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綻び

 「何者か知らんが、入る前にノックぐらいはしてもらえるか」

 

 真祖はシュナイゼルとカラスにかけられた隔離の呪いをあっさりと打ち消し、扉の向こうの魔術師たちに声をかける。

 

 シュナイゼルとカラスは隔離の呪いが打ち消されたことを悟り、緊張を高める。

 

 だがここで逃げるという選択肢は無かった。

 

 シュナイゼルは懐から髑髏(どくろ)を、カラスは夜カラスを住まわせた左上半身をいつでも使えるように出し、扉を開ける。

 

 真祖は部屋に入って来たシュナイゼルとカラスを見て、口を開いた。

 

 「死霊術士に呪術師……魔術師……うむ。良いことを思いついた」

 

 真祖はこの時、自分が国を治め、国教を変え、魔術師、亜人、ヴァンパイアの順に人々に受け入れさせる計画を思いついた。

 

 対するシュナイゼルとカラスは、目の前の若すぎる国王がただの人間ではないと確信する。

 

 特にシュナイゼルは、下水道で占術士が言っていた”現王がおかしい”と言うのはこのことだろうとも直感した。

 

 カラスは小声でシュナイゼルに話す。露出させた左半身から生える大量の黒い羽根が、カラスの緊張を表すように小刻みに震える。

 

 「長、危険だ」

 

 「同胞を信じろ」

 

 シュナイゼルは冷静かつ端的にそう答える。

 

 占術士の占い結果は、”現王に会うことが良い結果を齎す”というものだった。シュナイゼルはそれを信じており、慌てて逃げだしたり攻撃に移ったりすることは無い。

 

 現王に会うこと。

 

 それが占術士の占いの結果であり、シュナイゼルの目的であった。

 

 これがどのように良い結果を齎すのか。

 

 あるいはどのような変化が起きるのか。

 

 そんなことを考え始めた時、真祖が口を開いた。

 

 「で、何用じゃ? ジャンドイル・クレイドに用事があったのなら、残念だがもう死んでおるようなものじゃ」

 

 「なんだと? 何を言っている。お前は誰だ?」

 

 シュナイゼルは真祖の言葉の意味がわからず問い返す。

 

 真祖は笑って答える。

 

 「余は真祖。ヴァンパイアの親だ。この体は国王の物じゃがな」

 

 真祖がそう言うとともに、ソファーに座る真祖の背後から8つの赤い目だけが浮かび上がる。

 

 真祖を守るように、付き従うように浮かぶヴァンパイアの持つ赤い瞳が、真祖の言葉を裏付けていた。

 

 「余に協力せよ。魔術師が大手を振って歩ける国を作ってやろう。」

 

 そして真祖は、今しがた思いついた計画をシュナイゼルに話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 真祖の計画を聞いたシュナイゼルは、首を縦に振った。

 

 「いいだろう」

 

 真祖が語ったのは、この国をどう変えるか、だった。

 

 人間至上主義の国教を変える。

 

 魔術を悪しきものとする今の考え方が変わる。

 

 それは魔術師たちの長であるシュナイゼルにとって、首を縦に振らざるを得ない話だ。

 

 だが、それで終わりではない。

 

 シュナイゼルは淡々と続ける。

 

 「ただし条件がある。クレイド王家の者すべての首を差し出してもらう」

 

 滅亡を望んだ国が、もうすぐ何もしなくても別物に変わる。

 

 だからと言って、それで終わりでは納得できないのだ。

 

 魔術師たちを迫害したクレイド王家に、魔術師たちの手で復讐する。

 

 シュナイゼル達12名の魔術師たちは、そのために200年も仮死状態で眠っていたのだ。

 

 「国の滅亡は、もういい。魔術師たちがかつてのように認められる国に変わるなら、滅ぼさなくても構わない。だが王家だけは我々の手で葬る。末代まで呪うと決めている」

 

 そう言い終えた後、少し間を置き、最後にこう付け加える。

 

 「その体はどうでもいい。その体の血縁者全てを寄越せ。ヴァンパイアの親のお前にとっては、赤の他人だろう?」

 

 真祖はシュナイゼルの要求をあっさりと呑んだ。

 

