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意識の戻り方

 私の目覚めは、いつもこうだ。

 

 唐突に覚醒し、瞼がいきなりぱっちりと開く。

 

 思考がぼやけたり、瞼がなかなか開かなかったりということは滅多にない。

 

 私はいつも通り目覚めた。

 

 いつも通りじゃなかったのは、目覚めた部屋だ。

 

 騎士団の兵舎のようだが、私の部屋ではない。 

 

 本棚やクローゼットは私の部屋と同じようだが、中に入っている物は違うようだ。

 

 見覚えのある間取りを見回してみると、ナンシーと目が合った。

 

 「あ、だんちょ起きた」

 

 手にすりつぶした薬草のビンと包帯を持って、私を見ている。

 

 「ナンシー、か。私は」

 

 状況がうまく読み取れない。

 

 私は確か、あの4人と、あの倉庫で……

 

 「あー、すいません。エリーさん呼んで来ます。だんちょが目覚めたら呼ぶように言われてるので」

 

 ナンシーはそう言って部屋を出て行った。

 

 改めて自分の体を見てみる。

 

 相変わらず右肩は包帯が取れていないが、痛みはもうない。 

 

 その代わりに腹が痛い。

 

 包帯でグルグル巻きにされていて、どうなっているのかは見えない。

 

 今は痛くないが、先ほど上体を起こした時痛かった。

 

 筋肉痛ではない。

 

 「……散々蹴られたせいか」

 

 意識を失う前の出来事をはっきりと思い出し、納得した。

  

 おそらく痣だらけになっているのだろう。

 

 かなり手ひどくやられたな。

 

 今思い出すと、あの状況はかなり恐ろしかった。

 

 思い出すだけで寒気がする。

 

 「あのまま死ぬものだと思った」

 

 こうして生きて、兵舎に戻ってきていると思うと、ホッとする。

 

 「あの時は、あのまま彼らに殺されるのも悪くないと思ったんだがな」

 

 「悪いよ」

 

 1人であれこれ考えているつもりだったが、いつの間にかエリーが来ていた。

 

 開かれた部屋の扉を片手で掴み、私を見ながら直立している。

 

 以前のエリーはたまに笑顔を見せていたが、最近は笑ったところを全く見ない。

 

 今日は特に不機嫌そうだ。

 

 「目が覚めたって聞いて来てみたら、そんなこと思ってたの?」

 

 エリーは扉を閉め、こちらに歩いてくる。

 

 「怒っているのか?」

 

 「怒ってるよ」

 

 私のいるベッドに手がぎりぎり届かない距離まで近づき、赤い目で私の目をしっかりと見る。

 

 エリーとこんなに目が合うのは久しぶりかもしれない。

 

 「私たちがここに住むとき、ゼルマさんを人質にするって、言ったよね。言い出したのはゼルマさんだったよね」

 

 「ああ」

 

 私が頷くと、エリーはさらに不機嫌そうな顔になる。

 

 「人質が勝手に1人で出歩かないで」

 

 確かにそうだな。

 

 「悪かった」

 

 「いなくなると困るの」

 

 困る……困るか?

 

 私は自分が居なくなって困る理由が思いつかない。

 

 「なんだかんだうまくやっているようだし、私を人質に取らなくてもいいようにも思うんだがな」

 

 ゲイル隊はギンラクと酒を飲む仲だ。チェルシーはほぼ無干渉で、時折吸血するぐらいらしい。ジャイコブの起こす問題は些末だと聞いている。

 

 「エリーならあの3体のヴァンパイアをうまく制御できるだろう」

 

 するとエリーの目がキッと鋭くなり、私を真正面から睨む。

 

 敵意……ではないな。

 

 怒りか。

 

 「昨日、私がゼルマさんを探してなかったら死んでたかもしれない」 

 

 あの日というのは、あの4人が私をあの倉庫に連れて行った日のことか。

 

 あれから1日経ったのか。

 

 「エリーが私をここまで連れてきたのか?」

 

 「そうだよ。南東区の倉庫街に行ったことしかわからなかったから、しらみつぶしに全部回って探した。そしたらゼルマさんが」

 

 リンチされていた、か?

