半ヴァンパイアは一息つく
突然尋問室に現れたサマラさんとコルワさんに好き放題抱き着かれ撫でまわされていたら、尋問官の人が止めに入ってくれた。
「お、おい貴様ら! 何のつもりだ!」
そりゃあ、尋問中に突然兵士でもない人が飛び込んできたら怒るよね。
でももう一人尋問室にやってきた人がいて、その人が現れた瞬間尋問官の人が何も言わなくなっちゃった。
「行商人、ルイアから来た冒険者が気になるのはわかるが、少しは落ち着け。もし蠱毒姫だったらどうする」
「グエン侯爵、おいでになるとはうかがっていましたが、このようなお時間に来られるとは思いもよらず」
「構わん。俺も日が昇ってから来るつもりだったが、この女どもが飛び出すものでな」
そう言ってグエン侯爵っていう偉そうな人は、サマラさんとコルワさん、それからパンが口に刺さったまま抱き着かれている私を見た。
「……行商人。その、下着姿のパンを咥えた奴が、話に出てきたエリーで間違いないんだな?」
グエン侯爵はまじまじと私を見ながら言う。
あ、そうだった。あんまりジロジロ見ないでいただけますかね。
「ええ、間違いないですわグエン侯爵」
私をホールドしたまま答えるサマラさん。
えっと、これはどういう状況なんだろうね……?
「俺は外で待っている。いろいろ準備もあるだろうが、早めに済ませろ。あと、ここの尋問のやり方について後で聞かせてもらうからな」
それだけ言うとグエン侯爵は出て行っちゃった。後半を聞いて尋問官の人が青い顔になってるね。尋問室で私にご飯を食べさせたことを怒られるのかな? まぁいいや。
サマラさんから解放されて、コルワさんにも抱き着かれて、それからやっと服と荷物を返してもらえた。
抱き着かれたせいか吸血衝動が出かかってたから、落ち着くまで少し休ませてもらってから尋問所をでる。
グエン侯爵が待ってた。めっちゃこっちをにらんでるよ。待たせすぎたかな?
「遅いぞ。まったく女は準備に時間をかけすぎるな」
ちょっと時間がかかっただけじゃん。
「とにかく、今日は俺の家で休め。しばらくはグイドにいてもらうから、明日以降は適当に宿でも取れ」
それだけ言って、尋問所の近くに止めてあった3頭馬車にスタスタと歩いて行ってしまう。
「うわぁおっきい」
グエン邸を見た私の感想。
「今日はグエン邸で休ませてもらえます。エリー、疲れているでしょう?」
コルワさんは私を気遣って、早く休ませようとしてくれているのかな。
建物の大きさに気圧されている私の背を押して、というか肩に両手を置いてグイグイとグエン邸のほうに押してくる。後頭部に当たる柔らかい何かが、身長の差というか、発育の差を文字通り体で感じさせてきて悲しくなった。
やたらでっかいお風呂に入って、やたらでっかい客室で眠らせてもらった。メイドさんもたくさんいたし、高そうなツボとか絵画とかあって緊張した。むしろ疲れたよ。
でも寝て起きたらすっきりしてた。
借りたナイトウェアのまま客室を出ると、グエン侯爵がちょうど廊下を歩いて来ていた。
「お前はエリーだったな。随分早起きだが、眠れなかったのか?」
朝っぱらからきっちりした服きてるねグエン侯爵。
短い金髪の髪が朝日できらきら、見るからに高級そうな黒い生地の服に着いた装飾品がきらきら、あと彫の深い顔にある2つの目がギラギラしてる。なんかこわい。
「いえ、よく眠れました。朝早いのは習慣です」
侯爵ってことは貴族の中でも随分偉い方だから、言葉遣いには気を付けないとね。
「行商人とツレはまだ寝ているぞ。俺の妻と息子もまだ起きていないだろうな。朝食には少し早いが、早起きした者で食うか」
ええっと、私と二人で朝食を摂ると、そういうことですね。
「はい」
グエン邸の朝食は、朝食? 朝のご飯だから朝食だよ。うん。グエン邸の朝食は、馬鈴薯のぽたーじゅ? と、白身魚のソテーと、すくらんぶるえっぐ? とやたらふかふかしたパンだった。ディナーかと思っちゃったよ。
私が、”これはどういう食べ物ですか?”と聞いても料理名しか教えてくれないので、どういう料理かさっぱりわからない。
しかしおいしい。特に名前しかわからない料理2種がおいしい。
「ふむ」
グエン侯爵が、こっちを見ながら何やら考えている。
「尋問室で食事を与えたものの気持ちもわからんではないと思ってな」
「はぁ、そうですか」
えっと、何の話?
