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余裕の有る者

 いつも通り、私たちは王城前広場に駐屯して真祖のもとに向かうヴァンパイアを待ち構える。

 

 今日はカイルさんの分隊が剣、ゲイルさんの分隊が盾、トーマスさんの分隊が楔の編成。ゼルマさんが不機嫌で、そのせいで騎士の人達みんなが困惑してしまっている。

 

 1ヶ月近くヴァンパイアが現れていない。そのことがゼルマさんを焦らせている。今も広場に腰かけて、いつも持っているクリップボードに挟まれた書類を見ながらイライラしている。

 

 「エリーちゃんエリーちゃん」

 

 誰もしゃべらず、しんと静まり返った広場。そんな中小声で話しかけてきたのは、ゲイルさんだった。私も小声で返事をする。ぺちゃくちゃとしゃべっていると、ゼルマさんに怒られそう。

 

 「なに?」

 

 「だんちょ、なんであんな不機嫌なんだ?」

 

 「ヴァンパイアが最近全然現れないからでしょ?」

 

 私がそう答えると、ゲイルさんはいつになく真面目な顔でさらに続ける。

 

 「いいことじゃん。ヴァンパイアが居なくなったってこったろ? それで不機嫌なのはおかしくね?」

 

 チャラい女たらしのゲイルさんは話し方こそこんなだけど、今はとてもまじめな声音だ。そして私も言われてみて、確かにその通りだと思った。

 

 「言われてみればそうだね。う~ん、ヴァンパイアが現れないと、戦果が挙がらないからとかかな」

 

 ちょっと考えてそう言ってみたけど、ゲイルさんは首を横に振った。そして、騎士団の種類について教えてくれた。

 

 「それはないぜエリーちゃん。うちの騎士団は、戦果が挙がらなくても問題ないんだ」

 

 ゲイルさんの説明をまとめると

 

 騎士団というものには、国内で反乱が起きたり他国と戦争になったときだけ働くのと、普段から王都や町を警備するという2種類があるらしい。

 

 そして、前者の騎士団は”軍騎士”と言って戦果の数によって待遇が変わり、反乱や戦争の時に戦果を挙げられないと解体される。後者は”警察騎士”と言って犯罪抑制や治安維持が目的で、”そこにいる”ことが重要なので、不祥事とかが無ければ解体はありえない。 

 

 そして吸血鬼討伐騎士団は後者の警察騎士なので、戦果が挙がらないことを悩む必要はないはずだ。という感じだった。

 

 「そう言うわけで、俺にはだんちょがなんでイライラしてんのか分からん訳よ。エリーちゃんなら何か知ってるかと思ってさ」

 

 「ごめん、私もなんでかわかんない」

 

 私とゲイルさんが2人そろって考え込んでいると、視線を感じた。

 

 ゼルマさんだった。

 

 ”無駄話をするな”という感じでこっちを睨んでいる。これ以上のおしゃべりは控えたほうがよさそう。ゲイルさんも同じように思ったらしく、気まずそうに大楯を拾ってスタスタ歩いて行った。

 

 また静かになるね。

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更けてきて、日の出まであと4時間くらいの頃になった。

 

 私たちが駐屯する広場に、南東区に続く道からフラリと人が現れた。お酒の匂いを漂わせた男の人だ。その人に一番近かったゲイル隊の1人が近寄っていく。

 

 騎士団の人達は1ヶ月もヴァンパイアが現れないことから、油断があった。だから他のみんなは様子を見るだけで、動こうとしていない。

 

 でも私は血の気が引いた。私はジャイコブが現れた時のように、その人がヴァンパイアだと直感したからだ。

 

 「止まれ、こんな時間に何をしている」

 

 ゲイル隊の人はフラフラと歩くそのヴァンパイアをただの酔っぱらいだと思って対応してるみたいだけど、そんな場合じゃない。私は自分の剣をひっつかんで全力で駆け寄る。

 

 でも私が駆けつけるより先に、そのヴァンパイアはユラリと体を揺らし、顔を上げた。

 

