接触
真祖は国王ジャンドイル・クレイドの体の支配権を手に入れた日から、王城にある塔の1番上の部屋から出ていない。
国王の体が真祖の生命力によって、若返ってしまった。今年で54歳を迎えているはずの国王の肉体は、多めに見積もっても30代中ごろに見える。
今の姿を城勤めの貴族や騎士、執事や侍女に見られてしまえば、大騒ぎになりかねない。
真祖は城にいる貴族や従者、王弟ジークルードに会わない代わりに、4人のヴァンパイアと共に生活していた。
真祖は今、アドニスが送り届けた双子の兄妹のフィオとフィア、そして彼らの後にアドニスとサイバによって連れてこられた2人のヴァンパイアと共に居る。
そこは食事の心配はない。
日光が当たる心配もない。
強大な上位者である真祖と共に居る以上、彼ら4人のヴァンパイアは脅威に晒されることが無いのだ。
狭い部屋の中には、4人のヴァンパイアの微かな安心があった。
真祖は彼らを見て、200年以上前の平和に生きるヴァンパイア達を思い出した。
彼らが昼間を人間に任せ、血をもらい、夜の脅威から人間を守り、共存していた頃の記憶だ。
愛し子たちにあの頃の生き方をもう1度与えるため、真祖は1日の多くの時間を眠って過ごす。
眠って、自身の完全復活を早めるのだ。
眠るたびにジャンドイル・クレイドの肉体は若返り、真祖自身も力を取り戻す。
真祖はいずれクレイド王国を支配するつもりだ。
そのためにも、完全な状態にならねばならないのだ。
眠り、フィオやフィアと戯れ、サイバとあれこれ話をし、眠る。
そんな生活の中で、真祖は考える。
ストリゴイによって目覚めた後、真祖はクレイド王国を乗っ取り、人間を支配、家畜化し、その上に眷属であり子であるヴァンパイアやハーフヴァンパイアが住む国へと変革することを望んだ。
人間と共存できないのであれば、もうそれしかないと考えたからだ。
ストリゴイの望みと同じ世界を作ろうとしていた。
だが、人間と共に在りたいと思う者もいる。
そう気づいた日から、1度は諦めた人間との共存について、可能性を探り始めている。
「ふむ。構想は固まって来たな」
真祖は今しがた認めた1枚の書類を見て、満足そうにつぶやいた。
その書類は計画書、あるいは命令書だ。
かつてこの国には、当たり前に亜人種が居た。
エルフもワービーストもドワーフも、人に混じって生活していた。
ヴァンパイアも居た。
ヴァンパイアは危険な存在と思われていたのは今と同じだが、”隣人”や”夜の人”と呼ばれ、何かの役割を担うことで共存していた。
魔術師も居た。
呪術や死霊術を忌み嫌う者は多くいたが、人々が錬金術や占術に縋ることが多かったのは事実だ。
真祖が望むのは、その頃のような世界だ。
真祖は今のこの国の土台である、異物を徹底的に排除し、人間だけを持ち上げる宗教から抜け出すことを望む。
そのための第一歩として、真祖が選んだのは魔術師だ。
亜人種でも魔物でもない、ある種の学問や術法を修めた人間を受け入れる。
それはこの国の人々に、異物とされている者を受け入れることに慣れさせるのが目的だ。
続いて亜人種を、最後にヴァンパイアをも受け入れさせる。
おそらくとても長い時間がかかる。
だがこの計画が成された時、真祖の望む、かつての世界を手に入れられる。
この国がヴァンパイアを受け入れるのはずいぶん先のことだ。
だが真祖には無限に近い時間があり、狭いながらも愛しい我が子らを匿う場所を持っている。
計画の内容をまとめると、以下のようになる。
1.国王ジャンドイル・クレイドは、天命を授かり、若返り、不老不死の王となった。ということにする。
2.ジャンドイル・クレイドは天命に従い”真祖”と名を変え、クレイド王国の古い国教を捨て去り、新たな国教を布く。
3.新たな国教の根幹は、魔術師や亜人種を受け入れることで繁栄を齎すというものにする。またヴァンパイアを人型の魔物ではなく亜人の1種として認める。とする。
