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狩り・前編

1万字近くになりそうだったので、前後編に分けることにしました。

こちらは前編です。

 深夜にまた雨が降り始めた頃、私たちは王都の北門に到着した。

 

 さっそくギンの誘眠で北門の門番を眠らせ、王都の防壁の内側に入りこむ。

 

 このまま王城に入ること。

 

 でも騎士団が広場で待ち構えてるだろうから、突破すること。


 ヴァンパイアが4人もいれば何とかなると思うこと。

 

 という内容を、城の方に向かいながら3人に伝えておいた。

 

 「おい大丈夫かよ。勝てるのかよ」

 

 ギンが不安そうにそう言った。ギンは対ヴァンパイア用戦術にいいようにやられてたから、ちょっと苦手意識を持ってるのかな。

 

 「自信が無いのですか? チェルシーなら余裕ですが」

 

 「おらも別に怖くはねぇだな。あのおなごはそこそこ強かっただが、おら1人でもたぶんなんとなかるべ」

 

 ジャイコブとチェルシーは全然不安に感じてないみたい。まぁ私もそうなんだけどね。

 

 「べ、別に怖くねぇし! むしろ早くあの時の雪辱果たしてやりてぇよ!」

 

 ギンは不安になると逆に強気なことを言っちゃう癖があるみたい。そう言うところはちょっと可愛いかもしれないね。

 

 「みんな戦う気満々なんだね。騎士団にバレないように、こっそり王城に入ってもいいんだよ?」

 

 私がそう聞くと、ギンとジャイコブの返事より早くチェルシーが即答してくれた。

 

 「チェルシーは戦いたいです」

 

 そっか。じゃあやっぱり倒してから行こうか。

 

 私を見たゼルマさんがどんな顔するのか見てみたい気もするし。

 

 「うん。じゃあ予定通りってことで……ん?」

 

 鎧を着た人の足音がする。

 

 聞きなれた”ガッシャガッシャ”という足音が4人分。

 

 これはたぶん、ここから東の方。

 

 北東区の方から聞こえてくる。  

 

 おかしいな。吸血鬼討伐騎士団は、王城前広場に集まってると思ってたんだけど……確かめないといけないね。

 

 「……予定変更。あの足音はみんな聞こえてるよね。そっちに行くよ」

 

 

 

 

 

 

 

 思った通り、吸血鬼討伐騎士団の1分隊が居た。

 

 赤い髪にあの顔立ちは、カイルさんだね。

 

 3人をカイルさんの死角に入るようにして、私はカイルさんに声をかける。

 

 「カイルさん」

 

 雨音で気づかないかもと思ったけど、カイルさんはちゃんと気づいてくれた。私の方を見て、目を細めてる。

 

 「エリー、だよな?」

 

 「うん」

 

 さて、どんな反応されるのかな。

 

 私が人間のフリして騎士団に入り込んでたって知ってるなら、カイルさんはなんて言うんだろうね。

 

 「久しぶりだな。さっきちょうどナンシーとお前の話してたんだよ。こんなところで、こんな時間に何してんだ?」

 

 あれ? 気さくな感じだね。期待してたのと違う。

 

 「カイルさんこそ、こんなところで何してるの? 巡回?」


 「巡回だ。あの広場で待っててもヴァンパイアが現れないから、こうしてまた前みたいに、分隊ごとに各区を巡ってヴァンパイアを探すことになったんだ。北東区ここは俺、北西区はシド、南西区はイングリッド、南東区はゲイル。ゼルマ団長と一緒に広場にいんのはトーマスんとこの分隊だな。ラック分隊は相変わらず防壁の上だ」

 

 へぇ、そうなんだ。広場で待つのを止めたんだ。

 

 「……いいの? 教えちゃって」

 

 「エリーだし、いいだろ」


 私がそう聞くと、カイルさんはあっさりとそう答えた。


 「ふぅん?」

 

 私がヴァンパイアだってこと、もしかして知らない?

