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αレイジ

 ゼルマさんは基本的に真顔というか、真面目な表情というか、笑顔をあまり見せない人だ。

 

 私に対しても、分隊長さんたちにも、遠縁の親戚らしいカイルさんにも、笑いかけることは少ない。

 

 もちろん全くないわけではない。でも私に見せるのは苦笑いが多い気がする。私がなんとなく”血を飲みたいな~”って気持ちでゼルマさんを見てたりすると、呆れたような微笑が返ってきたりする。

 

 そんなゼルマさんが、今日に限ってとても安心したような、柔らかい笑顔を浮かべていた。

 

 ちょっと試しておきたいことがあって執務室を訪れた私を、その柔らかい笑顔のゼルマさんが出迎えてくれた。

 

 「誰かと思えばエリーか」

 

 「うん、お邪魔してもいい?」

 

 「もちろん」

 

 うれしそうというより、肩の荷が下りたみたいな微笑みが気になって、聞いてみる。

 

 「なんだか嬉しそうだね。何かあったの?」

 

 「うん? まぁな」

 

 ゼルマさんは椅子に腰かけてから、何があって嬉しそうなのかを話してくれる。

 

 「私たち吸血鬼討伐騎士団は、設立からたったの1ヶ月で3体ものヴァンパイアを捕獲できた。そのことを父上が喜んでいて、今まで以上に運営費を増やされることになった。他にも、まぁ細々とした特典を獲得することになったんだ。これまで以上に励むように、とな」

 

 ゼルマさんのお父さん。つまりトレヴァー侯爵に褒められたことが嬉しいのかな。なんてことを私が思っていると、”これで今まで手が回らなかった武具やらなんやらが整備できる”と小声で喜んでいた。

 

 運営費が増えて騎士団の設備が整うことが嬉しいらしい。

 

 「ん? そんなに私が笑っているのは珍しいか?」

 

 「ある意味、珍しいかも」

 

 ……嬉しそうなゼルマさんをついジロジロと見てしまったけれど、これ以上は止めておこう。私の視線が勝手に首筋の方に行ってしまう。

 

 私が今日執務室を訪れた理由は、執務室の机の上に鎮座している水晶を使うこと。それを思い出した私は、ゼルマさんに一言断ってから水晶に触れる。

 

 触れた人の情報を本人にフィードバックするこの水晶は、実は結構すごい代物なんだと最近知った。

 

 光の明るさや音の高さのように、感覚的に、しかしはっきりと自分の体について確認できて、自覚していないスキルなんかも発見させる。そしてそう言う情報は触れた本人にだけしかわからず、2人で同時に水晶に触れても、確認できるのは自分のステータスだけ。出来すぎなくらい便利な道具。それが水晶。

 

 その水晶に触れてみると、予想通りの感覚が返って来る。私がヴァンパイアになって初めて触れた時と同じ感覚だから、肉体的にはあの時とほとんど変わってない。それからスキルも。

 

 指尖硬化、魅了、α(アルファ)レイジの3つがある。そして、αレイジだけはスキルの効果がわからない。

 

 わからないまま放置してたんだけど、ついさっきふと、指尖硬化を見つけた時のことを思い出して、ヒントを得た。ヴァンパイアレイジを使った状態で水晶に触れて、初めて私は指尖硬化というスキルを見つけられた。だから今回も、αレイジを使った状態で、水晶に触れてみる。

 

 ……うん……うん。

 

 αレイジは私が思っていたより変なスキルだった。

 

 αレイジを使っているときの私は、ヴァンパイアから上位ヴァンパイアになるっぽい。いやまず上位ヴァンパイアが何なのかよくわからないよ。字面的になんとなくはわかるけれども。

 

 それから”同族指揮”というスキルもαレイジを使うと同時に発動する。これは単に同族、つまりヴァンパイアを私に従わせるスキルらしい。ただし強制力はかなり弱い。従わせるというより、単に”お願いできる”というくらいのニュアンスみたい。

 

 まぁ、私がヴァンパイアを従わせられるわけないよね。

 

