初任務
七章始まります。
「ちょっと出かけてくる」
そう言って出かけたエリーは、次の日の朝には兵舎に帰ってきていた。
ゼルマのねぇさんのいう通りになったわけだ。
「おはようエリー。昨日の夜はどこに行ってたんだ?」
「おはよカイルさん。ちょっと知り合いに会ったり、色々してた」
具体的な回答が全くないが、エリーに特に変わった様子はないな。
「だいぶ濁したな」
「えへへ」
……本当に変わってないか? 昨日までのエリーなら、”ごめん”とか言いそうな気がする。
エリーは笑ってごまかすタイプじゃないとも思う。
「なんかぁ、いい事でもあったのか?」
「ううん、何もないよ」
若干元気になったような気がするが、何もないのか。
「そうか。あ、イングリッドが話があるって言ってたぞ。エリーは以前に下水道の調査をしたことあるんだろ。話が聞きたいらしい」
「え、何で知ってるの?」
「リオード伯爵の持ってきた書類に書いてあったんだ。たしか、ユーア? だっけ? あと背油とノッカーとかそんな感じやつらとエリーの4人で、下水道の魔物の討伐をしたとかなんとか」
うろ覚えで話したら、エリーが噴き出した。
「せ、背油って、ふ、ふふ、セバスターね。ノッカーじゃなくてアーノック。ユーアさん以外全部違うじゃん」
エリーはそれだけ言ってまた笑いだした。
「お、おう。あんまりよく覚えてなくてな」
大笑いするエリーに、俺は正直困惑した。
そんなにおかしかったか?
「ご、ごめん。なんだかすごく笑っちゃった」
「ああ」
俺はちょっと涙が出るくらいまで笑ったエリーを、イングリッドの部屋まで連れて行くことにした。
「なんか、明るくなったな」
「そうかな? あ~、そうかもね」
「やっぱりなんかあったんじゃないのか?」
「んと、まぁ、もう安心かなって」
「何がだ?」
「色々」
「その色々が気になるんだが」
「えと、秘密。言えない」
「そうかよ」
俺は明るいエリーに最初は困惑したが、少し話しただけで、今の方がしっくりきた。
勝手な想像だが、エリーは今の感じが自然体なんだろうと思う。
エリーの今までとは少し違う明るさは、イングリッドの前でも続いた。
「エリー殿。下水道にはスケルトン、ネズミ、カラス、宙を舞う剣の4種類の魔物が居たそうですが、数はどのくらいかわかりますか?」
「スケルトンとネズミはいっぱい居たよ。カラスと剣は……どうだろ。ほとんど居ないよ」
「ほとんど居ない、ですか……えぇと、エリー殿が遭遇した剣やカラスは何体でしたか?」
「んと、暗かったからわからないけど、1体ぐらいだと思う」
「わかりました。スケルトンとネズミの数はわかりますか? 大体でかまいません」
「20体くらいだったと思う」
声のトーンが少し高い気がするし、カラスや宙を舞う剣の数は、書類には複数と書かれていた。1体なわけないような気がするが、エリーが嘘を言っているようには見えない。
わからん。
イングリッドがエリーから聞きたいことを全部聞き終えた後、俺はエリーと別れて、分隊を集めて訓練をする。
その時ナンシーに、エリーの変化についてどう思うか聞いてみることにした。
「ナンシー、ちょっと聞きたいんだが」
「な~に~?」
「あ~、なんつーか……エリーの性格がな、前に比べて急に明るくなったような気がするんだが、どう思う?」
「あ~、月1のアレだとおもう」
「なんだ月1のアレって」
「生理」
「あ……うん」
妙に納得した。
というかそれ以上深く掘り下げられねぇわ。
エリーは夜にちょくちょく出かけるようになった。
どこに行ってるのかは聞いても教えてくれない。
ジャイコブに聞いてみたが、知らないらしい。
いつも1人でふらっと出て行って明け方に帰って来るから、たぶんチェルシーやギンラクも知らないだろう。
まぁ1日中兵舎でじっとしているよりいいのかもしれない。
誰かに赤い目を見られないかだけが心配だな。
「だが今夜ばかりはダメだ。下水道調査を手伝ってくれ」
「え、うん」
今日は下水道の調査を行う日だ。
調査と言いつつも魔物の掃討が目的だから、戦力は多い方がいい。
下水道の調査をしたことがあるエリーはもちろん、ついでにジャイコブとギンラクにも来てもらう。
そのためにわざわざ、夜から調査をすることにしたんだからな。
