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魅了

 ジャイコブ、チェルシー、ギンラクの間に、ヴァンパイアという種族の他に共通点は無い。

 

 お互いに初対面であり、名前も知らない仲だ。

 

 だがその日、始めの共通点が生まれることとなった。

 

 それは、彼らを閉じ込め責め苛んできた棺桶を出た時、初めて目にした人物がエリーであるということだ。

 

 3人は順番にエリーによって棺桶から解放され、長い間光を捉えることのなかった目を数カ月ぶりに開けた。

 

 そこに映ったのは、どこまでも虚ろな微笑みを浮かべ、自分を間近で見下ろすエリーであった。

 

 エリーはαレイジと魅了のスキルを持って、彼らの視界に飛び込み、名前を呼んだ。

 

 エリーは彼らを真祖ではなく、エリー自身に従わせるためにそうした。

 

 以後彼らはエリーの命令に対し、真祖の鼓動の誘惑をはねのける程の強制力を感じるようになった。

 

 つまりエリーは魅了によって、何でも言うことを聞く仲間、いや下僕を得たことになる。

 

 ”無理やり自分に惚れさせるなんて嫌だ”などとは思わなかった。

 

 そんなことを思うほどの余裕はない。

 

 トレヴァー領ベグダット、トレヴァー邸の地下室。そこが彼らの人生のターニングポイントとなったのだ。

 

 エリーの命令に答え、エリーに関わることで幸福を感じ、エリーに関心を向けられなくなることだけを強く恐れる。そう言う変化を齎された。

 

 こうして彼らのエリーが人間になるために尽くす下僕としての人生がスタートした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 エリーはそれぞれの座り方で床に座るヴァンパイアを、同じく座って眺める。

 

 3体ものヴァンパイアの手足を切り離し、手足が再生するまで介抱する作業は、それなりに疲れた。

 

 だが作業を終えて落ち着いた今、ようやく1人1人の姿や様子を眺めることが出来る。

 

 落ち着いているように見えるエリーだが、内心は少し焦っていた。

 

 ―どうしよう……? 誰かに指示するなんて慣れてないし、そもそもなんて言えば良いのかな。

 

 座って休みながら会話や命令のきっかけをつかめずにいると、ヴァンパイアの1人が口を開いた。

  

 小麦色の肌に落ちくぼんだ目、高いはずの身長を低く見せる猫背、無精ひげ。素っ裸の今だからわかることなのだが、肌の所々に黒い染みが出来ている。

 

 「おらたちはなんでぇこがなとこに連れてこられただか? 姉御なら知ってるだべ?」

 

 エリーは会話のきっかけを得られたことを喜び、口を開いたヴァンパイア、ジャイコブに笑って答えた。

 

 「んと、ここはトレヴァー侯爵の家だよ。トレヴァー侯爵は不老不死になるために、私たちの血嚢を使ってどうのこうのしてたみたいだよ」

 

 そして最後に一言付け加える。

 

 「あと、姉御じゃないからね?」

 

 ジャイコブはエリーの話を半分ほどしか聞いていなかった。自分に笑いかけて、自分の質問に答えてくれることが嬉しい。そして何より、汚れているとはいえエリーは今も裸なのだ。ジャイコブにとっては凝視したい部位が多すぎて、話しに集中することなどできるはずも無かった。

 

 「わかっただぁ、姉御ぉ」


 「あの、話聞いてる?」

 

 ジトっとした目でジャイコブを見るエリーに、もう1人のヴァンパイアが問いかける。

 

 銀色の髪は長い拘束期間のためか、元のボブカットをかなり荒々しくさせている。それでも真っ白の肌と銀髪の組み合わせは、見る者に冷たさや静かさという印象を与える。そして出るところが出て引っ込むところの引っ込んだプロポーションは、エリーに敗北感を感じさせていた。

 

 「そのトレヴァー侯爵はどうなったのですか? お姉さまはもうお会いになったのでしょう? もしまだ殺していないのでしたら、ぜひチェルシーにとどめを刺す権利をくださいませ」

 