あとは国教になぞらえ、魔術師から順番に受け入れを進め、馴染ませていくだけだ。
ヴァンパイアを受け入れる日までは、フィオやフィアたちの様に真祖自身が匿い続ければいい。
真祖にとって、国1つを管理しながら愛し子を匿うことなど容易い。
かつて自身を神とあがめた人々を長く治めた経験を持つ真祖は、計画の遂行に自信を持っていた。
「この方が自然であろう。もともと我が子らは、彼らと共存するように出来ているのだから」
薄く笑みながらそうつぶやき、頭に浮かんだ細かな段取りを形にするべく、新たに白紙の紙と筆をとる。
そしてふと思い出す。
「おっと、シュナイゼルにも確認を取らねばな」
新たに取った白紙の紙には、計画の細かな段取りではなく、王都の地下に潜む魔術師たちの長、シュナイゼルへの確認の手紙が綴られ始めた。
真祖が計画書を認める数日前、王都の地下に潜伏する魔術師において、唯一の占術士が占いを行った。
「長、城に行くなら、今夜がいい」
占いを終えた占術士が、シュナイゼルに告げた。
「そうか。今日があの王国滅亡の日か」
「ううん、それは今日じゃない」
「どういうことだ?」
シュナイゼルはやっと王族に復讐できると感極まったが、すぐに否定され意気消沈した。
「現王がね、おかしいの。それに今みんなで出て行っても返り討ちに会うよ」
「うむ、そうか。もう少し具体的に頼む。現王がどうおかしいというのだ」
占術士は言いよどむ。
具体的に何がどうなっているのかはわからない。
だが、何かがおかしい。
今現王にコンタクトを取った方が良いということしかわからないのだ。
「よくわかんない。長、現王に会ってきて。見てくるだけでもいいの」
「ふむ……そうすることが良い結果を齎すのだな?」
占術士は頷く。
するとシュナイゼルは、占術士の肩に手を置き、しっかりと答える。
「わかった。カラスあたりに協力させれば何とかなるだろう」
「うん……」
占いの結果は曖昧で、具体的に何をどうすればいいかなどわからない。占術士自身、自分の占いの結果に自信を持っていない。
だが彼らの長であるシュナイゼルは、あっさりと占術士の言葉を信じてしまう。
自分の占いの結果、シュナイゼルを危険に晒すのではと不安になった。
「安心しろ。我々はお前を信じている。だから、待っていろ」
シュナイゼルはそう言い残し、迷路のような下水道を進み始める。
占術士は彼の背中を不安げに見たが、きっと長なら無事に戻って来ると、信じることにした。
カラスと呼ばれる呪術師は、動物を使う呪い以外の呪術をいくつも修めている。
その多くは対象に不幸を齎すためのものだが、あらゆる術は使いようであるとも心得ている。
カラスはシュナイゼルと自分を中心に灰色のペンタグラムを展開し、ある呪いをかける。
隔離という呪いだ。
隔離は対象を何者からも認識されなくする呪いだ。
呪われた対象の声は誰にも認識されない。
姿を視界内に収めても意に介されない。
呪いをかけられたものは、あらゆる生物に存在を認められず、同じ空間に居ながら、共同体から、集団から、社会から、隔絶される。
被術者に完璧な孤独を強要する呪いである。
被術者を認識し呪いを解くことが出来るのは、施術者だけだ。
カラスは左上半身に宿す無数の夜ガラスの6匹を犠牲にし、シュナイゼルと自分に隔離の呪いをかけた。
今彼らを認識できるのは、お互いを除いて他にない。
「これで誰にも悟られずに城に入れるのか?」
「ああ、保証する。現王と会話をするようなことになったときのために同行するが、離れぬようにしてくれ、長よ」
カラスとシュナイゼルは短く会話を交わし、下水道を出る。
ローブを目深にかぶった下水臭い2人組の男は、白昼堂々と往来を行く。
彼らの近くを通った通行人たちは、突然の悪臭に顔をしかめる。
だが匂いの根源をたどることは出来ない。
通行人たちは、意識に上らないだけで彼らを見ることが出来ており、すれ違う際に無意識に彼らを避けて通る。
