忘れていたこと
次の日、私はまた真祖の居る部屋を訪れる。
お城に入る前からαレイジを使い、上位ヴァンパイア化して1人で来た。
チェルシーはもちろん、ジャイコブとギンも連れてきてない。
「お邪魔します」
そう言って扉を開けて石造りの部屋に入ると、昨日と同じように真祖が出迎えてくれた。
「そんなことは言わずともよいと言っておるだろう」
いや、言うよ。
私にとってここは自宅じゃない。
他人の家だ。
出迎えてくれた真祖に適当に微笑んでから部屋の中を見回すと、フィオ君とフィアちゃんが私の方に来た。
「ねぇちゃんだ」
「こんばんわー!」
αレイジを使っているから、私からは真祖に似た鼓動が出てる。
真祖の鼓動は親、私のは兄か姉。
それを感じ取ったフィオ君とフィアちゃんは、私が止めて欲しいと言っても、姉と呼ぶ。
だから、諦める。
「はいはい、ねぇちゃんでいいよ、もう。アドニスは?」
「出かけた」
「てことは、クゼンさんとローザさんも一緒に?」
「うん。どこに行ったかは知らない。僕らには教えてくれないから」
今日もアドニスは王都で吸血事件を起こしに行ったってことだね。
クゼンさんはアドニスと一緒に居て、ローザさんは南東区のどこかに拠点を作ってるらしい。
南東区のどこで、何のための拠点を作っているのか、気になるところ。
真祖に聞けばわかるかな。
真祖は石造りの部屋には不釣り合いな赤いソファーに座って、私たちの方をニコニコ笑いながら見てる。
真祖にとって、私たちヴァンパイアが仲良くしているのは嬉しいらしい。
機嫌がいい方が話を聞きやすそうだから、もう少し仲良くしているところを見せてから話を聞きに行くことにする。
「ギンラクは今日来ないの?」
「うん。今は私の住んでるところでお留守番してるよ」
”今は”なんて言い方をしたけど、今後ここに連れてくるつもりはない。
私の魅了より今の真祖の鼓動の方が影響力が強そうな気がするから、長くここに居させるのは怖い。
「フィオ君とフィアちゃんは、今日は何してたの?」
「今日? ここに居たよ?」
それはわかってる。
「2人で遊んだりしなかったの?」
「うん」
「えっと、この部屋で、大人しくしてたってこと?」
”この部屋でただボーっとしてたの?”と聞きそうになって、慌てて言い換えた。
だってここには家具がいくつかあるだけで、やることが無いように思ったから。
「うん」
フィオ君とフィアちゃんは同時に、当たり前のように頷いた。
遊ぶ道具がないから遊ばなかったのか、それとも今日はたまたま遊ぼうっていう気が起きなかったのか。
もしくは、ここにいるだけで気持ち的に満ち足りているのか。
私はちょっと怖くなったけど、表には出さない。
「そっか。いい子にしてたんだね」
そう言って2人の頭を軽く撫でておく。
フィオ君もフィアちゃんも純粋な笑顔を向けてくれた。
……十分だと思う。
私は2人から離れて、真祖の方に行く。
真祖はソファーの真ん中に座っていたけど、私が近づくと、横にずれて1人分の席を空ける。
そこに座れ、ということらしい。
正直怖い。
恐れ多いという気持ちになるから、怖い。
でもそんなことを思ってはいけない。
信じてはいけない。
私はにっこり笑って、素直に真祖の横に腰かける。
自分でも馴れ馴れしいと思うけど、真祖とほとんど間隔を開けないように座って、背もたれに背中を預ける。
真祖も私の態度を咎めたりはしないみたいだった。
「良いのか? 姉と呼ばれるのを嫌がっていたが」
「うん。あんまり悪い気がしなくなってきたから」
これは嘘じゃない。
クゼンさんやローザさんはともかく、フィオ君とフィアちゃんに”ねぇちゃん”と呼ばれるのは、そんなに不自然じゃないと思う。
とりあえず話題を変えて、聞きたいことを聞いてみる。
魔術師や亜人種、ヴァンパイアを人間に受け入れさせる計画について。
「あの計画は順調なの?」
「うむ。まだ下準備の段階だが、順調だ。余に任せておくがよい」
いつもこれだ。