 エリーは白いヴァンパイアのチェルシーに、苦笑いを向けて答える。

 

 「トレヴァー侯爵は、もう死んじゃったよ。私たちの血嚢で作ったっていう赤い結晶を飲み込んで、力を得た~とか、不老不死~とか言って、その後ばったり倒れてね」

 

 そして最後に一言付け加える。

 

 「あと、お姉さまはやめてね。たぶんチェルシーの方が年上だよ」

 

 チェルシーはエリーの言葉を聞き、”そうですか”とつまらなさそうに言った。

 

 最後に残ったヴァンパイアがエリーに問う。

 

 「で、どうすんの? エリーは俺たちに何をさせようってんだ?」

 

 オレンジ色の髪に(ひげ)の生えていない顔、肌の色艶から、若さを感じさせる。ぶっきらぼうで荒々しい言葉の裏には、自信なさげな感情を隠しているようだった。

 

 エリーはそんなギンラクの問いに、少し考えてから答えた。

 

 「まずは」

 

 「まずは?」

 

 エリーは全員を見回したのち、立ち上がる。

 

 「このお屋敷を探索して」

 

 「探索して?」

 

 立ち上がったエリーを見上げる彼らに、エリーは笑いかける。

 

 真剣になることから逃げるために、必死におどけ、虚ろな笑顔を浮かべて言う。

 

 「お風呂と着る物を探そう」

 

 その言葉を聞いた彼らは、冷え固まった血と汗にまみれた自分の体を省みた。

 

 そしてそれぞれ立ち上がる。

 

 「しょうがねぇな!」

 

 「かしこまりました」

 

 「おっし、わかっただぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャイコブの視線が気になる。

 

 地下室を出た私たちは、各々屋敷を探索して自分が着る服を見つけ出し、お風呂場に集まった。

 

 私はゼルマさんの私室を見つけて、その部屋にあった服を借りてきた。

 

 ここはゼルマさんの実家だから、きっとトレヴァー侯爵の書斎の近くにゼルマさんの部屋があるだろうって目星をつけてた。だから簡単だった。

 

 今はみんなでお風呂に入ってる。

 

 侯爵家のお屋敷なだけあって、お風呂は広々としていて、みんなで体を洗うことが出来た。

 

 後ろ髪にこびりついた血と汗にてこずっていると、先に洗い終えたチェルシーがやってきて、声をかけてくる。

 

 「髪を洗うのを手伝いましょう」

 

 「うん、ありがと」

 

 私の後ろに座ったチェルシーが、後ろ髪を洗ってくれる。

 

 ぺったりと汚れがついてしまった後ろ髪はカピカピに固まっていて、お湯を一回かけたくらいじゃ手櫛も通らない。

 

 そんな後ろ髪を、チェルシーは根気強く揉み洗いしてくれてる。

 

 そしてそんな私たちを、湯船につかったジャイコブとギンが見てる。

 

 ギンの視線も気になると言えば気になるけど、ジャイコブの視線に比べたら可愛いモノだ。

 

 だってギンは顔を背けつつチラっと私の体を見るだけなのに、ジャイコブときたら無遠慮に凝視してくるから。

 

 何というか、セバスターとアーノックの視線に近い気がする。欲望の目というか、ケダモノの目というか……さすがにあの2人よりはましな感じがするけど。

 

 「……不快ですね。追い出しますか?」

 

 チェルシーも視線が気になってたらしい。小声でそんなことを聞いてくる。

 

 「ううん、いい」

 

 ジャイコブをあの棺桶から解放したのは私。

 

 だから、今後ジャイコブが人間を襲うのも、誰かを殺すのも、私の責任。

 

 それにジャイコブが私のことをどう思ってても、どうしようとしても、私が一言言えば意味がなくなる。

 

 だから今くらい放っておいてもいい。

 

 なんて思っていたけど、チェルシーは別の視点からジャイコブの様子を見ていたみたいで、さらに小声で話しかけてくる。

 

