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泣かされて

 あの日の夜、私はシュナイゼルさんとシュナイゼルさんの仲間の魔術師11人と一緒に王城に行った。

 

 誰にも見つからないように全員で注意して、こっそり王城に入り込んで、そのまま真祖の居る塔を登る。

 

 先にシュナイゼルさん達が真祖のいる部屋に入った。私はシュナイゼルさん達が出て来るまで、真祖のいる部屋の扉の前で待っていた。

 

 しばらくして、シュナイゼルさん達が出て来る。

 

 シュナイゼルさん達は、王城の地下にある、王家の人だけが入れる部屋を根城にすることになったって言ってた。

 

 たぶんギルバートが寝ていた部屋のことだと思う。

 

 シュナイゼルさん達が塔を降りていくのを見送ってから、私は真祖のいる部屋に入った。

 

 真祖の鼓動に負けないように、αレイジを使って、真祖の前に立つ。

 

 そうしないと、真祖の言葉全部に従いたくなってしまうと思った。

 

 すごく緊張したし、怖かった。

 

 真祖が優しい顔で私を見て、穏やかな声音で

 

 「よく来た。また余に会いに来てくれて嬉しく思うぞ」 

 

 なんて言ってきた。

 

 私が今まで反抗してきたことに腹を立てていないかと思ってたから、安心してしまった。

 

 それから私は5人のヴァンパイアに見られながら、真祖に向かって以前と同じことを言った。

 

 「私を人間にして」

 

 前と同じように、断られた。

 

 「人間にはしてやれぬ」

 

 って。

 

 断られるのはわかってた。

 

 だからショックなんか受けなかった。

 

 それから私は、シュナイゼルさんから聞いた真祖の計画についても聞いた。

 

 「シュナイゼルの言ったことは本当だ。今まで忌み嫌っていた魔術師や亜人種を受け入れられるようになれば、自然とヴァンパイアも受け入れられよう。安心して余に任せておくがよい」

 

 そう答えてくれた。

 

 この時はまだ、私は真祖の言葉を完全には信じてなかったと思う。

 

 真祖はストリゴイと関りがあるし、真祖とは別に、サイバが何か企んでるかもしれないとも思ってた。

 

 疑ってた。

 

 だけど私の目の前には真祖が居て、他に5人もヴァンパイアが居たから、疑ってることを表には出さないことにして、とりあえず納得した風を装った。

 

 それから私は、フィオ君やフィアちゃん、アドニス、クゼンさん、ローザさんを紹介された。

 

 アドニス以外のみんなは、私のことを姉と呼んで、なぜか下手に出るような態度だった。

 

 なんで姉扱いするのかを聞いてみたら、真祖が答えてくれた。

 

 「エリーがαレイジを使っておるからだ」

 

 真祖が言うには、上位ヴァンパイアは真祖の代わりにヴァンパイアを統制することが出来るらしい。

 

 真祖をヴァンパイアの親とすると、上位ヴァンパイアはヴァンパイアの兄や姉のような存在で、真祖ほどではないけど、鼓動を発しているとか。

 

 αレイジを使って上位ヴァンパイア化している私は、フィオ君たちに自分を姉と思わせるような鼓動を発しているから、姉扱いされるということだった。

 

 姉扱いされるのは嫌だけど、今αレイジを使うのを止めるのは怖かった。

 

 だから姉扱いはやめて欲しいと訴えるだけにしておいて、その日はそのまま帰ったんだ。

 

 でも次の日もやっぱり姉扱いされて、私はαレイジを使うのを止めてしまった。

 

 油断があったんだと思う。

 

 アドニス以外は私に敵意なんか向けてこないし、真祖も計画の詳しいことや私を人間にしてくれない理由を教えてくれないけど、私たちを見て優しく微笑んでた。

 

 だから、αレイジを使わなくても大丈夫だろうって、思ってしまった。

 

 その日から、いつの間にか私は真祖の言葉を信じてて、安心してて、どこか浮ついてた。

 

 「余に任せるがいい」

 

 「安心してここに居てよいのだぞ」

 

 そんな言葉を、何も考えないまま信じていた。

 

 自分が真祖を疑っていたことも忘れて、真祖のいるこの部屋に居れば安全で、ただ待っていれば、真祖が私たちの生きやすい国を作ってくれると思ってた。

 

 ……というのを、チェルシーにいっぱい泣かされながら思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今思うと、違和感がある。

 

 αレイジを使わなくなった瞬間から、私の思考がおかしくなった。

 

 私以外の5人のヴァンパイアも、真祖から計画の詳しいことを聞いてないようだったのに、安心しきってた。

 

 そして、真祖の計画を詳しく聞いている人がいるとしたら、それはシュナイゼルさんだと思う。そのシュナイゼルさんは下水道を出るときに、空を飛ぶ剣やカラスを貴重な戦力だからと言って持ち出してる。

 

 計画の詳しいことを知っているシュナイゼルさんが、戦力を必要とするってことは、やっぱり、何かと戦うってことなんじゃないの?