   

 「なぁ、もし時間があるなら、ゼルマ団長に会って行かないか? 団長最近元気なくてさ、エリーに会えば元気になるかもしれない」


 「ああうん。たぶん会うことになるんじゃないかな」

 

 う~ん、私がヴァンパイアだってことを本当に知らないのか、確かめたいな。

 

 「それより、ナンシーさんと私のこと話してたって言ってたけど、どんなこと話したの?」

 

 カイルさんは笑って答える。何か隠してるような様子もなく、普通に答えてくれる。

 

 「別に陰口とかじゃないぞ? エリーが急に騎士団を出て冒険者稼業を再開したからさ、エリーは元気にやってるかな~って話だ」


 「……ああ、そういうことになってるんだね」

 

 そっか。

 

 まだゼルマさんは、私がヴァンパイアだってことは秘密にしてくれてるんだ。

 

 ……なにそれ。

 

 結局ゼルマさんにとって私は、ただ利用しやすいだけのヴァンパイアでしかなかったくせに。

 

 利用するだけ利用して捨てたくせに。

 

 あんな約束だけ律儀に守るなんて、意味わかんない。

 

 イライラする。

 

 私がカイルさんと話してると、後ろの方で3人が小声で話し始める。

 

 「なぁ、どうすんだべ?」

 

 「俺に聞くなよ。わかるわけねぇだろ」

 

 「話を聞いていなかったのですか? あの騎士団はいま別れて各区を巡回しているそうです。チェルシー達がどう動くべきかなんて言われなくてもわかるでしょう?」

 

 「どうすんだべ?」

 

 「俺たちはちょうど4人居るんだから、1人1区画ずつに分かれてぶちのめしてくればいいってことか?」

 

 「そうです。集合場所は広場にしましょう。それでいいですよね、エリー?」

 

 もう話がまとまっちゃってるね。うん、それでいいと思う。

 

 私はカイルさんと話すのを中断して、3人の方に振り返る。

 

 カイルさんには聞こえないように小声で話そう。

 

 「じゃあ北東区(ここ)は私がやるね。みんなどこ行きたい?」

 

 「おらは北西区にいくだ。おら、王都で土地勘がある場所はそこしかねぇだ」

 

 「チェルシーは南西区にします」

 

 「じゃあ俺が南東区だな。だが1人で相手するのか……お、お前らは大丈夫かよ」

 

 ギンが心配してるけど、私としてはギンが一番心配だよ。

 

 言わないけど。

 

 「私たちが4人で連携して戦うことはできないね。相手の数も少ないけど……」

 

 う~ん、何とも言えない。

 

 「ん~、やりやすいような、やりにくいような、何とも言えない感じだね。あ、もう行っていいよ。でも殺さないでね」

 

 私が言い終わると同時に、みんなそれぞれの方向に散って行った。うまく行くと良いんだけど……

 

 大丈夫だよね。

 

 大丈夫じゃなかったら、私が何とかしに行こう。

 

 「誰と話してるんだ? というかそこに誰かいるのか?」


 「ううん、もういないよ」

 

 さて、私もギンたちが戦い始めるころにタイミングを合わせようかな。


 カイルさんは、きっと本当に何も知らないんだと思う。 

  

 それでも私は、今からカイルさんとカイルさんの分隊に襲い掛かる。

 

 ごめんね。

 

 でも殺したりしないよ。

 

 酷い怪我もさせない。

 

 そう宣言して、安心してもらってから戦おう。

 

 

 

 

 

 


  

 


 「むんっ」

 

 ジャイコブの拳がうなる。

 

 なんの技術も感じられない適当な軌道を描いた拳は、最後に立っていたシド分隊の1人に命中した。

 

 悲鳴は上がらない。

 

 鎧のプレートを拳が叩く鈍い音だけが響く。

 

 そして一瞬遅れて、殴り飛ばされた分隊員の体が路地の壁に激突し跳ね返る。

 

