最悪の再会
北西区、南東区、南西区の3か所からほぼ同時笛が鳴った。
そして少し遅れて、北東区から4つ目の笛の音が鳴る。
それを聞いた私は、自分がとんでもないことをしてしまったことに気付いた。
「団長! 一体何が起きてんですか?! 4体同時にヴァンパイアが現れるなんて聞いてないですよ!」
トーマスが取り乱して、私を見る。
焦り、怒り、不安。そんな感情がトーマスの表情に現れている。
だが、どうしようもない。
何も答えてやれない。
私は大馬鹿者だ。
複数のヴァンパイアが王都に潜んでいることはわかっていた。それを探し出すために分隊を分けて巡回に出した。
それがどんなに危険なことか、私は今になってようやく理解した。
潜んでいたヴァンパイアにとって、たった4人で行動する騎士たちなど恰好の餌だ。
喜んで襲いに来るに決まっているではないか。
なぜもっと早く気付けなかった? 少し考えればわかることだったはずなのに。
私は一体何をしてるんだ。これでは完全にこちらが狩られる側だ。
私が何も言えずにいると、しびれを切らしたトーマスが口を開く。
「俺の分隊を増援に出します。各区に1人ずつ」
「ダメだ。4人が5人に増えても勝ち目がない」
「ならせめて1区画に全員で増援に行かせてください!」
「それは……」
行かせていいのか? 行かせるとして、私も向かうべきか? ここをノーマークにしてしまっていいのか?
それにどこの増援に向かう? 一番最後に笛が鳴ったのはカイルの居る北東区だった。一番部下たちの生存率が高いのはカイル分隊だ。増援に向かうなら北東区が妥当だろう。
……ならば他の3分隊は見捨てるのか?
考えても答えなどでない。
何もしない訳にもいかない。
だが何をしても失うものが大きすぎる。
私は一体どうすればいい……?
「団長! ……おいお前ら、準備しろ」
トーマスは私の指示を待つのを辞め、自分の分隊に戦闘準備をさせ始める。どこかの分隊に増援に向かうつもりのようだ。
私はそれを止めるべきなのかどうかすら決められない。
何もせずただここに居たところで、いずれ各区の部下たちを倒したヴァンパイアに囲まれるだけだ。しかし今何をして何を指示すればいいのか、私にはその答えを出せない。
ただ見ていることしか出来ない。
「待てトーマス」
私はトーマスに制止をかける。
トーマス分隊でどこの区画に向かうかを素早く相談し、北東区に向かうと決めたところだった。
トーマスは無言で私を見る。
私が増援に行くなと命じたとしても、聞く気は無い。そんな決意を感じさせる表情だった。
だがそうじゃない。
「どうやら時間切れのようだ」
私はトーマスではなく、南東区を見ながらそう言った。
トーマスも私の視線の先を察し、南東区を見る。
南東区から王城前広場に続く大通りに、赤い2つの目が見えている。
距離があるせいで姿は見えないが、怪しく光るその目だけははっきり見える。
間違いなくヴァンパイアだ。
「ゲイル……」
トーマスがつぶやく。
南東区の巡回に向かったのはゲイル隊だ。
笛の音も鳴っていた。
そして今、南東区からヴァンパイアが現れた。
十中八九、ゲイル隊は倒されたのだろう。そしてほぼ間違いなく無事ではない。
「俺が一番乗りか。自分でも意外……いや当然だな!」
ヴァンパイアは高く響く足音を立てて近づきながら、あえて私たちに聞こえるような声だった。
そしてその声には聞き覚えがある。
姿が視認できる距離まで近づかれ、私は確信を持ってそのヴァンパイアの正体を理解した。
ありえない。
「……どういう、ことだ?」
ギンラクだ。
燕尾服を着ているのは謎だが、間違いなくギンラクだ。
私たちが最後に捕まえたヴァンパイアで、今頃は父上のいる実家にいるはずの、ギンラクだ。
まだ奴が生きていたことにはさほどにはさほど驚いていない。父上が何をしようとしているのかは知らないが、ヴァンパイアの血嚢を大量に使っていると聞いている。捕まえたヴァンパイアを早々に死なせないようにしていたことも知っている。
だが、なぜここに居るかがわからない。
脱走して王都に戻って来たのか?
