解毒
チェルシーに引っ張られるようにして兵舎に戻って来た私は、そのまま私とチェルシーの部屋まで連れ込まれた。
兵舎に戻るにしても、真祖やあそこに居るみんなにちゃんと挨拶してからのつもりだったのに、いきなり帰る感じになってしまった。
だから私はチェルシーに文句の1つも言ってやろうと思ってた。
理由も言わずにいきなり連れ帰るなんて、どういうつもりなのかって。
でも私より先にチェルシーが文句を言い始める。
「チェルシーを真祖に会わせて、どうするつもりだったのですか? チェルシーに何を期待していたのですか?」
「どうするつもりも何も……それよりなんでいきなり帰ることにしたの? 何も言わずに突然帰るなんて感じ悪いよ」
私にだって言いたいことがある。
私なりに問い詰めたはずなのに、チェルシーは私の話なんて聞いてくれなかった。
「感じ悪くて結構です。良いから答えなさい」
そう言いながら詰め寄って、チェルシーの質問の答えだけを口にするように迫ってくる。
「だから……チェルシーにも、私が人間になる手伝いをしてって言って、今まで一緒に居てもらってたから、お礼のつもりで」
私は今のチェルシーが怖くて、屈して、文句も言えずに答えてた。
「なぜ真祖に会わせることがお礼になると思ったんですか? 意味がわかりません」
「だって、真祖と一緒に居れば安心だし、守ってくれるから」
私は自分がヴァンパイアであることが、不満。
不満の理由は、人間に正体がバレたら命を狙われるし、私自身が生きるために人を傷つけて吸血しなきゃいけないから。
でも、真祖が守ってくれるなら、その不満のほとんどは無くなる。
ジャイコブにも、ギンにも、もちろんチェルシーにも、不満を少しでも解消してほしいって思ったから、真祖のところまで連れて行った。
「チェルシーには真祖に守ってもらう必要がありません。余計なお世話です」
チェルシーはそう言って、私から1歩離れた。
「チェルシーは今まで、魅了のスキルを駆使して生きてきました。適当な貴族にあたりを付けて、魅了を使って貴族の家に入り込み、欲しい物はすべて魅了によって下僕にした者たちに集めさせていました。正体がバレる心配はほとんどありませんでしたし、バレたとしても、魅了のスキルがあれば何とでもなりました」
そうだね。
チェルシーと初めて会ったときも、たしかフォージっていう貴族の人を下僕にしてた。
貴族ってお金も権力もあるから、貴族に何でも言うことを聞かせられるなら、好きなように生きられたんだと思う。
「でも、真祖に守ってもらう方が安心じゃないの?」
「いいえ」
間を置かずに否定された。
「チェルシーは真祖に守ってもらわなくても今まで生きてきましたし、これからもそうです。ジャイコブやギンラクですら、生き抜くためのスキルと経験を持っています。そうで無い者は淘汰されています。今になって真祖に守ってもらう必要は全くありません」
「それは、そうかもしれないけど」
言われて見ればそうだ。
ジャイコブは幻視、ギンは誘眠のスキルで今まで生きてきた。
でも、真祖っていう私たちじゃどうしようもないほど強い存在が守ってくれるって言うんだから、それでいいじゃん。
「あなたも同じです。チェルシーと同じ魅了を持っているのですから、チェルシーと同じことが出来るはずです。しかも指尖硬化という2つ目のスキルも持っているのですから、チェルシー以上に真祖に守ってもらう必要はありません」
でも、怖いものは怖いし、安心がすぐ近くにあるんだから、そこに居たって良いじゃん。
「私はチェルシーみたいに、うまく生きていけないよ。怖いから、真祖に守ってほしいよ」
チェルシーは私より強い。
自分で決めて、自分の力でずっと生きてきた。
立派な大人なんだと思う。
そんなチェルシーから見たら、真祖に守ってもらおうとしてる私は、甘えてる子供に見えるのかな。
私は良かれと思ってチェルシーを真祖に合わせたけど、余計なお世話だったんだね。
「ごめん」
「謝る必要はありません。それにまだ本題に入ってません」
「え、私が余計なことをしたから怒ってるんじゃないの?」
「いいえ、別に怒ってはいません」
怒ってるようにしか見えなかったけど。
「それより、なぜ真祖のことを信じ切っているのですか? 人間にしてと頼んで断られたうえで、なぜ真祖に守ってもらえば安心だなどと思ったのか、チェルシーには不思議でなりません」
それは……
「思考停止して、妄信していませんか?」
「違うよ」
違う。
