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手紙

ちょっと酷い表現があります。

 吸血鬼討伐騎士団の兵舎には、地下室がある。騎士団員の多くは、その部屋が捕らえたヴァンパイアを尋問するための施設であると理解している。

 

 その理解はおおむね正しい。

 

 だが、その実態を知るのは騎士団長ゼルマの他に、分隊長の1人のラックと彼の分隊員のみだった。

 

 ラックと彼の分隊員3人のいる地下室に、ゼルマが足を踏み入れる。

 

 腰かけたり壁にもたれるように立っていたラック分隊は、サッと姿勢を正してゼルマを迎えた。ゼルマの両手に、昨日まで当たり前に兵舎で暮らしていたエリーが抱えられていても、彼らは動じない。


 そしてラックたちは、”なぜエリーを地下室に連れてきたのか”を(たず)ねない。

 

 ラックはただ、ゼルマから眠り続けるエリーを受け取った。

 

 「尋問は必要ない」

 

 そうつぶやいたゼルマが、どのような表情を浮かべていても、彼らは意に介さない。

 

 これまで3度繰り返してきた、ヴァンパイアへの処理。それを実行に移そうとするラック分隊に背を向け、ゼルマは地下室を出る。

 

 ゼルマは地下室で何が行われるのか知っている。これまで捕まえたヴァンパイアである、ジャイコブ、チェルシー、ギンラクに対して行われる処理を見てきている。

 

 騎士団の団長として見るべきであると、ゼルマ自身が考えたからだ。

 

 だが、今回は見ようとしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラック分隊の仕事は他の分隊と違い固定されている。

 

 防壁の上の監視と、捕獲したヴァンパイアの梱包の2つである。

 

 梱包には、専用の器具を用いる。

 

 その器具の見た目を一言で表すならば、横幅の広い棺桶だろう。(おうぎ)状にも見えるそれだが、用途はヴァンパイアを拘束することであり、構造は棺桶よりも鉄の処女(アイアンメイデン)に近い。

 

 ラック分隊はその棺桶を持ち出し、観音開きの蓋を開ける。

 

 棺桶の底から飛び出した何本もの杭。その4方向に返しの付いた鉄の杭に、錆などの汚れや亀裂が入っていないかを1本ずつ確かめる。

 

 棺桶に問題が無いことを確認すると、彼らはエリーに黒い目隠しを巻き付けた。

 

 眠ったまま開かない瞼を完全に覆い、頭の後ろで帯をくくる。

 

 そしてラックは、5㎝ほどの釘を取り出す。

 

 帯の上に指を這わせ、目の位置を確認し、狙いを定める。

 

 ”フッ”とラックが力を込めると、その釘はエリーの瞼、眼球を貫き、固定した。

 

 眠ったままのエリーの体が大きく跳ねる。目という重要器官を破壊され、激痛が走るが、眠りから覚めることはできない。

 

 ラックは2本目の釘を取り出し、もう1つの目にも突き刺した。

 

 目隠しに血が滲む。

 

 意識のないエリーの両手が、カリカリと床を引っ掻く。

 

 そんなエリーの痛々しい姿を兜のバイザー越しに見下ろし、ラックは次の手順に移る。

 

 4人でエリーを裸に剥き、肢体の各関節を完全脱臼させる。その際両手首足首に革製のロープを巻き付け、器具を使って引っ張る。不完全脱臼の場合は分隊で協力して完全脱臼に追い込むのだ。

 

 眠ったままのエリーがどれだけ痛みで痙攣しようが、うめき声を漏らそうが、彼らが手を緩めることはない。

 

 ヴァンパイアの再生能力によって、完全脱臼ですら放置すれば治癒してしまう。その前にラックたちは、例の棺桶までエリーを運ぶ。

 

 棺桶の底から伸びる返しの付いた杭に、脱臼させた各関節を貫かせるようにして拘束する。

 

 ヴァンパイアは傷口に異物が刺さったままでは再生しきれない。これは対ヴァンパイア用戦術で証明されている。

 

 脱臼した関節の再生を、杭で貫くことで阻害し、同時に拘束する。それがこの棺桶の用途だった。

 

 肩、肘、股関節、膝、そして両手首と両足首。

 

 体幹と首以外の関節全てを杭が貫き、エリーの背が棺桶の底に接する。各関節からは、皮膚を突き破り貫通した、杭の先端部と返しが顔を覗かせていた。

 

 最後に口を開かせ、長い牙を猿轡に埋め、固定する。

 