 「いぃっはぁ!」

 

 耳障りな高い声と共にヴァンパイアは拳を振り抜いた。”ドォン”という音と共に、人の頭ほどの穴が開いた盾と騎士の人が吹っ飛ぶ。

 

 「ヴァンパイアだ!」

 

 そう叫んだのは誰だかわかんない。そして、ちょっと不味い。

 

 厚さ5㎝の大楯に穴を開けたってことは、全力で殴ったってことだ。最後に捕まえたヴァンパイアのギンラクのように私たち(騎士団)(あなど)ったりしてない。

 

 つまりあのヴァンパイアは、本気で戦うつもりってことになる。

 

 「なぁ~に油断してんだよ。ヴァンパイアが出たぞ~? ボサッとしてると全滅するぞ~? ギヒヒヒヒッ」

 

 わざとらしく両手を広げて、満面の笑みを浮かべて私たちを見回す。

 

 そして私を見つけて、構えた。

 

 私の後ろでゼルマさんが大声を出して、騎士団のみんなを指揮し始める。

 

 それを聞いた私は走りながら剣を抜き、ヴァンパイアの首めがけて刺突を放った。

 

 騎士団の人達に見られている以上、私は人間にできる程度の速度や膂力しか発揮できない。そんな私の攻撃に対して、ヴァンパイアは全速力で避けた。人間の動体視力でぎりぎり捉えられるくらいの速度で、私の視界から外れるように移動し、こっちに向かって来ていたトーマスさんに近づいた。

 

 「俺かよ!」

 

 トーマスさんが銀製のナイフを構える前に、ヴァンパイアはトーマスさんの肩を掴む。

 

 まずい、ここからじゃ間に合わない。トーマスさんがやられる。

 

 たぶん騎士団のみんなもそう思った。だけどヴァンパイアはトーマスさんをスルーして距離をとる。

 

 「オイオイオイオイオイオイ、こんな連中に3人も捕まったのか? マジかよ」

 

 ヴァンパイアは大きな身振りで歩きながら、3本の銀製のナイフを取り出して見せた。さっきトーマスさんから奪ったみたいだ。

 

 「こんなもん握りしめたってお守りにもなんねぇよ。今までに捕まった3人に会えたら、どうやったらこんなグズ共に捕まえられるのか聞いてやりたいなぁ、ギヒッギヒヒヒ」

 

 ヴァンパイアはそう言いながら手に持った3本のナイフを両手で握りしめ、グニャグニャに捻じ曲げてしまった。

 

 ポイと捨てられたグニャグニャのナイフが石畳を転がって、軽い金属音が響く。

 

 ヴァンパイアは得意げにしゃべって、この場の主導権を奪うつもりみたいだ。

 

 トーマスさんは武器を失って、ゲイルさんたち盾の分隊はヴァンパイアと距離が離れていて、どう動けばいいのかわからないみたい。カイルさんたちは、剣を構えてヴァンパイアを睨んでる。

 

 みんなヴァンパイアが怖いんだ。だから自分から動くことを躊躇ってる。

 

 でも後手に回るのはまずい。だから私だけでも接近して、とにかく攻める。私が真っ先に動けば、きっとみんなも動き始める。

 

 「ふぅっ」

 

 向かってくる私をニヤニヤしながら待っていたヴァンパイアに、剣を振るう。そしてその攻撃はあっさり躱される。

 

 「はぁ!」

 

 また振るう。また躱される。ヴァンパイアは余裕の表情で私の攻撃を見切って、その場で円を描くように後退しながら避け続ける。


 「ギヒヒヒツ、お前人間のわりに良く動くな。でもなぁ、お前の味方は腑抜けばっかりみたいだなぁ? 1人で頑張るお前に加勢するどころか、ビビッて近寄ってすらこねぇなぁ? 戦うのは怖いから、お前1人に任せるつもりだぞ? どうするよ? ”助けてくれぇ”って頼んでみるか? ギヒヒヒヒ」

