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新団長

 ゼルマ団長を匿うことに決めた2日後、俺たち騎士団の新しい運営者になったリオード伯爵が来た。

 

 リオード・スパイン伯爵。

 

 スパインというのは家名ではなく、後付けのセカンドネーム。

 

 もとはリオード以外の名前のない平民で、スパイン領出身だから、貴族になったときにスパインという名前が増えた。

 

 スパイン伯爵と呼ぶと、スパイン領の領主と間違われることがあるため、リオード伯爵と呼ばれている。

 

 リオード伯爵は平民出身から王弟殿下の側近にまで成り上がった有名な貴族として有名だから、知らない人は少ない。

 

 そんなリオード伯爵を前に、俺は緊張していた。

 

 「お初にお目にかかります。カイル・コットでございます。前任のゼルマ・トレヴァーの遠縁のコット家の3男です」

 

 俺は子爵家の3男。

 

 伯爵は俺よりだいぶ格上だ。

 

 「私はリオード。これからよろしく頼む。残念だが私は忙しく、ここに顔を出すことは滅多にない。今日中に出来ることをすべて終わらせるつもりで来た。悪いが付き合ってくれ」

 

 本当に忙しそうだ。

 

 何せ隈が酷く、頬が若干コケているし、目が座っている。


 これは数日寝てないな。

 

 「まずは兵舎をご案内します。こちらへ」

 

 










俺は朝っぱらからずっとリオード伯爵の相手をし続けた。

 

 トレヴァー侯爵の死去のあと、うちの兵舎には一切の物資が届かない時期があった。

 

 その時に減った消耗品と、トレヴァー侯爵が存命の間に受け取っていた物資の目録を見せながら説明したり、空いている兵舎の部屋の数や治療院に入院中の同僚の名簿と、彼らの今の怪我の具合からいつ頃復帰できるかの予想を話した。

 

 昼を余裕で過ぎた。

 

 さりげなくジョイルに、ゼルマ団長……団長じゃ無くなったな。ゼルマさんの食事を用意させたりもした。

 

 遠縁とはいえ親族だから、ゼルマさんとはたまに会う機会があった。

 

 当時はゼルマさんなんて他人行儀な呼び方じゃなく、”ゼルマのねぇさん”とか呼んでた。

 

 今そう呼んだらどんな顔されるのかわからんから、とりあえずゼルマさんだ。

 

 さりげなくゼルマさんがどこにいるかと聞かれた時は、数日前の夕方にフラッとどこかに行った切り戻ってきていない、と答えておいた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 騎士団の現状を報告し終わったのは夕食時だった。

 

 これでとりあえずひと段落だ。

 

 この後は新しい団長の任命がある。

 

 たぶん俺だろうと思っていたが、違った。

 

 イングリッドだった。

 

 俺は遠縁とはいえトレヴァー家の親族だから候補外だったらしい。

 

 トレヴァー侯爵、やばい事してたからな。

 

 俺らも知らなかったとはいえ片棒を担がされてたわけだし、騎士団が解体されたりしないだけ温情をもらったんだろう。


 しょうがない。

 

 別にイングリッドが羨ましいとかは思ってない。

 

 あいつは真面目だからな。

 

 片足骨折したままだからこの場に居ないけど、代わりに喜んでおいてやる。

 

 「イングリッドが団長ならより良い騎士団になっていくでしょう」

 

 「彼は生真面目な性格と聞いている。堅実な働きを期待している」

 

 イングリッド、好感触だな。

 

 次は騎士団の新しい名前だ。

 

 軍騎士なら近衛とか第一とか北方とか、だいたい決まった名前になるが、俺たちは警察騎士だから、どんな名前になるかは運営者次第。

  

 リオード伯爵のセンスに期待したい。

 

 「今後この騎士団は、試作戦術騎士団と名乗ることを許された。知る者は少ないが、ヴァンパイア相手に特殊な戦術を用いて戦果を挙げたことからこの名を授かった。今後も励め。通常業務として、新しい戦術の開発と試行を託す」

 

 「かしこまりました」

 

 とりあえず無難。

 

 王都にはでかい警察騎士があるし、俺たちが普通に警備とかする必要ないもんな。

 

 というか新しい戦術の開発と試行って、何相手の戦術を開発すればいいんだ? 人か? 

