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元居た場所に

 ゼルマさんを抱っこして防壁を飛び越え、ギンたちがいる空き家に戻る。

 

 3人にこれから騎士団の兵舎に行くことを伝えると、ジャイコブとギンは”わかった”と言って頷いてくれた。

 

 問題はチェルシー。

 

 まず私がゼルマさんと一緒に居ることに突っ込みを入れられ、なぜ自分たちを捕獲した騎士団の本拠地に行かなければいけないのかと問い詰められ、最後には

 

 「その女の血を吸えばひとまず腹は満たされます。今後のことはそれから考えても遅くありません」

 

 と、冷たく言い放ってくれた。

 

 うん、チェルシーは反対してくると思ってた。

 

 というか普通は反対されるよね。

 

 無関係の人を襲って血を吸うのが嫌なのも、ゼルマさんを襲わないのも、私個人の都合。

 

 3人には関係ない。

 

 ジャイコブとギンは、魅了にかかってるから私の言うことを聞いてるだけで、魅了の効かないチェルシーはちゃんと自分で判断する。

 

 かつてヴァンパイアを捕獲しようとしてて、実際に自分を捕えた相手の本拠地に行くなんて、普通は危ないと思うし、嫌がって当たり前だ。

 

 そもそもこれは私の都合であって、チェルシーには兵舎に行く理由もメリットも無い。

   

 何ならずっとここに住み着いて、自分で食事を獲りに行けばいい。

 

 「えぇっと……」

 

 さて、何て言えば良いかな。

 

 「……ごめん」 

 

 思いつかない。

 

 「チェルシーには何の得もないかもしれないけど、私は行きたいの」

 

 ぶっちゃけてしまった。

 

 チェルシーの冷たい視線が刺さる。

 

 私のわがままだって認めるから、そんな目で見ないで欲しい。

 

 「ごめん……その、睨まないで?」

 

 私がチェルシーの無言の圧力に負けそうになっていると、ゼルマさんが口を開いた。

 

 「まずメリットだが、お前たちの食事、吸血を表沙汰にしなくて済むというのがある。今王都はヴァンパイアの被害が頻発していて、吸血の痕跡を目ざとく探している連中もいるから、一般人を襲うのは潜伏場所がバレる危険性が高い」

 

 ゼルマさんがそう言うと、チェルシーは私からゼルマさんに視線を移す。

 

 私の時より視線の冷たさを一層増してる。

 

 「チェルシー達を本拠地に連れ込んで、一網打尽にするつもりなのではないですか?」

 

 「それは不可能だ。半数近くの隊員が治療院にいる今、うちの騎士団にヴァンパイア4体を同時に倒す力は無い。さらに言えば、仮に全戦力をもってしてもお前たち4体同時が相手では勝てないだろう。これは昨夜証明されたな」

 

 チェルシーの目がどんどん鋭くなってる。

 

 怖いよ。

 

 「では寝首を掻くつもりですか?」

 

 「その可能性は否定できない。私にそのつもりがなくとも、私の部下たちが行動を起こすかもしれない。だがお前たちなら問題ないだろう。4体も居るのだから交代で休めばいい。4体同時に寝首を掻くのは至難だ」

 

 「あなた方はチェルシー達にも効く睡眠薬を持っています。安心できません」

 

 「ならば私たちの作る物や差し出す物は口にしなければいい。あれは経口摂取や傷口に塗ることで効果を発揮するが、肌に塗ったり匂いを嗅いだりしても効果は無い。無いとは思うが、私の部下が刃物を持って近づいてきたら、取り押さえてくれてかまわない」

 

 チェルシーは一旦口を閉じて何か考えてる。

 

 次に何を聞くか考えてるんだろうね。

 

 でもチェルシーが何か言う前にゼルマさんが続ける。

 

 「先ほどエリーにも言ったんだが、最悪の場合私を人質にとればいい。私に人質の価値があるかどうかはさておき、敵意を向ければ私を殺すと言えば、おそらく安全だ」

 

 チェルシーはゼルマさんを相変わらず冷たい目で見ながら、しばらく黙る。

 

 私も2人の口論に口を挟む勇気が無い、というかチェルシーが怖いから黙っておく。

 

 ジャイコブとギンは知らない。

 

 ちょっとだけ沈黙があって、それからチェルシーが私に視線を戻した。

 

 冷たさは無いけど、感情が読めない目つき。

 

 元からチェルシーの感情は読みにくいんだけどね。

 

 「エリー、その女に魅了をかけて、今の話に嘘が無いか確かめてください」

 

 チェルシーが真顔でそんなことを言うもんだから、ちょっと驚いた。

 

 「構わない」

 

 ゼルマさんが速攻で了承した。

 

 「嫌だよ」

 

 そして私は断った。

 

 チェルシーは私とゼルマさんを交互に見て、それから私の方を呆れ顔で見る。

 

 ……なに? 

