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侯爵

 色々と落ち着いてきたから、この部屋を出る。

 

 手足の再生は終わっているけど、爪の長さは元通りにはならなかった。今は爪の生え際にちょっとだけ爪がある感じ。

 

 立ち上がってみると、つま先に力を入れられなくてふらふらする。

 

 ”足の指を指尖硬化すればいいのでは?”と思いついて、試してみたら出来た。

 

 裸足とは思えない足音がするし、少し歩きにくいけど、無いよりマシ。

 

 私はようやくしっかり立つことが出来て、1つしかない出口の、階段を上る。

 

 この建物を調べるのだ。

 

 一体誰が、何の目的でこんなことをしているのか、私は知る権利があるはずだから。


 

 

 

 

 

 

 

 

 オイパール・トレヴァーは、今が人生最高の時間だと思っていた。

 

 待ちに待った4体目のヴァンパイアを手に入れ、血嚢を取り出し、血嚢から純エネルギーを抽出することが出来たのだ。 

 

 先ほどエリーの体内から取り出した、赤紫色の臓器。それを手に、トレヴァー侯爵は自室に向かう。

 

 「これで完成だ。これで私は無限に生きられる」

 

 トレヴァー侯爵は手にした血嚢を見下ろし、口角を上げた。

 

 かつて彼は、王都の南東区の倉庫で演説をした。

 

 王家を批判し、冒険者を持ち上げ、王都復興を説いた。

 

 その演説の内容は、全て聞こえのいい嘘だ。

 

 王家も冒険者も王都復興も、オイパール・トレヴァーにとっては等しくどうでもいい。

 

 そして、演説を聞きに来た哀れな庶民たちがどうなろうと、同じようにどうでも良かった。

 

 演説を聞いて王都からトレヴァー領にやってきた数十人は、ヴァンパイアの餌とした。瞼のすぐ下の骨から針を入れて前頭葉を破壊した後、拘束したヴァンパイアに飲ませるための血を生み出すだけの家畜としたのだ。

 

 演説を聞いて、王家への復讐という明後日の方向を向いた思考を植え付けられた数人は、使い捨ての駒とした。

 

 王都に残り、南東区の倉庫で冒険者に依頼を斡旋するよう命じたり、拘束したヴァンパイアを開腹し血嚢を取り出す作業をさせたり、便利に使った。

 

 そして使えないと思った者や、自分に盾突いた者、自分を疑った者は処分した。

 

 薬で眠らせ、死なせ、骨を抜き、みじん切りにしてヴァンパイアの餌としたのだ。

 

 そうやってヴァンパイアの血嚢を集めたのは、単衣(ひとえ)に不老不死を求めたためであった。

 

 なぜ不老不死を求めたのか、彼自身忘れてしまった。

 

 いつから、何がきっかけだったかすら覚えていない。

 

 そうして無我夢中で不老不死を求め続けた結果、ヴァンパイアの生命力に目を付けた。

 

 血嚢がエネルギーの源だと知り、採取し、実験した。

 

 不完全ながらも不老不死を手に入れる方法を見出した。

 

 そしてその方法は、もう少しで実現できるところまで来た。

 

 笑わずにはいられない。

 

 大声を上げ、走り回ってはしゃぎたい気持ちが抑えられない。

 

 欲しくて仕方なかったおもちゃを、やっと買いに行く子供のように、彼は浮足立っていた。

 

 そんな調子のまま、彼は大げさに自室の扉を開いた。

 

 そこには書斎とは思えない空間があった。

 

 フラスコやビーカー、試験管に大きな水槽などの、錬金術じみた実験器具が机の上に置かれ、床には何かを拭き取った紙や雑巾が散乱している。

 

 そんな中、ゼルマから届いた手紙だけが整頓され本棚に入れられていた。

 

 「あとほんの少しだ」

 

 オイパール・トレヴァーは水槽の中央部に浮遊する、赤い結晶を見る。

 

 血のように赤い結晶は、水に浮かぶことも沈むことも、溶けだすこともない。ただし、形を変える。

 