 

 まぁそのあたりの詳しいことは書類でもらったからいいや。

 

 あとでイングリッドに押し付ければいい。

 

 これで終わりだ。

 

 そう思っていたが、伯爵はさらにもう1枚の書類を出してきた。

 

 イングリッドに渡す書類とは別に出してきたってことは、まだ何か話があるらしい。

 

 「これは数か月前、故トレヴァー侯爵が冒険者に出した依頼の1つだ。読んでみてくれ」

 

 「はい。拝見いたします」

 

 なんでこんなもん俺に見せるんだ?

 

 とりあえず読む。

 

 王都下水道の異臭の原因の排除、及び下水道に巣食う魔物の掃討。

 未達成。

 下水道から異臭がするため、においの原因の調査と排除を冒険者に依頼したところ、依頼を受けた冒険者が重傷を負って帰還した。冒険者の証言では、下水道に正体不明の魔物が棲みついており、攻撃されたとのこと。その後別の冒険者4人組がこの依頼を受けたが、においの原因については情報を得られず異臭は解消されなかった。下水道に住み着いている魔物に関しては情報を持ち帰った。無手(むて)のスケルトン多数。独りでに宙を舞い切りかかって来る謎の剣複数。攻撃が当たらないカラス複数。人の頭ほどのネズミ多数。

 王都の下水道にこれほど多くの魔物が住み着いていることは危険と判断できるため、トレヴァー伯爵にこの件について詳しく説明する。

 依頼を受けた冒険者は、以下の4名。ユーア。セバスター。アーノック。エリー。

 未達成とはいえ重要な情報を持ち帰ったことから、この4名には計16枚の金貨が支払われた。

 

 「……なるほど」

 

 依頼を受けた冒険者の中にエリーの名前があってちょっと驚いたが、時期的にエリーが兵舎に住み始める前のことだし不思議はないな。

 

 ついでに言うと、トレヴァー侯爵がまだ伯爵だったころのことか。

 

 「この依頼に何か問題でも?」

 

 俺がそう聞くと、リオード伯爵は軽く顎を撫でてため息を吐いた。

 

 「この依頼には問題ない。だが、トレヴァー侯爵はこの件を放置したようで、下水道に何もしないままだったようだ」

 

 あ~、つまりあれか。

 

 「未だに下水道には、スケルトンやらカラスやらネズミやら、この宙を舞って切りかかって来る剣がうじゃうじゃいると」

 

 「そういうことだ」

 

 まじかよ。

 

 放置すんなよトレヴァー侯爵。

 

 もう死んでるけどよ。

 

 「トレヴァー家のやり残しというか、放り投げた事件だ。私が後片付けをすることになった。そして私が運用できる騎士団が、ちょうど今目の前に居るわけだ……試作戦術騎士団の最初の仕事は、王都下水道に巣食う魔物の討伐になる。運が悪かったと思ってくれ」

 

 最悪だ。

 

 魔物と戦うのはまぁいい。

 

 今回の相手はヴァンパイアより強い魔物じゃないしな。

 

 だが戦う場所がよりによって暗くて狭くて汚くて臭い下水道かよ。

 

 勘弁してくれ。

 

 「誠心誠意取り組ませていただきます」

 

 「すまんな」

 

 頑張っていい笑顔を浮かべて答えたつもりだったが、謝られた。

 

 そんなに嫌そうな顔してたか?

 

  

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 話が終わると、リオード伯爵はすぐに帰った。

 

 もう夜だからな。

 

 あの人朝から来てほとんど休まずずっと仕事してたから、俺まで休めなかった。

 

 超疲れた。

 

 俺は肩の力が抜けて、盛大にため息を吐く。

 

 それからイングリッドの部屋まで行って、お前が新しい団長だと伝え、動揺するイングリッドに書類を押し付けた。

 

 動揺したイングリッドが落ち着くのを待たず、最初の仕事の話もした。

 

 ちょうどその場を通りかかったジョイルにも聞かせて、ゼルマさんとエリーたちを地下室から出すようにも言った。

 

 「ちょっと出かけてくる」

 

 地下室から出てきたエリーは、なぜか俺にそう言って、1人でどこかに行った。

 

 出かけてくるってことは、兵舎の外に行ったんだろうな。

 

 ゼルマさんが俺に一言。

 

 「そのうち帰って来るだろう」

 

 あんた人質に取られてる割に余裕だな。

 

 形骸化しつつあるのは知ってるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとでさり気なく”ゼルマのねぇさん”と呼んだら、普通に返事が来た。

 

 これからは昔の様にゼルマのねぇさんと呼ぶことにした。

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