根拠がある。
「真祖はヴァンパイアが人に混じって普通に暮らせる国を作ろうとしてるの。魔術師、亜人種の順番に時間をかけて人々に受け入れさせて、最後にヴァンパイアも、魔物とか敵じゃなくて、一緒に暮らせるようにしようとしてる」
「だから信じているのですか?」
そうだよ。
「また裏切られますよ」
チェルシーは当たり前のようにそう断言した。
「ッ……どうして?」
胸がズキっとした。
「真祖が本当のことを言っている保証が無いからです」
「真祖がどれだけ強いか、対面したらわかったでしょ? 真祖が私たち相手に嘘吐く必要ないよ」
真祖は強い。
戦わなくてもわかるぐらい実力差がある。
国王様の体が若返っていくにつれて、真祖の鼓動は強くなってる。
ヴァンパイアが10人居ても勝てる気がしない。
そんな真祖が、私相手に嘘を吐くとは思えない。
私たちヴァンパイアを無理やり従わせるだけの力があるし、そもそも真祖は1人でもどんな望みでも叶えられる。
だから嘘を吐く必要が無い。
「嘘は言っていなくても、隠していることが無いとは限りません」
「そんなことまで言い出したら切りが無いよ」
「ではあなたが今言った真祖の計画が本当だとして、具体的な方法は聞きましたか?」
……聞いてない。
私は首を横に振るしかなかった。
チェルシーは心底呆れたって顔で私を見る。
「それでよく真祖に守ってもらえば安心だとか、信じるとか言えましたね。本当に可哀そうです。1度裏切られて痛い目を見たのに何も学習しない愚か者です」
いつの間にかチェルシーが目の前に来てて、そのままグイグイ近づいてきながら、息をするように私を罵倒する。
「ただ強い者に守ってもらえば安心などと考えて、それ以上頭を使わない大馬鹿者。安心などという聞こえの言い毒に浸りきった甘えん坊。紙のように薄い根拠の上に成り立つ浅はかな理屈を並び立てられるのは不快なので、もう一生喋らないでください。耳障りです」
壁まで追い詰められて、それでもチェルシーは責めるのも追い詰めるのもやめてくれない。
気が付いたら私は、壁を背にしてかしゃがみこんで、私を見下ろすチェルシーを見上げてた。
「挙句の果てに真祖に依存しないと生きていけなくなった同族5人と仲良くして、チェルシーをその弱者共……間違えました。ウジ虫共の寄り合いに混ぜようとしたんですよね。お礼のつもりでと言っていましたが、違いますよね。仇で返すつもりだったのですね。別に恩を売ったつもりはありませんでしたけど、とても不愉快です」
やめてほしい。
チェルシーの言うこと全部が心にグサグサ刺さる。
折れる。
「チェルシーが魅了されているわけでもないのにあなたと一緒に居る理由はなんだと思います? あなたに同情しているからです。本当に可哀そうですよ。あのゼルマとかいう女に依存していたと思ったら、今度は真祖に依存しようとしていたのですよね。弱い者はそうやって誰かに依存しないと生きていけないのですよね。寄生虫のようですね。軽蔑します」
痛いよ。
痛いからやめてよ。
「これほど罵倒されても反論すらしないのは、チェルシーの言っていることを否定できないからでしょう? あの真祖に会って、何度もあの強い鼓動を受け続けて、少々思考が鈍るのは仕方ないかと思いますが、いい加減目を覚ましなさい。言葉ではなく暴力が必要なら、可哀そうなエリーのためにチェルシーが一肌脱ぎますよ」
目を覚ましなさいと言われて、少し、頭が冴えた気がした。
「……私、お、おかしかった、かな?」
「今もおかしいです。少しは自覚しましたか?」
……だんだん、思い出してきた。
確かにおかしい気がする。
小さな違和感を何度も感じていて、それを全部意識しないようにしてた。
でも、まだちょっと不安。
「まだ、ダメかも」
靄というか、薄い膜がかかってる感じがする。
というか、あんなに酷いことを言われ続けたのに泣いてないってことは、間違いなくまだおかしいんだ。
普段の私ならとっくに泣き出してる。
今のままじゃ、また無自覚におかしくなる。
1度きれいに洗い流そう。
「チェルシー、お願いがあるんだけど」
「なんですか?」
ちょっと、いやかなり嫌だけど、こうしないとスッキリしない気がするから、仕方ない。
私はチェルシーに、私史上空前絶後のお願いをする。
仕方なくね。
「……私を思いっきり泣かせて」
予約投稿を試そうと思い、日時を設定したのですが、途中でやめることにしました。
そうしたらかなり微妙な時間に投稿してしまいました。