 丸みはまるでなく、パキパキと音をたてながら変形し続ける。それは今の結晶の状態が不安定であることを示していた。

 

 もし今水槽の水から取り出せば、粉々に砕け散ることだろう。水の中であっても、不用意に衝撃を与えてれば同じようになる。

 

 これまでに何度か結晶を作り出すことが出来たが、そのいずれも状態が安定せず、砕け散ってしまっていた。

 

 だが、今彼が手にしている血嚢を結晶に加えることが出来れば、安定するはずだ。

 

 1種類の血嚢で作った結晶では、大した力は得られない。

 

 2種類では分離してしまう。

 

 3種類では不安定すぎる。 


 だが、4種類の血嚢で作った結晶は、大きな力を秘め、分離することなく安定する。

 

 これまでの実験で、彼はそう結論付けていた。

 

 オイパール・トレヴァーは空のフラスコに血嚢を入れ、少量の水と塩を加え、火にかける。

 

 血嚢が透明になるまで熱し、透明になったそれを水槽に入れ、結晶と混ざれば完成だ。

 

 「ああ、やっとだ。ゼルマもきっと喜ぶだろう。2人で永遠を生きられれば、他に何もいらない。ゼルマ、もうすぐなのだ」

 

 彼は透明になるまで熱された血嚢を水槽に入れ、結晶が安定するまでの時間を、ベッドの上で待つことにした。

 

 最近は自らの手でヴァンパイアから血嚢を採取していた彼は、彼自身が思う以上に疲れていた。

 

 不老不死の完成が目と鼻の先にあるという興奮で眠れるはずはないと思っていたが、ベッドに横になった瞬間、彼は気絶するように眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 トレヴァー侯爵は夢を見る。

 

 昔の記憶だ。

 

 他の領地と同じく農作ばかりしていた頃のベグダットの町を、今は亡き父と歩く。

 

 父の不安げな顔を、自分も不安げな顔をして見上げるのだ。

 

 夢の中で、オイパール・トレヴァーは思う。

 

 不安がる必要などないのだと、夢の中の父に伝えたいと思う。

 

 あと数年後には、遊牧民を受け入れて羊毛業を始める。

 

 その羊毛業は成功し、トレヴァー領は発展する。

 

 そこそこの実りをもたらす畑ばかりのベグダットは、あと数年で現在のような大きく発展した町に変わるのだ。

 

 現在の記憶を持ったまま、彼は過去の町を歩く。

 

 今より小さなトレヴァー邸の門を抜けると、オイパール・トレヴァーは父の書斎、現在は自分の書斎へと向かう。

 

 これからどんどん発展していく町に置いて行かれないために。

 

 いつまでも生き続けるために。

 

 父のように、あっさり死去しないために。

 

 彼にはやらねばならないことがあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 はっとして目が覚めた。

 

 眠っている場合ではない。

 

 そう思いベッドから身を起こす。

 

 そして机の上に目を向ける。

 

 どれだけ眠っていたのかはわからないが、きっともう結晶は安定した頃だ。

 

 ベッドから立ち上がり、散らかった部屋を歩き、机に向かう。

 

 水槽の中には、丸みを帯びた、手のひら大の赤い結晶が静かに浮かんでいた。

 

 状態が安定した結晶が完成したのだ。

 

 だがそれ以上に彼の目を引いた存在があった。

 

 それは、床に座り込んで手紙を読む裸の女だ。

 

 もちろんその女が何なのか、彼は知っている。

 

 数時間前に、血嚢を取り出したヴァンパイアだ。

  

 そのヴァンパイアが地下室を抜け出し、ここまで来たのだ。

 

 自分を殺すために。

 

 何度も繰り返した、非人道的扱いの復讐のために。

 

 そうなる可能性は理解していたし、覚悟もしていた。

 

 だがそのヴァンパイアは、ぺったりと床に座り込み、自分の娘、ゼルマからの手紙を静かに読んでいる。

 

 その姿が想定外すぎて、オイパール・トレヴァーは困惑した。

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