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狩り・後編

 分隊長ゲイル率いる分隊は、雨の降る深夜の南東区を巡回する。

 

 南東区は王都に東から入り中央で南に折れる川に囲われており、その内側は富裕層が多く住む家屋や商会が多く立ち並んでいる。

 

 そんな南東区と他の区画の大きな違いは、夜でも人通りと灯りがあることだ。

 

 朝まで開いている酒場や娼館などと、それらを利用する人。そしてもっと後ろめたいことをする者たち。

 

 彼らは雨が降っていようが関係ない。大通りを外れた小道や路地に灯る光に、蛾のように群がって己の欲を満たすのだ。

 

 そんな一見王都で最も発展し、富裕層が住み、安全に見える南東区を、ゲイル隊はフラリフラリと巡回する。

 

 「そこのお嬢さん」

 

 ゲイルはフードを被った通行人の1人に、気安く声をかける。外套にくるまっているせいでぱっと見では性別はわからないはずだが、ゲイルは一目でその通行人が女性であると見破った。

 

 ゲイルは兜を取り、雨に濡れた男性にしては長い金髪を晒して軽やかに近寄る。

 

 「この辺でさ、怪しい人見なかった?」

 

 「……こんな格好のあたしも十分怪しいと思うけど、なんであたしに聞くの?」


 「怪しいから」

 

 「……ふふ」

 

 フードの女性は軽く笑い、ゲイルの顔を見る。

 

 「ここじゃ怪しくない人の方がめずらしいけど、どんなのを探してんのさ」

 

 「ん~と、目が赤くて牙が長い奴」

 

 「ヴァンパイアってこと? 結構前にもヴァンパイアを探してた騎士団が居たらしいけど、あんたらがそう?」

 

 「そうそうそれ俺らのこと。で、なんか心当たりない?」

 

 「う~ん」

 

 フードの女性は少し考え、首を横に振った。

 

 「そう言うのはよくわかんないわ。ただ」

 

 「ただ?」

 

 「最近ね、南東区の中で一番南にある倉庫には近づくなって言われてる。なんでかは知らないわ」

 

 「おお滅茶苦茶助かるわ。そんな危なそうな場所は、俺ら騎士団が調査しないとな」

 

 ゲイルは女性にビシッとサムズアップして見せ、南東区南の倉庫街に向かうべく背を向ける。

 

 そしてさっと振り返り、女性にこう言った。

 

 「あんたどこの店にいんの?」

 

 「あっちの赤い看板の店」

 

 「じゃ、今度行くわ」

 

 ゲイルはまた南の端の倉庫街の方を一瞥する。

 

 そして近くで他の通行人に聞き込みやらナンパやらをしていた分隊員を集め、歩き出すのだった。

 

 「分隊長、どうでした?」

 

 「顔はよく見えなかったけどよ、いい女って感じだった」

 

 「うへぇ。あの人がヴァンパイアかどうか見てなかったんですか?」

 

 「あ、見てなかったわ。やべ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほどなくしてゲイルたちは、南東区の南の端までやってきた。

 

 大通りから外れ、夜でも賑わいを見せる一帯からも少し離れたここに、人の気配はない。

 

 建っているのは民家がほとんどだが、その中にポツンと倉庫があった。

 

 「ここか」

 

 「物音1つしませんね」

 

 人の気配はない。

 

 「ま、行ってみないと何も始まんないよな」

 

 ゲイルが隊を引き連れ、その倉庫に一歩踏み出した。

 

 その時、雨音以外の何かが、ほんのわずかに聞こえてきた。

 

 「……何の音だ?」

 

 「音? 何すか音って……」

 

 雨粒が家屋や倉庫、地面、そして鎧を打つ音に混じって、その音は少しずつ大きくなっていく。

 

 正体不明の音は、ゲイルの緊張感を大幅に引き上げた。

 

 「お前ら、よく聞け」

 

 音が大きくなるにつれ、少しずつ、少しずつ、ゲイルは音の正体に気付き始める。

 

 「……声、だ」

 

 次第にその音は肉声に聞こえるようになり、声色(こわいろ)が言葉を乗せていることがわかる。

 

 「何を言ってる……お前ら、聞き取れるか?」

 

 「いえ……ただ、男、の……声、の、よ……う、な」

 

 隊員の途切れ途切れのしゃべり方に、ゲイルは違和感を覚える。

 

 何もわからない。その不気味さがゲイルの緊張感をさらに引き上げる。

 

 「どうした? 何か気付いたのか?」

 

 ゲイルは問いただしつつ、周囲に気を配る。

 

 怪しいのはポツンと建っている倉庫だが、声のする方とは少し違う気がした。

 

 隊員たちはゲイルの問いになかなか答えない。じれったくなったゲイルが隊員たちに問いただそうかと思ったころ、声の正体がわかった。

 

 「……唄だ。子守唄」

 

 ゲイルはその音が、若い男の歌う子守唄だと気付いた。

 

 こんな深夜に人の気配もない場所で、うるさいくらいに響く雨音の中、子守唄が聞こえる。それが異常であることは考えるまでもなかった。

 

 ゲイルは周囲の警戒を一旦止め、先ほどから何も言わず動く気配のない3人の隊員を見る。

 

 「お前ら、どうし……」

 

 ゲイルはそこで言葉を切った。

 

 そこには立ったまま深い眠りに就く分隊員が居た。完全に脱力し、瞼を落とし、鎧に支えられるようにして立ったまま静かに寝息を立てている。

 

 「無駄だぜ。もうそいつらはしばらく目覚めねぇよ」

 

 気が付くと子守唄は聞こえなくなっており、背後からそう声をかけられた。

 

 「ッ! 誰だ!」

 

 ゲイルは素早く振り向き、抜剣し構える。

 