 とにかくαレイジについてわかった。上位ヴァンパイアと同族指揮、一応覚えておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 私がαレイジについて確認を終えた頃、ゼルマさんはつぶやくようにこう言った。

 

 「捕獲が3、討伐1か」

 

 そして水晶から手を離した私を見て、こう続ける。

 

 「真祖のもとに集まるヴァンパイアは、実際のところ何体居たんだろうな。私たちは王都にやってきたヴァンパイアを、すべて捕獲できたと思うか?」

 

 その顔はさっきまでの笑顔を忘れたように真剣で、不安な感じの表情だった。


 少なくともヘレーネさんは王都に居た。きっと真祖に会って、真祖の目的である、ヴァンパイアのための国を作ることに協力してるんじゃないかと思う。たぶんだけど。

 

 ……ヘレーネさんのことは、ゼルマさんには言ってない。だから

 

 「たぶん、他にもいると思う。私だって真祖に会った日、騎士団の警備や巡回をすり抜けて王城に入った。同じことができるヴァンパイアは居ると思う」

 

 こう言うしかなかった。

 

 自分でもどうしてヘレーネさんのことをゼルマさんに話さないのか、よくわからない。ヘレーネさんは怖い。ヘレーネさんの知らないところであっても、あの人に不利になるようなことをした瞬間目の前に現れて、また、酷い目に合うような気がする。

 

 「そうか……」

 

 ゼルマさんは机に肘をついてうつむき、考え始める。そんな様子を見ていると、何か言わなきゃいけないような気がしてくる。

 

 「でも、逆に言えば私たちは、戦果の数だけ真祖の企みを妨害出来てるってことだよね。この調子で続ければきっと……」

 

 ”きっと”の後が続かない。

 

 「ああ、そうだな」

 

 ゼルマさんは顔を上げて、また少し笑ってくれた。

 


 

 

 


 

 

 

 私たちがしてることについて、少し考えてみよう。

 

 トレヴァー侯爵はクレイド王国の各地で、ヴァンパイアたちが王都に向かって移動を始めたことを知って、この騎士団を作った。

 

 騎士団の目的は王都にやってきたヴァンパイアを討つこと。

 

 そして私の目的は

 

 

 

 

 

 

 

 やっぱり、変わらない。

 

 人間になりたい。

 

 私が騎士団に協力することと人間になることは直結しない。だけど真祖の目的を阻止することができれば、もしかしたら人間にしてくれるかもしれない。

 

 だって、真祖の言う”ヴァンパイアのための国”は作れないと証明することになる。そうしたら、今いるヴァンパイアを人間にしようと思うかもしれないから。

 

 うん。これで行こう。

 

 騎士団に協力して、真祖の企みを阻止して、人間になる。

 

 ピュラの町の、あの家を出るとき、マーシャさんにちゃんと帰って来るって言っちゃった。

 

 まだまだ時間がかかりそうな気がするけど、今でもちゃんと帰るつもりだよ、マーシャさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はこれからどんどんヴァンパイアを捕まえていくつもりだったんだけど、そう言うときに限ってヴァンパイアは現れなかった。

 

 その代わりに、私と吸血鬼討伐騎士団は平穏な日々を過ごすことになった。

 

 食事がちょっと豪華になって、パンと豆と野菜のメニューからパンと肉と野菜のメニューになった。(まき)がたくさん使えるようになって、体を洗うときにお湯をたくさん使えるようになった。

 

 約1ヶ月間、冬の寒さのピークを過ぎたころ合いまで、1度もヴァンパイアは現れなかった。

 

 最初の1週間は特に平和だった。適度な緊張と、充実していく生活からくるやる気があった。

 

 2週間経った頃から、ゼルマさんが全く笑わなくなった。

 

 3週間経つ頃には、ゼルマさんは誰が見てもわかるほど焦っていた。”どうしてヴァンパイアが現れないのか”という議題で会議を開き、誰も理由がわからなくて酷い空気になった。真祖の鼓動は相変わらず私たち(ヴァンパイア)を誘っているのに、現れない。

 

 私たちの前に新たにヴァンパイアが現れたのは、そんなときだった。

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