私たちで出来ている
カイルさん達を倒した私は大通りに出ると、少し急いで王城の方に向かう。
王城前広場に続く大通りは、深夜の雨のせいか本当に誰もいない。
私はうるさいくらいの雨音を聞きながら、広場に出た時のことをぼんやりと想像する。
走ればすぐに広場に着くのにそうしないのは、想像するのが楽しいからかもしれない。
私はカイルさん達を倒すのに随分時間をかけた。だからきっとギンたちは、もう王城前広場に集まってるはず。
先にゼルマさん達に会ってるってことだ。
ゼルマさん驚くだろうなぁ。捕まえたはずのジャイコブやチェルシー、ギンが現れたら、ゼルマさんはどんな顔するんだろう。
カイルさんが言うには、トーマスさんの分隊がゼルマさんと一緒に広場に駐屯してるんだっけ。
ギンたちには殺さないように言っておいたから、私が広場に着いたときには、ゼルマさんもトーマスさんたちも死んじゃってる、なんてことは無いはず。
だからきっと、私もゼルマさんに会うことになる。
私を見たゼルマさんは、どんな反応をするんだろうね。
ギンたちを棺桶から解放して、王都まで連れてきたのが私だって知ったら、何て言うんだろう。
ゼルマさんのお父さんのトレヴァー侯爵が、もう死んじゃってるって教えてあげたら、どんな表情をするんだろう。
きっと怒り狂うよね。
私を憎むよね。
”初めて私を見つけた時に殺しておけばよかった”って、後悔するんだろうね。
私を睨みつけて、口汚く罵って、悔しがって……
もしかしたら私を殺そうとするかもね。
あ、でもそうはならないかな。
ギンたちには”殺さないように”って言ってあるだけだから、”殺さなければ何をしてもいい”っていう解釈をしてるんじゃないかな。
トーマスさんだってヴァンパイアが現れたら討伐しようとするだろうし、きっと戦いになってるよね。
たった5人にギンたち3人が負けるとは思えない。きっとトーマスさんたちは、戦えなくなるまで、3人に殴られたり蹴られたりすると思う。
それはゼルマさんも例外じゃない。
戦えなくなったゼルマさんが、広場に着いた私を見つけたら、
見つけたら……
見たいなぁ、そんなゼルマさん。
王城に入る前にはどうせ会うんだし、見て行けばいいよね。
それから真祖に会えばいいよね。
真祖に会うのは、正直ちょっと怖い。
でもその前にゼルマさんに会うのは、ちょっと楽しみになってきた。
早く広場に行こう。
エリーは王城に向かう。
雨に打たれ、雨音に包まれ、びっしょりと全身を濡らし、空想に酔いながら大通りを進んだ。
じきに大通りの終わりに差し掛かる。
その先は王城前広場だ。
エリーは暗闇の向こうに倒れている人影を見つけ、その先に自分の空想したモノがあるように思った。
エリーは逸る気持ちを押さえ、昏い笑みを湛え、歩を早めることも遅らせることも無く進む。
暗闇の向こう、広場の中でも王城に近い方から、叫び声が届いた。
「やめてくれ!」
ゼルマの声だ。必死に叫ぶ声は少し枯れている。
エリーはその声から広場の状況を想像する。
―ギンたちが暴れてるんだろうね。トーマスさんたちが倒されていくのを見て叫んだのかな。それとも、ゼルマさん自身が攻撃されそうになってるのかな。
エリーは進む。
倒れている人影がはっきりと見え、エリーはそれが誰なのかわかった。
腹が裂け、内臓を飛び散らせて仰向けに倒れているのは、ギンラクだった。
「……え? ギン? なんで?」
エリーの顔から笑みが消え、困惑が浮かぶ。
慌てて倒れ込むギンラクに駆け寄り顔を覗き込む。
「ギン! ギン!」
名を呼んでみたが、閉じた瞼が開くことは無い。だが裂けた腹は再生を進めており、指で瞼を開けてみると、瞳の色は赤かった。
致命傷でもなく、飢餓状態にもなっていない。単純に気絶しているだけのようだった。
「やめてくれ! やめて! やめ……ああああああああああああああああああ!」
ゼルマの悲鳴が響き渡る。同時に鉄が砕け割れる音と、鈍い骨折の音、水がまき散らされるような音。それらがエリーの耳の奥にまで届いた。
エリーはギンラクから視線を上げ、音の方を見た。
そこにはトレヴァー侯爵が立っていた。
「トレヴァー侯爵……いや、え、なにあれ」
トレヴァー侯爵は、エリーの方を向いていた。
体をエリーの方を向けながらも、上半身はほとんど仰向けに寝かせ、顔は斜め上の空を見上げている。その体からは肌色の何かがいくつも生え、ブリッジでもするかのように地に突いていた。
