死霊術士は復活させる
今回から王都編です。
「ああ、もう限界だわ。ギルバート。あたしの愛しいギルバート……」
屍となった女は、ゆっくりとその山のを上っていく。
「あたしにはもう我慢できないの。100年以上頑張って来たのに、あなたを開放できない」
腐敗を受け付けない、疲労もしないその屍の体で、限界を訴えつづける。
「あたし一人でやるつもりだった。ずっとそうしてきたけど、ダメなのよ」
その山の中腹に達すると、木の葉で巧妙に隠された洞窟、その中へ進む。
「でも、もうあたしとあなた以外は眠ってしまったのよ」
洞窟の中にある小さな祭壇の上、干からびた頭蓋骨を手に取る。
「だから、だからね? お願いよ」
屍はその場に膝をつき、頭蓋骨にすがるようにかかげる。
「ギド、あたしの従僕……勝手なのはあたしが一番わかってるの」
屍は、その身から沁みだす魔力を展開し、祭壇を中心にペンタグラムを描く。
「もう一度だけ力を貸して。ギルバートの解放を手伝ってちょうだい」
可視化されるほどの膨大な魔力で描かれたペンタグラムが、いっそう激しく明滅する。
「勝手に生み出して、勝手に封印したあたしを、いくら恨んでもかまわないから」
干からびていた頭蓋骨が、ゆっくりと艶を取り戻してゆく。
「ギルバートを、助けたいの」
強烈な黒と紫の光を放つペンタグラムが、ゆっくりとその色を失ってゆく。
「いいぜ。ご主人様」
それは屍の持つ頭蓋骨の声だろうか。
それの声は、屍の死霊術の成功を意味していた……
人間の国。その東海岸のほとんどは、オリンタスという巨大な山脈によって人の侵入を拒んでいた。
人間以外は拒まなかった。
ギドというロードスケルトンは、復活を遂げてから毎日のように東海岸とオリンタスを行き来していた。
オリンタスの西側に行っては人間の国の町や村を襲い、オリンタス山と東海岸では魔物を狩る。そんな毎日を、準備が整うまで繰り返すのが彼の仕事だった。
「ご主人様! 吾輩の今日の成果を見てくれ!」
発声器官どころか肉も皮もないギドは、元気な声を魔力で再現する。
「昨日西側で家畜を脅かしまくったって言っただろ? 読み通り冒険者が来たから、気絶させて装備をはぎ取って来たぜ!」
復活した当初はただの白骨死体にしか見えなかったギドは、今や皮装備に鉄製の剣を装備した立派なスケルトンに見える。
「ギド、あたしはギルバートの解放を手伝ってって言ったのよ。なに村や町に遊びに行ってんのよ!」
ギドがご主人様と呼ぶ屍こそ、この死霊術士ホグダである。知る人ぞ知る稀代の死霊術士であったが、200年以上前に訳あって自身もゾンビと化しているのである。ちなみに完璧な防腐処理がされていて腐らない。
「遊んでないぜご主人様。もしかして何の準備もなしで王都に行けって言うのか?」
ホグダがむすっとした表情でギドを見て黙ってしまう。
「ちょ、ご主人様。ご主人様よ。吾輩を封印してから何年経ったんだっけ?」
「……200年と少し」
「そうだよ。それだけあればいくらゾンビになってても性格が変わることだってあるだろう。吾輩だってそれはわかるんだ」
「何が言いたいのよ」
ギドは大げさな手ぶりと必要以上の声量で言う。
「なんでそんなにガキっぽくなってんだって言いてぇんだよ!」
そして、当然のように喧嘩が始まる。
「あたしがガキっぽいって言いたいの?! 従僕の癖に主を馬鹿にするなんて、ひどい欠陥を抱えているのね!」
「いやいやいやガキっぽいっつうかガキになってんだよご主人様! 200年前吾輩に口を酸っぱくして言ってたじゃねぇかよ! ”準備はとても大切なのよギド、何事においても準備し過ぎってことはないの。なぜならそれで困ることがないからよ”ってさぁ! なんで今吾輩がやってることがその準備だってわかんねぇかな!」
「あたしはもう待てないの! 今すぐ行ってすぐ行って!」
「今行ったら浄化されてはいおしまいってなるだろぉ!? それが望みなのかご主人様よぉ!」
「ギルバートの解放が望みって言ってんでしょ! 何回言えばわかるの!」
「その望みをかなえるために準備してんだろうがこっちはよぉ! 弱り切った声で復活させるから心配してみりゃ、どうしてこんな子供みたいになっちまってんだか……」
疲れることのない体のギドが、なぜか疲れを感じていた。そう、精神的に。
「だって、もう待てないんだもん。200年以上一人で頑張って来たんだもん」
「ほら出たガキっぽいところ! 200年以上生きておいて語尾が”もん”って、さすがにないぜご主人様」
しかし実際に疲労する脳も体もない以上、ギドは疲れを一瞬でなかったことにする。
「200年も生きてないわよ! むしろ死んでるわよ!」
「そこは今どうでもいいだろぉ!」
そしてそれはゾンビであるホグダも同じである。つまりこの二人分の死体は元気に喧嘩を続ける。そして喧嘩しながらも、オリンタス山で狩ってきた動物の死体と、町で集めた装備品によって着々と準備が進んで行った。
日が沈むまで元気に喧嘩をした後、ふとクールダウンする死体たち。”こういうところは昔と変わらず、吾輩とご主人様の息ぴったりだ”とギドは思った。
「この分だと3週間ってとこかな。なぁご主人様」
直前までの喧嘩など無かったような穏やかな声で、ギドは語り掛ける。
「そうね。3週間って分析は合ってると思うわ」
「200年前の船員たちは、海の底か」
「引っ張り上げるだけよ。あなたの部下なんだからね」
「そうだな。それに吾輩の海賊船も、あと3週間で復活する……ところで」
「なによ?」
「内陸にある王都を襲撃するのに、なんで海賊船を選んだんだ?」
ホグダは、はっとした表情を浮かべた。
「ご、ご主人様よぉ! 吾輩はボーンパーティを復活させるために頑張って来たんだぜぇ? まじ? え、まじなのご主人様?」
「う、うるさいわね! 海賊船が陸を行けないなんて誰が決めたのよ!」
ギドはホグダを見ながら、”こいつマジか”と内心で思うだけにした。
ここ数日は、彼の船である海賊船ボーンパーティ復活の準備に費やしていたが、それが水泡に帰すかもしれない。しかもその可能性はかなり高そうだった。
「……もうここまで来たら復活させちゃいましょう。運用方法はそのあと考えればいいわ」
「うちの艦砲の射程じゃ海から王都はねらえねぇ。ただの拠点にしかならない気がするぜ」
「最悪の場合は、ばらして戦車に作り直すことになるわね」
「最初から戦車つくってりゃぁなぁ」
ギドはそうつぶやかずにはいられなかった。
しかし、一度作り始めた以上は別のものは作れない。そしてばらすのにも時間がかかる。
ギドは何も入っていない眼窩で、少しずつ海の上で組みあがっていく、骨製の海賊船を見ていた。
「船員が海の底から戻ってきたら、なんて言い訳すりゃいいのか」
「あんた船長でしょ? 海の男どもの20や30まとめなさいよ」
「吾輩は海の男どもに陸で戦えって言うのがいやなんだよ!」
ギドは”自分で運用方法を考えないとろくなことにならないな”と思い、文字通り脳なしの頭を抱えるのだった……
次話はエリー視点に戻ると思います。