 「構わぬ」

 

 真祖は王家の血縁者をシュナイゼルに差し出す。

 

 シュナイゼルは真祖の計画に協力する。

 

 その日、契約が交わされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真祖は眠る。

 

 ジャンドイル・クレイドの肉体は若返り続け、今では20代の中頃の青年に見える程だ。

 

 真祖と共に暮らす双子のヴァンパイアは、眠り続ける真祖を見やる。

 

 「すごいね、フィア」

 

 「うん」

 

 日に日に力を取り戻していく真祖は、その内側から発せられる鼓動と、眷属たちに与える影響を強くしていた。

 

 同時に、ともに住まうヴァンパイアたちの安心感も膨れ上がっていく。

 

 王城の塔の最上階は、4体のヴァンパイアの安心で満たされていく。

  

 眷属たちの安心は真祖に自信を与え、今の真祖は、自分の計画が失敗するような気は全くしていなかった。

 

 有り体に言えば、浮かれていたのだ。

 

 不吉な気配をすぐ近くに感じ取り、穏やかな寝顔に汗が浮かぶ。

 

 じわじわと焦燥感と危機感が募り続け、間もなく限界が来る。

 

 「……ッ!」

 

 真祖は目を覚ます。

 

 カッと目を見開き、ガバッと上体を起こして周囲を見る。

 

 異形の存在をすぐ近くに感じ取り、慌てて目を覚ましたのだ。

 

 「きゃあ!?」

 

 フィアが驚いて尻餅をついたが、そんなことを気遣う余裕は無かった。

 

 浮かれている真祖は深い眠りに就いていた。それ故王城前広場というすぐ近くにいる、ソレの存在に気付くのが遅れたのだ。

  

 真祖にとってソレの存在は、極めて不快だった。

 

 冷や汗を流すほど、寒気がするほどに受け入れがたい。

 

 ソレの気配は、愛する眷属4人の存在を無理やり1つにまとめ、死人に埋め込み、歪な命を形成していることを真祖に伝えていた。

 

 「なんだ、何が起きている?」

 

 「し、真祖、どうしたんだ?」

 

 フィオはフィアを抱きかかえながら立ち上がる真祖を見上げ、真祖の発する不穏な気配に動揺していた。

 

 だが、構っている余裕はない。

 

 異形の気配の近くには、さらにいくつかの気配がある。

 

 異形のすぐ近くに愛する子共たちの気配がいくつかと、人間の気配のいくつかを感じ取ることが出来た。

 

 慌てて部屋の窓から空を見上げると、雨雲が青く染まっている。

 

 もうすぐ夜が明ける。 

 

 「フィオ、フィア、お主らはここに」

 

 真祖は努めて冷静に、自分を見上げる兄妹にそう告げ、部屋を飛び出すべく大きな窓に向かう。

 

 開けた窓から異形の気配めがけ、王城前広場に向かって飛び降りる。

 

 飛び降りる最中、地上の様子に真祖は顔をしかめた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリーの右の貫手は、トレヴァー侯爵の胃袋を貫いていた。

 

 飲み込んだ赤い結晶と一体化した胃袋は、指尖硬化によって鋭く固められた指先に貫かれ、粉々に砕かれた。

 

 ソレの核であり、エネルギーの結晶。そこを砕かれた瞬間から、ソレは動かない。 

 

 完全に機能停止している。

 

 言ってしまえば、死んだのだ。

 

 今度こそ確実に死んでいる。

 

 地面に着いた多すぎる手足の全てから力が抜ける。

 

 エリーの右手1本ではソレの体を支えきれない。それはゆっくりと体を傾け、最後にはエリーの右側にドサリと横たわった。

 

 エリーの意識が回復したのは、ソレが倒れ込んだのと同時だった。

 

 「……ッハァアア……フゥ」

 

 白目を剥いていた眼がグルリと正位置に戻り、止まっていた呼吸を再開する。

 

 ―苦し……私、生きてる?

