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謝罪

 エリーが去った後、真祖は私の目の前で、かつて父上だった異形を見た。

 

 忌々し気に見下ろし、手をかざし、何事かつぶやいたように見えた。

 

 すると父上の体が霧のように消えた。

 

 手足も、胴体も、頭も霧散した。

 

 あとに残ったのは、赤い結晶だけだ。

 

 カラカラという高い音を立てて地面に散らばった結晶を、真祖が拾い上げては仕舞う。 

 

 私はその様子をただ見ていた。

 

 動けなかった。


 「お主が今から、誰に何を言っても無駄だ」

 

 真祖は私を見ていなかったが、その言葉はきっと私に向けて言ったのだろう。

 

 私が誰かに、国王が魔物であることを話しても無駄らしい。

 

 わかっていたことだ。

 

 雨雲越しに日が昇り、広場全体が明るくなり始める。

 

 ゆっくりと自分がいる場所の光景が浮かび上がる。

 

 私は視界の端に移る、倒れたままのトーマス隊を捉える。

 

 真祖から視線を外してあたりを見渡すと、ようやく実感が湧いてきた。

 

 私たちは壊滅した。

 

 ぼろぼろの地面と、そこら中にまき散らされた黒い液体と、エリーやヴァンパイアたち、トーマス達の血、父上の体から千切れ飛んだ何本もの手足。

 

 そして、エリーが蹴り飛ばした父上の首が転がっている。

 

 後頭部に大きな目がついているが、確かに父上の首だった。

 

 酷い有様だな、父上。

 

 結局私には、父上のことがわからないままだったよ。

 

 ……感傷に浸る時間は無い。

 

 気付けば真祖は居なくなっている。

 

 そして広場の周りから、わずかに生活音がし始めている。

 

 ここでボーっとしているわけにはいかないようだ。

 

 「トーマス、すまない」

 

 私は目を覚まさないトーマスに一言残し、城に向かう。

 

 城には人がいる。そろそろ貴族や近衛兵が目を覚ましたころだろう。

 

 吸血鬼討伐騎士団、表向きには夜間警備騎士団が壊滅したことを伝え、救護を求める。広場だけではなく、各区で倒されている他の分隊にも救護が必要だ。

 

 私1人ではどうしようもない。

 

 この城には真祖が住んでいると思うと複雑な気持ちになるが、こうするしかないだろう。

 

 無力だ。

 

 


 

  


  

 

 


 

 

 


 

 

 その日の昼、私は噛み砕かれた右肩の治療を終えた。

 

 ラック隊を除くすべての分隊は、私が治療されている間に手当てされていたようだ。

 

 私は意識のある隊員を率いて、北東区にあるうちの騎士団の兵舎に戻ることになった。

 

 意識があるのは、カイル隊、イングリッド隊の全員と、シド隊の分隊員2名、ゲイル隊のゲイルを除いた分隊員3名だ。

 

 トーマス隊は全員意識がない。

 

 生きてはいるが、目は覚まさないかもしれないと、軍医が言っていた。

 

 また、イングリッド隊は全員足を骨折しており、松葉杖を使って歩けるのは、イングリッドと分隊員のタイラーの2名だけだった。他の2名は骨折から時間が経った今も痛みが引かず、歩くのは困難のようだ。

 

 私は彼らを引き連れて城を出る。 

 

 北東区に向かってゆっくりと歩き、広場を抜け、大通りに入り、兵舎へとたどり着いた。

 

 全員が入れる大きさの部屋は、食堂しかない。私は全員を食堂に集める。

 

 全員が椅子に腰かけるのを待ち、私は彼らの前に立つ。

 

 明るい顔の者は誰もいない。

 

 私は全員の視線を受け、口を開く。

 

 「すまない。私の思慮が足りないせいで、重傷を負わせ、命の危機に晒してしまった」

 

 腰を折って、深々と頭を下げて謝罪する。

 

 「団長……」 

 

 カイルの声が聞こえた。

 

 カイルの後は誰も口を開かず、重い沈黙が続く。

 

 そしてその沈黙を破ったのは、やはりカイルだった。

 

