半ヴァンパイアは尋問される
門番の人が来いというので、黙ってついていく。
門を抜けてグイドに入ると”こっちだ”といって、門のすぐ近くにある建物に連れていかれる。なぜか私の後ろや横をたくさんの兵士さんたちが付いてくる。
「妙な真似はするなよ?」
私の前を歩いている門番さんが、こちらを見ずに言う。
私なんでこんなに警戒されてるの? 初めて来た町なんですけど……? 私何かした? 変なこと言った?
私の頭は混乱し始めていた。
「えぇ……」
建物の中にも兵士さんがたくさんいた。私を連れてきた門番さんが、中の兵士さんに何か話してる。
話し終えると、門番さんと付いてきた兵士さんたちは帰っていった。
「では、まずこちらへ」
門番さんと話していた人が、私をたくさんある扉の一つに誘導する。その部屋には扉がもう一つと、横に広い机がある。
「荷物を検めさせてもらう。すべて見せろ」
はぁ、後ろめたい物はないよ?
私のリュックや雑嚢の中身を全部確認される。
あ、もらってきたものは大丈夫かな? ”無人だろうが勝手に持ってきたから盗みだろう”とか言われたら否定できないかも。
……特に何も言われなかった。
「次は服だ。脱げ」
「え? 脱ぐんですか? 全部?」
なんで裸にされるの? さすがに恥ずかしいんですけど。
「規則だからな。尋問室に暗器を持ち込ませないためだ。あと下着は脱がなくていい」
「え? 尋問されるの?」
私なにか悪いことしたっけ? いや仮にしててもなんでこの人たちが知ってるの?
私が聞き返すと、”はぁ”ってため息を吐かれてしまった。
「ここは尋問所だ。無人のはずのルイアから来たんだろう? 怪しまれて当然だ。早くしろ」
どうやらルイアが無人になったことは知ってるみたいだ。そうなるとルイアから来た私は確かに怪しい。なるほど。
何か悪いことをしちゃってたのではと不安に思う気持ちが消えて、すっきりした。すっきりしたら空腹を思い出してきた。
私はそそくさと服を脱いでいく。人に見られながら脱ぐのは少し恥ずかしかったけど、嫌がっても怪しまれるだけだと思って、割り切った。
「よし、この扉の奥が尋問室だ。入れ」
男の人に下着姿を見られるのがこんなに恥ずかしいとは……でもこの人顔色が悪いというか、青い顔してる。なんで?
言われた通り扉を開けて入る。ろうそくの明かりで部屋の中はぼんやりと見える。
今開けた扉の左右に一人ずつ、それから部屋の真ん中の机に一人兵士さんがいる。
こんなにたくさんの人に下着姿を見られるのは初めてだよ。なんだか心細いよ。
「ここに座れ」
椅子に座ってる人が、目の前の椅子を指さす。私は緊張しながら椅子に座って、机越しに兵士さんをみる。
ほかの兵士さんと服が違うね。尋問官? 黒いひげがもみあげとつながってる。あと目が怖い。
「名前は?」
「エリーです」
「歳は?」
「17です」
「職業は?」
「冒険者をしてます」
「なぜこの町に来た?」
「えっと、護衛依頼を遂行中で、護衛対象がこの町にいると思ったから」
「ルイアの町の冒険者か?」
「ピュラの町の冒険者です」
この後いろんなことを聞かれた。全部正直に答えたよ。でも全然質問がおわらない……
「ルイアの町に向かった理由は?」
「ピュラからルイアまでの護衛依頼だっだからです」
「ルイアの町でなにをした?」
「えっと、町に入ったら人が全然いなくて、ゾーイ商会ってところで男の人に会って、船でグイドの町に行って町の異変を知らせようとしました」
「だが貴様は一人で、しかも陸路で来たな。何があった?」
「ヘレーネって人に襲われて、護衛対象とゾーイ商会であった人を船で逃がすために戦いました」
「……赤紫の髪の、ヴァンパイアか?」
おっと? ヘレーネさんを知ってるの?
