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何も知らない

 カイルさんは1度鳴らすこと止めた笛を、改めて口に咥え、吹き鳴らした。

 

 それが戦闘開始の合図だった。

 

 カイルさんと分隊の2人が素早く私に近づく。

 

 カイルさんたちの剣は私に届くけど、私が腕を伸ばしてもカイルさんたちには触れない。そんな距離を見極め、わずかに時間差を空けて私を斬り付ける。

 

 「セイッ!」

 

 私の首、手首、そして腹を狙った斬撃が向かってくる。私はそれに付き合わず、大人しく1歩下がって避ける。

 

 しっかりと急所を狙った、一切の躊躇の無い攻撃。

 

 もうカイルさんや騎士団の皆に優しくしてもらえるなんて思ってなかったけど、こう思い切った攻撃をされると、なんというか心に来るね。

 

 わかっていたことだけど、もう私は騎士団の仲間じゃなくて、敵なんだって再確認させられる。

 

 ……いや、最初から仲間なんかじゃなかったんだった。 

 

 なんだか笑えて来るね。

 

 「ふふ、容赦ないね」

 

 思わずそうこぼしてしまった。するとカイルさんは剣を振りながら答えてくれる。

 

 「ナンシー以外は、な!」

 

 そう言えばナンシーさんは攻撃してこないね。

 

 私はカイルさんの攻撃を躱しながらナンシーさんを見る。

 

 「……」

 

 ナンシーさんは突っ立ったまま私を見てる。抜剣すらしてない。

 

 戦う気が無いの? なんで?

 

 「よそ見してる余裕あんのかよ!」

 

 「あるよ」

 

 私はカイルさんと分隊の2人の攻撃をひたすら避ける。


 ただ避けるだけ。

 

 カイルさんたちはしっかりと間合いを管理して、3人で連携して攻撃してくるんだから、こっちもなかなか手が出せない。

 

 ……というのは嘘。

 

 手首でも足首でも好きなところを切らせて、その間に殴るなり蹴るなりすれば1人倒せる。

 

 それを3回繰り返せば私の勝ち。

 

 でもそれだと大怪我させちゃうかもしれないからね。 

 

 ……でも、これだと時間がかかっちゃうね。もうギンたちは戦い始めてるだろうし、ちょっと急いだほうがいいかも。


 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 エリーが俺の分隊員の胸に手を押し当てる。

 

 手のひらではなく、手の甲側だ。真っ黒な指が鎧とこすれて火花が散る。

 

 そして俺の分隊員が仰向けにぶっ倒れる。

 

 「フガッ……くそ」

 

 分隊員はすぐに上体を起こし、ノロノロと立ち上がる。

 

 剣を杖代わりにしないと立ち上がれず、振り上げた剣を振り下ろすのすら遅い。

 

 間合いの管理すらおぼつかなくなっちまってる。


 ”ヴァンパイアとの戦いで一番気を使うのは間合いの管理だ”っていうのは、エリーに教わったんだったな。

 

 俺も仲間も疲弊しきっている。

 

 エリーから直接与えられたダメージは無い。俺も何度も手の甲で押されて無様にぶっ倒れたが、強く押されただけでダメージは無かった。

 

 重い鎧と雨水を吸ったインナーの重量。それが俺たちの体力をどんどん奪っていったんだ。

 

 何度も倒され、何度も立ち上がる。そして攻撃し、躱され、また手の甲で押されて倒される。たったそれだけのことで、俺たちは簡単に疲弊しきってしまった。

 

 俺は息を吸い、エリーの手首を狙って力任せに振るう。

 

 「ハッ」

 

 「……」


 エリーは薄く笑ったまま上体を反らして攻撃を躱す。そして次の瞬間には俺の目の前に居た。

 

 「グゥッ」

 

 まただ。

 

 俺はまた手の甲で押され、仰向けにぶっ倒れた。

 

 真っ黒な空が見える。

 

 雨粒が顔面を叩く。

 

 体が重い。 

 

 立ち上がるのがこんなに億劫なことあるかよ。

 

 立ち上がったって、また倒されるだけだってわかっちまった。

 

 「カハッ」

 

 「ウグァ」

 

 分隊員の短い悲鳴と、鎧がぶっ倒れる音が2つずつ聞こえた。

 

 俺が寝てる間にまた倒されたんだろう。

 

 立ち上がろうとする音は聞こえねぇ。

 

 もう俺も隊員たちも限界だ。

 

 俺は仰向けにたおれたまま、動けそうにない。

 

 真っ暗な空しか見えない。

 

 俺たちの負けだ。

 

 「ナンシーさん、どうする?」

 