 

 荒い呼吸を繰り返しながら、酸欠によって緩められた意識が回り始める。

 

 呼吸が整い始めると、霧が晴れるように体の感覚が戻り始め、同時に再生をほぼ終えつつある腹部を雨粒が叩く感覚が、直前のソレとの戦闘を思い出させた。

 

 ―確か、右手で……

 

 「ヒ……」

 

 首を右に動かして自分の右手を確認し、ソレの死体を見つけ、一瞬怯える。

 

 真っ黒に変色したソレの目と、目が合ったような気がした。

 

 「は、は、はぁ。びっくりした」

 

 笑い声とため息の間のような声をだし、ソレの体に刺さりっぱなしの右手を引き抜き、起き上がる。

 

 既に朝になっている。

 

 雨の勢いはかなり弱まっており、分厚い雨雲が日光から守ってくれる時間は短いように思える。

 

 ギンラク、チェルシー、ジャイコブは未だ気絶したままだ。

 

 トーマス隊も起き上がる様子はない。

 

 エリーの他にこの広場で意識があるのは、ゼルマだけだった。

 

 ―もう時間がない。朝が早い人なら、もう起きて動き出してる時間。今から王城に入っても遅いかもしれない。

 

 エリーは自分の方を見ているゼルマを見つけていたが、無視する。

 

 少しでも早くギンラクとチェルシーとジャイコブを起こし、どこでもいいから日光から身を守れる場所を見つけなければならない。

 

 エリーはとりあえず手近にいたギンラクに駆け寄り、抱き起す。 

 

 「ギン! ギン! 早く起きて!」

 

 ―どこか、良い場所……

 

 「ん、ぁ」

 

 ギンはエリーに強く揺すられ目を覚ます。

 

 「ギン! ジャイコブを起こしてきて! 早く!」

 

 ―お金なんて持ってないから宿はダメ。民家に忍び込むにしても4人じゃ厳しい。

 

 「ん、あ、ああわかったぜ。ってもう朝になってんのかよ! やべぇ!」

 

 ギンラクは目を覚まし、真っ先にエリーを見られたことを喜んだが、今が夜明けで自分たちが外に居ることを理解すると、慌ててエリーの指示に従い動き始める。

 

 ―チェルシーを起こさないと。

 

 エリーはチェルシーに駆け寄り、ギンラクと同じように揺り起こす。

 

 「チェルシー起きて! このままだと焼け死んじゃうよ!」

 

 ―あ、北西区は? 北西区の集団墓地あたりには空き家がいっぱいあった。あそこなら4人で潜伏できるかも。

 

 「……」

 

 チェルシーは目を覚まさない。

 

 ―どうしよう起きない。もしかして飢餓状態? 

 

 チェルシーの瞼を指でめくる。

 

 瞳は赤い。飢餓状態ではない。

 

 だがすぐには目を覚ましそうにもない。

 

 「エリー! おっさん目ぇ覚まさねぇ!」

 

 ギンの声が聞こえ、エリーは歯噛みする。

 

 ―どうしよう。どうしよう。私とギンで1人ずつ担いで北西区に行く? もうそれしかないかも。

 

 「ギン! ジャイコブ担いで!」

 

 「わかったぜ!」

 

 ギンラクがジャイコブを背負うのを見ながら、エリーもチェルシーを抱き上げる。

 

 その時だ。

 

 エリーは真祖の鼓動を強く感じた。


 そして鼓動の発信源が動いたこともわかる。

 

 エリーはチェルシーを抱き上げたまま、そちらを見る。

 

 「真祖」

 

 エリーが見つけたのは、塔からこちらに向かって飛び降りる真祖の姿だ。














 

 高速で落下した真祖はほとんど音を立てずに着地し、エリーとギンラク、そしてゼルマ、最後にソレを見る。

 

 ヴァンパイアであるエリーとギンラクは、真祖の持つ圧倒的な存在感を間近で受け止める。

 

 エリーは2度目の感覚であり、ギンラクにとっては初めてだ。

 

 そしてゼルマも、真祖の姿を見た。

 

 ジャンドイル・クレイド王の姿は何度か見たことがあり、以前エリーから、王が真祖という存在になっていることは聞いていた。

 

 最後に見た時より30歳ほど若返ったように見えるが、その姿はやはりジャンドイル・クレイド王であり、同時に真祖であることを理解した。

 

