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自己嫌悪

 ヴァンパイアに殴り飛ばされ、怪我をしたゲイルさんの分隊の1人を広場に置き去りにし、私たちはそのヴァンパイアを探しまわった。

 

 そして見つけられなかった。

 

 夜が明けるほんの少し前、私とゼルマさん、そして騎士団のみんなは王城前広場に戻って来た。

 

 「撤収する」

 

 ゼルマさんは一言そう言って、手に持ったクリップボードを撫で、兵舎の方に歩き始める。

 

 誰も返事をしない。

 

 イングリッドさんは、置き去りにしてしまった分隊の1人に肩を貸して歩き始める。

 

 トーマスさんとゲイルさんは分隊を集めて先に兵舎に向かい始めているけど、元気がない。

 

 ヴァンパイア相手にうまく立ち回れなかったことに落ち込んでいるのかな。

 

 それとも、ゼルマさんのふるまいのせいかな。

 

 今日のゼルマさんは、なんだかおかしい。

 

 倒れた仲間の1人を介抱すらせずに1人で置き去りにしたこともそうだし、南東区でヴァンパイアを探すときも、鬼気迫るような態度で、”絶対に見つけ出して捕まえろ”と何度も、何度も、何度も、何度も言っていた。

 

 何かに憑りつかれているようにすら見えた。

 

 怖かったし、なんでそんなに必死になって、ヴァンパイアを捕まえたがっているのかわからない。

 

 「あ、不味い」

 

 色々考えながらゆっくり歩いたせいで、もう防壁から太陽が顔を出し始めてる。私たちはまだ兵舎に着いていない。

 

 このままだと日に焼かれて死ぬ。出来るだけ急ごう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギリギリ日に焼かれずに兵舎に転がりこむことが出来た私は、ゼルマさんの執務室を訪れる。

 

 いつもなら寝る時間だけど、どうしても気になることがある。というか、黙っていられない。

 

 私は断りもなく執務室の扉を開く。

 

 「ゼルマさん、入るよ」

 

 「ノックくらいしろ」

 

 後ろ手に扉を閉め、ゼルマさんに歩み寄る。

 

 先ほど兵舎に戻って来たばかりだというのに、ゼルマさんは書類仕事をしていた。忙しいみたいだけど、構わず要件を言う。

 

 「ゼルマさん、なんでヴァンパイアを捕まえようとするの?」

 

 ゼルマさんは手に持った書類に視線を落としたまま、苛立った声で答えた。

 

 「今さら何を言っているんだ。吸血鬼討伐騎士団なのだから、ヴァンパイアを討つのは当然だ。あとは真祖のもとにヴァンパイアを集めさせないようにするという理由もある。ヴァンパイアの国を作るとかどうとか」

 

 「そうじゃなくて」

 

 ゼルマさんは色々と答えようとしてくれてるけど、そうじゃない。

 

 「殺すんじゃなくて、捕まえることに固執してるのは、なんで?」

 

 私がそう聞いたとき、ゼルマさんの作業の手が止まった。

 

 「情報を吐かせるためだ」

 

 そう言ってまた書類を触り始めた。私はまだ食い下がる。

 

 「どんな情報が欲しいの?」

 

 「それは」

 

 「王都にやってくるヴァンパイアの目的は、真祖の所に行くことだよ。ジャイコブやチェルシーやギンラクって言うヴァンパイアから、もういろいろ聞きだした後だよね。他に何が知りたいのかな」

 

 ゼルマさんは作業を進めながら、サラリとこう答えた。

 

 「他にも色々と情報を聞き出せるかもしれないだろう」

 

 嘘だ。

 

 「そんな曖昧なモノのために、怪我した仲間を1人置き去りにして、あんなに必死に捕まえろって命令してたの?」

 

 私がそう聞いた瞬間だった。

 

 今までずっと書類に落とされていたゼルマさんの視線が、私を睨んだ。

 

 酷い顔だった。疲労を訴えるような隈に、血走った目。肌の色も少し悪いように見える。

 

 昼夜逆転しているこの騎士団の仕事は、疲れると思う。団長として今みたいに書類仕事もこなしているゼルマさんは、きっと疲れが溜まっているはず。

 

 だけど、ゼルマさんの表情はただの疲れというより、精神的に疲れているような感じがした。

 

 何というか、別人のようになった感じ。

 

 「……ゼルマさん、なんでそんなに、追い詰められてるの? 何がゼルマさんを、そんな風に」

 

 「お前には関係ない。私ももうすぐ休む。お前も寝ろ」

 

 私を睨んでそう告げるゼルマさんには、以前はあった心の余裕、穏やかさがかけらも感じられなかった。

 

 今何を言っても、無駄かもしれない。

 

 「……うん。じゃあまた夜に」

 

 一応挨拶をしてみたけど、ゼルマさんは私を睨むばかりで何も言ってくれなかった。

 

 嫌われてしまったのかと思って、不安になる。

 

 もしかして、ゼルマさんがこんな風になってしまったのは、私のせいなのかな。

 

 私はゼルマさんに(かくま)ってもらっている。ヴァンパイアを1人匿うというのは、私の想像しているよりずっと大変なことなのかも。

 

 毎週血を吸わせてもらっているのは、ゼルマさんに大きな負担を背負わせてしまっているのかも。

 

 ゼルマさんから余裕や穏やかさを奪ったのは、私なのかな。

 

 聞きたい。

 

 確認して、違うと言って欲しい。

 

 でも、今は止めておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリーは何の答えも得られないまま、ゼルマの机を離れて、執務室の出口に向かう。それを見たゼルマはようやくエリーを睨むのを止めて、また机の上の書類に視線を戻した。

 

 執務室の出口に向かう途中、エリーの目は、ソファーの上に投げ出されたクリップボードを捉えた。

 

 いつもゼルマが持ち歩いているクリップボードだ。いつもは机の上に置いてあるはずだが、今日に限っては適当にソファーの上に放られていた。

 

 チラリとゼルマを見ると、書類作業をしているようだった。

 

 エリーはなんとなくそのクリップボードが気になった。そして、何の気なしに手に取った。

 

 ―……手紙?