「そうですそうです。たぶん町の人がいなくなった原因です。被験体の確保とか言ってましたし」
「ふむ。わかった」
おお、わかってくれたみたいだ。
「一応規則でな。領主のグエン侯爵がこちらに来るまではこのままこの部屋にいてもらう」
「えっと、服は?」
「尋問室にいる間はだめだ。ちゃんと後で返すから我慢してくれ」
ああ、つまり朝までずっと下着姿を見られるわけね。恥ずかしいんですけど! ひどいよ! 私だって女の子なんですけど!
「腹が減ってるんだったな。食事くらいは出してやろう」
「ありがとうございます」
……そんなにひどい人じゃないもかね?
「お前ら、もう下がっていいぞ」
尋問官の人は、私が入ってきた扉の左右にいた兵士さんを下がらせてくれる。
……いい人じゃん……
尋問官の人は、お水のたっぷり入ったピッチャーとコップ、それから野菜と燻製肉がいっぱい挟まったパンを持ってきてくれた。
「尋問室で食事なんて普通はダメなんだが、まぁいいだろう」
そう思うんなら服も着させてよ。と思いながら、とりあえずお水を飲む。
「ぷわぁ」
ああ、沁みる……
では、パンのほうをいただきますか。
柔らかいバゲットパンが香ばしくて、レタスがシャキシャキで、燻製肉の油とうまみがじんわりと広がっていく……たまりません。
「うまそうにくうなぁ」
尋問官の人が優しい顔してるけど、私はそれどころではない。数日ぶりの食事で、お腹と舌が喜んでる。
私がパンを楽しんでいると、尋問官の人の目が細まった。
「おい、その腕の傷は何だ?」
あ、私が自分で噛んだ傷が見られた。今まで両手を膝の上に置いてたから、机の影で見えてなかったんだね、隠してると思われたのかな。
”んぐ”ってパンを飲み込んで考える。
なんていえばいいかな? ”私はハーフヴァンパイアで、吸血衝動を抑えるために自分で噛んだ”とはいえないし……
「えっと……」
「治りかけの傷だな、最近付いた傷に見えるぞ。というかそれ、どうやって付いたんだ? 自分で噛んだ傷に見えるんだが」
めっちゃ考察されてる。自分で噛んだってことまでバレた。まぁ傷の位置的にそう見えるよね。実際その通りだし。
私が答えに困ってると、だんだん尋問官の人の顔が厳しくなってくる。早く答えないとまずい。えっと……
「いや、無理に答」
「ヘレーネって人と戦った時に、えっと、毒をつかわれて」
今無理に答えなくていいって言おうとしたのかな。どうしよう遮っちゃった。ええい最後まで言っちゃえ。
「苦しくて、苦しさを紛らわせるために……その……自分で、噛みました……」
私の答えを聞いて、尋問官の人の顔がますます厳しくなった。
ウソだってバレた? でも筋は通ってるはず……大丈夫だよね?
「……そうか」
暗い顔して、それだけしか言わなかった。
「ゆっくりよく噛んで食え。服はすぐには返せんが、俺もあまり見ないようにする」
何もない方向を見ながら、そう言われた。
「はい」
とりあえず信じてもらえたみたいだ。
私がもう一口パンを頬張ると、ドタドタと足音がする。
私が扉の方を振り返ると、ダンって音をたてて扉が開いて、サマラさんが現れた。
「ん?」
口いっぱいにパンを頬張ったせいで、それしか言えなかった。
「エリーちゃん!」
サマラさんが飛びついて来て、私を抱きしめる。
「ふぁふぁらふぁん、ふぇ、ふぁんえ」
「エリー! 無事でしたか!」
コルワさんも現れた。なんで私がここにいるってわかったんだろう?
サマラさんは私の口にぶっといパンが刺さってることも気にせず、抱き着いて好き放題撫でまわしてくる。
「ふぁふぁらふぁ、はぇ、はぇへ」
「よかった! 無事でよかったわぁ、蠱毒姫なんかと戦わせることになちゃってごめんね、エリーちゃん」
蠱毒姫? えっと、何の話?
尋問(意味深)を受けるエリーの話でした。
次話はグイドの町の話になります。