 

 「はぁ……チェルシーはまだ納得できていませんが、行くことにします」

 

 見るからに不服そうだ。

 

 一応謝っておく。

 

 「うん、ごめんね」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

  

 

 

 

 ゼルマさんと幻視を使ってタイラーさんに成りすましたジャイコブ、目を瞑ったまま歩くチェルシーの3人が、北東区に向かって堂々と歩く。

 

 私とギンは赤い目を隠すことが出来ないので、コソコソと後を付いていく。

 

 誰にも見られないように、物陰や屋根の上を移動していると、小声でギンが話しかけてくる。

 

 「動いてる人の気配なくね? コソコソしなくていいんじゃねぇの?」

 

 「念のためだよ」

 

 私も小声で返事をする。

 

 3人を見守りながらじっと隠れていると、急に不安になって来た。

 

 ゼルマさんとすこし距離が開いたことで、動揺していた心が落ち着いてきたせいだと思う。

 

 「……ねぇ、大丈夫かな」

 

 「何がだ?」

 

 「騎士団の皆、私たちを見た瞬間襲ってきたりしないかな」

 

 「不安なのかよ」

 

 「うん……」

 

 他にも不安なことがある。

 

 私が人間になるには、真祖という大きな障害を乗り越える必要がある。

  

 でもどうやって乗り越えたらいいのか、わからないままだ。

 

 私はずっとこのままヴァンパイアとして生き続けるのかもしれない。

 

 ピュラの町に1人残してきたマーシャさんのことも、そのうち忘れてしまうのかもしれない。

 

 人間になりたいって気持ちも、いつか風化して、当たり前に人の血を吸って生きるようになってしまう気がする。

 

 そうなったら、どうしよう。

 

 そうなることが怖い。

 

 「ヤバそうなら俺が歌って、みんな寝かしつけてやるよ」

 

 「ギン……」

 

 気が付いたらすぐ近くにギンの顔があって、ばっちり私と目が合ってた。

 

 「おっさんもチェルシーも居るんだし、人間相手なら何人相手でもなんとかなるだろ」

 

 ギンはぶっきらぼうにそう言って、私の目をじっと見る。

 

 優しく励ますとか、”俺がついてる”みたいなことは言わなかった。

 

 ギンらしいなと思う。

 

 「うん」 

 

 ちょっとだけ不安が拭えたよ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 北東区に入ると、こんな時間でも動いている人の気配を感じた。

 

 と言っても1人か2人くらいで、距離があるから見つかる心配はないと思う。

 

 落ち着いて、ギンと2人でゼルマさん達3人の後を、隠れながら追う。

 

 見覚えのある道に出て、そのまましばらく進んで、兵舎に着いた。

 

 私とギンはそこで隠れるのを止めて、ゼルマさん達に合流する。

 

 ゼルマさんは私たちが合流したのを確認して、兵舎の門に手をかけた。

 

 そして深呼吸する。

 

 「……はぁ、ふぅ」

 

 なんでゼルマさんが緊張してるのかな。

 

 私の方が緊張してるのに。

 

 ゼルマさんが門を開け、兵舎の敷地に入る。

 

 門の奥にある扉まで行って、一気に開いた。

 

 久しぶりに見た兵舎の玄関は前と変わってない。

 

 夜だから暗くて、でも灯りがあって、装飾の類は一切ない廊下と、食堂につながる扉と、中庭にでる渡り廊下と、騎士団員の皆の部屋につながるドアがたくさん。

 

 人の匂いと、鉄の匂いと、建物の匂い。

 

 大して長く離れてたわけじゃないのに、不思議と懐かしく感じる。

 

 「空き部屋に案内する。日当たりが悪い部屋だが、構わないだろう?」

 

 たぶん私は前まで使ってた部屋になると思うけど、ギンたちにも部屋を貸してくれるらしい。

 