 

 クリップボードに挟まれていたのは、何枚もの手紙だった。

 

 手紙の上の方には貴族の家紋の印が押され、そのすぐ下から手紙の内容が綴られていた。

 

 ―最後に戦果を挙げてから、そろそろ1ヶ月ほど経つ。再三伝えたはずだが、もう1度伝えておこうと思いこれを書いた。

 あと1

 

 まだ10行以上先があったが、エリーはそれ以上読めなかった。エリーの名を怒鳴るように呼ぶゼルマの声が聞こえたからだ。

 

 手紙から視線を外し、ゼルマの方を見る。

 

 すでにゼルマは机から離れていた。切羽詰まった表情で、片手を振り上げ、エリーに向かって走ってきていた。

 

 ―え、なに?

 

 「ゼルマさ」 

 

 ゼルマの振り上げた手が、エリーの顔面に迫っていた。エリーにはその動作がしっかり見えており、避けることも手を掴んで防ぐことも十分できたはずだった。

 

 だが、エリーはゼルマがなぜ自分を殴ろうとしているのかがわからず、避けたり防いだりするという発想が無かった。

 

 ゼルマは駆け寄る動作のままエリーを殴りつける。

 

 鍛えているとはいえ、人間の女に殴られた程度ではヴァンパイアにダメージを与えられない。

 

 だが、エリーには効いた。

 

 頬から伝わる衝撃と、わずかな痛み、揺れる視界。それらが、ゼルマに殴られたことを実感させ、体以上に心に痛みを伝えた。

 

 ゼルマは殴られたショックでよろめくエリーの手から、乱暴にクリップボードを奪う。

 

 「読んだのか?!」

 

 「え、ゼルマさん?」

 

 クリップボードを片手に持ち、開いた片手でエリーの胸元をつかみ、もう1度、叫ぶように問う。

 

 「これを読んだのか?!」

 

 「よ、読んでない、読んでないよ」

 

 ゼルマの怒気に気圧されたエリーは、とっさにそう答えた。

 

 「本当か?! 本当に読んでいないのか?!」

 

 「あ、あの、さい、最初の1行だけ、読んじゃった」

 

 エリーの答えを聞き、ゼルマはエリーに見えないように、クリップボードの一番上の手紙の、1行目を確認する。そしてエリーの胸元から手を離した。

 

 「本当にこの1行目しか読んでいないんだな」

 

 「うん、うん、読んでない」

 

 「……ならいい。だが、2度と勝手にこの部屋の書類を読むな」

 

 ゼルマはそう言うとエリーに背を向け、クリップボードを持って机に戻り、椅子に腰かける。

 

 だが書類を手に取ることはなく、ただ机に視線を落とした。

 

 そんなゼルマを見て、殴られたショックで麻痺していた感情が、今ようやくエリーの中を渦巻き始める。

 

 「ごめんなさい」

 

 「もういい。早く休め」

 

 エリーはゼルマの言葉通り、それ以上何も言わずに執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室に戻ったエリーは、ゼルマに殴られた頬に手を添え、ベッドに倒れ込む。

 

 ―……どうしよう。

 

 エリーにとってゼルマは”自分の血を吸ってもいい”と言ってくれた唯一の人間だった。ヴァンパイアとなった後のエリーは、そんなゼルマに精神的にも、肉体的にも依存していた。

 

 そんなゼルマに殴られた。拒絶の言葉こそ無かったが、ゼルマの言葉や態度から、エリーは拒絶されたように感じた。

 

 胸の奥をかきむしられるような感覚。思考がマイナスに傾倒する。

 

 罪悪感。

 

 取り返しのつかないことをしてしまったような、不快感を伴なう言いようのない感情。


 外に吐きだすことが出来ない負のエネルギーを、エリーは自分を責める方に向けた。

 

 ―そう言えば、初めて執務室に入れてもらった時、”書類は読むな”って言われてたっけ。忘れてた。いつも私は大事なことを忘れて、身勝手な事して、迷惑かけてばっかりだ。

 

 エリーはこぶしを握り、ゼルマに殴られた頬を、もう1度自分で殴った。

 

 自分への苛立ちを込めた拳は、ゼルマの殴打を大きく超えるダメージを与えた。

 

 ―痛いけど、ゼルマさんに殴られる方が痛かったな。

 

 ”これでは意味がない”と思ったエリーは、自分を殴るのを止め、ベッドシーツにくるまった。背中を丸め、手足を折り畳み、小さくなって頭までシーツをかぶせる。

 

 ―夜になったら、謝りに行こう。ゼルマさんが元の負担を減らすにはどうしたらいいか考えて、聞いて、そうしたらまた、いつもみたいに呆れ顔で笑ってくれるようにしよう。

 

 エリーはなかなか眠れそうになかった。

 

 胸を渦巻く不快感から逃れるため、エリーはゼルマのために自分に出来ることを考え始めるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  エリー完全にゼルマさんに依存しきってますね(´ω`)マーシャさんが目指していた関係が今ここに!!依存しきってるエリーめっちゃ可愛いです(*ノωノ)
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