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転落の予兆

 王都北東区、吸血鬼討伐騎士団の執務室で、ゼルマ・トレヴァーは考え込む。

 

 手には1枚の書類。

 

 その書類の送り主は父オイパールトレヴァーではなく、リオード伯爵だ。

 

 この騎士団の役割が夜間警備ではなく、ヴァンパイアの討伐であることを知っている数少ない貴族。そんなリオード伯爵から送られてきた文書を、つい先ほど読み終えたところだった。

 

 書類の内容をまとめると

 

 王都で行方不明者と吸血痕のある死体、そしてヴァンパイアに襲われたという民間人が増えている。

 

 このままヴァンパイアによるものと思われる被害が増え続けるようなら、吸血鬼討伐騎士団の団長として責任を取ってもらう。

 

 というものだった。

 

 要は”ちゃんと仕事をしろ”と言っているわけである。

 

 「耳が痛いな」

 

 ため息とともにそうつぶやき、ゼルマは最近のヴァンパイアたちの動きについて考え始める。

 

 騎士団が最後に遭遇したヴァンパイアはアドニスだった。

 

 アドニスが現れ取り逃がした後、王城に向かおうとするヴァンパイアは1体も現れていない。

 

 アドニスが現れる少し前からヴァンパイアによるものと思わしき被害はいくつかあった。

 

 そして日を追うごとにその被害は増えている。

 

 つまり、現れないだけで王都にはヴァンパイアが確かに存在するということだ。そして彼らは王城前広場には現れない。

 

 もう王城前広場で待ち構えているだけでは、ヴァンパイアを討つことはできなくなったと言える。

 

 ゼルマは先日カイルから、以前のように王都を巡回した方が良いという進言があったことを思い出した。

 

 ヴァンパイアが現れるの待つのを止め、こちらから探し出して討伐する。確実に王都内にはヴァンパイアが潜伏しているのだから、おそらくヴァンパイアの発見は、以前ほど難しくないのだろう。

 

 かつてのように分隊ごとに各区を巡回させ、ヴァンパイアを探しだし、他の分隊と力を合わせて討伐する。それは悪くない案のように思えた。

 

 今夜からは以前のように、分隊ごと分けに4区画を巡回させることになっている。

 

 ゼルマはもう一度考える。

 

 分隊を分けずに王城前広場で待つ方が、分隊を分けて各区を巡回するより安全だろう。

 

 今のままの方がいいのではないか。

 

 隊員に犠牲が出るのではないか。

 

 犠牲が出る確率はどのくらいか。

 

 ゼルマは何度も思案した内容をもう一度頭に浮かべ、疲れたため息を吐いた。

 

 


 

 

 

 ふとゼルマの脳裏にエリーの存在が浮かぶ。

 

 「……エリーは私を恨んでいるだろうか」

 

 恨んでいて欲しい。そう思った。

 

 1ヶ月ほど前の自分を省みる。

 

 父親から届く”ヴァンパイアを早く送って来い”という何通もの手紙。

 

 ギンラクを捕獲してから長い間戦果を挙げられずにいることへの焦り。

 

 それらによって自分の視野が狭まっていた。

 

 もしあの時、王城前広場で待ち構えるのを止め、各区を巡回してヴァンパイアを探し出すことを思いついていたならどうなっていただろうか。

 

 あと1体ヴァンパイアを捕獲できていたとしたら、エリーを父親のもとに送ることはなかったのではないか。

 

 そう思う。

 

 ゼルマにとってエリーをあの棺桶に詰めてトレヴァー領に送ることなど、いつでも出来た。

 

 エリーがヴァンパイアであることに気付いた瞬間から、そのチャンスはいくらでもあった。

 

 そうしなかったのはなぜか。

 

 最初はただの時間稼ぎのための駒だった。 

 

 騎士団を設立してすぐに戦果が挙がるなど、誰も思っていない。ゼルマ自身ヴァンパイアがすぐに見つかるなどとは思っていなかった。

 

 そこでゼルマは、父親からの催促を待つことにしたのだ。

 

 催促されるまでエリーを抱え込み、送る。

 

 そうすることによって、仮にヴァンパイアが見つからなくても時間が稼げると考えたのだ。

 

 なかなか見つからないであろうヴァンパイアを探すための時間を手に入れる。エリーはそのための駒だった。

 

 だがヴァンパイアはゼルマの予想より早く現れ、そしてゼルマの想定より強かった。

 

 最初に現れたジャイコブというヴァンパイアは心臓を貫いても死なず、共に戦った団員は昏倒させられ、ゼルマ自身はあと1歩で死ぬところまで追い詰められた。

 