あとチェルシーにも散々頼み込んだが、取りつく島もなく断られた。
「なぜチェルシーがあなた方ごときのために臭い下水道に降りてお手伝いしなければいけないのですか?」
と、ゴミを見る目で見られながら言い放たれ、俺の心は折れたのだ。
あれ絶対俺のこと嫌いだろ。
ちなみにエリーにもチェルシーに頼んでもらったが、チェルシーの対応は俺の時と同じだった。
そしてエリーも俺と同じように心を折られていた。
ジャイコブとギンラクはエリーが頼めば即2つ返事で了承するんだが、チェルシーだけはそうじゃないらしい。
あの4人のヒエラルキーはどうなってるんだか。
ややあって、俺の分隊とシドの分隊、復帰したゲイルとゲイル分隊の12人とエリー、ジャイコブ、ギンラクの3人、計15人で下水道に降りてきた。
防具はエリーの勧めで鎖帷子と口と鼻を覆うマスク。
全員ランタンを2つ持っている。
ちなみにエリーたちヴァンパイアの服装はいつも通りというか、単純に汚れてもいい古着だった。
15人でぞろぞろと下水道を進んでいると、分かれ道に出た。
左に伸びる道には壁に備え付けられたランタンがまだ光っていて、右側は壊されている。
相談の結果、エリーと俺の分隊が暗い右側。
シドとゲイルの分隊とジャイコブ、ギンラクは明るい左側に別れて進むことになった。
ちなみに相談というのは、分隊長のじゃんけんのことだ。
俺はシドとゲイルに負けたのだ。
「分隊長じゃんけん弱くね」
「貧乏くじ引いたわ」
隊員共がうるせぇ。
「大丈夫だよ。多分」
そしてエリーが気楽だ。
先頭でずんずん進む。
「そんなにスタスタ歩いて大丈夫か? 足元に下水流れてんだぞ?」
「大丈夫だよ。私ヴァンパイアだから、暗くてもよく見える」
そうだった。滅茶苦茶目がいいんだった。
その後は本当に順調だった。
スケルトンの集団に出くわしては倒し、ネズミの大軍が現れては踏みつぶしを繰り返した。
ネズミの大軍が出ると、エリーは決まって俺かナンシー以外の分隊員の肩に登って、そこから剣をブンブン振り回していたのが面白かった。
まぁそれでも1番ネズミを多く倒していたのはエリーだったけどな。
「1匹なら何ともないんだけど、大群で来ると無理」
だそうだ。
スケルトンは10体以上。ネズミは数えきれないほど倒した頃、壁に刺さった剣を見つけた。
不思議な模様の入った剣で、刃こぼれの激しい剣だ。
エリーが真っ先に見つけて、俺たちを呼ぶ。
「これが宙を舞って独りでに斬りかかって来る剣。もう動かないみたいだね」
そう言って手で叩いたりしているが、本当に動く様子はない。
ただの模様入りの剣に見えるな。
さて、収穫は十分だろう。
「今日はここまでだ。集合場所に戻るぞ」
俺は壁に刺さった剣を持ってシド、ゲイルの分隊と合流し、初日の任務を完了した。
このあと3日ほどかけて、俺たちは下水道をくまなく巡って魔物を駆逐した。
カラスには1度も出くわさなかったが、もう下水道に魔物は居ないだろうということになり、俺たちの最初の仕事は終わった。
余裕だ。
大したことなかった。
特にこれといった被害はなかったからな。
強いて言えば、俺が足を滑らせて下水に落ちたことくらいだ。
気分は最悪。
匂いはドブ以下。
そして扱いは汚物以下だった。
「ごめ、カイルさん、近づかないで」
とエリーに涙目で言われ
「くっっっさ! ちょ、ぶんたいちょ、まじ臭い。体洗って」
とナンシーにマジのトーンで言われ
「入らないでください。この建物はトイレではありません」
とチェルシーに睨まれたくらいだ。
他の隊員からもかなり迷惑がられたが、問題ない。
着ていたインナーは処分し、体から匂いが取れるまで自腹で購入した高価な石鹸で体を洗い続けた俺の気持ちは、きっと誰にもわかるまい。
俺は仕事を終えた後のスッキリ爽快な気分で眠りに就いた。
目覚めたのは次の日の夜。
寝ぼけたまま部屋を出て、チラリと兵舎の玄関の方を見た。
エリーとジャイコブ、チェルシー、ギンラクの4人がちょうど出かけようとしていた。
今日はヴァンパイア全員で出かけるんだな~とか思いながら、俺は食堂に飯を食いに行ったんだ。
寝起きで腹減ってたからな。
で、食堂で飯を食いながら思った。
マジでゼルマのねぇさんの人質設定、形骸化してんな。