そして仮にぶつかったとしても、彼らの存在に気付くことは無いだろう。
「この呪いを使えば、王族の殺害どころか国の滅亡も簡単なんじゃないのか?」
シュナイゼルは問う。
「不可能だ。この呪いは魔術や魔力に干渉される。今のまま何かの魔術を使えば、あっさりと我々の存在は他者に容易く看破されることになる。付け加えるなら、発動には代償として術の規模に応じた命が必要だ」
たった2人を呪うだけで、夜カラス6匹の命と引き換えだ。12人の魔術師全員に術を施そうとすると、かなりの数の命を代償として用いらねばならない。
何より、隔離を受けたままでは魔術が使えないとなると、あまり便利とは言えない。
「そうか」
だが有用な呪いであることは間違いない。シュナイゼルは隔離を用いて何かできないかを考え始めたが、カラスがさらに続ける。
「1度に呪える人数はせいぜい3人だ。もう1人の呪術師は隔離を使えない」
「……そうか」
あまり現実的ではないかもしれないと、シュナイゼルは思った。
カラスとシュナイゼルは進む。
王城前広場を抜け、城門を抜け、廊下を進む。そして最も大きく装飾の多い扉を見つけた。
「ここか」
「恐らく」
2人は扉を押し開き、その部屋に入る。
装飾過多にも見えるその部屋は、玉座の間だ。
掃除が行き届いているが誰もいない。
玉座の間と言えば、王様がふんぞり返っていて大臣やら側仕えやらが部屋の脇に控えているものだと思われているが、そんな光景が普段から見られるわけではなかった。
加えて言うならば、国王はもう何日も前から城内の庭にそびえ立つ塔の最上階の部屋に引きこもっており、この玉座の間はもう何日も使われていないのだ。
「王も王弟も居ないか」
「今王弟に用は無いのだろう? 王を探すとしよう」
2人は玉座の間を後にすると、王城内をくまなく歩きまわった。
そして従者が愚痴を言っているところに遭遇し、愚痴の内容を聞いてみることにした。
「王の側仕え共、ずっと休憩室にいるよな。仕事はどうしたんだ?」
「知ってるだろ? 王様が塔の最上階に引きこもっちまってるから暇なんだよ」
「休憩室でぼーっとしてるだけの癖に、俺たちより待遇がいいんだぜあいつら」
「生まれの差だろ。側仕えって名門の出じゃないと就けない役職だからな。あいつらが忙しくても暇してても待遇は俺たちよりずっといい」
「つか王様は何してんだ?」
「俺が知るかよ」
その後も何やら喋っていたが、2人はそれ以上聞くことは無かった。
聞きたいことが聞けたからだ。
王は塔の最上階にいる。それだけわかればよかった。
塔に入り、螺旋階段を上る。
石造りの窓のない塔は薄暗く、見た目より広い塔の壁を緩い階段が延々と続いている。
「……長いな」
「高いところが好みなのだろう。長よ、疲れたりしていないだろうな?」
「いや、ただ面倒なだけだ」
階段を踏みしめるたびに、硬い靴底が石を叩く音が響く。
何度も反響することから、この塔がどれだけ高くそびえて立っているのかを彼らに知らせていた。
だが、その長い階段の終わりが訪れた。
階段の先に木製の扉があった。
塔の入口を除けば、その扉の他に行けそうなところなど無かった。
つまりここが最上階なのだろう。
「準備はいいな?」
「ああ」
カラスが答えると同時に、シュナイゼルは扉のドアノブに触れた。
その時だ。
「何者か知らんが、入る前にノックぐらいはしてもらえるか」
シュナイゼルとカラスに、そう声がかけられた。
第一部を投稿してから1年が経ちました。
投稿を始めた頃のプロットを見返してみましたが、かなりプロットから外れた進み方をしてしまっていて、変な声で笑ってしまいました。
もし当初のプロット通りに進んでいれば、年が変わる前には完結していたような気がしますが、エリーの冒険はまだまだ続きそうです。
稚作ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いします。