 「団長も大けがしてるじゃないですか。とりあえず、何が起きたのか説明してください」

 

 私はゆっくりと下げた頭を上げ、全員を改めて見る。

 

 私を責めるような目で見ているものは、いなかった。

 

 だが困惑と不信は感じられた。

 

 「ああ……これからすべて話す。長くなるが、聞いてくれ」

 

 私はそう前置きし、もう1度話しの順番思い出し、軽く息を吸う。

 

 「私たちは”吸血鬼討伐騎士団”という騎士団だ。数か月前、国中から王都に向けてヴァンパイアが移動を始めたことに気付いた我が父、オイパール・トレヴァーが設立した。主な任務は、王都に居るヴァンパイアの討伐だ」

 

 まずここから間違っている。

 

 「だが、私たちが行って来たのは討伐ではなく捕獲だ」

 

 ”ふぅ”、と息を吐く。吐息が震えているのが自分でもわかるが、怖いからと言って、今さら止めることは許されない。

  

 「父は、ヴァンパイアの血嚢という部位を求めていた。ヴァンパイアを見つけ出そうとしている過程で、先ほども言った、ヴァンパイアが王都に向かっていることを知ったんだ」


 この騎士団の、というか、父上が騎士団に求めていた本当の役割に気付いた者も居るようだ。

  

 「父上はヴァンパイアを集めるために、この吸血鬼討伐騎士団を作ることにした。表向きは夜間警備騎士団、実際はヴァンパイアを討伐するための騎士団だ。だが真の目的は、王都に集まるヴァンパイアを生け捕りにし、父の住まうベグダットの町に送ることだ。そして団長の座に娘である私に就かせ、秘密裏に事を進めてきた」

 

 1度話を区切り、息を吸う。

 

 なんど深呼吸しても苦しい。

 

 「今まで捉えたジャイコブ、チェルシー、ギンラクは、手はず通り父上の住まうベグダットに送っていた。そして父上は、ヴァンパイアの持つ血嚢を今までずっと採取していたんだろう」

 

 彼らは今まで命がけでヴァンパイアと戦い、捕獲してきた。だがそれは、王都を守るためでも、魔物を討つためでもなく、父上の後ろ暗い目的のためだった。

 

 本当のことを伝えることは出来たが、私は彼らの目を見ることが出来ない。

 

 だが、見なくてはいけない。ここで逃げることは許されない。

 

 「団長、質問いいですか」

 

 カイルの声だ。

 

 私はカイルを見ることが出来ず、机に突いた自分の手を見下ろして、そのまま頷いた。

 

 「トレヴァー侯爵は何のために、ヴァンパイアの血嚢なんてものを欲しがってたんですか?」

 

 私にも、本当のところはわからない。

 

 かつて私も父上に、なぜ血嚢など欲しがるのかと聞いたことがある。

 

 だが答えは日によって異なっていた。

 

 ”トレヴァー領のため”と答えた次の日には”お前と私の夢を叶えるため”と答え、さらに次の日には”死んだ妻や祖父母を生き返らせるため”と、滅茶苦茶だった。

 

 だが、最後に聞いた答えは覚えている。 

 

 「不老不死のためだと言っていた」

 

 私の答えを聞き、カイルはしばらく黙った。

 

 「……わかりました、続きをどうぞ」

 

 「すまない」

 

 父上のふざけた目的のために、皆の命を危険に晒していた。

 

 そしてそのことを黙っていた。

 

 いくら謝っても足りそうにない。

 

 ……続きを話そう。


 「シド隊は昨夜、ジャイコブと遭遇した。同じようにイングリッド隊はチェルシーと、ゲイル隊はギンラクと遭遇している。これは、ベグダットで父上が、捕獲したヴァンパイアを逃がしたことが原因だ……これに関して詳しいことは私も知らない。何があってあの3体のヴァンパイアが王都に来たのか、具体的なことは何もわからないままだ」

 

 そしてカイルが一番気になっていることも、話さなければいけない。

 

 「カイル隊が遭遇したのはエリーだったな」

 