 そこには燕尾服を着た、オレンジ色の髪の青年が立っていた。

 

 「正直怖かったんだよ。4人も同時に相手すんのは」

 

 雨に濡れた髪を片手でかき上げ、ゲイルを赤い2つの目で捉える。

 

 「ヴァンパイア!」

 

 ゲイルは左手で首から下げた笛を掴み、口に咥えて吹き鳴らした。

 

 それを見たギンラクは、髪をかき上げた手を下ろし、構える。

 

 武芸など習ったことのないような者の取る、適当な構えだ。

 

 たった1人であってもヴァンパイアに立ち向かおうとするゲイルをしっかりと見据え、囁くように、自分に言い聞かせるように、ギンラクはつぶやいた。

 

 「行くぜ」

 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 決着は一瞬だった。 

 

 ギンラクは攻撃方法としてタックルを選び、突進した。

 

 ゲイルはギンラクの殴るでもなく蹴るでもない動きに対し、一瞬反応が遅れた。

 

 「っだああああああああ!」 

 

 それでも全力で剣を振るう。

 

 ゲイルの横薙ぎ一閃はギンラクの肩に命中し、燕尾服とその下の肌を深く斬り付けた。

 

 そして次の瞬間にはギンラクのタックルをもろに受け、ギンラクに押される形で後方に向かう。

 

 ”あの女の店、行きたかったな”

 

 ゲイルがかすかにそう思った時には、既にギンラクと共に背後の家屋の壁に埋まっていた。

 

 家屋に激突する瞬間、ゲイルは自分の背中が壁にぶち当たる衝撃と、ギンラクのタックルの持つ推進力をその身で受け止めた。

 

 それは鎧なしで受けていたなら十分な致命傷となるダメージであり、鎧があったとしても意識を狩り獲るにはやはり十分だった。

 

 ゲイルの手から剣が零れ落ち、甲高い音が雨音に混じって響き渡る。

 

 だがその音が鳴る前に、ゲイルは気を失ったのだった。

 

 「……ふぅ、なんとかなったな」

 

 失神したゲイルと眠ったままの3人の騎士を背に、ギンラクは王城の方に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぐぁあああああああああああああああああああ!」

 

 南西区に住む誰も彼もが寝静まる中、雨音をつんざくような悲鳴が轟く。

 

 それはイングリッドの悲鳴だった。

 

 チェルシーに片膝を蹴り砕かれたイングリッドは、溜まらず悲鳴をあげたのだ。


 「分隊長ッ!」

 

 そして、バランスを崩し倒れ込むイングリッドを見た分隊員の1人が、隙を晒す。

 

 その隙をチェルシーは逃さない。

 

 右手でスカートをつまみ上げ、左手で他2人の攻撃をいなしつつ、右足で”軽く”蹴る。

 

 その蹴りは隙を晒した分隊員の太ももに命中し、大腿骨を叩き折った。

 

 「ッ……ァアアアアアアアア!」

 

 痛みを知覚するまでの数瞬に恐怖を味わい、骨折の痛みに身もだえ倒れ込む。

 

 「あと2人ですか。出来ればうるさくしないでもらいたいのですが」

 

 チェルシーはそうこぼしながら、軽やかにステップを踏んで攻撃を避ける。

 

 「増援はまだか!?」

 

 そう叫ぶ声に、チェルシーはわざわざ答える。

 

 「来ないと思いますよ」

 

 「何を言って……ガアアアアアアアアアアアッ」

 

 チェルシーは答えつつも蹴りを放っていた。足首の少し上に命中した蹴りは、あっさりと骨を砕く。

 

 それは彼らの継戦能力を奪うに足るダメージだった。

 

 チェルシーに片足のどこかを破壊された彼らは、皆一様に折れた足を抱え込むように蹲り、悶える。

 

 そんな彼らを、チェルシーは冷めた目で見下ろした。

 

 「(うじ)のようで気持ち悪いです」

 

 突っ立ってイングリッドたちを見下ろすチェルシーを、最後に残った分隊員が背後から襲う。

  

 隙だらけに見えるチェルシーに背後からの一撃を狙ったのだ。静かに、しかし素早く、最後に残った分隊員はチェルシーに迫る。

 

 だがそんな攻撃であっても、この状況を覆す可能性は絶望的に低い。

 

 チェルシーに背後から迫った刃は、あっさりと空を切った。剣が空ぶったと同時に、最後に残った分隊員の左足がおかしな方向へ折れ曲がる。

 

 そして片足から伝わる激痛に耐え切れず、最後の1人も悲鳴をあげ倒れ込んだ。

 

 「蛆が4匹……見るに堪えません。チェルシーはもう行きます」

 

 「ま、待て!」

 

 王城の方へ歩き出したチェルシーに、倒れ込んだままのイングリッドが制止をかける。

 

 「なぜ、殺さないのですか」

 

 チェルシーはおそらく一撃でイングリッドたちを屠ることが出来た。だが実際は足を折って戦えなくするだけに(とど)まっている。イングリッドはそのことがどうしても気になったのだ。

 

 だがチェルシーは回答を拒む。

 

 「チェルシーが答える理由はありません」

 

 チェルシーはイングリッドたちを見下ろす視線以上に冷たい声でそう告げ、それ以上何も話すことは無いと態度で示し、王城に向かう。

 

 もはやチェルシーはイングリッドたちに対して一切の興味を持っていないのだ。

 

 それを感じ取ったイングリッドはどうすることもできず、冷たい雨に濡れながら自分たちが負けたことと、手加減されて生き残ったことを実感した。

 

 戦いが終わったことを実感したイングリッドは、先ほどまでは意識の外に追いやられていた雨音が、急にうるさくなったように感じた。

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