 

 「彼らはどうした?」

 

 「あの倉庫には光源が無かったから、窓とかの光を取り込める場所を全部塞いで、真っ暗にしてからゼルマさんを攫った。あの人達には何もしてない」

 

 「そうか」

 

 あの後どうなったのか聞けて納得していると、エリーはさらに怒った。

 

 「そうかじゃないよ! 酷かったんだよ? あとちょっと私が来るのが遅れてたら、内臓が破裂してたかもしれない。死んでたかもしれないのに」

 

 なぜ怒る?

 

 エリーは私を憎んで、恨んでいて当然だ。

 

 私が死んでも、問題ないはずだ。

 

 「さっきも言ったが、私が居なくてもおそらく問題ない」


 「だからあのまま殺されても良かったとか思ってるの?」

 

 ……まぁ、そうだな。

 

 先ほど目覚めて、生きていることにホッとしたが、やはりその考えは変わらない。

 

 私は答えの代わりに、エリーの目を見た。

 

 肯定の意味を込めて、静かに見た。


 エリーは表情をこわばらせるも、すぐに落ち着いてこう言った。

 

 「……私、ゼルマさんのそういうところ、嫌い」

 

 「嫌いなら」

 

 嫌いなら、助けなければよかったのに。

 

 嫌いなら、殺してくれればいいのに。

 

 そのどちらかを言いかけて、止めた。

 

 言えばきっとまた怒るのだろう。

 

 これ以上怒らせるのは止めた方がいい気がした。

 

 エリーはしばらく私を見下ろしたままだったが、くるりと背を向けて部屋の出口に歩き始める。

 

 私はそれを静かに見ていたが、エリーが扉に手をかける直前になって声をかけた。

 

 「待て。昨日私を探していたと言っていたな。要件は何だったんだ?」

 

 するとエリーは顔だけ振り返る。

 

 「血を飲みたかったから、飲ませてもらおうと思ってただけ」

 

 そうか。

 

 「なら別の者に飲ませてもらえ。イングリッド辺りは訓練をしっかりしているし、カイルは酒ばかり」

 

 「飲まないよ」

 

 エリーは私の言葉を遮って、強く言い切った。

 

 「ゼルマさんは私に血を吸われても傷つかないって、言った」

 

 「……ああ、言ったな」

 

 「そんなこと言ってくれたの、ゼルマさんだけだから」

 

 エリーはそれ以上何も言わず、扉に手をかける。

 

 私はエリーの背中を見ながら、エリーの言葉の意味を考えた。

 

 エリーは今でも私以外から血を飲むつもりが無い。

 

 その解釈に行きつくまで、時間はかからなかった。

 

 そして、エリーは長く血を飲んでいないのではないかと思い至った。

 

 もしそうなら、空腹のはずだ。

 

 「今吸うか?」

 

 「馬鹿なこと言わないでよ。自覚が無いかもしれないけど、ゼルマさんは今弱ってる。今血を吸われたら死んじゃうかもしれないよ」

 

 エリーはそれだけ言って部屋を出て行ってしまった。

 

 私はしばらくエリーが出て行った後の扉を眺めていた。

 

 「それも悪くないな」

 

 そうつぶやき、起こしていた上体をベッドに投げ出し、力を抜いて横たわる。

 

 「はぁ……」

 

 エリーは私に死んでほしくないようだ。

 

 私が死ぬと、血を吸う相手がいないから。

 

 私が死ぬと、人質が居なくなって兵舎に住めなくなるから。

 

 もっと別の理由がある気もするが、それは考えないことにする。

 

 私が居なくても困らない? ちょっと考えればそれは間違いだとわかりそうなことだった。

 

 罪の意識で、思考が偏っていたらしい。

 

 私らしくもない。

 

 私は償うと決めたし、エリーに償わせて欲しいとも言った。

 

 私らしく考えろ。

 

 何をすべきだ?

 

 ……とりあえず今は、体調を戻すことから始めようか。

 

 エリーが気兼ねなく血を吸えるようになって、血を吸わせる。

 

 それが第一歩ということにしよう。

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[気になる点]  【私のいるベッド手がぎりぎり届かない】のところですが、『ベッド』の後の助詞が抜けているかもしれないです。  【あの後どうなったのか聞けて納得していると、エリーはさらに起こった。】の『…
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