 

 好き放題言われてる。もしこのヴァンパイアと1対1なら、チェルシーの時のように戦えるのに。

 

 悪口なんて言わせないのに。

 

 もどかしい。

 

 「お前たち何してる! 動け!」

 

 ゼルマさんの怒号が響く。騎士のみんながやっと再起動して、盾の分隊が私とヴァンパイアを囲むようにやってきた。その周りには、戦術通り楔や剣の分隊が固めてる。

 

 そして、ゼルマさんもいる。穴の開いた大楯を拾ったみたいで、盾の分隊に混じって私とヴァンパイアを囲み、少しずつ包囲を狭める。

 

 「ギヒッギヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」


 こちらが仕掛けるタイミングを計っていると、ヴァンパイアは不快な笑い声をあげた。

 

 「よぉくわかった。お前らのやり方は大体理解した。そのバカみてぇな盾で囲んで、そのままチクチク攻撃しようってんだろ? 雑魚の考えそうなことだ。警戒すべきはそこの女1人だけ。と言っても、比較的よく動くってだけでただの人間。狩り獲るのには苦労しねぇな」

 

 私を指さしてそう言い、またあの不快な笑い方をする。一々身振りや声量が大きいヴァンパイアとは対称に、ゼルマさんの声はとても静かに響いた。

 

 「今だ」

 

 その瞬間、盾の隙間を縫って3人の楔の分隊員が飛び出す。練習し身に着けた通り、銀製のナイフをヴァンパイアの膝、足首を狙って振り抜いた。

 

 私も短く息を吐き、タイミングを合わせて剣を振る。ヴァンパイアの注意を少しでも足元から逸らすための攻撃。

 

 自分で言うのもなんだけど、タイミングはばっちりだったと思う。私の攻撃と楔分隊の攻撃、両方を同時に避けるのはかなり難しい。ヴァンパイアにとっては不味い状況のはず。 

 

 でもヴァンパイアは余裕の表情を崩さなかった。そして、ヴァンパイアの目は私の攻撃も楔分隊の攻撃も、見ようとすらしていない。

 

 ヴァンパイアはその場で跳んで攻撃を躱し、すぐ近くにあった盾を片足で蹴って包囲を抜け、そのまま南東区に向かって疾走した。

 

 つまり逃げた。

 

 全力疾走するヴァンパイアの背中が南東区に消える。わき目も振らず一瞬で逃亡してしまった。


 「……ふざけんな。大口叩いといて逃げんのかよ! 口だけ野郎が」

 

 ヴァンパイアが見えなくなって数秒経ち、トーマスさんがそう言った。

 

 騎士団のみんなが少しずつ戦いが終わったことを実感し始めて、肩の力を抜いていく。

 

 私はひとまず、最初に吹っ飛ばされたゲイル隊の人のところに行こう。盾に大穴が開くような力で殴られてたし、重症を負っててもおかしくない。

 

 ゲイルさんも同じことを思ったようで、自分の盾を一度置いて、私と一緒に分隊員さんのところに向かい始める。


 私も、たぶん騎士団のみんなも、”討伐も捕獲もできなかったけど、現れたヴァンパイアを追い払うことができた。だからとりあえず良しとする”と、思ってた。

 

 だから怪我人を介抱しようとするし、緊張を解く。

 

 でもゼルマさんはそうじゃなかった。

 

 「追え」

 

 「……だんちょ、なんて?」

 

 ゲイルさんは吹っ飛ばされた分隊員に駆け寄るのを止めて、ゼルマさんに聞き返す。

 

 「あのヴァンパイアを追え! 絶対に逃がしてはならない!」

 

 怒鳴るように命令するゼルマさんの表情には、余裕が全くなかった。

昨年11月の電気料金の支払いを忘れていて、部屋の電気が数日止まってしまっていました。

この時期に水風呂など入るものではありません。皆さんも電気料金は、毎月しっかり払うようにしてください。命にかかわります。

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