「目立った外傷がないようだが、ヘレーネは強かったか?」
「はい、防戦一方でした」
「どのような毒を使う? 苦しさを与える毒以外、何かされたか?」
ちょ、食事中に思い出させないでくれないかな。
「えっと、香水吹きで何かを吹きかけられました。意識を奪う毒だと思います」
あれ? なんで毒のこと知ってるんだろう……あ、わかった。
「グエン侯爵、もしかして昨夜は、あの後また尋問所に行かれたのですか?」
「行ったぞ。尋問官からいろいろと聞いてきたし、尋問中に食事を出したことも叱っておいた」
ああ、やっぱり私たちが休んでる間にもう一回行ったんだね。そして尋問官さん哀れ。
というか徹夜だったのか。目がギラギラしてると思ったけど、徹夜明けで疲れてたんだね。
「エリー」
「はい」
突然名前呼びしないで、驚くから。
「お前が戦ったヘレーネについて詳しく教えろ。それが終わったらとりあえず数日は自由だ。グイドからでなければ基本的に制約はない」
「あ、はい」
「だが、そのあとは俺とドーグとともに王都に向かってもらう。蠱毒姫が事件の黒幕である可能性がある以上。王に報告せねばならんからな」
「ドーグって誰ですか?」
「は? 知らんのか?」
知りませんけど。
というかピュラに帰りたいんですけど。マーシャさんに心配かけたくないよ。王都まで行ってたら絶対何日もかかるじゃん。
「ゾーイ商会で出会ったと聞いたが?」
ああ、あの変なおじさんのことか。
「ああ、あの変なおじさんのことか」
「うむ。あの外套と下の服がミスマッチの変なおじさんだ」
口に出てた。
「あ、グエン侯爵もそう思ったんですね」
「ああ、あれは確かに変だった」
「ですよね」
それからヘレーネさんについて知っていることやされたことをいろいろと話した。私のスキルのこととかは暈したけど、とりあえずヘレーネさんについては全部話したと思う。
話し終わったあとは、サマラさんとコルワさんのいる部屋に行ったら、まだ寝てた。もう起きる時間ですよ~。
「サマラさん、コルワさん、起きてください」
ベッドで眠る二人を起こして、これからのことを相談する。
「えっと、いろいろあったけど護衛依頼は完了ということにしましょう」
「往復の護衛依頼ってことでしたよね? 往きしか護衛してませんけど」
「いいのいいの。エリーちゃんは王都に行かなきゃいけないんだし、私たちは一緒には行けないからね」
そっか。王都に行くのは変なおじさんと私か。
サマラさんは”はいこれ”って言って小さな袋をくれた。中は金貨が2枚入っていた。
いやいや貰いすぎですって。3倍近くあるよ。
「銀貨70枚のはずです。多すぎますよ」
「いいえ、あの時助けてもらってなかったらたぶん私たちは死んでいましたから、これはその分上乗せするべきです。受け取ってください」
コルワさんがそう言うので、受け取る。
「はぁ、それじゃあもらいます」
ここでさらにもらいすぎだとごねると、それは助けたサマラさんたちの命を軽く見ているという風に取られるから、引き下がるしかないのだ。
「あと、これも渡しておきます」
コルワさんが暮れたものは、金属製の棒だった。私の中指くらいの四角いそれには、何やら模様が彫られている。
「これは?」
「私が冒険者の店を経営してるって、前言いましたよね。それがあれば私のお店に来れます。一見様お断りの店なんですが、エリーには来てほしいので」
「わかりました。王都から帰ってきたら探してみますね」
私の身の回りの準備は大体終わってそろそろグエン邸を出ようかというときに、変なおじさんがやってきて”私が海路を提案したせいでエリー殿を危険に晒した。申し訳ない”ってすごい権幕で謝りに来たりしたけど、変なおじさんのせいじゃないからって言っておいた。
サマラさんとコルワさんはピュラの町に帰るらしい。まぁコルワさんはそもそも行商人でもないんだから、当然帰るよね。
ちなみに帰りの護衛は、グエン侯爵がやたら筋肉質な人を付けてくれたらしい。美人二人とマッチョの組み合わせで帰るようだ。
私は三人をグイドの北門まで見送って、それから安い宿をとった。
なんだかいろいろあったけど、とりあえず護衛依頼は終わり。
ピュラの町に帰るのはだいぶ先になっちゃったけど、とにかく数日はこの町で休めるわけだね。
「やっと一息つけるよ」
今日の独り言を言ってから、私は宿の一室で眠ることにした。
次話から王都へ向かいます。