 ああ、そう言えばもう1人分隊員が居たな。

 

 戦わなくていいぞ、ナンシー。お前が1人で戦ったって勝てるとは思えん。

 

 「……うち、戦えない」

 

 そうだ。それでいい。

 

 エリーは本当に俺たちを殺すつもりはないみたいだ。無理に戦って無駄に消耗しなくていい。

 

 「……そっか」

 

 「エリーさんと戦いたくない」

 

 んなもん俺も一緒だっつうの。

 

 「じゃあ、どこか雨宿りできるところに、カイルさんたちを連れて行ってあげてよ。ずっとここで寝てたら風邪ひいちゃう」

 

 1秒か、2秒か、そのくらいの間があって、ナンシーは疲れ切った分隊員のどっちかに肩を貸し始めたみたいだ。

 

 「じゃあね、カイルさん」

 

 そう言ってエリーは王城の方に歩き始める。

 

 どうやらもう終わりみたいだ。

 

 ……勝てるわけなかった。

 

 よく考えたら、俺たち騎士団がヴァンパイアを捕まえた時、必ずエリーの助けがあった。

 

 なんならチェルシーに関してはエリー1人で捕まえたと言っても過言じゃない。

 

 そんな相手に、たった4人で勝てるわけないだろ。

 

 しかもエリーはヴァンパイアだ。

 

 人間とヴァンパイアの実力差は、今骨身に染みた。

 

 現に俺たちは手加減され、怪我を負わせないように気を使われ、丁寧に体力だけを奪われた。

 

 無理だ。

 

 ……エリーが遠ざかっていく。

 

 「待ってくれエリー。聞きたいことがある」

 

 戦ったって勝てやしないことは、もうよくわかった。

 

 だが、エリーに俺たちを傷つけようという気が全く無いのもよくわかった。

 

 なら、会話くらいいいだろ?

 

 「なに? あんまりみんなを待たせたくないから、質問は1つだけにしてね」

 

 1つだけか。

 

 優しいな。

 

 いや甘いのか? 

 

 どっちでもいいか。

 

 俺はエリーが最初に言っていた通り、安心して何を聞くかを考える。

 

 ”フーッ”と息を吐き、俺は質問をする。

 

 「お前は最初から、俺たちを裏切るつもりで騎士団に協力していたのか?」

 

 言い終えた瞬間、”ヒュボ”と言う音と共に強風が吹いて、俺は思わず目を瞑った。

 

 次に感じたのは、石畳が割れる轟音と振動。雨音が一瞬消える程の衝撃波だ。

 

 それは俺の顔のすぐ横からだった。

 

 鎧の上に誰かが乗っているような感じがして、すぐに目を開ける。

 

 「……ッ」

 

 俺に馬乗りになって顔を覗き込むエリーと、俺の顔の左横に打ち下ろされたエリーの右腕が見えて、やっと俺は自分が今死にかけたことを理解し、青ざめた。

 

 血の気が引く感覚をこんなにはっきりと感じたのは、生まれて初めてかもしれない。

 

 俺の顔を真上から見下ろすエリーの目は真っ赤で、その表情は何と言えば良いのかわからない。


 とにかく酷い表情だった。口角は歪み、食いしばった歯がうっすらと見えて、ハの字になった眉は眉間にしわを寄せている。

 

 泣きそうなのを我慢する顔のように見えた。

 

 だがその表情はまたすぐに軽薄な笑みに変わる。

 

 「……ふふ」

 

 エリーから感じた圧力が一瞬で霧散したのがわかった。それが恐ろしく不気味に感じて、俺はつばを飲み込んだ。

 

 「酷いよ」

 

 エリーは笑う。

 

 「裏切られたのは私の方なのに、私を悪者にするの?」

 

 そう言って石畳に埋まった右腕を引き抜き、両手を俺の鎧の胸プレートの上に置く。

 

 笑みを一層深くしたエリーは、何も言えない俺に向かってさらに続ける。

 

 「うん、それで合ってるよ。ヴァンパイアで、魔物の私が全部悪いんだよ。カイルさんは何も知らないし、何も悪くない……怖がらせてごめんね?」

 

 それだけ言い終えたエリーは立ち上がり、俺に背を向けて王城の方に向かい始めた。

 

 もう声をかける気にはなれなかった。

 

 「……あぁ、俺は何も知らないみたいだな」

 

 エリーが見えなくなった後、ようやく俺はそうつぶやいた。

 

 寒い。

 

 ナンシーはどこに隊員を連れて行ったんだ? 

 

 早く俺も雨宿りできるところに連れて行ってくれ。

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