 と思ったら、チェルシーがすかさず質問した。

  

 「2人部屋はありますか? チェルシーはエリーと同じ部屋で寝起きします」


 「え、チェルシー?」

 

 思わず聞き返したけど、私よりジャイコブとギンがチェルシーに食って掛かり始める。

 

 「おらもエリーと同じ部屋がいいだ。おめぇだけずりぃだべ」

 

 「勝手に決めんじゃねぇよ!」

 

 そしてチェルシーも2人相手に一切引かずに言い返す。

 

 「1人で寝ていると寝首を掻かれかねません。こう言う場合同性同士で相部屋になり、交代で眠るのが基本です。あなたたちは(よこしま)な考えを捨てて、男2人で仲良く寝室を共にしていればいいんです」

 

 「邪じゃねぇだ! 心外だべ! おらがいつエリーの寝顔を見てみてぇだとか髪の匂いを嗅いでみてぇだとか言ったべか!?」

 

 ジャイコブ? あの、やめてね?

 

 「気持ちわりぃ言い方すんな! おっさんと寝室を共にするとかお断りだっつうの!」

 

 気持ち悪いと思うなら同じ言い方しないでよ。

 

 3人がわちゃわちゃ言い合いを始めてしまって、ゼルマさんも私も歩くのを止める。

 

 流石に止めようと思ったけど、遅かった。

 

 「うっせぇな。誰だよ喧嘩なんて……いや、なんでだよ」

 

 聞き覚えのある声がしてそっちを見たら、インナー姿のカイルさんが居た。

 

 カイルさんは眠そうな顔で文句を言いながら現れて、私たちを見つけて、ツッコんで、固まってしまった。

 

 そりゃそうだよね。

 

 ここに居るはずのないヴァンパイアが4人も居たら、驚くよね。

 

 特に私なんて、昨日の夜戦ったばっかりだし。

 

 結構嫌な感じで別れちゃったし。

 

 「お、おいエリー。俺らを恨んでるのか? なぁ、俺はまだ、詳しいことは何も知らないんだよ。待ってくれ……エリーは、話し合いが出来るヴァンパイア、だよな?」

 

 怯えさせちゃったし。

 

 カイルさんは丸腰だし、鎧も付けてない。そんな状態でヴァンパイアを4人も見つけてしまって、腰が引けてる。

 

 う~ん、困った。

 

 ゼルマさんもなんか困った顔してる。

 

 うん、もう、わかんない。

 

 私は左手でゼルマさんの腰を抱いて引き寄せ、右手の指を指尖硬化して、ゼルマさんの首に突き付ける。

 

 するとゼルマさんが小声で抗議してきた。

 

 「お、おい、いきなりそれか」

 

 仕方ないじゃん。他にどうすればいいのかわかんなかったんだから。

 

 私が焦っていると、カイルさんは両手を付きだしつつ後ろに下がる。

 

 私よりカイルさんの方が焦ってる。

 

 「待て! 早まるな! 実力行使はまだ早い、だろ? そのまま、そのままだぞ? ……な、何が望みだ?」

 

 お、落ち着てよ。私まで焦っちゃうじゃん。

 

 「んと、えと……なんだっけ……あ、今日から私たち、ここに住むから」

 

 「……は?」

 

 キョトンとしないでよ。

 

 「私と、ジャイコブと、チェルシーとギンに何かしたら、ゼルマさんがどうなるかわからないよ」

 

 「あ、ああ、わかった。わかった。落ち着け。俺は丸腰だ。何もしない。落ち着いてくれ。話せばわかるから、な?」

 

 「カイルさんこそ落ち着いてよ。い、今すぐ攻撃したりしないから、ね?」

 

 「おち、落ち着けるか! とりあえずその物騒な指どけてやってくれ! さもないと落ち着かないぞ!」 


 「う、うん。どける。どけるから大声出さないでよ」

 

 指尖硬化を解いて、抱き寄せた左手を緩めてゼルマさんを解放する。

 

 ゼルマさんは微妙な顔で私を見るし、ジャイコブとギンは言い合いを止めて”どうするべ?”とか”殺っちまうか?”とか物騒なこと言ってる。

 

 そしてチェルシーは、わざわざ私に聞こえるように一言呟いてくれた。

  

 「やっぱり向いてませんね」

 

 ほっといてよ。

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