そしてわずかな隙間から人の足も見える。
その足は鎧に包まれ軍靴を履いていることから、なんとなく誰の足なのか察せられた。
おそらく、ゼルマだ。
「父上、どうして……」
力のない声が聞こえ、エリーはそれがやはりトレヴァー侯爵なのだとわかった。
そして同時に、トレヴァー侯爵ではないモノであるとも理解した。
体から生えている何かが、はっきりと見えたからだ。
トレヴァー侯爵に元からあった四肢は、高級そうな生地の服に包まれている。
そしてその手足を囲むように、4本ずつ、腕や足が生えているのだ。それもトレヴァー侯爵の体とは前後が逆を向いている。
「気持ち悪い」
それはエリーの口から自然とこぼれた言葉だった。
エリーの目はソレについている手足を鮮明に捉え、正体を見破ったのだ。
ソレにはトレヴァー侯爵自身の手足の他に、ジャイコブ、チェルシー、ギンラク、そしてエリーの四肢が1本ずつ生えている。
エリーはそれを一目で確信した。
エリーはソレが何なのかを理解した。
そして改めて広場を見渡す。
ギンラクの他にも、ジャイコブとチェルシーが倒れている。そしてトーマスと彼の分隊員も倒れており、剣が4本散らばっている。
ジャイコブとチェルシーはどちらも仰向けに倒れており、ギンラクと同じように腹を裂かれていた。再生が進み、もう内臓は見えていないが、着ているつなぎ服やメイド服の腹のあたりだけが大きく破れているのがわかる。
「みんな、アレと戦ったんだね」
エリーはもう一度ソレを見る。
虚ろな表情のトレヴァー侯爵の顔が横を向き、体をひねり、エリーに背を向ける。
ソレのすぐ奥に、仰向けに倒れたゼルマが見えた。右肩を何かで潰されたように負傷しており、割れた鎧の隙間から血が流れ出ていた。
ゼルマはソレからようやく視線を外し、エリーを見る。
だがエリーの目はゼルマではなく、ソレに向けられていた。
トレヴァー侯爵の後頭部。
赤く短い髪を生やした頭皮が中央で縦に裂けており、そこには赤く異様に大きな目があった。
そしてうなじはぱっくりと横に裂け、人間の奥歯のような白い歯がずらりと並び、口になっていた。今は歯の隙間に服の切れ端のようなものが引っかかり、白い歯が血と雨水で薄い赤に染まっている。
エリーはソレと目が合ったのを感じとる。
エリーの心に恐怖は無い。
「ギン、なんでアレと戦ったのか、私にもわかるよ」
エリーはソレの正体がわかった瞬間から、ソレに対して1つの感情しか持っていない。
「気持ち悪いから、だよね」
生理的嫌悪である。
トレヴァー侯爵は、エリーの目の前で死んだ。
間違いなく死んでいた。
であれば、今エリーと目が合っているソレは何なのか。
エリーはその答えを口にした。
「アレはきっと、私たちから生まれたんだ」
トレヴァー侯爵が死ぬ直前に口にした赤い結晶。それはジャイコブ、チェルシー、ギンラク、エリーの血嚢で作り上げられた純エネルギーの結晶である。
その結晶がトレヴァー侯爵の体を使って動いている。
寄生虫のような存在だ。
そしてその寄生虫のような存在が、自分から生み出されていた。
それがエリーには、受け入れられないほど気持ち悪くて仕方がないのだ。
「こんな風に再会する予定じゃなかったのに」
エリーはソレがゼルマに喰らいついていた時に現れ、ソレは興味の対象をゼルマからエリーに移した。
これではまるでゼルマを助けに来たようにも見える。
エリーの望んでいた再会の形とはかけ離れている。
「私が仲間にした3人をこんなにして」
ギンラクは気絶。ジャイコブとチェルシーはここからでは容態はわからないが、ピクリとも動かない。
魅了によって仲間にし、たった1日程度しか行動を共にしていない仲だ。だがエリーはその3人をぶちのめしたソレに、意外なほど怒りを感じている。
ソレは少なくともヴァンパイア3体では勝てない相手だと見て取れた。だがエリーに恐怖は無い。
色々理由はあるが、結局エリーがソレを殺そうとする最大の理由は”気持ち悪いから”だ。
そんな相手を恐がったりはしない。
エリーはギンラクから離れ、ソレに歩み寄る。
ソレもゼルマを覆うようにしていた体を動かし、エリーを正面から捉える。
「指尖硬化」
ソレと対峙し、距離を詰めながら、エリーは豹拳と貫手を構える。
今のエリーの最優先事項は、真祖に会うことでもゼルマと話すことでもなく、”目の前の不快な存在を消すこと”である。