 私がそう言うと、カイルは頷いた。分隊員のナンシーが、私を睨むように見ている。

 

 「エリーはヴァンパイアだ」

 

 カイル隊以外の面々が目を見開いた。そして眉をひそめ、私を見る。

 

 カイル隊は変わらず、話の続きを待っているようだ。

 

 「私はエリーに血を飲ませ、彼女がヴァンパイアであることを秘密にする代わりに、ヴァンパイアの捕獲を手伝わせていた」

 

 私に疑いの目が刺さる。

 

 立場が逆だったなら、今の話は私も信じないかもしれない。

 

 魔物が条件付きとはいえ人間に協力するはずがないと、常識的に考えていただろう。

 

 だが事実だ。信じてもらう他ない。

 

 「信じられないかもしれないが、本当のことだ。私は定期的にエリーに血を吸わせ、ギンラクの捕獲に協力させた。その後、他の生け捕りにしたヴァンパイアと同じように、ベグダットに送った。エリーは急に冒険者稼業に戻ることになったと皆に説明したが、あれは嘘だった」

 

 我ながらよくこんなにたくさんの隠し事をしていたと思う。

 

 自嘲すら通り越し、一周回って情けない。

 

 私はこんなにも嘘を重ねないとやっていけないのか。

 

 「……そういえば、裏切られたのは私の方、とか言ってたな」

 

 というカイルのつぶやきが聞こえた。

 

 エリーとなにか話したようだ。

 

 何を話しどんなことを言っていたのか気になる。

 

 だがまだ話すべきことが残っている。

 

 「トーマス隊だが、私たちの中で最も酷い怪我を負ったのが彼らだ。だがトーマス隊に重傷を負わせたのは、ヴァンパイアではない……こいつだ」

 

 私は黒い布に覆われた父上の首を机の上に置き、布を取る。

 

 その場にいる私以外の全員が、息を飲んだ。

 

 「これは私の父上の頭だ。同時に、異形の目でもある」

 

 父上の顔をこちらに向け、後頭部を皆に見せる。

 

 そこには縦に裂けた大きな目がある。

 

 それはもはや人間の頭部とは言えないだろう。

 

 「ヴァンパイアの血嚢で不老不死を求めた結果、父上の成れの果ては異形だったようだ。理由はわからないが、この異形は広場に現れた。そして、広場に居たジャイコブ、チェルシー、ギンラク、トーマス隊、エリーと戦い、異形は死んだ。その際トーマス隊に重傷を負わせ、私の肩を噛み砕いた」

 

 父上の頭部をもう1度黒い布で覆い、足元に降ろす。

 

 突然生首を見せつけられ、皆ショックを受けているようだ。

 

 当たり前か。

 

 だがまだ1つ言わなければいけないことがある。

 

 構わず続けさせてもらう。

 

 「吸血鬼討伐騎士団の設立者兼責任者が死亡した。今後の騎士団の処遇は未だ決まっていない。誰か別の貴族の責任下で活動し続けていくのか、解散になるのか、それすらわかっていない。処遇が決まるまでは特に仕事もない。皆、自由にしてくれ」

 

 1人の貴族のお抱え騎士団など、こんなものらしい。

 

 「もう隠し事は無い。今までの話に疑問があれば、いつでも聞いてくれ。可能な限り答えさせてもらう」

 

 最後にもう1度謝ることにする。

 

 「本当に、すまなかった」

 

 ……肩の荷が一気に降りたような気がする。

 

 隠し事と責任と、父上の要求、あとはなんだろう……とにかく、肩に重くのしかかっていたそれらを一気に降ろしてしまった。

  

 積み重ねてきた嘘と隠してきた後ろめたい事をさらけ出してみたが、むしろ気が楽だ。

 

 これから、私はどうすればいいのだろう。

 

 家族は死に絶えた。

 

 この騎士団もどうなるかわからない。

 

 ふと外を見ると、もう夕方だ。

 

 ……あともう1人にも、本当のことを聞いてもらいたい。

 

 私には説明の義務がある。

 

 それに、償わせて欲しい。


 夜になったら探しに行くとしよう。

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