詳しいことは何にも言わず、”任せておくがよい”で済ませる。
だから今日はもう少し、遠回しに少し突っ込んでみる。
「私は何を手伝えばいい?」
具体的なことは何も知らないままだけど、私が手伝う前提で話を振る。これで私に何をさせたいかを聞くことが出来れば、計画の内容の1部がわかるかもしれない。
「αレイジを使えるエリーには、ヴァンパイアのまとめ役になってもらおうかの。余が個々にその都度指示を出すのは時間がかかるだろう」
まとめ役、ね。
具体的なことが全く見えてこない。
私が聞きたいのはそう言うことじゃない。
というか今考えたような感じがする。
イライラしそう。
「まとめ役ってどうすればいいの? 私はそう言うの経験無いから、それだけじゃよくわかんないよ」
「昨日の3人はエリーがまとめておったのだろう? 同じようにしてくれればよい。アドニス辺りは従わぬかも知れんが、その時は好きにさせてやって構わぬ」
んー、そう言うんじゃなくてさ、真祖の計画にはヴァンパイアにも役割があるだろうから、その内容が知りたいんだけど……
遠回しに何かを聞き出すというのは、今の私にはまだ難しいらしい。
思った通りの情報が聞きだせないと、すぐに直接的に聞きたくなったり、イライラしたりする。
私が次の聞き方なんかを考えていると、真祖の方から話を振って来た。
「そう言えば余も忘れておったのだが、ヘレーネがどこにおるか知らんか?」
「……え、なんで私に聞くの?」
ヘレーネさんにはヴァンパイアになってから1度も会ってない。
ヘレーネさんはヴァンパイアだけどストリゴイの仲間らしいから、サイバあたりと一緒に居ると思ってた。
そしてサイバにも会ってないから……ヤバい、忘れてた。
ストリゴイの連中に今まであってないけど、ここに居たらいずれ会うことになる。
真祖に会って、浮かれて、チェルシーに泣かせてもらってすっきりして、色々あったから完全に意識の外だった。
サイバは私に1度殺されかけてるし、ばったり出くわしたら不味いかもしれない。
真祖が居ればいきなり襲ってきたりはしないだろうけど、何か面倒なことになりかねないね。
「会っておらんのか?」
「会ってない、よ」
思いっきり動揺しちゃったけど、それよりなんでヘレーネさんの行方を私に聞いたんだろう?
「なんで私に? というかヘレーネさんと私が知り合いだって知ってるの?」
知り合いというか、私にとっては敵なんだけど。
「知っておる。余がエリーをヴァンパイアにした夜に、エリーと仲良くしてくると言って出かけたきり戻っておらん。てっきり既にエリーと会っておるものだと思っておったが……あの子はどこに行ったのじゃ?」
知らないよそんなの。
「サイバあたりが知ってるんじゃないの?」
「ふむ。エリーはサイバとも知り合いなのだな」
おっと、そう言えば言ってなかったというか、言わなかった方がよかった?
いや、隠さないほうがいいと思う。
「一応殺し合いをした仲」
タザが乱入してこなければ殺せていた。
「穏やかではないようじゃな」
真祖はそう言って、ソファーから立ち上がった。
「ちょうどこれからサイバとタザが来ることになっておる。余と共に会えば安心して話が出来よう?」
「うん。会ってみる」
私は即答した。
真祖からは無理でも、サイバからなら具体的な計画を聞けるかもしれない。
そう思ったら、もう半年近く前の因縁なんて考えてられないかった。
立ち上がった真祖は石造りの部屋にある1番大きな窓を開けて、フィオ君とフィアちゃんに笑いかける。
「フィオ、フィア。少し席を外してくれ」
2人はそろって頷いて、部屋の扉から出て行った。
今この部屋には私と真祖の2人きり。
真祖は私と2人でサイバとタザを待ち構えることしたらしい。
……最後にサイバに会ったのは、王都で戦った時。
タザに会ったのは、北西区でドリーっていう赤ローブに負けた後。
まともに会話なんかしなかったけど、どうなるかな。
少し不安だ。
もう200部になりました。
あっという間だった気がします。