 その場の3名から見られている真祖は、トレヴァー侯爵の胸の傷と、そこから覗く砕かれた赤い結晶の破片、そして腹部と右足を露出するエリーと、同じく腹部を晒すギンラクたちを見とめ、おおよその状況を把握した。

 

 「……腑抜けておった。もっと早く気付けたはずじゃった。余の不覚じゃな」

 

 エリーとギンラクは、真祖がつぶやくように言った言葉を聞き取ることが出来た。

 

 だがあれこれ聞いている時間は、真祖にもエリーたちにも無い。

 

 真祖はエリーとギンラクに手を差し出す。

 

 「よく来た。余はここじゃ。来るがよい」 

 

 強烈で優しい、安心と畏怖を与える鼓動。最後に会った時より力強く響く鼓動に、エリーは一瞬屈しそうになる。

 

 だが、エリーは真祖を前ほど恐れていない。

 

 ヴァンパイアになったことが原因か、あるいはαレイジというスキルを持っているせいか。いづれにせよ、エリーは真祖の言葉に、前ほどの強制力を感じなくなっている。

 

 それゆえ、エリーは即答する。

 

 「人間にしてくれるなら行く」

 

 真祖はその回答にに聞き覚えがある。

 

 記憶にある姿は印象が大きく違うが、声色は似ている。

 

 「ん? ……お主、エリー、なのか?」

  

 真祖はここにきてようやく、メイドのヴァンパイアを担いでこちらを見るヴァンパイアが誰なのか気が付いた。

 

 エリーは真祖の反応に、小さな怒りを覚える。

 

 ―見てわからないの? 真祖が私をこんな風にしたのに。

 

 エリーの内心をよそに、真祖は頭を抱えたくなった。

 

 真祖はエリーを注視することで、エリーがαレイジというスキルを持っていることに気付いた。

 

 そして同時に、かつての自分の過ちにも気が付いたのだ。

 

 真祖のもとにやって来たエリーに、強制的に自分の血を与えてヴァンパイアにした際、必要以上に多くの血を与えてしまった。

 

 その結果エリーの肉体は急激に成長し、αレイジという上位ヴァンパイア化するスキルまで得てしまっている。

 

 そこまで血を与える必要も、そのつもりもなかった。普通のヴァンパイアに変えるだけで良いはずだった。

 

 「与える血の量を見誤っておったのか。我ながら寝ぼけておった。あの時の余を殴ってやりたい」

 

 実際に頭を片手で抱えつつも、すぐにエリーに向き直る。

 

 「時間が無いのはわかっているな? すぐに来い。安心して余に身を任せよ」

 

 もう1度手を差し出してそう告げるが、エリーはもう真祖を見ていなかった。

  

 ”人間にしてやる”と真祖が口にしなかった時点で、エリーは真祖に背を向けている。

 

 エリーは先ほどから真祖に釘付けで動かないギンラクを、縋るような声で呼ぶ。

 

 「ギン!」

 

 「うぉ! な、なんだ!?」

 

 エリーに呼ばれ、ギンラクは我に返ったように返事をし、真祖からエリーに視線を移す。

 

 エリーを見るギンラクの表情は、真祖を見る前と同じだった。

 

 そんなギンラクの反応に、エリーは少しだけ勇気をもらった気がした。

 

 ―大丈夫、だよね。魅了のスキルの方が、真祖の鼓動より強いよね。 

 

 スッと息を吸い込み、命ずる。

 

 「来て!」

 

 「おう!」

 

 ギンラクの元気な返事と、ジャイコブを背負いこちらに駆け寄る姿。それらを見たエリーは、少しだけ笑った。

 

 それに対して真祖は戸惑った。

 

 真祖の言葉はヴァンパイアにとって強い強制力を持つはずだが、エリーはともかく、普通のヴァンパイアであるギンラクすら真祖の命令を拒否した。

 

 それがなぜなのか、真祖にはわからない。

 

 「待て! なぜ言うことを聞かぬ?! 反抗期なのか?!」


 そう叫ぶ真祖を背に、エリーとギンラクは、チェルシーとジャイコブを背負ったまま北西区に向かって走り、次の瞬間には見えなくなった。 

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