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目覚め

 日没のほんの少し前、エリーたちはトレヴァー邸を出る。

 

 雨は止んでいたが雲は晴れず、あたりは既に真っ暗闇に閉ざされている。

 

 だが星も月もない夜であってもはっきりと物が見えるのがヴァンパイアだ。エリーたちにとっては都合がいい。

 

 真祖の鼓動の強さが、王都からここまでの距離をエリーたちに伝えていた。

 

 馬車で数日かかる距離だ。

 

 「私たちなら走れば今夜中に着くでしょ」

 

 泣いて一眠りしたエリーは、少しスッキリした顔でそう言った。

 

 「あ~、結構ギリギリな気がするけどな」

 

 「まぁ何とかなるべ」

 

 「泥で汚れそうですね」

 

 三者三葉の反応をした彼らは、スッと腰を低くする。

 

 エリーも走り出すために少しかがむ。

 

 「じゃ、行くよ」

 

 一声かけたエリーは、脱兎のごとく駆けだした。


 行き先は王都。真祖の鼓動めがけて一直線に走る。

 

 そしてジャイコブ達もエリーに続くように走り始める。

 

 ベグダットの町の中心にあるトレヴァー邸から町の出口まで、10秒とかからない。

 

 馬より速く静かに、赤い瞳の残像だけを残し、4人のヴァンパイアは王都へと向かい始めた。

 


 

 

 

 

 

 

 

 


 エリーたちが屋敷を出てすぐのころ、ソレは目を開いた。

 

 黒い水たまりの上にうつ伏せに倒れた、貴族の服を着た男。その男の後頭部が縦に裂け、赤黒い瞳が暗い部屋を捉える。


 死んだはずの男の首が動き、後頭部の目は天井を見上げた。

 

 ソレが目覚めて真っ先に思ったことは、”うるさい”だった。

 

 南の方から聞こえてくる、何者かの鼓動。大音量で響いてくるその音は、頭をガンガンと殴られ続けているような不快感と酩酊感を与え続けている。

 

 だが動けない。

 

 死んだ男の体は、ソレがどんなに動かしたくてもほとんど動くことが無い。

 

 耐えがたいノイズに嫌気がさしたソレは、どうにか動く方法を思いついた。

 

 手足が動かせないなら、動かせる手足を生やせばいい。

 

 ソレは男の胃袋の中にある結晶からエネルギーを取り出し、使う。

 

 男の体がゴキャリゴキャリと音を出し、わななき、内側から皮膚を突き破られる。皮膚を突き破って飛び出したのは、腕だった。

 

 しなやかな白い肌をした女の腕が2本。若く筋肉質な男の腕と、黒ずんだ長い腕が1本。それが体の右側から生えた。いずれも真っ黒な液体にまみれている。

 

 そしてどの腕も、死んだ男の腕とは反対方向を向いていた。

 

 同じように左腕も新たに4本生やし、今度は足を生み出す。

 

 もとからある足とは逆の方向を向いた8本の足が、腰骨のあたりから皮膚を突き破るように飛び出した。

  

 最後に男のうなじが大きく裂ける。

  

 裂けた部分には歯が生えそろっていた。人間の奥歯に似た歯がずらりと並び、噛み締めるように閉じている。

 

 ソレは斜め下に裂けたうなじを口へと変化させたのだ。

 

 新たに出来上がった口腔に舌は無く、その奥には食道への穴がそのまま見えていた。

 

 ソレは自分の姿を見る。

 

 死んだ男の手足を含めれば、四肢が5本ずつ付いた姿。しかも新たに生えた手足は体とは前後が逆についており、今見えている目は、顔ではなく後頭部についている。口に至っては首にある。

 

 だがソレは、今の姿が自分の正しい形なのだろうと確信した。

 

 違和感が無いのだ。

 

 ソレはゆっくりと起き上がる。

 

 うつ伏せに倒れていた男の体を、背中側に折り畳むように上体を起こす。

 

 腰骨が折れる音が鳴るが、すぐに再生する。

 

 8本に増えた足を使ってようやく立ち上がったソレは、鼓動の聞こえてくる方向を後頭部の目で睨んだ。

 

 ”うるさすぎる”

 

 ”黙らせなければ”

 

 そう思ったソレは屋敷を出ると、ゆっくりとエリーたちの後を追うように王都に向かって進み始める。

 

 ノロノロと進むソレは自分の移動の遅さが嫌になり、うまく進む方法を模索しながら進んだ。

 

 少しずつ、移動が速くなる。

 

 子供が歩く程度の速度から、大人が歩く程度の速度へ。

 

 そして大人が走るほどの速度へ。

 

 最後には、馬より速く駆ける。

 

 ”早く黙らせたい”

 

 ”この音は不快すぎる”

 

 そう思ったソレは、限界まで加速して王都に向かう。

 

 ヴァンパイアに匹敵する速度で、遠く離れた鼓動の発信源を目指すのだ。

 

 その理由はただ1つ。

 

 あの鼓動が耳障りだから。

 

 それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗闇の森の中を、ジャイコブやギン、チェルシーと一緒に走り抜ける。

 

 ヴァンパイアになってから全力で走ったことなんてないけど、すごいスピードが出るんだね。

 

 土が雨でぬかるんでるから走りにくいかも、なんて思ってたけど、ほとんど関係ない。

 

 どんどん加速できる。

 

 森の木々や蔦が見えたと思ったら、次の瞬間には通り過ぎてる。

 

 何も考えなくても障害物の隙間を通り抜けられる。

 

 これなら予想より早く王都に着けそうだね。


 だって真祖の鼓動がもうこんなに大きく聞こえる。

 

 きっともうすぐ王都だ。

 

 もうすぐ着く。


 そうしたら、すぐにでも真祖に会いに行こう。

 

 きっと私を人間にしてって頼んでも、断られるんだろうね。

 

 わかってる。  

 

 でももう、私にはそれしか残ってない。

 

 だから断られても関係ない。

 

 無理矢理にでも人間にしてもらう。

 

 私1人じゃどうしようもないけど、ジャイコブもギンもチェルシーもいる。

 

 4人がかりなら、きっと真祖に勝てると思う。

 

 勝つとか負けるとかの話じゃないかもしれないけど、それでもいい。

 

 なんでもいい。

 

 人間になりさえすれば、もう、関係ない。

 

 ゼルマさんも、あの騎士団も、真祖も、私がヴァンパイアになってから今までのこと全部関係なくなる。

 

 早く、そうなりたい。

 

 ああでも王城に入ろうとすると、ゼルマさんと騎士団の皆が邪魔するよね。

 

 そもそも夜の王都に入る方法も考えてなかった。

 

 どうしようか……

 

 私は少し考えた後、いい方法を思いついた。

 

 森を抜けた後、私は走るペース落として少し後ろにいる3人に並ぶ。

 

 もっというと、ギンのすぐ隣に行って並走する。

 

 「ギン」

 

 「なんだよ」

 

 「子守唄を教えてあげるね」

 

 ジャイコブとチェルシーが私の方を変な目で見てきたけど、ギンは真面目な顔でこう言った。

 

 「ああ、そりゃ助かるな」

 

 子守唄を教える前に、ギンの返事を聞いてもっとおかしな目で私とギンを見る2人に、私が思いついたことを教えておこう。

   

 ギンのそばを離れて、ジャイコブとチェルシーに近づく。

 

 「えっと、ギンは誘眠っていうスキルを持ってるの。子守唄を歌って、聞いた人を深く眠らせるスキルなんだって」

 

 「え? あ、ああ。順を追って説明するべ。いきなりそんなこと言われてもわかんねぇだ」

 

 ジャイコブにそう言われて、確かにいきなりすぎたと思った。

 

 ちゃんと1から説明しよう。

 

 「王都に入る方法を考えてて、ギンのスキルで門番を眠らせてこっそり入ろうって思いついたの。防壁の上は騎士団が警備してるから、防壁を飛び越えるのは危ないと思ってね」

 

 「はぁ、そうだべか」

 

 「でね、ギンは子守唄を知らなくて、鼻歌で誘眠のスキルを使ってたの。でも門番の人を確実に眠らせてほしいから、王都に着く前に子守唄を覚えてもらおうと思ったんだよ」

 

 「完璧に理解しただ」

 

 ジャイコブが自信満々にそう言ったら、ずっと黙ってたチェルシーが口を開いた。

 

 「ギンラクはよく”子守唄を教える”という一言で全部理解しましたね」

 

 するとギンが間髪入れずに否定した。

 

 「いやわかってねぇよ。子守唄を覚えられるのは助かるなって思っただけだっつうの。つか俺に門番を眠らせるつもりなら最初にそれ言えよ。普通に子守唄教えてくれるだけかと思ってたぜ」

 

 あ、そっか。そうだよね。

 

 「うん。ごめん。最初にみんなに説明しないとダメだったね」

 

 「べ、別に怒ってねぇし」

 

 ”もっとちゃんと話せよな!”と続けてギンはそっぽを向いてしまった。

 

 怒ってるじゃん。

 

 「ごめんって。謝るから、子守唄ちゃんと教えるから、ね?」

 

 「だから怒ってねぇ……で、どんな歌詞なんだよ」

 

 子守唄……よく考えたら、私が知ってるのは1番の歌詞だけだった。

 

 全部聞く機会も覚えようなんて思ったことも無かった気がする。

 

 とりあえず覚えてる歌詞とか歌い方とかを覚えてもらおう。

 

 「歌い出しは……」

 

 

 

 

 

 

 

 ギンに覚えた子守唄を試しに歌ってもらったら、ジャイコブが走りながら寝るという曲芸を見せて、チェルシーに乱暴に起こされてた。

 

 ごめんジャイコブ。

 

 でも寝る前のジャイコブは、ウトウトしてるようには見えなかった。

 

 鼻歌じゃなくてちゃんとした子守唄なら、ウトウトしてない人も眠らせられるのかもしれないね。

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