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地下室

 リオード伯爵が兵舎にやって来た。

 

 と言っても私は、ジャイコブやチェルシーやギン、ゼルマさんと一緒に兵舎に地下室に隠れることになってるから実際には会わない。

 

 ちなみに私は、リオード伯爵と面識がある。

 

 グエン侯爵、ドーグさんと一緒に王弟殿下に謁見したときに、私やドーグさんが脅されてグエン侯爵の話に頷いていないと証明するために、その場に居た。

 

 方法はわからないけど、脅されているかどうかを見抜ける人らしい。

 

 話したことは無いし顔もほとんど見てないから、面識はあっても他人に違いはない。

 

 単純に赤い目を見られないために隠れることにした。 

 

 今はカイルさんが地上で対応してる頃だと思う。

 

 地下室に居る私たちは、それぞれ適当に休んでリオード伯爵が帰るのを待つ。

 

 チェルシーは2つある椅子の1つに座って、忌々し気に周りを見てる。

  

 尋問された時のことを思い出してるんだろうね。

 

 ギンは壁にもたれながら地下室の入口を見張る。

 

 ジャイコブは床に座り込んで、見覚えのある鉄製の大きな箱を覗き込んでる。

 

 私は初めて見るけど、3人は見覚えのある部屋なんだろうね。

 

 ゼルマさんはもう1つの椅子に座って暇そうにしてる。

 

 リオード伯爵が帰るまではずっとこの部屋にいるから、やることが無い。

 

 この部屋には杭がたくさん生えた鉄の箱の他に、天井から滑車につるされた皮のロープ、長い釘、目隠し、猿轡、ハッカ油のビン、銀製のナイフなんかがある。


 あまり見たくない。

  

 でもほかに見るものもないし、やることも無い。

 

 「しりとりでもする?」

 

 「しません」 

 

 軽い気持ちで提案したら、チェルシーに即断された。

 

 「……はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それなりに時間が経った、と思う。

 

 「まだ帰らないのかな」

 

 相変わらずずっと地下室で隠れていたけど、いい加減嫌気がさしてきた。

 

 「リオード伯爵は城勤めの貴族の中でも多忙な貴族だ。おそらく今後兵舎に来ることはほとんどないと思う。代わりに今、兵舎の設備や補給が必要な物資をまとめて確認しているのだろう」

 

 なるほど、まだしばらくはかかりそうってことかな。

 

 それからしばらくして、ハッカ油で遊び始めたジャイコブを止めようとしていると、ギンが静かにしろと言って来た。

 

 「人の気配が近づいて来てる」

 

 「何人?」

 

 「1人だ。食い物の匂いもする」

 

 それから間を開けずに、地下室につながる扉がノックされた。

 

 コンコンコンコンと、4回連続のノック。

 

 事前に決めておいた符丁だから、たぶん大丈夫。

 

 扉を開けると、ゲイルさんの分隊のジョイルさんが食事を持ってきてた。

 

 「まだ時間がかかりそうだから団長の食事を持ってきた。エリーちゃんらは食いたいもんあったら今言ってくれ。隙見て作って持ってくっからさ」

 

 食べたいもの……ない。お腹はいっぱい。

 

 ギンたちも今日1日くらい血を飲まなくても大丈夫のはず。

 

 「私たちは大丈夫」

 

 「うい。伯爵が帰ったらまた呼びにくっから、それまでは出ないでくれよ」

 

 「わかってる」

 

 ジョイルさんは頷いて、そそくさと地下室の扉から離れて行った。

 

 私もさっさと扉を閉めて、地下室に戻る。

 

 ジョイルさんが持ってきてくれたのは、スープとバゲットパンとコップ1杯の水。

 

 まとめてトレーに乗せてある。

 

 零さないように気を付けて階段を降りる。

 

 地下室に戻るとギンたちとゼルマさんが私の方を見るから、問題ないことを伝える。

 

 「ゼルマさんのごはんを持ってきてくれたよ。リオード伯爵はまだいるみたい」

 

 そう言って椅子に座るゼルマさんにトレーを渡そうと思って、気づいた。

 

 右肩はまだ動かせない。

 

 そして左腕は私の吸血のせいで包帯でグルグル巻きで、親指を動かすと痛いらしい。

 

 「とりあえずそこに置いてくれ」

 

 「あ、はい」

 