 派手に回転した彼は石畳の地面に墜落し、雨水を散らしながら数メートル滑り、止まった。 

 

 ジャイコブの拳が当たった時点で意識を失っている彼は、もう動かない。兜から顔を覗きこんだなら、瞼が落ちきっているのがわかるだろう。

 

 倒れ込んだままのシドは、今しがたジャイコブに敗北した分隊員を見る。

 

 「……」

 

 無口なシドはこんな状況でも声を発さなかった。

 

 発さないのではなく、発せない。

 

 ジャイコブの回し蹴りを胸に受けたシドは、肋骨を損傷していた。折れた肋骨が内臓に刺さることは無かったが、意識を保つのがギリギリの状態だ。

 

 「安心するべ。殺さねぇように言われてるだ。運がよかっただな」

 

 なぜ捕らえたはずのジャイコブが王都に居るのか。

 

 捕まった後死んだのではなかったのか。

 

 シドはジャイコブを見つけた時に思ったことを、今になってもう一度考えた。

 

 「……」

 

 だが答えは出ない。

 

 1つだけわかっていることは、ジャイコブは1人で来たわけではないということだ。

 

 「じゃ、おらは行くべ」

 

 ジャイコブはシドに背を向け、王城に向かって歩く。

 

 シドはジャイコブの猫背を見上げながら、瞼が閉じていくのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 イングリッドは吸血鬼討伐騎士団に所属した日から、何度もヴァンパイアを見た。

 

 そんなイングリッドは、ヴァンパイアがどれほど恐ろしいかをよく知っている。

 

 そして出会って来たヴァンパイアの中で、彼に最も大きな恐怖を与えたヴァンパイアが、目の前にいる。

 

 チェルシーだ。

 

 かつて王城前広場に現れたチェルシーは、イングリッドの見ている前でフォージ・キエンドイという貴族の男を蹴り殺した。

 

 一撃でフォージを木端微塵にし血煙へと変えたのを、イングリッドはその目で見たのだ。

 

 「こんばんわ」

 

 チェルシーはそう挨拶した。

 

 雨に濡れた白いエプロンは下に着ている黒いワンピースを透けさせている。ボブカットの銀髪は艶を増していた。

 

 冷たさと静かさ、というチェルシーを見たものが受ける印象は、今も変わらない。冷たい声色がその印象を強めている。

 

 どういうつもりで挨拶などするのか、イングリッドにはわからない。

 

 気まぐれか、何か狙いがあるのか。

 

 いずれにせよ奇襲のチャンスを捨て去ったということは、チェルシーには余裕を持って自分たちを倒せる自信があるということなのだろう。

 

 その事実はイングリッドを萎縮させる。

 

 だがイングリッドはあの時とは違う。

 

 イングリッドは首にかけた笛を取り、鎧の留め具を素早く外す。

 

 「総員、鎧を捨てなさい。おそらく意味がありません」

 

 「了解」

  

 イングリッド隊は手早く鎧を外した。鎧の下に着ていたボディスーツが露わになる。


 体にフィットするボディスーツは、関節の動きを可能な限り妨害しない。ヴァンパイアの攻撃が一撃必殺なら、すべて避けるしかないのだ。

 

 鎧は邪魔でしかない。

 

 「困りましたね」

 

 チェルシーは赤い目の上にある眉をひそめる。

 

 殺さないように倒すのが難しくなった。


 そういう意味で言ったのだが、イングリッドにはチェルシーの考えていることなど知る由もない。

 

 イングリッドは大きく息を吸い込み、全力で笛を鳴らす。

 

 全ての注意をチェルシーに向けているイングリッドは、ほぼ同時に他の2か所で鳴らされた笛の音に気付かなかった。

 

 鳴らし終わった笛を投げ捨て、剣を握る手に力を込める。

 

 「増援が来るまで、すべての攻撃を避けることに専念します。間合いの管理に注意しなさい」

 

 その号令を皮切りに、チェルシーとイングリッド隊は同時に動き出した。

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