何のために?
もし脱走したのならそれはいつだ?
なぜ父上から何の連絡もない?
「団長、加勢してください。ゲイル隊が消耗させてくれているはずです。それを無駄にしないためにも」
「あ、ああ」
頭の中が疑問で埋め尽くされていた私は、トーマスの言葉で一旦思考を中断することが出来た。
トーマスは私より冷静なようだ。ギンラクの姿を見たことがないからだろうな。
この場にいたのがカイル隊、イングリッド隊、シド隊のいずれかなら、動揺してしまっていただろう。
私は剣を抜く。
トーマスのすぐ隣に並び立ち、ギンラクを見据える。
するとギンラクは一瞬慌てたように一歩下がり、それから下がった一歩分を補うように踏み込む。
「ヤ、ヤる気か?! 言っとくが手加減しねぇからな!」
ああ、間違いなくギンラクだ。私がかつて尋問したときのように、小心者が虚勢を張っているような感じがする。
いや、そんなことを考えている場合ではないな。
「トーマス、準備はいいな?」
「はい」
だが私たちが戦う覚悟を決めた時、さらに状況は悪化した。
「ギンラク、子守唄で眠らせたほうが早いです」
はっとして、その声の方を見た。
見覚えのあるヴァンパイアが、既にはっきりと見える距離に居た。
チェルシーだ。
トーマスの緊張が一気に高まったのがわかる。
ギンラクは怒鳴るようにチェルシーに言う。
「こんなピリピリしてる連中に効くわけねぇだろ! 居るんならもっと早く出てこいよ!」
私の理解は既に追いついていない。
父上の所に送ったはずのヴァンパイアが2体も目の前にいる。それがどういうことなのか、わからない。
わかりたくない。
だが、この嫌な予感だけは当たっている気がする。
「おっさんは?」
「さぁ? もうすぐ来るんじゃないですか?」
戦ってもいないのに、息が上がる。
私だけじゃなくトーマスもそうだ。
嫌な汗が止まらない。
いや、この状況で戦おうというのがそもそも間違っている。
心の弱い部分が”逃げろ”と囁いている。
命乞いをしてなんとか死なないようにしろと叫んでいる。
死にたくないと、願っている。
「団長」
トーマスの剣を持つ手が震えている。
だがその声音はしっかりとしていて、ここで戦って死ぬ覚悟を決めたことがわかる。
「俺、あんたの部下になれてよかったと思ってるぜ」
皮肉屋のトーマスが、ガラにもないことを言っている。さっきまで何も言えない私を睨んでいたくせに、だ。
おかげで冷静になれたよ。
会話という選択肢を思いつけた。
ここで時間を稼いだところで、状況が好転するとは思えない。
だが戦いを挑むことも逃げることも無謀だ。なら、これに賭けるしかないだろう。
「ギンラクに、チェルシーだな。どうしてここに居る?」
私の問いにチェルシーは答えようとしなかった。だがギンラクは違った。
「そんなに不思議かよ」
「ギンラク、答える必要はありません」
ギンラクは私の質問が気に障ったのだろう。イライラした声で反応した。そしてチェルシーがギンラクを窘めるが、聞いている様子はない。
ギンラクとはこのまま会話を続けられそうだ。
そう思って次の言葉を考えていると、さらに状況が悪化した。
「おろ? おらが最後だべか」
「おせぇよおっさん」
北西区の方からさらにヴァンパイアが現れたのだ。
もうわかっている。ジャイコブだ。
最近は父上から全く手紙が来なくなっていた。
もう私にヴァンパイアを集めさせる必要が無くなったからだと思っていた。
だが、そうじゃなかったのだろう。
こんな最悪の状況で、私は唯一の肉親の死を悟った。