 私は考えるのを止めて、言われるがまま机の上にトレーを置いた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 ゼルマさんは自分でスープを掬えなかった。

 

 右腕で掬おうとすると、肩を動かせないせいでかなり辛そう。

 

 スプーンが大きければ食べられたかもしれないけど、トレーに乗っていたのは小さいスプーンだった。

 

 左腕で掬おうにも、親指がプルプル震えてしまって、掬ったスープの半分近くを零してしまう。

 

 私のせいだから、仕方がない。

 

 チェルシーに椅子を譲ってもらって、ゼルマさんの前に座る。

 

 スープのお皿とスプーンを持って、掬って、ゼルマさんの口まで運ぶ。

 

 ”あーん”とかは言わない。

 

 ……

 

 チェルシーとジャイコブの視線が気になる。

 

 ジャイコブは単純に食べ物に目が行ってるだけっぽいけど、チェルシーはばっちり私の方を見てる。

 

 私が緊張しながら食べさせているというのに、ゼルマさんは涼しい顔して私の持つスプーンを咥える。

 

 気付いてよ。

 

 すごく見られてるよ。


 でもゼルマさんがスプーンを持てないのは私のせいだし……

  

 「その腕はどうしたんですか?」

 

 私が視線を気にしながら食べさせていると、チェルシーがそう聞いてきた。

 

 「えぇっと」

 

 「エリーに血を吸われただけだ」

 

 ゼルマさんが即答した。

 

 「言わないでって言ったのに!」

 

 「どんなふうに吸われたかは言ってないぞ」

 

 「ぐ……そうだけど」

 

 ゼルマさんはそう言いながら私に食べさせられるのを待ってる。

 

 確かに私はどんなふうに吸血したかを言わないでと言った。

 

 血を吸ったことを隠す必要はない。

 

 でも……

 

 「どんなふうに血を吸ったらああなるんだ?」

 

 「おらに聞かれても困るだが……腕が傷だらけになるくらいには激しく吸ったってことだべ?」

 

 「激しい吸血ってどんな感じだ?」

 

 ほら、なんかもう私逃げ出したくなったんですけど。 

 

 あとギン、ジャイコブ、想像しないで。

 

 「激しくは無かったぞ。かなりじっくり味わう感じだ」

 

 「何で言うの!?」

 

 「エリーが乱暴な吸血をしたという誤解を受けると思ったからな。エリーはゆっくり吸うのが好きなようだし」

 

 ゼルマさんはその後とめどなく語り始めた。

 

 普段の私の体温は心配になるほど低いけど、血を吸うと急に体温が上がる、とか、血を吸うときに服のどこかを握りしめる癖があるとか……

 

 「やめてください」

 

 「別に恥ずかしがることではないだろう」

 

 自分のことを誰かに語られるのは恥ずかしいです。

 

 吸血に関することだと、特に。

 

 「良いではないですか。チェルシーにとってはいい暇つぶしになります」

 

 「んだな」 

 

 「ジャイコブはともかく、チェルシーは止めてくれないの?」

 

 チェルシーなら熱く語るゼルマさんに冷たくストップをかけると思ってたのに。

 

 そう思って言ってみたら、チェルシーは薄く、冷たく笑った。

 

 なに?

 

 そんなに私の吸血事情聞きたいの?

 

 それとも私をからかってる?

 

 私がチェルシーを無言で睨んでいると、ギンが真面目な顔で私を呼ぶ。

 

 「エリー」

 

 「ん?」

 

 「吸血に慣れないうちは加減がわからず、暴走しちまうことはよくあることだぜ。血を吸うのがちょっと下手くそでも気にすんなよ。慣れたら普通に吸えるからな」

 

 「フォローしないで」

 

 余計に恥ずかしい。

 

 「今まで生きて来て未だにそんな吸い方をしているのなら、もうずっと下手なままだと思います」

 

 チェルシーは追い打ちをかけてきた。

 

 それもやめてもらえるかな。

 

 どうしてみんな私の嫌がること言うの?

 

 「誰か味方してよ……」

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、ジョイルさんがリオード伯爵が帰ったことを伝えに来てくれた。

 

 私は兵舎の地下室という私にとって居たたまれない空間から抜け出すことが出来て、かなりホッとした。

  

 騎士団は新しい名前と団長が決まり、新しい仕事を任された。

 

 最初の仕事は、王都の下水道の調査らしい。

 

 ……あ、まずい。

 

 なんとかしないと。

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