 

 私はシュナイゼルさんから真祖の計画を聞いたとき、人間をいっぱい殺したりしない計画なのだと思った。

 

 だから真祖に会いに行こうって気になった。

 

 だけど、それも私の勝手な想像だったのかもしれない。

 

 ……と思う。

 

 いっぱい泣いた余韻の残る頭では、これ以上何も浮かびそうにない。

 

 軽い頭痛がするし、呼吸がつっかえるし、考えに集中できないよ。

 

 どうやって泣かされたかは、あまり思い出したくない。

 

 おかげで頭がかなりすっきりしたというか、正常な思考を取り戻した気がする。

 

 あと、チェルシーに手加減とか容赦とかが全く無かったことは覚えておく。

 

 もう”私を泣かせて”なんて頼むことは無いと思うけど、一応ね。

  

 「ねぇ、チェルシー?」

 

 「なんですか?」

 

 「チェルシーには、どう見えていたの?」

 

 「何がですか?」

 

 「昨日までの私とか、真祖とか、あの部屋に居た5人とか」

 

 「昨日までのあなたは、見ていてとても不快でした。浮ついてヘラヘラして、何もいいことが無いのに笑いかけたりしていたので、頭がおかしくなったのだろうと思っていました」

 

 「あの、また泣いちゃいそうなんですけど」

 

 「チェルシーは聞かれたことに答えているだけなので知りませんよ。あなたが勝手に泣くだけです。チェルシーは悪くありません。それに散々泣いた後ですから、今さら1回泣いた回数が増えることを気にするのは無意味です」

 

 「チェルシー、もしかして私のこと嫌い?」

 

 「好きでも嫌いでもありません」

 

 「……そっか」

 

 なんとなくだけど、チェルシーの言葉には嘘が無いような気がする。

 

 淡々と事実を並べるような話し方をするのせいかな。

 

 言い方は酷いし、冷たいし、怖いし、容赦なく息をするように罵倒してくる。

 

 私は普通に傷ついちゃうけど、これでいいような気もする。

 

 「真祖はどう見えてたの?」

  

 「エリーと同じです。存在感が圧倒的で、チェルシーでは逆立ちしても勝てないでしょう。それなのに脅威とは感じられず、むしろ安心してしまいそうになり、そのことに危機感を覚えました」

 

 「そっか。じゃあもう、あそこには行かないほうがいいかな。チェルシーも、泣かせてくれる前の私みたいになるかも」

 

 「それは死んでもごめんです」

 

 そんなに嫌なの?

 

 どれだけ私のこと不快に思ってたの?

 

 あ、でもこれ聞いたら、また傷つくような答えが帰ってきそうだから聞かないでおこう。

 

 「あの5人はどうだった?」

 

 「見るに堪えませんでした。あの双子兄妹はまぁ良いのですが、残りの3人、いえ3匹はウジ虫以下です。考えることを辞めた者の顔つきでした。実際、真祖に言われたことだけをしていればいいとか考えているのでしょう。いい年こいて真祖に甘えている姿が堪らなく不快なのです」

 

 「……私も、甘えてた?」

 

 「今も甘えているではありませんか。真祖ではなくチェルシーに」

 

 ……確かに甘えてる。

 

 兵舎の中で大声で泣くのはダメだと思って、チェルシーの体にに顔をうずめて、声を殺してたくさん泣いた。

 

 泣き終わってからも、ずっとチェルシーに寄り添ってもらってる。

 

 そもそも自分1人じゃ泣けそうにないからって、チェルシーに頼んで泣かせてもらったんだ。

 

 甘えまくりじゃん。

  

 「ごめん」

 

 「不思議と悪い気がしないので謝る必要はありません」

 

 「……?」

 

 「なぜ不思議そうな顔になるのですか?」

 

 「チェルシーが優しい事を言ってくれたような気がしたから」

 

 「もう1度泣かされたいのですか?」

 

 「もう大丈夫です。ごめんなさい」

 

 慌てて目を反らして、またチェルシーの体に顔をうずめる。

  

 チェルシーは何も言わないけど、振り払ったりしない。

 

 とりあえず私が落ち着くまで、甘えさせてくれるみたい。

 

 ……依存することが甘えなんだとしたら、私は甘えてばっかりだった。

 

 今からでも、チェルシーみたいに、甘えるんじゃなくて、甘えさせてあげられるような人になれるかな。

 

 正直、チェルシーのことをちょっとかっこいいと思ってしまってる。

 

 私と違って、自分のことを全部自分で決めて生きてるところが、すごいと思う。

 

 さんざん酷いこと言われたのに、嫌いになれない。

 

 「それで、これからどうしますか?」

 

 「αレイジを使って、また真祖のところに行く。αレイジを使いっぱなしにしておくから、もうおかしくならないと思う」

 

 「はぁ、αレイジが何かは知りませんが……もしまたおかしくなっていたら、また泣かせればいいですか?」

 

 あ~、うん。

 

 それしかないよね。

 

 「もしおかしくなってたらね」

 

 もうおかしくならないと思いたい。

 

 「それで、真祖のところに行ってどうするのですか?」

 

 「計画について詳しく聞く。私を人間にしてくれない理由も聞く」

 

 教えてくれなかったら、他の手を考える。

 

 自分で調べてもいい。

 

 ……うん。

 

 たぶん、もう大丈夫。

 

 「チェルシー?」

 

 「なんですか」 

 

 面と向かって言うのは照れくさいから、顔をうずめたままでいいかな。

 

 「ありがと」

 

 私はそれだけ言って、部屋を飛び出す。

 

 泣き腫らした顔を見られたくないから、まずお風呂に入ることにした。

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