 そんなジャイコブを、エリーは倒して見せた。

 

 人間以上の身体能力を見せずに圧倒した。

 

 この瞬間からゼルマはエリーをどう扱うべきか考えるようになった。

 

 エリーをうまく使えば、ヴァンパイア捕獲のリスクを大幅に下げられる。

 

 そう考えたゼルマは、エリーを仲間として扱った。

 

 ゼルマを襲い、血を吸い、自分がヴァンパイアであると告白したエリーを受け入れた。

 

 エリーが求めていそうな言葉を紡いで聞かせ、自分から簡単に離れられないように仕向けた。

 

 その日から、エリーは以前より協力的になった。

 

 もうエリーが騎士団の敵になることは無いだろうと確信した。

 

 そのころのゼルマは、今より幾分か気が楽だったような気がする。

 

 このまま順調にいけば、ずっとエリーと共に居てもいいかもしれないと思っていた。

 

 戦力として、心強い味方として、王都にヴァンパイアが居なくなるまで兵舎に住ませればいい。

 

 そして最後に、エリーにこう言って別れを告げるのだ。

 

 「依頼は終了だ。騎士団に協力してくれて、ありがとう」

 

 そう言う未来があったかもしれない。

 

 だがそうなる可能性は、ゼルマ自身が捨て去った。エリーをトレヴァー領に送ると決めた時から、その未来はあり得ないものになったのだ。

 

 「……疲れたな」

 

 父親からの手紙は、エリーを送ったきり1通も来ていない。肩の荷が下りたような感じはするが、達成感より虚無感の方が大きい。

 

 ゼルマは自分にすっかり覇気が無くなったことを自覚している。

 

 積極的にヴァンパイアを狩ろうという気持ちは消失している。

 

 ヴァンパイアが現れないならそれでいいとすら思っている。

 

 今はただ、現状維持以上のことをする気にはなれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 物思いに(ふけ)るゼルマの耳に、扉をノックする音が聞こえる。

 

 「団長、カイルです。団長に会いたいって言う民間人が来ているのですが」

 

 「民間人……? わかった」

 

 ゼルマは書類を机に置き、兵舎の正門に向かう。

 

 そこには4人の人間がいた。

 

 男3人に女1人。いずれも30~40代に見える。

 

 「夜間警備騎士団の団長、ゼルマ・トレヴァーだ。何の用事だ?」

 

 すると、1人の男が答える。

 

 「俺の友人が、トレヴァー領に行ったきり戻ってこないんだ」

 

 そして別の男が続ける。

 

 「俺の兄貴もだ。王都復興のためにトレヴァー侯爵のところで働いてくると言って、それから何の連絡もこねぇ」

 

 女は縋るような声で言う。

 

 「うちの旦那も帰ってこないのです。団長さんトレヴァー侯爵の娘さんでしょ? 旦那がトレヴァー領で何をしてるのか教えてよ。何か知ってるでしょ?」


 「ああ……」

 

 一瞬ゼルマの顔が曇る。

 

 彼らの友人や家族、夫が父の演説を聞いてトレヴァー領に向かったのなら、今頃はヴァンパイアの餌にされているだろう。

 

 どのような形で餌にされているのかは知らないが、彼らが今も無事に生きているとは思えない。

 

 だがソレを正直に話すことはできない。言えばこれまでの全てが無駄になる。

 

 「私は長く王都に居るので、当主が領地で何をしているのかは、残念だが知らない。手紙で父上に聞いておく。何かわかれば伝えよう。すぐにとはいかないがな」

 

 ゼルマがそう答えると、彼らは頷いた。

 

 本音を言えば、今すぐ答えが欲しかったのだろう。だが庶民である彼らが侯爵家に強く出られるはずも無いのだ。むしろ”そんなものは知らん”と言われて追い返されても文句は言えない。そういう意味では、ゼルマの対応はむしろ優しい。

 

 そう言った身分の差をよくわかっている彼らは、とりあえず納得したのだ。

 

 「よろしく、お願いします」

 

 そう言って深く頭を下げる。

 

 「本当に、心配なのです。どうか、どうか……」

 

 ひざを折り、地面に手を突き、頭を垂れる。

 

 「無事で元気にやっているなら、それだけわかればいいんです」

 

 4人そろって土下座までして、ゼルマに頼み込む。それほどまでの思いで、彼らは友人や兄、夫を思っているのだと嫌でも伝わった。

 

 ゼルマがどういう表情で彼らを見ているのか、彼らに知るすべはなかった。

 

 「……何かわかれば、伝えよう」

 

 ゼルマはそう答えるしかなかった。

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