王城の出入りに使う手形を渡すと、1つ頭を下げて去っていった。

 

 メイドが去った後、サイバは懐からエリーに手渡された手形と同じものを取り出して見せる。

 

 「やはりそれは、僕やヘレーネが持っているのと同じ手形だ。僕は王弟の相談役、ヘレーネは王弟の体の治療のために手形を渡されている。王城の出入りに使えと言われていたが、これがあれば王城のどこにでも通してもらえるはずだ」

 

 「へぇ……」

 

 エリーは生返事を返しつつ、結局今どうなったのかを考える。

 

 手形とコネリーという偽の身分を手に入れ、王城とレーネの部屋を出入りでき、日焼け止め、染眼の薬をいつでも取りに来れるようになった。

 

 そしてなにより、この手形を持っていれば王城のどこにでも通してもらえるのだから、シュナイゼルの居る王城の地下室にも堂々と行くことが出来るようになった。

 

 緊張で滞っていた思考がゆっくりと回転し、時間をかけて今日1日の出来事を整理していく。

 

 「あれ、私、これでもいつでも王城に入って、シュナイゼルさんに会ったり出来る? 日焼け止めとかいっぱいあったし、ここに取りに来れるから、これからは昼間でも出歩けるし、目の色も気にしなくてよくなった……? てこと? あれ? 私、庶民で魔物……」

 

 エリーは今日1日で手に入れたヴァンパイアらしからぬ自由に戸惑い、サイバに聞かれていることを忘れて独り言を零していた。

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