 あとは棺桶の蓋を閉じれば梱包完了だった。


 目隠しの上から両眼に釘を打たれ、牙を猿轡に埋められ、両手足が、関節を貫く杭3本分ほど伸びている。ラックはそんなエリーを、蓋を閉じることで完全に閉じ込めた。

 

 地下室を出たラックは、兵舎の外にさりげなくたたずむ、1人の男にサインを送る。すると新たに2人、男が現れた。

 

 彼らは騎士団の一員でも冒険者でもない一般人だ。元生産職や土木作業、商人をしていた者たちたっだ。

 

 ラック分隊は地下室から、エリーの入った棺桶を持ち出し、彼らに渡す。

 

 これでラックの作業は終わりだ。

 

 ラック分隊がこのような仕事をしていることは、ゼルマ以外知らない。ラック分隊は何もしゃべらないし、ゼルマもこのことは秘密にしている。

 

 ラック分隊は、これまで通り何食わぬ顔で、他の分隊同様に各々の部屋で就寝するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゼルマは地下室を出た後、兵舎の自室に戻って来た。

 

 眠る気にもなれず、手に持ったクリップボードに挟まれた手紙をめくる。

 

 手紙の全てはゼルマの父、トレヴァー侯爵からのものだ。

 

 胸を渦巻く形容しがたい感覚から逃れるため、ゼルマは父の喜びを記した手紙を読み始めた。

 

 

 

 

 

 ―よくやった。騎士団結成早々、初戦果を挙げてくれた。早速色々試してみることにする。私の方も順調だ。最初の演説で20人近くの”餌”と、3人の”手”を手に入れた。棺桶を取りに行かせた3人がそうだ。これからもあの3人に取りに行かせることにするので、よくしてやってくれ。彼らは王都復興と、無能な王家への復讐やら断罪やらを求めている。話を合わせておくようにな。 

 このジャイコブというヴァンパイアを梱包するのには苦労したそうだな。意識のあるままでは関節を脱臼させ、棺桶に詰めるのは難しいだろうと思っていた。猛獣用の睡眠薬を送る。眠らせてしまえば作業も楽になるだろう。

 私の目論見では、あと数体で事足りる。これからも頑張るように。

 

 

 

 

 

 ゼルマにとって父オイパール・トレヴァーは、愛すべき父親とは言えなかった。逆らえず、御せず、理解不能な家族だった。だからこそ、機嫌のいい父親の様子を見ると安心するのだ。 

 

 機嫌のいい時のオイパール・トレヴァーは、比較的まともだったからだ。

 

 

 

 

 

 ―すばらしい。こんなに早く2体目のヴァンパイアを捕まえるとは思っていなかった。こちらは餌の数が半分以上減ってしまったが、また集めてくればいい。ヴァンパイアの餌が足りなくなるなど想像していなかった。嬉しい悲鳴と言うやつだ。

 だが問題もあった。あのチェルシーというヴァンパイアは、作業を行っていた”手”に魅了のスキルを使い、脱走を試みたのだ。未遂で終わったがな。魅了された手は処分し、チェルシーの目に釘を打って対処しておいた。ジャイコブも幻視というスキルを持っていたが、幻視も魅了も目に関連するスキルのようだ。ヴァンパイアは目を起点とするスキルを持つ者が多いのかもしれない。今後こう言う事故を防ぐために、棺桶に入れる際には必ず目に釘を打っておくようにしてくれ。頼んだぞ。

 

 

 

 

 父親からの手紙を読み進め、ゼルマは一旦満足する。まだギンラクを送ったときの手紙を読んでいないが、満足したので読むことはなかった。

 

 めくっていた数枚の手紙を戻すと、1番上には、昨夜エリーが読みかけた手紙が来た。それを見て、ゼルマはまた気分が悪くなる。

 

 

 

 

 ―最後に戦果を挙げてから、そろそろ1ヶ月ほど経つ。再三伝えたはずだが、もう1度伝えておこうと思いこれを書いた。

 あと1体でいいのだ。早く捕まえろ。完成は目の前だ。4種類の血嚢を使えば、私たちの望みを叶えられる力が手に入るはずだ。急げ。私はもう待ちきれない。お前も同じ気持ちだろう? 次に現れたヴァンパイアを逃すことなく、必ず捕獲しろ。殺してしまっては意味がないのだ。いいな?

 

 

 

 

 

 ゼルマはクリップボードを自室の机の上に置き、寝間着に着替え、ベッドに横になった。

 

 「これでもういいだろう。私は十分協力した。そうだろう? 父上」

 

 ゼルマは誰にも聞こえないようにそうつぶやき、瞼を閉じ、無理やり眠った。

次話で五章を終えます。本当は五章でもう少し進むはずだったのですが、長くなってきたので区切ることにしました。

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