 「……なるほど。チェルシーの方がいい体をしているのに、ジャイコブもギンラクもあなたの体しか見ていません。これは魅了がしっかりと効いている証拠です。視線は少々不快ですが、いい確認の仕方だと思います」

 

 「ああ、うん」

 

 サラッと傷つくこと言うね。

 

 普通に傷ついていると、ギンがザバリと湯船から立ち上がって、脱衣所の方に向かう。

 

 「俺はもう上がる。のぼせそうだ」

 

 「お? もういいだか? せっかくだからもっと浸かっていけばいいだぁ」

 

 ジャイコブがそう声をかけたけど、ギンは無視してお風呂場から出て行っちゃった。

 

 そんなギンを見ていると、何というか色々隠す気のないジャイコブに一言言いたくなるね。

 

 「ジャイコブもほどほどにしてね?」

 

 「なにをだ?」

 

 キョトンとした顔で聞き返すジャイコブをチェルシーが睨む。

 

 「女性は視線に敏感だと言っているのです」

 

 「……おらものぼせてきたから上がるだ」

 

 ジャイコブは急に居心地が悪くなったみたいで、いそいそとお風呂場から出て行った。

 

 ちょうどそのころにチェルシーが私の後ろ髪を洗い終えたから、2人で湯船につかる。

 

 「ふわぁ……」

 

 お湯につかるなんて贅沢、初めてだね。普段からこうやって湯舟を張ろうと思ったら、薪がいくらあっても足りないよ。

 

 「エリー」

 

 突然名前を呼ばれて、チェルシーを見る。

 

 「なに?」

 

 チェルシーも真っ赤な目でまっすぐに私を見る。

 

 「少しでも不快に思ったのなら、出て行かせればいいのです」

 

 ああ、ジャイコブの話の続きね。

 

 「でもこうやって湯船につかるなんて滅多にできないでしょ? 可哀そうだよ」

 

 私がそう言うと、チェルシーは首を横に振る。

 

 「いいえ、可哀そうではありません。魅了にかかり下僕となった者は、どう扱われても喜びます。本当に可哀そうなのは、興味を持たれないことだけなのです。好意でも嫌悪でも、種類を問わず感情を向けられ関わることが出来れば、彼らは幸せなのです」

 

 チェルシーはさらに続ける。

 

 「風呂場を出ていくときのジャイコブの表情を見ていましたか? チェルシーは見ていました。あの男、笑っていましたよ。エリーの体を無遠慮に、舐め回すように見つめ、それをあなたに咎められた。それを喜んでいるのです」

 

 「え」

 

 あれで喜んじゃうの? 普通”やっちゃった”とか思うところだと思うんだけど。

 

 「あれでは罰になっていません。むしろご褒美です。ジャイコブにジロジロ見るのを止めさせるには、遠ざけて無視するくらいのことをしなくてはいけません。関心を向けないことが罰になるのです」

 

 「なるほど」

 

 チェルシーの持つスキルは魅了だったね。魅了についてはさっき初めて使った私より詳しいのは当たり前だよね。色々教えてくれるのはありがたい。

 

 勉強になるね。

 

 「教えてくれてありがと、チェルシー。そろそろあがろっか」

 

 「はい」

 

 十分にお風呂を堪能して、脱衣所に出る。

 

 もうジャイコブもギンも着替え終わった後だろうから、視線を気にせず着替えられるね。

 

 ……そう思っていたけど、まだ脱衣所にジャイコブが居た。

 

 ノロノロと体をタオルで拭きながら、私たちがお風呂から上がるのを待っていたみたい。 

 

 そんなに見たい? 流石にあからさますぎるよ。

 

 「……ジャイコブ」

  

 「なんだべ?」

 

 「廊下で着替えて」

 

 ちょっと睨んで、突き放すようにそう言ってみた。

 

 「わかっただよ」

 

 私の言った通りにするジャイコブは、ちょっと嬉しそうだった。

 

 ジャイコブが脱衣所から出て行ったあと、チェルシーがため息を吐いてこう言った。

 

 「……ですから、無関心です。睨んだり怒ったりしてはダメです」

 

 そうだった。

 

 難しいね。

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